第2話「腕利き冒険者」
主都デジーコから東に1000キロほど進むと、公爵領を東西に分断する山岳地帯に当たります。
この辺りは人の力が及ばない秘境も数多く、税を取り立てるための代官自体が置かれていないという超ウルトラど田舎もあります。
目的地であるラクシーの村はちゃんと公爵家の保護を受けているのですけれど、海抜5000メートルクラスの山の奥にまでは道が通っていないため、誰も知らない名もなき村とかも点在しているみたいです。
たまに都会に出てくる迷い人がいるので名もなき村の存在だけは確認されています。
ただ、場所までは誰も知りません。
知っていても役人を派遣することが不可能な上に面倒も見切れないので放置です。
名もなき村がモンスターに襲われて滅んでも、それはお互いあずかり知らぬ間柄というだけのこと。
ふたつ隣の国よりもさらに遠い村なので。
税を取り立てられないかわりに、保護する義務もありません。
まずは西央街道の分岐点の一つであるギャテンの街に入ります。
冒険者ギルドに問い合わせたところ、すでに討伐部隊がラクシーの村に滞在して活動しているとのこと。
特に必要物資もないですし、かるく市場を冷やかして食料を買い込んでからラクシーの村へと向かいます。
「田舎だねー」
「そうですね」
ラクシーの村は人口200人ぐらいのこじんまりとした集落でした。
この規模の村だと名前を全員覚えたりできそうですね。
ギルドから派遣されたドラゴン討伐隊が滞在しているようなので、さっそくアポイントメントを取りますか。
宿屋と物置と風車小屋を借り切って宿泊場所を確保しつつ、私は5人ぐらいをひきつれて面会場所へと向かいます。
「こんにちは」
「は、はい! 本日はおひらが、が、おひがらもよく!」
とてつもなく緊張しているドラゴン討伐隊のリーダーと顔合わせをしました。
ちょっと信じられないぐらい若いです。
15歳以下なのは間違いなし……私より少し上、13歳ぐらいでしょうか。
全身から魔力があふれているので実力は一目でわかります。
でも、いくらなんでも若すぎるんじゃないですかね?
栗色の長い髪をまとめてポニーテールにしています。
美少女です。
けっこうスタイルもいいですね。
ぜんぜん巨乳ではないですけど、ラトリさんよりはありそうな感じ。
純白の半袖シャツ、白縹のリストバンド、淡水色のホットパンツに合わせたニーソックス。
絶対領域が主張されたやたらとエロい感じのかっこうです。
魔力で体を覆っていれば山の中でも肌は傷つかないので、ああいう挑発的な服装ができるのはファンタジー世界の女の子の特権ということですか。
隣の若い男の人は落ち着いた表情で私に黙礼をしました。
たぶん彼のほうが実務面を取り仕切っている事実上のリーダーさんですね。
戦闘力では女の子のほうが上でしょうけれど、こっちもそこそこ腕は立ちそうです。
「さっそくですけれど、これまでの活動を教えていただけますか」
「はい! お任せください!」
元気よく返事をした女の子と簡単に情報交換をはじめます。
冒険者ギルドのドラゴン討伐隊は総勢7名。
今は3人と4人のパーティーで交代しながら山を捜索し、ドラゴンの行動パターンを調査している最中であるとのこと。
女の子の名前はパール。
男のほうはクンビラというらしいです。
もう一人いたのですが、モンスターに襲われて怪我をしたので現在療養中とのこと。
二人ともこの村の出身みたいです。
こんな危険な任務に好き好んできてるわけですから、まあ、何らかの理由はあってしかるべきでしょう。
ドラゴン退治における美味しいポイントは二つです。
一つはドラゴンそのもの。
全身くまなく高く売れます。
もう一つはドラゴンの私財。
ドラゴンは財宝収集家としての側面があるため、縄張りを調べれば必ずと言っていいほどお宝が見つかるのです。
財宝に関しては貴族の総取りですが、ドラゴン本体のわけまえについては語り合う必要がありますね。
「もうけは73でどうでしょう」
提案した私に対して冒険者のクンビラさんが不満そうな表情を浮かべます。
ああ、言うまでもないですけど、私たちが7のほうってことですよ。
揚げ足を取ってゴネるのは貴族に対しては不可能なので念押しする必要はありません。
そういうのは弱い立場の人がやるべき気づかいです。
「五分五分じゃだめか? 俺たちのほうが長く調査してるんだから、多少の色は付けてほしいんだが」
「こちらのほうが人数が多いですし、それぐらいが相場だと聞きました。それに、公爵家のつてを使って売りさばくので、たぶん持ち込みの倍ぐらいの値で売れるとおもいますけど」
「はい! それでいいです! なんなら82でもかまいません!」
冒険者ギルド員のパールさんがクンビラさんの足を踏みつけながら答えます。
すごいびびってます。
一体私の評判はどうなっているのでしょうか。
これはちょっと修正しておいたほうがいいような気もします。
「あのー、なんなら64ぐらいでも」
「そうか。そんじゃあお言葉に甘え」
「あほー!」
パールさんがクンビラさんの後頭部をはたきました。
「でしゃばるな! わたしたちの村のみらいがかかってるんだよこれ! 機嫌を損ねたら村ごと皆殺しぐらい、このおかたなら全然わけないんだからね!」
なんでこんなにおびえられてるんですかね?
ちょっと意味がわかりません。
私はまだデビューして1年足らずですし、こんな辺境にまで悪評が流れているはずはないと思うのですけれど。
「ギルマスから絶対粗相がないようにって厳命されてるの、忘れたの!」
ああ、そのラインからの指示ですか。
言われてみればミズバラの街のギルマスを処刑したんでしたっけ。
でも彼には処刑されるだけの理由があったのですけれど…………まあ、外部の人はそんなのわからないですからね。
「では、やっぱり73でお願いします。それが相場ということなので」
「ドラゴン退治の賞金についてはどうなる?」
「ああ、それは私が受け取る立場ではありませんね。そちらのみなさんで分けてもらっていいですよ」
「ありがとうございます! ありがとうございます! そしてお前はちゃんと敬語を使え!」
パールさんが私に頭を下げてからクンビラさんの胸倉をつかんでぶんぶん揺さぶります。
いや、別に言葉ぐらいどうでもいいんですけどね。
「あの……ここは社交場ではないので。事務的な報告であれば敬語は不要ですよ? 慣れてない人に無理に使わせて反応が遅れても困るので」
「だとよ?」
「謙遜に決まってるでしょ!? 度が過ぎたら縛り首だよ!」
「いやまあ、そりゃあ『カルラって今までに何人と寝たのー』とか『公爵家の悪政の責任を取れー』とか言ってすごまれたら殴るぐらいはしますけど。会話の無礼ぐらいで殺しはしませんよ? ちゃんと事前に警告もしますし。私に対する悪意さえなければ基本大丈夫だと思ってもらってけっこうです」
「そ、そこまで言っても殺されないんですか?」
「あーっと、ラトリさん、ただの平民のラトリさん」
私はちょいちょいと手招きし、水筒の蓋をあけて手渡しました。
「それをぶっかけてください」
「どこに?」
「私に」
「おりゃー!」
ざばーんと盛大に水をかぶります。
私はずぶぬれになってしまいました。
まったく、春先だというのに、体を冷やしてしまうと寒くて嫌なんですけどね。
パールさんは呆然とした表情で私を見つめています。
「これぐらいなら殴られるだけで済みます。例外として、ドラゴン戦で足を引っ張って死者が出たのにへらへら笑ってたりすると、私の機嫌をそこねて殺されるぐらいのことはあるかもしれません。もちろん私を暗殺しようとした場合とかも死にます。暗殺の場合は村ごと消えると思うので、それだけは気を付けてください」
「わ、わかりました。ほとんど大丈夫ということですね」
「立場のある人の場合はその限りではありませんが、パールさんは民間人ですからね。かなりのことをしでかしても平気です。とはいえ、これは私の場合なので。人によっては危ないこともありますし、貴族関係者とは適度な距離を取った方がいいとは思います」
どの程度の距離が適度なのか……というのは人によるのでアドバイス不可能ですね。
顔を見ただけで殺されることもあるのが貴族社会というものなので。
さて、前ふりはそのぐらいにして。
ドラゴン退治の予定などについてざっと説明し、私の指示に従って動いてもらうよう承諾を取りました。
「何か質問はありますか?」
「いえ! ありません」
「では、私はこれで。細かい点については部下に聞いておいてください」
「了解です! ところで…………ラトリさんってあのラトリさんですよね。ミズバラの街の魔族退治で活躍した」
「そうだよー」
ラトリさんはひらひら手をふります。
このへんの事情については処刑関連の話とセットで各地のギルドマスターに流れているみたいですね。
ギャテンの街に所属しているパールさんも耳にしたことがあるようです。
「カルラ様の配下でも、実力ナンバーワンの女剣士ですよね!」
「まあそう、かも?」
「あえてカルラ様との決闘に負けることで、自分のプライドよりも公爵家の名誉を取った高潔なる美少女剣士ですよね!? 大ファンです!」
パールさんが目をキラキラさせながら妄言を口走りました。
…………情報というのが常に正確に伝達されるとは限りません。
あまりにも現実とかけ離れた風評を目の当たりにしたせいか、ラトリさんはひきつった笑みを浮かべています。
「カルラちゃんカルラちゃん。なんか私のお芝居が意味不明な伝わり方をしてるんですけど」
「公爵家の情報操作能力にも限界はありますからね」
いつの間にやら部下に屈辱を与える暴君という設定が生まれていたようです。
しかしそれ、わざわざ私の前で話題にすることなんでしょうか。
なんかこの子、最初は私に媚びてるのかと思いましたが、このぶんだと単なるおバカさんみたいですね。
ちょっとかわいいではないですか。
公爵令嬢を憎んだり妬んだりしてるタイプは苦手ですけど、これぐらい無自覚に無礼なだけならむしろ好ましいぐらいです。
この件が終わったら近衛にでも誘うことにしましょう。
たぶん軽く教育するだけで使い物になるはずです。




