第1話「冬眠から覚めた竜」
春は目覚めの季節です。
花が咲き種が芽吹きます。
動物も冬眠から覚めます。
熊とかモンスターとか、そして、ドラゴンとか。
「田舎に」
「行きませんよ」
「ドラゴンが出たらしい」
私の言葉を無視した父上がたんたんと続けます。
「ブロッコリー公爵領東部の山岳地帯で冬眠から覚めたドラゴンが暴れているようだ。近隣の街が襲撃にあい、砦を焼かれ、宝物庫も荒らされている。かなり活動範囲の広いドラゴン。おそらくは若い個体だ。老竜は自らのテリトリーから動かないからな。さっさと退治して平和を取り戻すのが貴族の務めというもの」
「行きませんってば」
私はお花見を楽しまねばならないのです。
働くなんてとんでもない!
「お前、行ってこい」
「いやだい!」
「屋敷にいても遊んでいるだけだろう?」
「それが大切なのです!」
「俺もできない相手には頼まんが……お前、なんでもできるだろ。ちょっとおかしいぞ。11歳なのにすでに30オーバーの貫禄がある」
「30って、年寄か! 失礼な! 私はぴちぴちですよ!?」
「妙なところに食いつくな。30はまだ若い」
「30なんておじさんだし! 女だったらおばさんだし!」
「俺も38だが」
「お父様の外見はすでに50を超えています! 妖怪じじいです!」
「失礼なのはお前だ」
父上はぴしゃりとつっこみます。
それから私の顔をじっと見つめて、ふうとため息をつきました。
「まったく、俺にそんな口が利けるのはこの世でお前だけだな」
「娘ですもの」
「ほかにも娘はいる。お前よりも使えるやつはいないが。お前よりも無礼なやつもいない」
「親しき仲にもなんちゃらですね」
「自分で言ってどうする。まあ、ここには俺とお前しかいないからかまわんが…………最近だらけすぎていないか? 領地の視察をしたらどうだ」
「ちゃんと監視は送ってますよ?」
「自分で見ろ。新しい領地もやっただろう。運営はどうしている?」
「部下におまかせー」
「…………まあ、最初はそれでもいいが。年内には顔見せに行けよ。それが貴族の務めだ」
「ぱぱー。私もっと使える部下がほしいのー」
可愛らしくおねだりしてみたのですが、父上は処置なしといった表情で首を横にふりました。
どうやら部下は貸してくれないみたい。
けちんぼさんですね。
領地も増えたことですし、運営のための人手はいくらあっても足りないのに。
「ともかく」
父上は仕切り直しを試みました。
「ドラゴン退治は今までの仕事と比べればはるかに難易度は低い。危険度はそれほど変わらんが。少なくともイレギュラーな落とし穴にはまることはないだろう。体の丈夫なお前にしてみればむしろ得意分野ではないか?」
「うう、でもでも、私はさいきん体がたるんでいるので不安です」
「確かにぷよぷよしているな」
「太ってはいませんよ!? 筋肉が贅肉になっただけです! その、あんまり動いてないもので」
ちかごろの私は知的な生活を送っています。
中庭でメイドや食客さんとかとボードゲーム三昧。
これがインテリというものですね。
私も11歳の淑女ですし、山遊びは卒業したのです。
いやまあ、マイブームが来たらまた狩りにいきますけど…………ドラゴン退治なんて論外!
こわいし!
あぶないし!
「そんな有様では騎士の名が泣くぞ」
「叙勲されないので?」
「されるが、内定しているだけで来年までは暇だろう。騎士叙勲を確実なものにするため、ついでに竜狩人の称号も取ってこい」
「ええー」
そりゃー地下世界とか秘境とかにいるドラゴンよりはだいぶ弱いでしょうけれど、それでもドラゴン退治はなあ。
「超めんどうなんですけど」
「おまえ、俺の酒を飲んだだろ」
「ぐっ」
「戦勝祝いをかねて目をつぶってやるが、酒蔵が減ったのは事実だ。あれはいい酒だった。竜玉はなかなか手に入らん。もう一度仕込むための材料をもってこい」
「ううっ、わかりましたよう」
これが因果応報というものか。
ちょっとしたお茶目だったのに。
こんなおそろしい仕返しをしてくるだなんて、父上は鬼ですね。
まあ……その酒を父上が飲むことはないのですけど。
知っていますか父上。
あなたの余命はあと12年です。
ドラゴン酒を30年も寝かせているうちにぽっくりいってしまうのですぞ。
もしもこの世界が原作とは違う流れに乗っていた場合、あんがい父上は80歳ぐらいまで長生きするのかもしれません。
それなら酒だって飲めるでしょう。
ただ、紅眼族には遺伝的に体が劣化しやすい人もおりまして…………父上はおそらくそれです。
38歳の現時点で、もうすでに50歳ぐらいに見えるのです。
父上は私に優しくしてくれてますし、ならば私も子として報いねばなりません。
それが親孝行というものですね。
親孝行は大事です。
無駄になる酒だって作りましょう。
「それで、相談役は」
「なしだ」
「もーちょっとなんとかなりません?」
「ならん。今回の任務では現地ギルドの腕利きが手助けしてくれるし、そもそも失敗したところで逃げ帰ってくればいいだけの話だ。失うものなど何もない。死なないようにだけつとめろ」
「へへー」
そういうことになりましたとさ。
支度金として金貨5万枚を与えられたので、それで装備を整えることにしました。
田舎だと品ぞろえに不安がありますからね。
父上のお膝元、公爵領の主都デジーコならば基本なんでもそろいます。
ややお高いですけれど。
だいたいのものは倉にありますし、対竜装備を整えて馬車で運ぶのがベターかと。
アイアンハンマーを10本ぐらいと、竜が好むお香と、毒と、鉄索ロープ、杭、罠、医薬品、食料、防具…………いやいや、先にメンバーを決めないと。
ドラゴンの噛みつき攻撃を食らうと即死ですし、それを避けられる身の軽さか超防御力、あとはブレス攻撃に耐えられる最低限の魔力が必要です。
ドラゴンは強くて速いので事故死がありえます。
ここは少数精鋭でいきましょう。
ヤクシャさんとラトリさんは絶対参加として、あとは食客の腕利きさんを5名ほど、女官が2名、護衛近衛から10名ぐらいってとこですか。
義胆鉄の如しとうたわれる近衛のブラフマさんと、正規兵屈指の実力者であるハヌーマンさんも連れていくべきですね。
これで戦力は十分、むしろ過剰なぐらいです。
損害さえ度外視すれば大型ドラゴンだって狩れますよ。
ただし、このメンバーが一人でも欠けてしまえば大損害なので…………危ない橋とかは絶対にわたりませんけどね。
高級人材ってかわりがきかないのです。
人材は金では買えません。
1000人に1人ぐらいの秀才までならいくらでも見つかりますが、それ以上の人物となると出会うことさえ難しいレベルになってきます。
ああでも、このメンツだと雑用が足りないですね。
民間人には荷が重いですし、宴会でドラゴン酒を一緒に飲んだメンバーを誘いましょうか。
「とゆーことで、一緒にドラゴンをやっつけましょう」
「い、いや、自分には荷が勝ちすぎるかと」
「逃がしませんよー」
「ひいっ!」
「あなたも私も共犯なのです。私たちって運命共同体。しあわせも不幸も分かち合う間柄じゃあないですか」
「誰か助けて!」
べったり抱き着いて泣き脅しにかかると、のんべえの皆さんは快く了承してくれました。
だいたいが半泣きでしたね。
こんなかわいい女の子にくっつかれてお願いされたわけだから、泣いて喜ぶのは当然のことだと言えるでしょう。
その…………さすがに肉壁に使うようなことはしませんよ?
荷物持ちって絶対必要ですし、山中の強行軍に耐えられる一般人とかはいないので。
後方支援要員としてがんばってもらいましょう。
出発の準備ができるまでラトリさんとレスリングごっこをして遊びます。
最近なまっているのか、あっさり捕まれて投げられる展開が続いてしまいました。
とはいえ三日もすれば勘が戻ってきたので、とりあえず訓練はこれでおいときますか。
減ったのは筋肉だけなので。
道々鍛えておけばいいですね。
生まれ持った体の丈夫さというのは少々怠けたぐらいでは変わりません。
血管の柔軟さ、体のバネ、骨や腱、内臓、魔力回路なんてのは才能の占める割合が大きいので、もともと恵まれている私はすぐに戦える体になりました。
見た目もだいぶキリッと絞られた感じ。
しなやかな野獣のカルラちゃんなのです。
才能というやつは本当にどうしようもなくて、ない人はある人には絶対に勝てません。
魔力のあるこの世界は特にそれが顕著です。
だいたい世界最強の人が重力魔法を使えば1000キロ前後の重さが出てしまうので……私だと今は500キロぐらいです。
相撲取り3人分の体重が乗ったパンチを受ければ、魔力のない人は死にます。
これを高速運用、同時に防御や肉体強化なんかができるようになれば達人と呼ばれるようになります。
王立魔法学校の卒業生とかはみんなできますね。
ヤクシャさんやラトリさんもできます。
私は半人前なので、まだまだ全体的に遅くて粗くてへたっぴです。
もちろん私の場合、その分野で一人前になる必要はありません。
事故死に対応できる防御力さえあれば足ります。
私の戦闘力が期待されるような状況であれば公爵家は終わりです。
終わっていなければ時間を稼いでいるうちに誰かが助けてくれます。
原作ヒロインのシエラやアリスなんかも防御術ばっかり仕込まれてましたからね。
攻撃に転じれば身の守りがおろそかになるため、身分が高くなればなるほど防御だけを教え込まれます。
攻撃なんてのは人に任せておけばいいのです。
私たちはただそこにいれば指導者として機能するわけで、特に戦闘力を伸ばすことは求められません。
いやまあ、原作ヒロインとかは戦士としても世界最強クラスだったりしますし、その力でたびたび危地を脱してましたから…………もしかしたら求められるのかもしれませんけれど。
あれはファンタジーのはずですからね。
私ってほら、か弱い女の子ですし。
あんまり危ない場所には居たくないなーなんて、思ったり思わなかったり。




