第7話「魔族退治」
攻略の下準備として、まずはミズバラの街から桜花草の影響力を排除します。
火をつけて街を燃やすのが一番簡単ですが、この街は区画整理がよく行き届いているので再開発する必要を感じません。
せっかくの建造物を燃やすのはもったいないですし、復興も遅れてしまいます。
地味な正攻法で進めることにしましょう。
まずはギルド員部隊を分解、再編成します。
4~7人のパーティーで街全体を探索してもらいますね。
街に侵入させて、花をちょっとずつ摘んでいきます。
人間相手なら当然夜間行動なんですけれど、魔族相手の場合は逆。
昼間のほうがはるかに安全です。
ギルドランク上位の人を1人と、雑魚を3~6人ぐらい寄せて組み合わせた即席パーティーです。
「慣れたパーティーのほうが動きやすいんだ!」
「これだから貴族は! ギルド員の使い方をまるでわかってない!」
とゆー陰口が叩かれてるようですが、無視します。
慣れたパーティーなんかで組ませたら丸ごと逃げ出してしまいかねませんからね。
使う側の理屈と使われる側の理屈は違います。
雑魚だけ100人集めても使いようがないですし、彼らは強者の剣で脅して統制を取ることによってはじめて人間になれるのです。
仮にミズバラの街の5万人が死力を尽くして魔族と戦っていれば、そもそも街を追われることなど起こりうるはずがありません。
彼らは逃げたから負けたのです。
逃げないように戦うためには中核兵力が必要で、だから私たち200人がわざわざ出張してきたのです。
私たちは味方を死地に追いやって殺すのが本職で、敵と戦うのは本来の仕事ではないのです。
正規兵の死因ってだいたいが部下からの裏切りです。
末期的な戦場だと2割ぐらいの正規兵が部下から殺されます。
よく『無能な上司はしばしば部下によって殺される』なんてとんでもない誤解がありますが、それは勘違いです。
部下をこき使える有能な上司だから殺されるのです。
部下をいつくしむ上司は単なる給料どろぼうであって、使う側の理屈から言えば完全なる無能です。
もちろん使われる側からすれば、危険な戦場に送り出さない上司こそが有能ということになりますが…………まあ、それが立場の違いというやつですね。
私もできれば危険な仕事は人に任せたい。
熟練冒険者4人組とかのパーティーが魔族を駆逐してくれるんなら、それはそれで楽できていいのですけれど。
ファンタジーすぎて現実味がありません。
街を占拠されるぐらい追い詰められている現状、そこまで冒険者に期待するのは無理ですね。
小さな桜花草は手で摘んで、大きな桜花草には除草剤をぶっかけます。
桃色の魔力だまりを見つけては散らしまくり、空気をよどませているポイントを制覇して、ミズバラの街を浄化します。
桜花草が少なくなれば魔族が地上で活動することは極めて難しくなります。
花を摘むのがわりと簡単である一方、育てるためにはそれなりの時間や労力が求められるので……この戦場は圧倒的に我々が有利ですね。
夜になれば引き上げる、という点さえ間違えなければ問題ありません。
街の周囲に監視所を作り、斥候部隊をガンガン送り込みます。
「魔族との接敵がはじまりました」
「街の南東部です」
「送り込んでいたギルド員からの連絡が途絶えました。救援を送られますか?」
街の外にある作戦本部で優雅にお茶を飲みつつ、私は「いいえ」と答えます。
連絡が途絶えたのなら、そりゃ死んじゃっているでしょう。
彼らの役割はカナリアですからね。
死んで鳴かなくなるまでが仕事です。
気にせず作戦を続行させましょう。
3回ぐらい部隊が消えました。
この事実から敵本拠地を割り出します。
練達の物見からもたらされた情報と照らし合わせても間違いはないみたい。
ダンジョンの出入り口までの間に迎撃拠点を設定し、さっそく設営といきますか。
朝一番で資材を運び込み、突貫工事を進めます。
細道という細道にバリケードを作って封鎖し、相手の逃げ道を指定、メインストリート沿いの商店は狙撃施設に改造しちゃいます。
もちろん花はぜんぶ摘んでおきますね。
工事は夜までかかったので、仕方がなく未完成の拠点に兵を入れて穴熊を決め込みます。
その夜、魔族の襲撃はありませんでした。
これは勝ったも同然ですね。
もちろん夜襲があっても勝てたは勝てたでしょうけれど、おそらく被害は大きかったはずです。
太陽の加護を受けて戦えるのであればそれに越したことはありません。
さあ、掃討開始といきますか。
準備を終えた私たちは手筈通りにばらけ、各々が配置につきます。
風向きを計算して魔族の拠点に流れ込むように、枯草や香草、霊草なんかをいっしょくたにして燃やし、煙をもくもく作ります。
単純ないぶしだし作戦ですね。
これで出てこなければ火をつければいいんですけれど、ほどなくして魔族が飛び出してきました。
当初想定されていた逃亡ルートをたどり、ダンジョンの入り口を目指しているようです。
鬼や獣人、竜人、亜人、有翼人などなど、異形の魔族の群れがこちらに近づいてきますね。
中には見た目人間とかわらないのもいますけど。
だいたいが二足歩行ではあるものの、肌とか微妙な造形とか、帯びている魔力の質とかが人類とはまったく異なります。
まだ打ちません。
まだ打ちませんよ。
迎撃拠点に並べていた柵をいくつか蹴り破られ、防御陣の中ほどまで魔族が攻め込んできた段階で鐘を鳴らして合図します。
「斉射!」
勢いよく放たれた鉄の矢が魔族の体を貫きます。
何度も打ちまくります。
これで進路を変えてくれればいいのですが……無理ですね!
魔族が突っ込んできます!
特に先頭の魔族がはやい!
異常なレベルのスピードです!
密度の高い矢道をあっさりと突破した虎男は三重の柵を軽々と跳躍し、本陣に肉薄しました。
すごく強靭そうな魔族です。
縞模様の毛皮の下にある分厚く盛り上がった筋肉、鋭利な爪、吹き上がる大魔力、獣臭、むき出しの牙、血走った眼光など。
手足に刺さっている矢を気に留めた様子もありません。
そーとー危険な相手です。
はっきりと脅威を認識したのか、私の近衛兵たちが前に出てがっちりと防御を固めました。
魔族は足を止め、高らかに名乗りを上げて叫びます。
「俺の名は六郎太! 大将は誰だ!? 一騎打ちを所望する!」
「私です」
人の壁の後ろからはーいと手を上げてみました。
近衛がさっと道をあけます。
視界が開けました。
戦場に一瞬の空白。
目と目の会話が行われます。
六郎太さんはじっと私をみつめ、そして、ふいと目をそらしました。
「大将は誰だああああ!?」
し、信じてもらえない。
いや、たぶん信じてはもらえたのでしょうが、子供の首では名誉にならないと判断されたのですね。
よくわかるお話です。
いくらなんでも近衛に守られている私が大将だと理解はしているはず。
ずいぶん誇り高い魔族さんですね。
なら、こっちからも、それとわかりやすい豪の者を出しますか。
「ヤクシャさん」
「おう」
呼ばれたヤクシャさんが一歩進み出ました。
「俺が相手をしてやるよ。ヤクシャだ。俺の名はヤクシャ。冥土の土産話に覚えておけ」
「けっこう。だが、死ぬのはおまえだ!」
ガガガガガッ、とすさまじい剣と爪の応酬がはじまりました。
うわ、すげえ。
あの人ヤクシャさんとほぼ互角ですよ。
こんなのがいたんじゃ街が落とされるのも無理はないですね。
とはいえ、魔力が互角だったとしても技術はまた別です。
状況においても敵の分が悪すぎました。
防御主体に戦うヤクシャさんには傷一つない一方、無数の矢傷から血を流す六郎太さんの体からは常に紫煙が噴き出していて苦しげです。
太陽光から身を守るための魔力さえ攻撃に注ぎ込んでいるのですね。
決着はほどなくつきました。
「六郎太、打ち取ったり!」
「むう……不覚」
胴を七割ほど切断された六郎太さんが地面に倒れます。
他の主力部隊もどんどん打ち取られていきました。
形勢は一気に我々が有利ですね。
私たちが居座っている迎撃拠点への攻撃を諦め、事前に用意しておいた逃げ道へと魔族が殺到します。
射線が通っているので打ちたい放題です。
最後尾が抜けたようなので防御陣を飛び出して抜剣、後ろから突撃をかまします。
「かかれー!」
カルラ隊の猛者たちが最後尾に食らいつきました。
またたくまに蹴散らして逃げる魔族の背中を斬りまくります。
ああ。
らくです。
らくすぎます。
向かってくる敵を倒すのに比べ、逃げる相手を殺すことの、なんとかんたんなことでしょう!
殺戮に燃える勢いのままに、魔族を一方的に虐殺します。
死体がどんどん生産されていきました。
道のはしっこで頭を抱えて震えている魔族は放置しておいていいですね。
弱者は脱落し、頑健な魔族だけは逃げるのに成功してダンジョンまでたどり着きます。
でも残念、ダンジョンの入り口にも簡易バリケードがあったのです。
そんなに大げさなものじゃないので通れることは通れます。
ただ、じゅうぶん足止めにはなりますよ。
もたもたしている魔族を後ろから狙撃して仕留めます。
このままダンジョンの奥まで追い返せればいいですね。
作戦次第では壊滅させることもできたでしょうけど、それをやるのはリスクが高すぎたので回避です。
「逃がすな! 袋のネズミにしろ!」
手柄を立てて汚名返上したいギルドマスターに率いられた部隊が逃げ遅れた魔族の群れの前に立ちふさがります。
あーあーあほですね。
必死で逃げる魔族に蹴散らされてあっさり半壊しちゃいました。
そりゃそーですよ。
相手は死兵なんですから、正面きってやりあえば負けるにきまってます。
戦いは相手の逃げ道を常に用意してあげなきゃいけないですし、殴るなら横とか後ろとかからが基本です。
わざわざ逃げ道をふさいで相手の必死を引き出すなんて…………あの人ってほんと、やばいぐらい低能ですね。
ちゃんと事前に、逃がしてもいい、横から射るだけでいいって言ってあげてたのに……まあ、処刑の明白な口実ができたということにしましょうか。
そんなものがなくても切るつもりでしたけど、大義名分があるのはいいことです。
カルラ隊を散開させてダンジョンの入り口を半包囲し、渋滞している魔族の群れに次々と弓撃を加えます。
しばらくすると魔族がいなくなりました。
積み重なった死体をどかして交通を確保し、地上に残っている魔族を殺したり捕虜にしたりしつつ、部隊の再編を行います。
ヤクシャさんやラトリさんをはじめとした暴れ足りない人を集めて、ダンジョンの奥に突入、さらに残党狩りを進めます。
地下1層の途中で力尽きた人とか怪我人を運んで逃げ遅れた人とかを中心にトドメを入れていきますね。
2層の入り口まで行くと防御陣地が設営されていました。
さすがに追撃はここまでです。
「引き上げましょう」
突っ込んでも勝てたと思いますけれど、無駄な被害を出すことに意味はありません。
どのみち地下の奥深くまで攻めて魔族を根絶やしにすることが不可能である以上、彼らとは適当に小競り合いを繰り返して住み分けするしかないのです。
部隊戦闘はおしまい。
あとは街に残っている魔族をしらみつぶしにすればミッションクリアーということですね。
ずいぶんチョロい仕事でした。
毎回こんな楽なのばっかりならいいんですけれど。
さすがに青眼族の主力部隊の撃破とか、魔都の攻略とか、侯爵級以上の正規軍の討伐とかが目標だと困難すぎて泣けてきますからね。
父上がそこまで無茶振りしてくるはずはないと信じたいところです。