第6話「迷宮とは」
ダンジョンのある街は地下世界と地上をつなぐ出入り口です。
迷宮探索系の物語だと全何階、みたいなダンジョン描写がありますが、この世界のダンジョンはそういうものではありません。
地下世界はあまりにも広大すぎて探索し尽くすことはできないのです。
ダンジョンそのものが一つの世界であり、その規模は地上世界のすべてと合わせても何ら引けをとりません。
原作主人公でさえ地下100層が限界。
地下世界はそれよりもさらに深いです。
ちなみに1層が地下100メートルぐらいの間隔でして、魔族の手によってご丁寧に現在地下何層かという標識が設置されています。
地下10層だと1000メートルですね。
もちろん人間向けではなく、魔族自身が利用するための目印です。
どこまで深く潜っていけるのか、それを人類が知る術はありません。
原作でも描写はなかったです。
ダンジョン世界は下に行くほど広くなります。
上はけっこう狭いです。
ミズバラの街にあるトーシンツー迷宮は入り口が一か所しかないので、街を制圧して入り口を抑えれば魔族は駆逐できます。
ただ、ミズバラの街自体の攻略は結構手間がかかるものでして…………まあ、それは目で見たほうが早いですね。
人口5万の都市なので広いというのもありますが、それ以前、魔族の手によって見るも無残な姿に変わり果てているのです。
進軍準備を終えた私たちはカシードの街を出発し、ミズバラの街を目指します。
カルラ隊が700人、冒険者ギルド員が300人の混成部隊です。
合計1000人ですね。
無駄に多い気がします。
当初の予定では500人ぐらいの部隊で攻略するはずだったのですけれど…………住処を追われた難民さんの戦意が想像以上に高く、給料をとびきり低く設定しているのに志願者が殺到してきたのです。
「なんでもします!」
「戦います!」
「どうか手伝わせてください!」
などと、戦意高揚なんて全然必要ないぐらいやる気がほとばしってます。
頑健な人とか従軍経験のある人とか以外は全部不採用にして、それでも500人以上が集まってしまいました。
さすがにこれ以上増やすと正規兵の数が足りません。
無理をすれば志願兵の中から小隊長をより分けて再編することもできますけど、めんどうなのでパス。
このまま進むとしましょうか。
カルラ隊のほうは正規兵だらけなので秩序が保たれています。
一方のギルド員部隊はものすごく荒れています。
お目付役として何人か送っているのですが、とにかく統制がめちゃくちゃです。
パーティー単位で集まって好き勝手に騒いでいるみたい。
あとあと再編する必要がありそうな感じですね。
しょせんは下等人類の集まりなので、重要な意味のある仕事を任せるのは無理そうです。
まあ、もともと使い捨てる気だったので問題はないのですけれど。
扱いとしては傭兵さんと同じでいいですね。
魔族の注意をそらすためのデコイや雑用といった任務をこなしてもらいましょう。
そういえばギルドマスターのビローさんは心のお加減がよろしくないらしく、半壊れのような剣幕で部下にやつあたりを繰り返しているそうです。
「でしゃばるな!」
「カルラ様の意を受けた俺に逆らうな!」
「みだりに御名を口にするな! 恐れ多い! 殺すぞ!」
とゆー具合で叫びながら、女の子の髪をつかんで殴ったりとか、私の名前を口にしただけで部下をどなりつけたりとか。
別にあそこまでしなくてもいいのですけど。
部下の教育にもほどほどの加減というものがあります。
たしかに脅したのは私ですが、命令に逆らいさえしなければ多少の無礼は大目に見るつもりでしたのに。
てゆーか、あの人って無能なだけじゃなくて低能ですね。
無能は何もしなければ無害なので使いようはあるのですけれど、低能は働く分だけ無能よりさらに有害です。
夜には寝所からあんあん悲鳴が聞こえてくるそうですし、部下からの評判もよくないみたい。
とすると、私にいちゃもんをつけてきたあの人相の悪い人は、ギルマスから情報操作を任されていた太鼓持ち要員だった可能性大ですね。
やれやれ、公爵令嬢の私に対してその手を打ってくるとは。
確かに私は子供ではありますが、これはまたずいぶんとなめられていたものです。
今回のことが終わったらきっちり首を切っておきましょう。
そろそろミズバラの街が見えてきます。
日が沈みつつあるのに前方だけが明るく光ってますね。
魔界から出てきた蛍光虫や幻灯獣といった地下生物が光源となって輝いているのです。
あの光が見えるということは、街全体が魔界化しつつある証でもあります。
魔界化の原因は『桜花草』という名前の植物です。
桜花草はピンク色でファンシーな造形の、女の子が喜びそうな可憐な草なのですが…………その生態は極悪です。
地下世界の魔力を放出することによって魔族の気配をわかりにくくすると同時に、太陽の光を中和して魔族の地上生活を快適なものにしてしまうのです。
桜花草が満ちている場所では魔族が強くなります。
加えて、太陽の光を気にせずに地上で活動することができます。
そんな邪悪な草がいたるところに植えられています。
街の外にもちらほら侵食しているようです。
桜花草は春になると爆発的に増殖してしまうため、その都度魔族や地下世界のモンスターがあふれ出し、いよいよ手がつけられなくなるという寸法です。
現在のミズバラの街は魔界化1年生のイージーモード。
そこから2年3年と魔界化が進み、もうちょっと規模が大きくなれば魔都と呼ばれるようになります。
地下世界の用語だと光の国というやつですね。
原作の青側主人公チームが20人ぐらいで攻略してましたが、常識的にはそんな人数で落とせるような場所ではありません。
魔都の攻略には最低でも1万人近い兵力が必要とされています。
ミズバラの街にそこまでの数の魔物があふれるのは何年か先のこととはいえ、放っておけば人類の脅威になるでしょう。
対処しやすい今のうちに片付けてしまわねばなりませんね。
街の近くに来たので設営を開始し、攻略準備を進めます。
ミズバラの街には城壁がありません。
魔族に占拠されることを想定して意図的に攻めやすく守りにくいように設計されているのです。
ダンジョンから東西南北に伸びた目抜き通りは極めて広く通りやすく、区画整理が行き届いているので地図がなくても迷うことはありません。
ただ、それでもすぐに攻めこむのは下策です。
決戦場の設定はできるだけ有利な場所を選ぶのがよいのです。
今はまだ宵の口。
光源に不自由しないとはいえ太陽の加護はありません。
行動するなら昼のほうがいいです。
桜花草の力も太陽の影響力を完封できるほどすさまじいものではないですし、そもそも数が少ないですからね。
もしも街の外までわざわざ夜襲をかけてくれるのならもうけものということで、今日はこのまま寝ましょうか。
食事をとってテントを張り、服を脱いで横になります。
新兵さんとかだと眠れない可能性がありますが、単に横になるだけでも最低限の体力は回復します。
活動さえしなければエネルギーはたまるのです。
私も目に見えない疲れとかを取るため、できるだけ内功を巡らせて体調を整えにかかります。
しかし、あれですね。
すぐ近くに家があるのにわざわざテントを張るのって不経済ですね。
見晴らしがよくないと奇襲に対応できないので当然の処置なのですが、街に入って民家で寝ちゃえばいいんじゃないかなーと思わなくもありません。
「いっそ、ベッドだけでも運びだしてくるべきか」
「それはドロボーだよ!?」
ラトリさんが常識的なつっこみを入れてきます。
「私たちは街を救うために戦っているのですよ? ちょっとぐらい盗んで使っても罰は当たらないと思います」
「うー、まー、そーかもしれないけどー!」
現在はテントの中で二人きり。
ラトリさんが護衛の任務を務めているのですね。
普段はこうして一緒に寝ることもないのですけれど、今日は危険が大きいので特別です。
ラトリさんは普段の3割増しぐらいでテンションが高いです。
めったに近づかない距離でくっついてべたべたしているので、ちょっとしたパジャマパーティーのノリになっているようですね。
「カルラちゃんって悪役が似合うよねえ」
私の髪をいじりながらラトリさんがしみじみとつぶやきます。
「ひどいことを言いますね」
「ごめんごめん。でも、あのギルド員に向けての演説とかすごかったよ? あれが公爵令嬢に求められるスキルってやつなんだね」
「いや、あれはただの趣味です」
「そうなの!?」
「そもそも部隊統制に口のうまさなんてものはいりません。暴力だけで十分です。私はわざわざ親切に説明しましたが、無言で殺すだけで十分効果はあります。私が言って聞かせたようなことは、本来彼らが自分で考えれば済むのです」
「そ、それだと委縮しすぎちゃわないかな?」
「それが目的だから問題ありません。好き勝手に動かれるほうが有害ですからね。あれが公爵令嬢に必須だというなら、口下手の人とかは困るでしょう?」
「ああ、そりゃ、まあ」
自分にそれができるシーンが想像できなかったらしく、ラトリさんがもごもごと口ごもりました。
「口を利けばその分だけの矛盾が生まれ、矛盾が積み重なれば発言力が落ちます。私はおしゃべりな方なので自制しませんが、本来なら何も話さないぐらいのほうが威厳が出ていいとさえいえるのです」
「それって悲しすぎないかな」
「まあ、会話が好きなら話せばいいんじゃないでしょうか。嫌いなら黙ればいいですし。少なくとも会話が成立していればコミュニケーションは取れるので、人間を相手にしているという気にはなりますね」
「会話しないと友達が作れないよ!?」
「それは……まあ、そうですね」
会話したとしても公爵令嬢の私は友達など作れないのですが、ラトリさんにそれを理解してもらうのは無理なのかもしれません。
公爵令嬢の私は次期公爵クラスの人間としか友達にはなれないので、私の友達ストックはゼロです。
他の2公の後継者は私よりだいぶ年上ですからね。
上下関係のある友達ということなら、ぎりぎり伯爵家の後継者ぐらいが私と隔意なく付き合える限界かと思われます。
それって世界に何人いるのでしょうか。
男爵家の後継者とかが私に生意気な口をきいたら問題になりかねないので、これはどうにもなりません。
「食客の人以外にも友達作らないと、カルラちゃんの交友関係が大変だよ!」
「まったくですね」
私は適当に嘘をついてぼーっと空をながめました。
ごめんなさいねラトリさん。
私はラトリさんが大好きですが、友達だとは思っていないのです。
むしろ裏切りを疑っているのです。
仮に他国のスパイでないのなら、食客という自由な生き方をしているラトリさんはいつか私の前から消えてしまうでしょう。
だからあまり心に入れておかないほうがいい。
そうも思っているのです。
さすがにこの場で私を暗殺するのは意味がなさすぎるので警戒心ゼロなのですけれど……例えばラトリさんの母国を攻めるときにはつれていけませんし、他にもいろいろな状況の変化はありますからね。
裏のない単なる一般人である場合がベターとして、ベストなのは父から送られてきたお目付け役兼刺客であり、父の死後に公爵家に対して忠誠を誓ってくれるというケースです。
「では、おやすみなさい」
「おやすみー」
まあ、明日は明日の風が吹きますか。
今日はすやすや眠ります。