第5話「恐怖でまとめる」
「横暴だ!」
「何いってんですか。あなたたちの徴兵は義務です。冒険者ギルドは常に国から援助されてますし、税金だって他と比べれば飛び抜けて軽いでしょ。こういうもしもの時に活躍すると思ってるから恩恵があるんです。義務を放棄するのなら死ぬしかありませんよ」
公爵家の権威をしょっている私に面と向かって文句を言うなんて、正気の沙汰ではありません。
それを教えてあげただけなのに。
なんだか文句のある人がまだまだ多そうですね。
ちょっと意外です。
血の気が多いのは結構ですが、あんまり多すぎると流れる血だって増えるのですけれど。
…………まあ、自由にやらせすぎた弊害ということですか。
上からの干渉がなく、逆に援助ばかりがあるので、自分たちがどういう立場なのかを忘れてしまっているようです。
ちょっとおさらいしてみましょう。
本来、冒険者というものは地下世界の魔族を相手にした盗賊稼業です。
地上では得られない珍しい交易品を採取採掘、時には強奪することによって生計を立てています。
魔族にとってはハタ迷惑な存在ですが、冒険者がいるおかげで魔族は地上近くには住みにくいし、出てこない。
これは地上に住む人類にとっては非常にありがたい状況です。
冒険者の活躍は人類のメリットになります。
活躍すればするほど魔族からの被害が減ります。
というわけで、彼らをフル活用するために為政者側もいろいろ手を尽くしているのです。
冒険者稼業は極めて危険な上に実入りも少ないため、まずは品物を買いたたかれないようにギルドで買い取らせて商人に交渉させます。
魔物に対して懸賞金とかもかけます。
けがをした人のための福利厚生施設だってあります。
配給も優先的に回されるため、食べ物に困るなんてこともありません。
彼らのやる気を上げるために税金はただ同然の設定ですし、犯罪者や逃亡奴隷だってほとんど審査なしでギルドに入れます。
参入障壁を下げて難民を誘致し、税率を低くして自由にやらせることでパフォーマンスを高めてるってわけです。
まあその処置が必要なのは黎明期だけで、ある程度勢力が固まってからであれば門戸を狭めても平気なんですけれど。
門戸を狭める、というと利権独占みたいなイメージがありまして、それはまあまったくその通りではあるのですが。
これには悪質業者を蹴り出せるというメリットもあるので一概に悪いとも言い切れないんですよね。
全体としての競争力が落ちる代わりに、均一化された安全なサービスを受けられるようになるともいえるのです。
ミズバラの街の冒険者ギルドの参入は誰でもウェルカム、冒険者の質もピンキリです。
この場合だと格安の値段で難しい仕事を引き受けてくれる英雄みたいな人が生まれる代わりに、ごみ屑同然のぼったくり冒険者も併存してしまうので、これをいいことだと考えるか悪いことだと考えるかは立場や価値観によって異なるでしょう。
それほどの保護を受けている冒険者ですが、彼らは盗賊の親戚であるため、ダンジョンを探索しなければ害獣同然になります。
ダンジョンから離れた冒険者なんてカスです。
だから彼らはダンジョンから離れた時点で兵役義務が課され、街を取り戻すために全力で戦うことを強要されることになる…………はずなのです。
が、平和が続いたせいでその義務を忘れてしまった人も多いみたいですね。
おろかなことです。
ダンジョン探索をしなければ人類に有害である冒険者が、兵役義務を放棄してどうやって生きていくというのでしょう。
「みんな、言いたいことはあるだろうが、今は緊急事態だ。力を合わせてこれを乗り切らねばならない。彼女のことを俺たちのリーダーだと認めてほしい」
ミズバラの街のギルドマスターが場をまとめにかかりました。
見た感じ30代後半のイケメンです。
茶髪の赤目なので紅眼族、短髪、長身、魔力もけっこうありそう、筋肉もそこそこついてます。
ルックスはいいけど能力はどうでしょうね。
その疑問については現状ほぼ答えがでているのですけれど、有能でもどうしようもない場面というのはありますし。
今のところは保留です。
みなさん不満そうな表情をしていますが、とりあえず納得したようです。
でもまだ少し足りませんね。
誰を生贄にしようかなーと反抗的な目の人を物色していたところ、都合よくというべきか、わざわざ人相の悪い男の人がいちゃもんをつけにきてくれました。
「ちっ、いいか嬢ちゃん。俺らはてめーに従ってるわけじゃないぞ。本来ならおまえごときに使われる俺たちじゃねーんだ。ビローさんが言うから従ってるんだ。そこを勘違いするなよ?」
「ふうん?」
私はちょっとだけ考えて彼の発言を咀嚼します。
あまりにも意味不明なことを言われて理解がおぼつきませんでしたが、なるほど、それが賤民界における信仰なのかもしれません。
みじめな自分を認めたくなくて、自分たちのリーダーを世界の王であるかのように錯覚することで心のバランスを保つ。
それが貧民教の道義なのでしょう。
色鮮やかなほどに底辺らしい発言です。
この惨めさ、圧倒的な負け犬感はしかし、すごいです。
私は感動を胸にしてうなずき、傍の護衛に視線を送ってから彼を指さしました。
男はあっという間にひきたおされてしまいました。
護衛さんが胸の肋骨を蹴り折ります。
私がピッと顔の横で指を立てると、耳を引きちぎってくれました。
悲鳴。
絶叫。
失禁。
あらあら、おもらしだなんて。
もうすこし礼儀だけでなく行儀も学んでおくべきでしたね。
「お、お待ちください! どうか私の顔に免じて、彼のことはお許しを!」
「はあ? なに言ってるんですか? 彼の無礼はもちろんあなたの責任です。あなたにこれ以上失うメンツなんてないですよ?」
まさかこの人、部下をかばう俺優しくてかっこいーとか思ってるんじゃないでしょうね。
田舎の価値観だとありえなくもないか。
世の中にはとんでもないバカもいるものですし。
「さて、ビローさん。一応確認しておきますが、部下の不始末はあなたの不始末です。彼がいったことはあなたがいわせたこと。公爵令嬢の私に対して、あなたが、部下を使って反抗させるという手を打った。このこと間違いないですね?」
「わ、わたしは」
「違うというならきっちり教育してもらいましょうか」
わざわざナイフを足元に投げてあげたのですが、どうやら動けないようです。
まったく、無能というのはどうしようもないですね。
「ビローさん」
私は子供に言い聞かせるようにして話します。
「彼が私になめた口をきいてきたのは、あなたが普段からそのような態度をとっているからなのでしょう。貴族みたいな現場もしらない世間知らずどもは、ギルドをまとめている俺には頭が上がらないんだとか、まあそんな感じですね。彼がそれを信じるのはいいですよ。公爵家の跡継ぎという地位が実際にどの程度のものなのか、理解する頭がないのは下賤の民であればしかたがない。だから、彼の仲間や知り合いまで罰するつもりは私にはありません」
こう見えても私、下々の者には寛容なのです。
慈愛あふれるカルラちゃんなのです。
いくら不満が顔に出ているからって、それだけでギルド員を皆殺しにしたりはしません。
ただでさえ頭の悪い社会底辺が、上司からものの道理を教えてもらえなければ、無礼に育ってしまうのは自然なこと。
「でも、お前は違うぞ?」
ギルドマスターは顔を蒼白にしています。
ここまで言わなければわからないあたり、さすがは街を魔族に乗っ取られたギルドの長だけのことはありますね。
いちおう、もうちょとだめ押ししておきましょうか。
「貴族に反乱を起こしたハムスター子爵領の盗賊軍1万は根こそぎ壊滅しました。とはいえ、彼らはまだしも飢餓のために立ち上がったわけです。貴族側にも責任はあるでしょう。だから領主のブリトラ子爵は罰を受けましたし、反逆者全員皆殺しということはしていません」
ちゃんと話を聞いてくれているみたいなので、私は淡々とした調子で続けます。
「が、普段から税や法の優遇を受けているあなたがたが義務を放棄して貴族に逆らうというのなら、それはもう死ぬしかない。もちろんビローさんの場合はビローさん個人の話ではすみません。ただでさえあなたは街を奪われる失態を犯し、さらには管理能力の低さも露呈しているのですから。たとえば、今倒れている彼がもう一度私になめた口を聞いた場合…………あなたは当然ですが、あなたの家族や側近の部下にはきっちり責任を取ってもらいます」
「せ、責任とは?」
「いう必要がありますか?」
侍従に剣を渡して指さすと、倒れていた男のふとももに剣を突き刺してくれました。
悲鳴があがります。
うるさいです。
護衛さんが男の顎に軍靴を打ち付けて歯を砕きます。
口から血があふれました。
男はぴくぴくしています。
たぶんそのうち死ぬでしょう。
これでギルドマスターが処刑される可能性は少しだけ減ったわけですね。
ああ、私ったらなんて優しい子なのかしら。
自画自賛しながら宗教家のように腕を広げて語ります。
「みなさんにもいっておきます。私は陰口をいちいちとがめたりはしません。酒の肴としてバカにするのも許します。それぐらいしか惨めな自分を慰める方法を知らないのならしかたがない。でもね、そんなファンタジーを信じて」
私は一拍の間をおいて、
「我々にめんとむかって言った場合だけは別ですよ」
と、周囲を見ながら言いました。
しん、と水を打ったような静けさが場に満ちています。
私の向けた視線の先ではギルド員の荒くれがみんな下を向きました。
うむ。
これが正しい反応というもの。
教育が行き届いたようでなによりです。
とはいえ底辺は忘れっぽいので、折に触れて何度も教育する必要はあるでしょうね。
「このこと、みなさんのお知り合いにも、勘違いが起きないように言い含めておいてくださいね」
私は可愛く微笑みながらお願いします。
その真意がみんなに通じたのか。
このときようやく、反抗的な目をしている人は一人もいなくなりました。
やれやれ、恐怖で取り仕切るのは肩がこってやですよねえ。
こんなことなら正規兵をもっとたくさん連れてくればよかったです。
食客の人はあんまり部隊統制の才能はないですし、こういうのは私みたいなか弱い女の子がやるべき仕事ではないのですけれど。