第4話「攻略準備」
ミズバラの街は魔族に占領されているので、攻略拠点については別に設定しなければなりません。
一番近いのはカシードの街ですね。
そこに腰をすえることにしましょう。
ミズバラの街から逃げ出した住民さんたちも同じ考えのようで、街の外には大規模な難民キャンプが生まれています。
カシードの街は人口3万。
ミズバラの街は人口5万。
街の人口を超える難民が一度に流れ込んでいるわけなので、難民キャンプ自体が一つの街のようになっている模様。
先行させていた調査役の話によると、カシードの街の施設はほぼ人で埋まっているみたいです。
金持ちの屋敷も埋まってます。
倉庫も同様。
宿屋も満員状態。
公園も無理。
どこもかしこも人だらけ。
カルラ隊の正規兵食客直参もろもろ、総数200名を受け入れる場所さえ確保できないとのこと。
これは追い出さないといけませんね。
士官用の高級宿を借り切って20人ぐらい、コネでゲットした屋敷で50人、あとは難民さん向けに開放されている物資倉庫を接収します。
蹴りだした難民さんには青空暮らしをしてもらうことにしましょうか。
じじばば乳児の何人かは寒さとかで死ぬでしょうけれど、まあそれが自然のなりゆきですね。
「気の毒すぎます!」
「なにいってるんですか。正規兵だって外でテント暮らしをすれば体力が減ります。私たちは安らかに寝ないといけないのです」
私たちの安眠と難民の命、いったいどちらが大切だと思っているのですか。
「せめて他の住居の手配を」
「できるわけないでしょうが」
「できます。カシードの街の町長にかけあって、ゴミ同然の荷物が置かれている倉庫を接収、その整理仕事を発注し、難民にそれを担当させると同時に空いた場所を住居にあてがえば」
「そんなことをしたら街に難民が住み着くでしょう?」
「いいことです」
「いや、悪いことですよ。カシードの街の住民に恨まれます。難民さんだって善意のある人ばっかじゃないですからね」
難民保護はスラムの住人を一等地に呼び寄せるようなもの。
レイプ犯罪や窃盗犯罪が急上昇してしまいます。
街の傍に難民キャンプができるのは仕方がないとしても、わざわざ内部に呼び寄せるなんて狂気の沙汰じゃないですか。
この人、新人さんだからあんまり政治がわからないみたいですね。
人道は施す相手を選ばねばなりません。
生活基盤がしっかりしているカシードの街の住民と浮浪者同然の難民、どちらに恨まれるのが危険かぐらいは当然わからないといけないのですけれど。
「な、難民による街の自警団を編成して」
「しつこい! 私たちの仕事は魔族退治です! 慈善がやりたきゃ軍をやめろ!」
「…………失礼しました」
あーもう、新人ってほんとバカですよね。
あれでも正規兵になれたぐらいだから見どころはあるのですが、使い物になるためには何年かかかる感じです。
もーちょっと組織の規模が大きくなれば末端の意見なんかは耳に入らなくなるのですけれど。
100人ぐらいの組織の場合はこういうこともありますね。
カーリー文官が懐かしいです。
あの人ほんと超有能でしたからね。
私が彼の意見を否定するシーンなんてほぼゼロでしたし、こーゆー変な意見については上がってくる前の段階で弾いてくれましたのに。
まあ、さすがにカーリー文官クラスだと100万人に1人とかの逸材になってきます。
そこまで高望みはできません。
せめてもの偽善として、テントと食料と毛布ぐらいは手配するとして。
さて、ミズバラの攻略準備を進めますか。
正規兵を情報収集役と編成準備役と休養役に振り分けます。
私はぐっすり休みつつ地理などを頭に入れて、後続の到着を待つとしましょう。
手持ちぶさたになったので集兵のふれを出し、魔族退治のための肉壁要員をそろえます。
同時に冒険者ギルドから徴兵もしましょうか。
冒険者ギルドは地下世界のダンジョンを探索する人に向けた互助組織でして、迷宮ファンタジーではおなじみの荒くれが大量に所属しています。
そこそこ腕が立つ人が多いので一般人よりは使えます。
ただ、天涯孤独で身寄りのない人が多いので、統制を取るという点ではかなり難しい人種でもあるのです。
ここは独自勢力に近いので、ちょっとだけ苦労するかもしれませんけれど。
まあ、力で脅せばいいですね。
街の有力者を集めて進軍予定などを説明した私は、その足で難民キャンプへと向かいます。
そこにはミズバラの街から追い出されたギルド員達がいるのです。
総勢300名ぐらい。
ぼろ布にくるまってうつろな目をしている人々の群れを抜け、風通しのいい広場を進み、すりよってくる乞食を蹴飛ばしながら集合場所へと向かいます。
いたいた。
屈強な男たちが居座っている一角がありました。
ちゃんと集まっているみたいですね。
事前に招集をかけといたんだから当たり前ですけど。
私が集めた部下達とギルド員との間でいさかいが発生しているらしく、激しい口論の声が聞こえます。
いいタイミングで来ましたね。
私が現れると正規兵が一斉に敬礼し、それを見たギルド員達がさらに猛々しく叫びました。
「なんだこのガキは!?」
「お前が指揮官か!」
「こんなお子様の下で働く? 冗談だろ!?」
「ギルドにはギルドのルールがあるんだ!」
「俺は俺より弱いやつの下になんてつけないね!」
跳ね返りさんが多いですね。
まあギルドは腕っぷし自慢が集まるのである程度はしかたがありません。
一般人よりもちょっと強い分だけいい気になっているようです。
まあ、これぐらい荒くれてるほうが頼りになるので文句はないのですけれど。
さっさと引き締めにかかりますか。
「不満がある人が多いようなので、私の実力をみせましょう。ラトリさん!」
「はい!」
「私と模擬戦をしてください!」
「はい。わかりました!」
私とラトリさんは剣を取って向き合います。
二人とも表情だけは超真剣です。
裂帛の気合いとともに剣をカンカンと打ち合わせ、やたらと大げさに隙を作ったラトリさんの胴に剣を打ち込みます。
ラトリさんの強力な魔力障壁に阻まれて、剣がカァンと弾かれました。
「や、やられたー!」
腹を抑えたラトリさんがよろめき、くるくる回転してから倒れます。
ぴくぴく痙攣してます。
かなり無理をすれば決闘に負けた無様な敗者に見えなくもないのですけれど…………しかしこの人、おっそろしく大根ですね。
たしかに演技はてきとうでいいと言いましたが。
ここまでコメディータッチにする必要もなかったのに。
まあいいか。
茶番劇を見守っていたギルド員側のギャラリーに向けて、私は胸を張りながら自慢げに提案します。
「これが指揮官たる私の実力です! 彼女に勝てれば私より強いかもしれません。私に文句がある人で、誰かためしてみたい人はいますか?」
ラトリさんは蘇生薬を使われたかのような調子で立ち上がり、ギルドの荒くれに向けてくいくい手招きしました。
めちゃくちゃやる気まんまんです。
笑顔が輝いています。
そんなラトリさんの魅力にひかれたのか、何人かの男が名乗りをあげて決闘を申し込みました。
「俺の名はチャナだ。せっかくの舞台だし、俺が勝ったら一発やらせてくれよ」
「いいよー」
「おいおい、抜け駆けはなしだぜ!? 先に俺にやらせろよ!」
「まとめて来ていいよー」
「へへ、そりゃ好きものだな。ラッキーだぜ。あんたみたいな上玉を好きにできる機会なんてまずないし、色々たまってるから今夜は覚悟しとけよ?」
「……それで、もうはじめてもいいの?」
「ああ。いつでもこ」
男の言葉が終わらないうちにラトリさんが踏み込んで男の首を斬りました。
そのままの勢いで足場を固め、右の男の手首を落とし、返す剣で太ももを両断します。
絶叫がほとばしりました。
「ぎゃああああああああああああ!?」
ラトリさんは続けて走り、チャナと名乗った男に体ごとぶつかります。
一瞬のつばぜり合い。
ぶちかましを受けた男の体が宙に浮きます。
追撃に振るわれた剣が右肩から入って股に抜け、チャナさんの体を二つに割りました。
チャナさんは死んでしまいました。
降って湧いた惨劇にギャラリーの顔色が変わります。
ラトリさんが手足を切断された男の首に剣を刺し入れると、悲鳴を上げ続けていた男から勢いよく血が噴き出し、そして静かになりました。
挑戦者はみんな死んでしまいました。