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第3話「スピード進軍」

 不安です。

 超不安です。

 でもやるしかありません。


 魔族退治のメンバーを正規兵から募集します。


 ここで何が不安かというと、ずばり募集しても誰も来てくれないというケースです。


 父からの命令であれば100%来てもらえるのですが、私が個人的に頼む場合は正規兵にも選ぶ権利があります。

 手が離せない仕事をしている人は当然無理として、子供に使われたくないとか、家族と離れたくないとか、虐殺公女なんて目に入れるのも嫌だとか…………そーゆー理由を胸にしまいこんで『仕事が忙しいから行けません』という建前で断られてしまえば、私には反論する術がありません。


 たいへんおそろしいことに、依頼の場合は断られることがあるのです。


 もちろん自発的に来てくれた人のほうが使いやすいので、意味のある募集なのはわかるのですが…………恨みますよ父上。

 私はこーゆーダイレクトに人望を問われるイベントが一番苦手ですのに。

 伊達にハムスター子爵領の人を踏みつけてきてないのですよ、私は。


 ああ、やだやだ。


 ちゃんと来てもらえるのかしら。


 乙女のように挙動不審になりつつ人集めをしたのですが、結果から言えばその不安は杞憂でした。


 前回の盗賊退治で多少なりとも人望が上がったのか、だいたい100名程度が従軍に応じてくれたのです。

 ほっとひといき。

 予想よりだいぶ多い数が集まりました。


 追加で父から借りることもできますけど……どの程度の人員が必要なのかはわかりませんし、足りなければ援軍を要請すればいいですね。

 ひとまずこれでいきますか。


 今回は各々勝手に出発して現地集合になります。

 私は食客や護衛のみなさんと一緒に行くことにしましょう。

 兵は向こうで徴兵すればいいだけなので楽ですね。

 魔族相手の場合、徴兵の中に裏切り者がいるなんて心配はしなくていいわけです。


 

 一般兵がいない旅はスピードが上がります。


 ミズバラの街までは1400キロ。

 ハムスター子爵領までの距離と比べてほぼ倍ですね。

 しかし足手まといさえいなければ2週間で十分です。


 荷物はみんな上等の馬車につみ、10キロ行軍で進み、宿場町で宿を取って眠ります。

 料理もそこで頼めばいいですね。

 足の遅い人は馬車に乗ってもらい、ガンガン走らせて疲れたら駅舎で馬を変えてまた進みます。


 林を抜け、野原を駆け、いくつもの宿場町を通り過ぎながらミズバラの街を目指します。


 季節は秋の終わり。

 落葉が目立つ季節です。

 このころになると世界が紅に染まっていくので夏場とはまた違った意味で命の気配を感じます。

 渡り鳥が南へ南へと進み、植物は葉や種を落として冬を越す準備をします。

 冬眠のためにエサを求める動物やモンスターの活動が活発になるので、街道でばったり出会うことも珍しくありません。


 まあ、公爵家の正規兵にかかれば、雑魚モンスターなどは物の数ではないですけど。


 蹴散らして踏みつけて進みます。


 整備された街道を進むのは楽ちんです。


 旅人を想定したあらゆる施設が点在しているため、生きるための雑事をみんな人任せにできるのです。


 1000人を受け入れればパンクしてしまうような小さな集落であっても、数十人程度を歓待するぐらいならお茶の子さいさい。

 あらかじめ早馬を飛ばしているので受け入れ態勢もばっちりです。

 宿屋がなければ倉庫や酒場を借り切って、朝晩にゴージャスな食事をとって、寝て起きてひたすら進みます。


 けっこうな強行軍なので、平均的な体力の持ち主にはつらい日程です。


 弟とかにはおそらく無理でしょうね。


 文官とかで体が弱い人も厳しいみたいで、一日中馬車に乗っているのに顔を青くしています。

 さすがに正規兵や食客さんでそこまで虚弱なのはほぼいませんが、最低でも10人中で一番ぐらいの体力がないと疲れが取れることはないみたい。


 食客さんは数百人に一人というレベルの健康体ですし、正規兵のみなさんも基本的には100人に1人ぐらいの体力は持っているのですけれど…………コネで入った一番下のほうの人は苦しげです。

 馬車には釣床や毛布をもちこんで、ゲロ吐き用のバケツとかも用意すべきだったかもしれません。


「あの、大丈夫ですか?」

「平気です」

「えっと、もしよろしければ、三日ほど休んでから来てくださっても」

「ぜんぜん大丈夫です!」


 カーリー文官の甥っ子さんが真っ青な顔で叫んでます。

 体力はともかく、根性があるという点は非常にポイント高いですね。

 コネで入った人はプライド先行の屑野郎とかも多いのですけれど、こういう本当の意味でがんばる人はいてくれるだけでありがたいものですから。



 本日はちょうど行軍一週間目になります。


 500人規模の大きな宿場町に入ったことでもありますし、少々早めに休憩することにしましょうか。


 行程の半分以上を消化した記念もかねて、たまにはパーッとやりましょう。

 さいわい金はあります。

 金貨が15万枚もあるので、ちょっとぐらいなら無駄づかいしても問題ありません。

 れっつごうゆうだー!


 一番大きな酒場を借りて、美貌の村娘、美少年などを呼んで接待させます。


 100人ぐらいが入れる大型のホール、その並べられた木造テーブルの上に、湯気の立つスープ、パン、肉炒め、芋の煮物、サラダ、果物、乾物などがところせましと並べられています。

 無数の旅人の舌によって選別された品が出てくるので、どれもこれもおいしいです。


「店長さん。私はたいへん満足です」

「ありがとうございます」

「そーいえば、持ち帰り不可の女の子とかいれば私のほうで相手しときますけど。給仕の中に店長さんの娘さんとかいます?」

「おりますが」

「なら、ここに呼んでもらってもいいですよ?」

「…………いえ。この場に集まった方々のお相手ができるのであれば、それは娘や姪にとっては栄誉というべきもの。お気遣いはありがたいですが、あれらも納得しておりますので」

「そーですか。わかりました。そんじゃこれを」

「ははー」


 チップとして金貨を100枚ぐらい渡すと、店長さんが恭しく受け取りました。


 食客さんはともかく、正規兵のみなさんは交渉相手としては優良物件ですからね。

 万が一にでも気に入られて主都に呼ばれでもしたら狂喜乱舞。

 一夜の相手をつとめるだけでもチップをはずんでもらえる可能性は高いです。

 そう考えるとおいしい商売ですね。

 身元の怪しい旅人と比べれば、はるかに歓迎できるお客様ではあるのでしょう。


 とはいえ、性を売り物にするためには誇りを捨てねばなりません。

 

 おさわりOKの確認は取ってあるので、給仕の娘さんたちは食客さんに胸や尻をなでられまくってますね。

 ああ、おとなしそうな女の子が泣きそうにっ。

 スカートに指を入れられただけで座り込んでしまいました。

 まだまだ夜はこれからなのに、あれでどうやって接待するつもりなのでしょう。


 やたらと無表情な女の子とかもいます。

 プライドが高すぎるのか、愛想を振りまくことができないみたいです。

 顔は可愛いのですけれど……ああ、セクハラされたら悔しそうに正規兵さんをにらみ返してしまいました。

 かけつけた給仕長に叩かれてます。

 取りなした正規兵さんに手をひかれて、あ、そのまま外の宿屋のほうに消えてしまいました。

 おそらく今日はもう帰ってきませんね。


 たぶん本来なら反抗できるのでしょうけれど、公爵家の威がある相手には逆らえないというところですか。

 ここは生粋の色町ではないですからね。

 乗り気で接客してる人のほうが多数派とはいえ、中には染まり切っていない娘さんもいるようです。

 さわらないで。

 おねがい。

 やめてー。


 …………同じ女としては、助けてあげたくもありますが。


 仮に助けたとしても感謝されるどころか憎まれる可能性が高いため、無視しとくのが一番です。


 私のような恵まれた勝ち組から施しを受けるのは人としてみじめすぎる。

 それが正常な貧民の感覚というものです。

 施しを受けて喜ぶのであればプライドを捨てた接客だってできるでしょう。

 わざわざ骨を折って嫌われるのはあほらしいですし、身分が違う相手とは深く関わらないのが基本です。


 いやまあ、さすがに無理やりレイプとかだったら公爵軍の評判に関わるので必ず止めますけれど…………店長がいいというものを私が否定することはないですね。


 村娘の貞操なんかよりも部下の機嫌のほうが大事です。


 そもそも貧民の貞操なんて廉価品なので、そんなに大げさなものでもないと思うのですけれど。


 どういうわけか貴族ほど貞操がゆるくなり、貧しいほど性に潔癖になる傾向があるようです。

 ふしぎだよねー。


「…………そりゃあれだ。貴族令嬢は貞操なんかよりも大事なものを山ほど持ってるからな。処女しかない貧乏女が自分を大切にするのは当たり前ってもんなのさ」

「なるほど。そういう考え方もありますね」


 酒に酔っているせいか、食客のヤクシャさんの舌がたいへんなめらかです。

 普段はあんまり雑談を好まない人なのですけれど。

 食事の時には社交的になるというタイプですね。


「貧乏だと性を売るぐらいしか生きる道がなかったりするから、処女率自体は貴族のほうがぶっちぎりで高いはずだぜ。いくら貞操観念がゆるくても、貧民よりも淫乱ってことはまずねーよ」

「ヤクシャさん的にはどっちが好みです?」

「処女と非処女ってことか? そりゃぶっちぎりで処女だろ。処女が嫌いな男なんていねーよ」

「貴族と貧民だと?」

「そりゃあ……まあ、言わずが花ってやつだな。つーか貴族相手とか危険すぎるから好き嫌い以前の問題だ。いくらいい女でも抱いたせいで首がなくなるんじゃ話にならねーだろ」

「ええー」


 ヤクシャさんは身も蓋もないことしか言いませんね。


「そこを押すのが愛というものでしょうに」

「ねーよ。姫さんは男に希望を持ちすぎだ。それは姫さんの言葉でいうところのファンタジーってやつだと思うぜ」


 たしかに身分を超えた愛というのはファンタジーの領域ですね。


 同じ階層同士の結婚でないと幸せにはなれません。


「ちなみに巨乳と貧乳だと?」

「そりゃ巨乳だな」

「え、でも、ヤクシャさんってラトリさんに気があったのではないですか?」

「あー……そりゃ姫さんの勘違いだ。勘違いは二つあって、俺はかわいい子ならだれでもウェルカム。ラトリ以上にかわいければそっちでいい。単にラトリ以上にいい女が身近にいないだけだ」

「なるほどー」


 隣で聞いていたラトリさんが不服そうな顔でこちらをにらんでいます。


 しかしこの人。

 にらんでる顔でさえかわいいですね。

 人口500人程度の宿場町だとラトリさんの美貌を上回る人はいません。

 胸がひかえめである点には目をつぶるとしても、生命体としての美しさが段違いです。


「もうひとつは、巨乳貧乳なんてのは顔の不出来に比べればどうでもいいってことだ。女で一番大事なのは顔。次がスタイル。胸ってのは単独で語られるほど重要なパーツじゃねーのさ」

「言われてみれば……不細工の巨乳とか需要なさそうですもんね」

「そのとおり」

「では、性格の好みはどうなのです?」

「それはわからん。つーか性格なんて一長一短だろ。優しければ湿っぽくて押しつけがましいし、賢ければ不気味で近づけないし、公平なら金や時間という対価を払うことになる。人は人としてそのまま愛するべきであって、性格の好みなんてのはうそつきかバカが口にすることだ」


 ヤクシャさんは正直すぎるところが美点であり欠点ですね。


「性格が好きだと言っておいたほうが無難ですよ?」

「顔がよければそれでいい」

「性格は平均値以下の人をほめる時には使いやすい言葉です」

「俺は平均値以下の女になんか興味ねーよ。そりゃ見た目だけで中身が最悪ってんじゃ困るが、ヒステリーや殺人愛好家なんてのは性格とはちょっと違うだろ。ふつう外見がいいやつは中身もかわいいさ」


 そういえば外見が魅力的なら年収も高い、みたいな研究もありましたね。

 別に外見でひいきにされているわけではなく、外見がいい人は実際に能力も高いというお話です。

 知力体力というのはもろ外見にあらわれます。

 例外はいくらでもありますが、平均値だけでみれば明らかに不細工よりもイケメンのほうが上なのです。


「…………それで、顔が大好きのヤクシャさんは、かわいいラトリさんを口説いたりはしないのですか?」


 水を向けられたヤクシャさんは横を向き、ラトリさんと一瞬だけ視線を合わせます。


 一秒ほどの沈黙。


 仲がいいというべきか、二人して同時に顔をしかめてしまいました。


「こいつは隙がねーからな。口説きにくいんだよ」

「ラトリさんの服装は隙だらけだと思うのですけれど。ほらほら、生足出してますよ? 誘っている感じですよー?」

「ちょっとカルラちゃん! やめてよね!?」

「ラトリが常に男誘ってるオーラを出してるのは間違いない。うちの屋敷のやつらとかほぼ全員こいつをおかずにしたことあるぞ。オナニーのお供としてラトリ以上の女を俺は知らん。少なくとも食客のやつらは、のべ1000回ぐらいはラトリの想像上の裸体でオナニーしまくっ」


 ブォン!!


 突如として走り抜けた剣閃をヤクシャさんがかろうじてかわします。

 まったくみえませんでしたよいまの。

 私がやられてたら首が飛んでます。

 戦場で敵兵に対して振るわれるレベルの無慈悲さです。


 すっかり酔いがさめたヤクシャさんは会話モードから瞬く間に戦闘態勢に入り、防御用の魔力を全力で編んで身構えました。


「セクハラ野郎……成敗する!」

「冗談じゃねえぞ!」


 目がすわっているラトリさんの猛攻をヤクシャさんがかろうじてかわします。

 ってうわ、血、血が飛んでます。

 ヤクシャさんの頬が切れてます!

 酒が入ってるせいで見切りが効いてません!

 これ以上はまずい!


「ラトリさん! ストップ! ストップです!」

「離してカルラちゃん! あいつ殺せない!」

「そんなに怒るような発言じゃなかったでしょうが!」


 腰をがっちり抱きかかえて重力魔法を全開にしてるのに、それでも引きずられてしまいます。

 床がミシミシ鳴ってます。

 今の私は400キログラムぐらいは出てるはずなんですけど。

 女のくせになんて馬鹿力!


「おいラトリ。許してやるから今から決闘しよう。俺が勝ってお前が生きてたら今日抱かせろ。それで手を打つ」

「上等じゃあああっ!」

「だめです! 許しません! 絶対に許しませんからね!?」


 やばいです。

 これはラトリさんだけでなくヤクシャさんもおさまりません。

 そりゃそうです。

 剣で斬りかかられて笑って済ませる戦士なんているわけない!


「ヤクシャさん! 剣はだめです! 殴って! 腹とか顔とか殴って!」

「ちっ……わかったよ!」


 私プラス食客の腕利きさんに羽交い絞めにされたラトリさんのボディーにこぶしがめり込みます。

 どむどむどむっ、と三発ほど打ち込まれると、ラトリさんが反吐をぶちまけて倒れました。

 美少女にあるまじき絵面です。


 無防備になったところで捕虜拘束用の気絶魔法を打ち込むと、ラトリさんはあっさり気を失ってしまいました。


 ふう。


 なんとか一件落着です。


 しかしこの人、ちょっと処女すぎるんじゃないですかね。

 私はてっきり前の上司に何回か抱かれていて、そんな娼婦生活が嫌で逃げたんだと思っていたわけですが。

 もしかして触られただけとか。

 なんなら言葉で辱められただけで逃げたって可能性さえありえます。


 けっぺきしょうも度が過ぎると不気味なだけだと思うのですけれど。

 これは一種の精神障害なのかもしれませんね。

 メンヘラというやつでしょうか。

 親族とか犬とかにレイプされたトラウマとかありそうです。


 まあ、まともな人間が仕官を放り出してまで食客やるわけないですし。

 ある意味納得のいくお話かも。




 ラトリさんへの罰として、椅子にしばりつけて『ヤクシャさんのみおさわり自由』と書いた紙を張り付けておきました。


「今回のけん、これで許してあげてください」

「俺はそれでもいいけどな。こいつ、今後だいじょうぶか?」

「明日になれば忘れているでしょう」


 ラトリさんはいい意味でバカなので、こういう恨みを持ちこしたりはしないタイプです。

 その日にキレて次の日には笑う。

 熱しやすく冷めやすい。

 忘却能力ならば部隊一、という本当の意味で湿ったところのない女ですね。


 さすがに取り返しのつかない肉体損傷とかを与えれば復讐されるでしょうけれど、そうでなければ問題ありません。


「暴走した時に制御できないのは問題ですね。でもそれは食客の人に共通の問題なので。ラトリさんだけの話ではありません」

「はっ、そりゃそうだ!」


 上司を半殺しにして逃げたヤクシャさんとかも、普通の人なら怖くて使えないですからね。

 私は使いますけど。

 子供のころからずっと一緒なので、彼らがどういうときに人を裏切るのかはだいたいわかっています。


 知らない人だとさすがにそうはいきません。


 もっとも、ヤクシャさんやラトリさんのような最高級人材には、彼らを手放すようなバカな上司が本当にいるだろうか……という疑念が常に付きまといます。

 ラトリさんのように一見バカっぽい人であっても、私と会話を成立させることができるという点には注意が必要なのですね。

 他国から飲まされた埋伏の毒であるというケースはありえるでしょう。


 そういう意味では、多少使いにくいぐらいのほうがむしろ安心できるとさえ言えますね。


「ま、こいつは実際には甘えてただけだからな。姫さんがいるから止めてくれるとでも思ってたんだろうさ。実際そうなったわけだし」

「そんなことのために雇用主をこき使わないで下さいよ」

「叱ってもらいたかったんだろ? ラトリはガキだからな。姫さんに構ってもらえるのが嬉しいってことなんだと思うぜ。力ばっか強いから、精神的に成長できる機会がなかったってことなのかね」


 なるほど、思い当たるふしはあるような気がします。


「天然強者の宿命というやつですか」

「ま、俺もそうだよ。ガキのままでも生きていける。むしろ姫さんは異常だ。公爵家の跡継ぎがどうやってそういう風に育つのかがわからない」


 前世知識があれば誰でも……とはいきませんか。

 世の中はすごいバカもいますからね。

 別に無理なんてしたことないですし、大人なんてメルヘンチックな概念をまじめに考えたこともないのですけれど。


「私は好きでこうなったわけではないのです」

「だろうな。たぶん、あんま幸せじゃないだろ?」

「そうでもないですよ?」


 私にも幸せな子供時代はありました。

 生きているだけで楽しかったころが。


 今は……どうなんでしょうね。


 楽しいは楽しいですけど、未知との遭遇という点ではわくわくが減ったのかもしれません。


「ヤクシャさんは少々、酒がまわりすぎているようですね」

「そうだな」


 こういうとき、人はダンジョンにこもりたくなるのかもしれませんね。

 青側の原作主人公は家ではなくダンジョンに引きこもることを好む特上変態でしたが、今なら少しだけ彼のことが理解できるような気がします。


「よければ酔い覚ましに付き合いましょうか? 私はお茶をつぐだけですし、今はあんまり話す気分でもないですけど」

「あー、じゃあ頼むわ」


 閉店間際まで酒場に居座り、だらだらとして過ごします。

 特に言葉は交わしませんでした。

 今日の騒動を肴にぼーっとしていただけですね。


 ヤクシャさんは沈黙が苦にならない人なので、気を使わなくて済むのが楽なのです。


「じゃあ、また明日」

「ああ」


 そのようにして、毎日は過ぎていきました。

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