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第2話「厄介ごとの予感」

 最近、家庭教師の態度がよそよそしいです。

 言葉には出さないのですが、あなたに教えることはもうない、みたいな感じ。

 倫理学とか政治学とかの先生は特に顕著でして、なんかもう君は君で勝手にやったらいいんじゃないかな、みたいな見捨てられた雰囲気があります。


 いやだって、現実世界で人を公平に扱ったりとか無理ですし、人を殺さないで済ませるのも無理ですし、人から搾取しないのも無理ですし、生贄を使わないのも無理ですし。


 しかたがなかったのですよう。


 私だって好きでこんな子に産まれたわけじゃないのです。

 最大限効率を求めた結果です。

 なのに誰もわかってくれません。

 精一杯やってるつもりなのに、人の評価というのは冷たいものですね。




 季節は秋の終わり。

 私は久しぶりに父上の執務室に呼ばれました。

 あまりこの部屋にはいい思い出がないので、できれば入りたくなかったのですけれど。


 さすがに父上の呼び出しを無視するわけにはいきません。


 昔教わった通りにノックをして部屋に入り、私専用のお立ち台に上がります。


「地下から魔族が出たらしい」

「へー」


 開口一番、父上は厄介ごとの気配をにおわせながら解説をはじめました。


「ブロッコリー公爵領の南部、ミズバラの街が魔族に落とされたようだ。トーシンツー迷宮からあふれ出した地下世界の怪物どもが街を占拠している。ミズバラの街は交通の要衝と言っていい。すでに街道の何割かが機能していないそうだ。迂回は可能だが、もちろん放置はできん。速やかにミズバラの街から魔族を追い出さねばならん」

「ふーん」


 なんだかデジャヴを感じちゃいますよこのやり取り。


「お前、行ってこい」

「またですか!?」

「速やかにミズバラの街へ向かい、居座っている魔族を討滅せよ」

「だから私はまだ11歳なんですってば!」

「速やかにミズバラの街へ向かい、居座っている魔族を討滅せよ」

「いや、聞こえてるし! ばっちり理解してますから! でもちょっといい加減にしてくださいよ! どこの世界にか弱い11歳に修羅場を積ませる父親がいるのです!?」


 父上はふうとため息をついて私をみつめました。


「……お前がか弱い11歳なのかどうかはさておき」

「さておかないで」


 私の嘆願を無視した父上は、こっこっ、と指で机をはじきながら続けます。


「さておき、本来ならばお前はハムスター子爵領の救済をもって騎士叙勲されるはずだったのだ」


 騎士叙勲……というと、毎年年始に行われる、新しい貴族を生み出すあれですね。

 騎士になる300人ぐらいが王都に集められて派手なパレードが開かれます。

 同時に南征軍も編成されて新生騎士のほとんどはこれに参加して従軍、というか実質軍を率いる中核勢力になるわけで、王立魔法学校が生み出す救国の英雄たちのお披露目もかねています。

 原作の登場キャラクターとかも、武人はほとんどがこの騎士さんです。


 まあ私は次期公爵なので、騎士叙勲されたとしても南征にはかかわらないのですが。


「されないので?」

「お前、ハムスター子爵領で搾取しまくっただろ」

「うっ」

「それについて言うべきことはない。私は全権を与えていたのだからな。しかし名誉のある戦いかと言えば疑問が残るし、騎士位に関しては他の2公から横やりが入ったせいでねじこめなかった」

「ああっ! なんということでしょう!?」


 よよよと私は泣き崩れます。

 知に働けば角が立つとはこのことか。

 こんなことなら融和方針で子爵領をまとめればよかったです。


 他国に介入する方法は三つありまして、一つはすっかりきっぱり滅ぼすこと。

 二つは裏切り者をつのって傀儡政権を作り上げること。

 三つは自国とほぼ平等の権限を与え、仲良くやっていくことです。


 父上としては最後の案を取ってほしかったのかもしれませんが、それはあまりにも金と手間とがかかりすぎる愚行です。

 盗賊ごときに滅ぼされる人たちを味方につけても全然おいしくないですし。

 3番目の案はある程度対等な相手と付き合うとき、もしくは四方を敵に囲まれていて背中だけでも安全を確保したいなんて時に使われる方法でして、普通の場合であれば2番を選ぶのが当然だといえるでしょう。


 ちなみに1番は融和の可能性がまったくない相手に対して使われます。

 具体的には地下世界の魔族とか青眼族に対してですね。

 地下の魔族は異形の上に生態が違っていて仲良くできないですし、青眼族なんてもっと最悪で性交渉しても子供が作れません。

 身ごもった母親が100%魔力中毒で死んでしまうという悪魔の化身みたいなやつらです。


 ゆえに、地下の魔族退治は正義のおしごとです。

 子爵領のいざこざで傷ついた私の名誉を回復させるには最適だと言えるでしょう。

 やっぱり同じ紅眼族の仲間と戦うのは気がとがめますし、その点地下の魔族ならあとくされなくやっつけることができるので。


 ただ、魔族はかなり強いです。


 同族相手なら負けてもそんなにひどいことにはならないだろうという暗黙の了解があります。

 大部分の盗賊は捕虜になっただけですし、子爵もぴんぴんしてますからね。

 今頃は女としけこんでるんじゃないでしょうか。

 家臣の人も積極的に裏切ってこちらについた人は、そこそこ美味しい汁を吸えているはずです。


 魔族は違います。


 彼らとは交渉の余地がないため、お互いが死ぬまで戦わなければなりません。

 彼らは太陽の下では能力が著しく落ち込むという弱点があるのですが、それでも手ごわい相手です。

 へんに追い詰めたら死兵となって猛然と抵抗してくることでしょう。

 上手く逃げ道を誘導して、地下世界へと追い返せるといいのですけれど。


 原作で出てきた梅川大吉とか大江山吹雪とかならなんとかなりますが、召刃魔多華とか鎮虎千々丸とかクラスが相手だとそーとーやばいです。

 1対1でやりあえるのはうちでは食客のヤクシャさんやラトリさんだけになりますね。

 それもかろうじて地下世界浅層ぐらいまでの話で、地下十層とかまで行くとまったくどうにもなりません。


 まあ、この仕事の難易度は事前にはきわめてわかりにくいもの。

 魔族軍の質次第になりますね。

 相手が弱いことを祈るばかりです。


「それで、相談役には誰をいただけるので?」

「単独でどうにかならんか」

「なりませんよ!? なるわけないでしょう! いったいお父様は私を何者だと思っているのですか!?」

「もちろん食客は連れていっていいぞ」

「当たり前です! ぜんぜん足りない! カーリー文官とガネーシャ将軍をください!」

「無茶をいうな。あの2人はきわめて多忙だ。軍相手ならともかく、魔族退治のような雑事では動かせん」

「だったら正規兵と近衛と武官文官を貸してくださいよ! その中から自分で選びます。最低でも50人ぐらいは欲しい!」

「お前が自分で募集するのはどうだ?」

「むりです。無茶すぎます。11歳の私の人望では人が集まりません」

「そうでもないと思うが…………まあいい、とりあえずやってみろ。だめなら援軍を送るから」

「え、えええー」


 ひどいことになりました。


 これは幼児虐待なのではないでしょうか。

 神様ちゃんと仕事してくださいよ。

 いや、そりゃ信じてはいませんけれど、それでもここまで見捨てなくてもいいのに。


 そういえば原作主人公って割と熱心に神に祈ってましたよね。

 あれはそーゆーことだったのでしょうか。

 人知の及ばない場面で運に逃げられるのは誰でも嫌ですからね。

 神様ごめんなさい。

 明日から信心深くなります。

 だから私を助けて。


「あの、せめてお金はもらえるんですよね?」

「ガメルド金貨で10万枚用意しよう」


 ふむ。

 ガメルド金貨10万枚だとだいたい10億円ぐらいですね。

 まあそれならギリギリなんとかなるかも。

 補給とか雑費こみこみで兵士の日当金貨1枚として、1000人の兵士を100日間雇える計算です。


 兵士1000人もいらないのですけれど。

 でも、資金はもーちょっと欲しいかなー。


「20万枚になりません?」

「…………15万枚だ。これ以上は増えん。どうしても足りなければ手紙を書け」

「あいあいさー」


 しょうがないですね。

 この条件でやりますか。

 なんとか任務をこなして評判を向上させ、騎士爵位をゲットしないと。


 公爵を継ぐ私が騎士位なんて持ってても意味ないだろーとか思われそうなので一応補足しておきますが、これはものすごく重要な意味があるのです。

 主に後継者としての発言力増大ですね。

 私みたいな無能に後を継がせて大丈夫かよーという不満を黙らせるのに一役買うことができるのです。


 父は他の子どもとものすごく露骨に差をつけて私を優遇しているので、私が後継者1位であることを疑う家臣はいません。

 そういう意味では跡目争いは起きにくい状況です。

 ただ、他の子どもが極端に優秀だったり、あるいは野心のある部下が担いだりというケースだと、だめでもともとって感じの挑戦者が現れる場合もあるのです。


 文官カーリーとかガネーシャ将軍の政敵あたりが特にやばげですね。

 私が公爵になったら辺境左遷コースまっしぐらなわけですし。

 兄さん姉さんをかつぎだしての反乱とか、十分すぎるほどありえます。


 私の発言力があがればあがるほど、そういう事態は防ぎやすくなるわけです。

 父が11歳児をこきつかうのにはそういった事情があるのですね。


 普通の11歳児は、そもそもバカすぎてこきつかえないんですけど。


 私は…………まあ、できそうに見えるんでしょうかね。


 実際、できますけど。

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