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第1話「カルラの悪いうわさ」

 すっかり悪役令嬢としての評判が定着してしまいました。

 みなさんこんにちはカルラです。

 聞いてください。

 最近私のよくない噂が広まっているようなのです。

 公爵領の毒バラとか、恐怖の蜘蛛女とか、汚泥の白蛆だとか白豚魔女だとか心をなくした戦場の殺戮マシーンだとか。


 なんですか、なんなんですか、なんなんなんですかもー!!


 こんなかわいい女の子をつかまえて!

 毒だとか恐怖だとか豚だとか!


 私はちょーやせてますよ!

 美人ですよ!

 見た人みんなそういうし、道行く人が振り返る月下麗人さまですよ!



 ちょっとハムスター子爵領の人達をいじめただけなのに!


 なんでそこまで言われないといけないんですか!!



 いくら原作で悪役令嬢役だったからってこれはおかしいと思います。

 だって私まだ11歳なんですよ。

 か弱き乙女である私の評判がここまで悪いだなんて…………きっと原作の修正力とかが働いていやがるに違いありません。

 原作の修正力恐るべしです。


「てゆーか、まじでこんなこと言われてるの? ちょっと盛ってたりしません?」

「おそれながら、まじです。民衆の口に戸は立てられないものでして」

「ちゃんと情報操作してくださいよ」

「できる限りやっております。少なくとも有能さにかけては操作する必要もないほど広まっております。が、有能であればあるほど悪評も広まってしまうものでして」


 沈痛そうな表情で首をふられてしまいました。

 泣きたいのはこっちですよ。

 あんたらは別に直接被害があるわけじゃないでしょうに。


「べつに子爵領でちょこっと活躍したぐらいで有能もなにもないと思いますけどね。デビュー前の私が無能、いまはせいぜい無能と普通の間ぐらいなんじゃないでしょうか?」

「まさか。カルラ様が無能ならこの世に有能はおりません」

「いっぱいいるでしょ。父上とか譜代の家臣とか。おべっかは大事ですけれど、そこまで露骨にはおだてなくてもいいですよ」

「はい。しかし、おだててはおりません」

「融通の利かない人ですねえ」


 私はため息をつきながら目の前の女性を見ます。

 キリッとした表情ながら、服装はものすごく雑です。

 染色もされていない無地の上下、シャツとズボンだけ。

 サイズもだぼだぼ。

 安物の布をてきとうに切り抜いて縫製しましたって感じの貧民ルックですね。

 後ろに並んでいる人たちも同様です。

 おしゃれの欠片もありません。


 こちらの皆さんは公爵領細作部隊。

 日本でいうところの忍者です。

 といっても別に城に忍び込んだりはしません。

 旅の合間に公爵領のいい噂を流したり、ほかの地域で情報収集をしたりするのがお仕事です。


 大部分の人は父が使ってるんですけど、私にも10人ぐらいはついてるんですよね。

 あんまり数がいないので、個人的に気になるところとかを重点的に探ってもらっています。


 部下の査定の裏を取ったり、情報網を構築したり、人の悪い噂を流したり……いろいろ忙しい割には給料が低い仕事です。

 名誉とか全然ないですし。

 出世の機会もありません。


 信用に値しない人たちなので、失敗が前提の仕事しか任せられないという欠点もあります。


 まあ、人から信じてもらえないのは日陰者の宿命です。

 隠れてこそこそ動く人は使う側からさえ信用されません。

 労働条件なんてどうでもいいから意味のある働きがしたい、というタイプでないとつとまらない仕事です。

 あとは他者の嫉妬を受けずに働きたい人向けですね。

 表に出ない仕事なので、名誉がないかわりに人の不興も買いません。


 もちろん最低条件として、ある程度の体力と観察力は不可欠です。

 目に見える事実だけでなく物事の裏側を見抜く眼力があれば合格点。

 友達をたくさん作れる人ならばなお良し。

 最後まで裏切らなければ満点です。


「まあいいです。私の評判については未来の課題としましょう」

「はい。では、当面の課題は?」

「父上からいただいた港についてです。運営している人員を洗っといてください」


 実はわたし、盗賊退治のご褒美に港をもらっていたのです。


 田舎の広い土地とかをもらってもよかったんですけれど、領地運営は苦労のわりには実入りが少ないですからね。

 兵隊とかは父から借りればいいですし。

 徴兵のための領地人口なんてのは今の私には必要ありません。

 私に必要なのは金です。

 管理が容易でかつ安定した収入が得られる金銀鉱山がベストでしたが、さすがにそれは無理でした。

 あれは父上の直轄地ですからね。

 いずれは私のものになるとしても、父上が生きている間は父上のものなのです。

 次点なら港しかありません。


 お金儲けの基本は成長産業への投資です。

 新大陸との交易に必要不可欠な港は超がつくほどの成長ポイント。

 税率を下げて手続きを簡素化するだけであっという間にドヤ街ができ、建物が増え、人の往来が増してお金を落としてくれるはず。


 とはいえ、まだまだ新大陸との交易は黎明期。

 交易船もそれほど多くはありません。

 今すぐに多大な利益をもたらしてくれるわけではないという点には注意が必要です。

 大量の金を生み出すためには大量の投資を行わなければなりません。


 いまの港の運営は父上から借りた人材にお任せしています。

 しかし、彼らが私の指示をちゃんと理解して実行してくれるかどうかは極めて疑問、というかおそらく無理でしょう。

 常識人は規制を強化して安定を求めようとしてしまいますからね。

 それはミスを犯さない運営という点では完全なる正解になります。

 規制がゆるければトラブルが増えるため、運営に高い実力が求められます。

 ぶっちゃけ必死に働かなければならなくなるのです。


 私は自分が怠けるのは大好きですが、部下が怠けるのには殺意がわくほうです。


 失敗しなけりゃいいってもんじゃない。


 私は超スピードで港を開発してほしいのです。


 黎明期の成長産業でガチガチに固めた運営をしてもらっては困りますし、手紙を山ほど書いて何度も方針の説明はしましたが、それを字面通りに実行してくれているとは全く思えません。

 仕事を任せられた人は自分の都合で怠けるものなのです。

 いずれは私が直接雇用する人材に入れ替えて、人事権を使って強力な命令を出さないといけませんね。


 まあしかし、それは先の話です。


 失敗もしないうちから部下の失態をあげつらうことはできません。


 そもそも彼らは私の部下ではないですし、私もまだまだ発言力が足りな過ぎて何もできない状態です。

 もしも私がこれから雇う人材よりも父から借りてる人のほうが優れているのであれば、それは何もしなくて済むので単に喜ばしいだけのこと。

 その辺の決断には情報がたくさん必要なので、細作部隊のみなさんに調査してほしいということです。


「そのような事情です。わかりましたか?」

「はい」

「運営にも1人2人送りたいです。誰がいいですか?」

「では、この者を」


 推挙された人に推薦状を書いて印璽を押し、お金を多めに持たせて送り出しました。

 あれでも彼らはプロフェッショナル。

 それなりの仕事はするはずです。


 しかしあれですね。

 金が足りませんね。

 もっと父上におねだりして金をもらわないと。


 こーゆー仕事を全部代行してくれる副官も何人か欲しいです。


 できれば若い人がいいですね。

 20年現役でいられるなら私が原作で死ぬ年まで働いてもらえます。

 原作キャラ級の実務能力を持っていれば文句なし。

 なるべく早めに探しておきたいところです。


 いまから数年後に原作主人公のジャンが新大陸に渡り、それから15年ぐらいかけて彼の王国を育てていくわけですが…………そこまで待ってたら殺されちゃいますからね。

 何らかの形で介入できるようにはしておきたいところです。


 暗殺、という手もありますが、私はたぶんそれを選ぶことができません。

 超戦闘力を持つ原作主人公を暗殺できる人材なんて想像もできないですし、主人公がいなければ新大陸の統一が遅れてしまいます。

 魔族対策とか青眼族対策とかも厳しくなるでしょう。

 原作主人公はどちらかといえば正義側に属する人材のため、彼を排除すると益虫を殺して害虫が増える、みたいな結果になりかねません。


 それでも、どうしても排除するのなら。


 もしもこの世界が原作通りのストーリーで進むのであれば、赤側の主人公は新大陸で一度壊滅的に敗北するはずです。

 部下に裏切られて領土のすべてを奪われ、幼馴染の恋人を寝取られ、靴の裏をなめて懇願することでようやく一命をとりとめ、わずかな手勢とともに新大陸の奥地へと落ち延びていく…………そういうシーンがありました。

 みじめすぎて読者から見放されることうけあいのシーンです。


 もっとも、結果として彼はピンチの時にも裏切らない部下を大量に手に入れてしまうため、のちのち再起して不死鳥のように強力に復活してしまうのですけれど。


 たぶん殺すならあのタイミングこそが最適なのでしょうね。

 復活した主人公には絶対の信頼で結ばれた中核兵力が備わっているため、なまなかなことでは揺るぎません。

 古来名将と呼ばれる人間は何回かは壊滅的に敗北するものです。

 そんな状況に陥った時でないと、義で結ばれた部下と利で結ばれた部下との違いはわからないものなのですから。


 公爵令嬢である私には壊滅的な敗北というものが一度も許されません。

 私の部下はすべて父から受け継ぐものであり、強い絆で結ばれた部下の心当たりなんてゼロです。

 負ければおそらく再起は不可能でしょう。

 生粋貴族階級のつらいところですね。

 生まれた時から最強のため、一度落ちてしまえば這い上がる術を知りません。


 まあ、主人公とがっつり戦って勝てるんならそれが最善なのですが。


 新大陸東部の統一を終えた主人公は紅眼族の貴族にケンカを売ってきます。

 このときになってから手を打っても勝てないかもしれません。

 原作では3公のうちの1つは共産主義革命によって打破されてしまいました。

 この革命は赤側の主人公がわざわざ革命用の人員を送り込み、青側の主人公が国を傾けるほどの資金援助を行って民衆を後押ししたため、すさまじい勢いで燃え広がって成功してしまうのです。


 3公のうちの1つは青眼族や魔族の対応で手いっぱい。


 おかげでブロッコリー公爵領は他の2公に援軍を要請することができず、新大陸軍を率いる赤側の原作主人公にきっちり負けて市民革命されてしまいます。


 赤青主人公の共闘とでもいうべきストーリーは読んでるだけなら熱く楽しく笑えたのですが、殺されるのがブロッコリー公爵領主カルラ、つまり私である場合はまったく冗談じゃありません。

 原作主人公どもはまじやばいですからね。

 いなければいないで困るのですけれど、いたらいたで極迷惑、どのタイミングで介入するのが最適なのか、もはや判断がつきません。


 まあ、その辺の手が打てるのは少なくとも私が公爵になってからでしょう。

 カルラちゃん23歳、今から12年も後なわけですね。

 現時点での主人公はどこにでもいる魔力が強いだけの子供なので、利用価値も警戒する必要もありません。

 そんなことよりも私自身の発言権を高めるほうが大切です。


 手を打つべき段階になったとき、人望がないせいで何もできない、なんてのが最悪のケースですからね。


 できるだけ早い段階で使える部下を見つけて仕事を丸投げし、歌って踊って暮らしていればもう安泰、という状況にまでもっていかないと。

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