第10話「やさしい世界」
参加者のほとんどは正規兵をはじめとした貴族関係者ですが、実は一般人なのに呼ばれたという人もいくらか混じっています。
具体的には民兵のみなさんですね。
カルラ隊ABCの隊長とかから数名ずつ、ひいきにしてあげてほしいという推薦が来ているのです。
コネがない。
教養がない。
保護者もない。
わずかな給料で命をかけて戦う底辺職。
それが民兵というもの。
そんな逆境をものともせずに活躍してこの場にいるわけですから、本当の意味で突き抜けた実力者ということになります。
一般枠5000人の中から選抜された上澄みってことなので。
兵士としての力量は本物です。
望めば正規兵にもなれる人たちですし、武功があればさらなる昇進も望めるでしょう。
もちろんコネがないので、ある程度のところで頭打ちにはなりますけど…………それはたたき上げ将校の宿命ですね。
上位集団の中でさらに上に行くためには、どうしても家柄とコネとが必要なのです。
「カードゲームですか」
やたらと大きな声で騒いでいる一団に近づくと、それははたして兵隊さんの集まりのようでした。
宴会場のテーブルをゲーム台に改造して遊んでいるようです。
まあ今日は無礼講ですからね。
民間人の礼儀ができていないのをとがめる人なんていないでしょう。
私もそんなつもりはありません。
「まぜてもらっていいです?」
「どうぞどうぞ!」
飛び入りで参加してみましたが、ルールがよくわかりません。
私の知らないゲームみたいですね。
とはいえカードなら運のからむ要素が大きいため、初心者でも勝負になるはずです。
「私を負かした人にはお願いを聞いてあげますよ」
軽いエサをぶら下げてみると、兵隊さんたちは全力で戦ってくれました。
ちょっとうれしいです。
負けるための一手を打ってくる相手と戦っても、あんまりおもしろくないですし。
どうやら基本は3枚でやるポーカーのようなものらしく、大きい手札を配られればそれだけで有利になります。
ゾロ目や特殊役などといった例外を覚えているうちに時間がすぎていきました。
だいたいのルールを覚え終わった時には30分近くが経っていたので、さすがに今日はここまでです。
「…………では、私はこのあたりで」
「ええっ!? もうちょっとやりましょうよ。小銭とか賭けるととびきり熱くなれますぜ!」
「魅力的なお誘いなのですが、すみません。他のテーブルも回らねばならないのです。またの機会があれば是非」
「そうっすか。残念です」
しょんぼりしている兵隊さん。
どうやら本気で残念がってるみたいですね。
ゲームに身分なしということか。
公爵令嬢はふつう兵隊さんからは嫌われる立場なのですけれど、同じ遊びをしている間だけは友達でいられるみたいです。
何回もプレイしたので、私に勝ったことがない、という人がいないぐらいには遊びました。
トータルの戦績だと私はおそらく最下位でしょう。
ちゃんと勝つためにがんばりはしましたが、やはり慣れている人にはかないませんね。
「さて、そういえば賭けの約束がありました」
なにやら兵隊さんたちが期待のまなざしを向けてきます。
ちょっと重たいです。
ぷるぷる。
私は11歳なのでそんなに権限大きくないのですけれど。
いきなり貴族にしてくれとか言われも不可能ですし、これは落としどころを説明しておく必要がありますね。
「負けた私はゲーム代を支払わねばなりません。どんなお願いでも聞いてあげますよ。ただ、聞きはしても叶えられないお願いというものもあります。たとえば脱衣ゲームに付き合ってくれとかのお願いは断ります」
「い、いや、さすがにそんな命知らずはいませんぜ」
兵隊さんたちが恐れおののいています。
あれれ。
貴族社会では11歳の公爵令嬢とかむしろ食べごろなんですけど。
えっちなあれこれは無理としても、見て楽しむ分には一番天使っぽい時期だと思うのにー。
「私に叶えられるお願いはというと…………たとえば故郷のあいつを見返したい、とかなら公爵令嬢印の感謝状を書いてもいいですし。好きな幼馴染とかがいるのなら式をあげるための金品に加えて、誰からも後ろ指をさされないように勲章をあげてもいいです。正規兵としての就職のあっせんなら大抵の場所にはねじこめますよ。私の発言力を超えるお願いは無理ですけど」
「まじですか!?」
「まじまじです」
普段はそんな手間はまっぴらごめんなんですが、今日は気分がいいので大サービスです。
頭の中で自分をたたえます。
カルラちゃんちょうやさしー!
目の色を変えた何人かがお願いしてきたので、懐紙を取り出して要望と日付とサインを入れ、あてなを侍従長にして後ろで控えていた者に渡します。
後はうまくやってくれることでしょう。
そういえば、なんか『頭をなでてほしい』という変わったお願いをしてきた人もいましたね。
別に減るものでもないので極上の笑顔を作り、がんばりましたね、となでなでしてあげたところ、たいそう嬉しそうな顔をしていました。
ついでに投げキッスとかもしてみたのですけれど、そちらの反応は微妙。
男心はあまりにも難解です。
私にはちょっと理解できませんね。
とはいえ、頭をなでただけではあんまりなので、ご褒美に身に着けていた金の指輪などをプレゼントしておきました。
別に高価な品ではありません。
金貨2枚ぐらいで買える安物です。
何も言わなかった奥ゆかしい人には金貨だけ渡しておけばいいですね。
「では、引き続き宴をお楽しみください。カードでは負けましたが…………その前の盗賊退治のとき、私を勝たせてくれてありがとう」
兵隊のみなさんは大いに喜んでくれました。
基本的には宴会は身分が近しい人同士で楽しむものですが、浮世のしがらみから完全に隔離された集団というのもあります。
宴会場の片隅に、お酒好きのみが集まったテーブルがあります。
ここには賑やかしの美少年美少女が一人も配置されていません。
かわりにつまみと酒だけは他のどのテーブルよりもいいものが置いてあります。
異性的なうるおいの一切ない不毛の空間です。
いい酒が置いてあるという以外には価値のないテーブルなので、この場所に集まっている人間は生粋の酒好きだと断言してもいいでしょう。
みなさんわいわいと楽しそうです。
てゆーか、家の食客連中と正規兵の皆さんが仲良く肩組んでます。
この二つの人種が和気あいあいとしているなんて宴会場ひろしといえどもここだけですよ。
性に開放的な異性がいない空間では友情が成立しやすいみたいです。
繁殖しようという気概が全く感じられません。
戦争で殺しまくったことに責任を感じていないのでしょうか…………たくさん死んだのだから、たくさん産まなければならないのに。
子作りは他の人類が勝手にやる、と言わんばかりの態度です。
むしろ狂気すら感じますね。
「おじゃまします」
「おお、姫さん!」
「慰労のために、テーブルをお酌して回っているのです。だれかついでほしい人とかいますか?」
ボトルを取って水を向けてみると、すぐに立候補がありました。
「俺!」
「俺も俺も!」
「あたしもちょーだい!」
食客のみなさんは素直でかわいいですよね。
正規兵の人はやや遠慮気味ですが、断るのも失礼と考えたのか、頭を下げつつグラスを差し出しています。
「ちなみに、こんなのもありますよ?」
付き人に持たせていたボトルを受け取ってじゃじゃんと掲げてみます。
「こ、この酒は!?」
「父の酒蔵からガメました。これ一本で兵士が20人一か月雇えます」
人の命と同じぐらいの値段がついている酒ですね。
なんたらドラゴンとかいう銘柄の30年ものです。
私の生まれた年に仕込んだ果実酒とかも大量にあったのですが、あれはもーちょっと寝かせたほうがいいとのこと。
かわりに飲み頃のやつをぱちってきたわけですね。
「そんなことして大丈夫ですか?」
「ばかですねえ。ぜんぜん大丈夫じゃないから楽しくておいしいのではないですか」
私はしれっと言って微笑み、コルク栓をぽんと外します。
さすが姫さんはわかってる!
と食客の人たちは手を打って喜んでくれました。
正規兵のみなさんは顔を青くしてしまいました。
おびえるほうが常識的な反応だと言えなくもありません。
銀蠅術の戦果を堂々と披露しちゃってるわけなので、わたしが実の娘じゃなければ懲罰房まっしぐらです。
でもまあ、父にとって、お酒は体に毒ですし。
おいしく飲んでもらえる人の手に渡るのがお酒の幸せというものだと思います。
酒瓶のかわりにごめんねてへっ、と書いたメモを入れておいたので、たぶん大丈夫でしょう。
怒られるだけですむはずです。
「それでは、勝利に乾杯!」
「乾杯!」
「姫さんの美しさに!」
「手癖の悪さに!」
「未来の公爵に乾杯!」
お酒をとくとく注いで、みんなで乾杯します。
これで全員共犯ですよ。
いやまあ、さすがにこの罪を人に着せる気はありませんけどね。
ちなみに私は子供なので、10分の1ぐらいにジュースで割ってからいただきます。
酒のあてとして、特上の乳から作ったチーズも運ばせてみます。
これは私が食べても激うまですね。
戦場では油ものは控えていたのですが、まあ、たまにはこういうのもいいでしょう。
しかし宴の雰囲気とはいいものですよねえ。
勝ちに浮かれているせいか楽しくすごすことができます。
こういう席ならまた作ってもいいですね。
場を盛り上げるための気遣いのあれこれも、今だけは苦にはなりません。
宴のたけなわも通り過ぎ、人の姿もまばらになりました。
今日はもう帰りましょう。
さすがに接待三昧だったので疲労を感じます。
楽しい時間の後はむなしさがつのるものですからね。
私は頭をからっぽにして会場を後にし、ここ数か月ぐらいのあれこれを思い返します。
慣れない旅行に、部隊運営、領地乗っ取り、盗賊退治、後始末、宴会準備、論功行賞、家族への報告、などなど。
こんなに目まぐるしく動いた経験はかつてありません。
苦労したというほどではないですが、
充実した時間ではありました。
まあ、私にしてはうまくやれたほうだと思います。
今回の戦いはずいぶんと簡単だったです。
とにかく敵が弱かったのが大きいですね。
公爵お抱えの部隊もほとんど損耗せずにすみましたし、数字だけ見れば大成功といった具合です。
父上もほめてくれましたし、部下も喜んでくれました。
私たちは少しだけ幸せになれたのだと思います。
生贄になってくれたハムスター子爵領の人たちにはどれほど感謝しても足りません。
世界がいつもこんなにやさしければ、それはとっても素敵だなって思うんですけどね。