妥協点
「突然の電話に驚いたかもしれませんね。僕です。直接、メールをくれたのは正しい判断だったね。君もことを荒立てたくはないと言う気持ちがあるんだろう。お互いの利益になる提案が出来ると思う。
確かに君の指摘の通り、僕が3ヵ月前に月刊「小説マガジン」に書いた作品は、君が「小説明日」のショートショートコーナーに投稿してきたのとよく似ている。ボツになった君の作品とそっくりなものを選者である僕が自分の作品として出したのじゃないか、と君は疑念を持っているんだね。それについて、事前に説明しておかなかったのは僕の落ち度だ。でも往々にしてこのようなことはあるものなんだよ。たまたま投稿されてきた作品とよく似たアイデアを選者であるプロの作家が既に考えていたというのは。
我々は毎日、君たち作家志望の読者から山のようなクズを、失礼、でも敢えて言わせてもらうけど「屑」を受け取るんだ。その内容を全部覚えていろと言うのかい。
確かに今回のケースは単なる類似の域を越えているかもしれない。だから、僕も落ち度があったと言ってるじゃあないか。聞き給え。
改めて考えてみると、君の作品を手直しして使ったかもしれない。あの当時は確かに締め切りが迫っていたからね。よく覚えていないんだ。しかし、もしそうだったとしてもそのお陰で「君のアイデア」と主張するものが本に載ったのだよ。申し訳ないが、君の筆力では決してあのアイデアを生かすことは出来なかっただろう。僕の力でもって、初めて完成させることが出来たんだ。
だから、君のアイデアを使ったのは君の為でもある訳だ。このままでは埋もれてしまうアイデアを世に出してあげたのだから。確かに、君にはその見返りが必要だろう。それを惜しむ積もりはない。
君にはアイデアを生み出す才能はある、それは認めよう。しかし小説に仕上げる筆力は別ものだ。それならいっそのことどうだろう、僕と組んでアイデアを供給するのに徹しては?あとは僕が旨くやるよ。決して損はさせない。
君も40歳過ぎ、お固い仕事に就いてもいる。もちろん、調べさせてもらったよ。今更、新人小説家として人生を賭けるものでもないだろう。君の名前は残念ながら世間には出ない、しかしそれなりの実入りを得ることができる。アイデア料と言うわけだ。今の調子でアイデアを送ってくれれば、いい小遣い稼ぎになるんじゃあないかな。しばらく、考えてみたまえ」
「もしもし、僕です。返事がなかったのでこちらから電話したんだが、どうだろう、例の件は?……そうか、そうか、前向きの返事、有り難う。大いに結構。
実は、先月投稿されたショートショートのアイデア、あれも参考にさせてもらった。もうじき、月刊「小説ダイヤモンド」に載るよ。君にはアイデア料を振り込んでおこう」
「メールをありがとう。僕はどうもパソコン、スマホは苦手でね。電話させてもらったよ。ところで、君は出版関係に知り合いでもいるのかね。とにかく、君の取り分が少なすぎるというのは言いがかりだ。確かにあの作品は、君の言ってきた値段で売れた。でもこれは僕の名前で売れたものだよ。あくまでも僕の名前と人気に対する評価であって、アイデアが誰のものだったかはもはや重要ではないのだ。もしこれが不満で、自分で発表したいのならそうすればいい。あまり調子に乗るんじゃないよ」
「もしもし。この前はこちらもちょっと言い過ぎた。君も幾らかはこの業界に通じているんだね。金額についての君の不満、分かった。割増しよう。希望を言い給え。
え、いくらだって?それはずいぶん、厳しい条件だな。しかし了解、妥協しよう。これで、晴れて僕と君は仲間になったわけだ。アイデア、期待しているよ」
「小説ダイヤモンドに載せた私の作品に対する君の指摘、確かにあの設定を変えればもっと面白くなった可能性は認めよう。しかしいい気になってはいけないよ。完成作品への指摘なんて誰でも出来るんだから。
えっ? 今後、僕が書いたものを出版社に送る前に君に見せてくれないかだって。馬鹿馬鹿しい、自分を何様だと思っているんだ。ふざけるな」
「昨日は少し感情的になってしまったかな。君の指摘の通り、超多忙な私の負担を減らすと言う意味ではいい提案かもしれない。それから君の取り分についての要望も前向きに考えてみよう。確かに君の時間をこれまで以上に取らせる訳だから。ついでに来月号の下書きを送るから何か改善の余地があったら言ってきたまえ」
「ちょっとひどいね、あの修正は。僕のスタイルではない。絶対、受け入れられない!」
「前回は少し偏狭になっていたかもしれない。あのアイデアの場合、君の言ったように直して正解だったようだ。読者の評判も上々だ。いつも締切りに追われているので、時々、僕の頭も曇るのかもしれない」
「珍しく君のほうから連絡をもらったが、僕自身で暖めているアイデアがないかというのかい?そうだね、当然のことだけど僕にもお蔵入りもやむなしと思っているアイデアはあるよ。少々猥褻過ぎるものなんかはね。君が興味を持つなら教えてやってもいい。
君が最近、急に示し始めた筆力をそのまま発揮できれば、面白いポルノになるかもね。でも決して私のアイデアと悟られてはいけないよ。
ところで、また一つ、臓器移植に関した適当なアイデアはないかな?出版社から依頼があるんだよ。このところ、僕の作品が面白くなった、いや新しくなったと言って、好評なんだ」
「先月の『官能時代』に載った小説は私のアイデアじゃないか。どんなコネであのポルノを買ってもらったんだい?困るよ、僕に無断であんなことをしては。
なに、アイデア料を振り込んだ?そういう問題じゃない。えっ、もう一度言って、いくらだって?それなら話は少し違う。どうせいつまでも寝かせておくしかないアイデアだったんだから。実際のところ、あの話はよく書けていたと思うよ。正直言って、僕もムラムラしてきたよ」
「ご要望に応えて別のアイデアを送った。ただ十分注意してくれよ。もし、このアイデアが私のものだとマスコミに知れたら、私の作り上げてきたイメージが滅茶苦茶になる。あんな趣味が私にあるわけではないんだよ。
ところで、僕が頼んだアイデアの方はどうなっているんだい?最近、君に頼る癖がついたのか、新しいアイデアを浮かばないんだよ。今更、ポルノは書けないし」
「アイデア料を請求したいだって。いくら?そんな馬鹿な。でたらめじゃないか。嫌ならアイデアは出せない、なんだ。その言い方は。ちくしょう、お前は一体何者なんだ」
「待ってください。言い方が悪かったですね。私は流行作家、失うものが多すぎるということがよく分かりました。
仕方ありません。言われる条件で手を打つしかないようですね。つまり私は貴方に嵌められたという訳だ。
一度、飼いならされた動物にはもう野生の感性はなく、斬新なアイデアも浮かばない。自分で餌を取ることは出来ないんだ。与えられる材料を咀嚼してそれなりの作品に仕立てるしかない。つまり貴方なしではやっていけないということか。ある意味では心安らかな気分ですね。…………勝手にしろ、毒を食らわば皿までだ」
「私に送りつけてきたあのコードはなんですか。No24号?つまり私は……」