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Sage Saga ~セイジ・サーガ~  作者: Eolia
第11章 世界の監視者
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第88話

新章突入です。

「まさか、お前が余を裏切るとはな……ディーンよ」


 イルファス王国国王ローランド・フォン・イルファリアは、玉座に座ったまま目の前で剣を抜いたディーン・グランバノアに語り掛けた。


「いや、やはりそれがお前の性分なのだろう。ノヴォガス帝と同じように、この余にも刃を向けるか」


 己を守る者は誰もいない。ディーンの電光石火のクーデターによって、自分に近い者達は全て粛清されてしまった。それでもローランドは国王としての威厳を保ったまま悠然としている。


「陛下……貴方は変わってしまった。かつて“英雄王”と称えられた貴方はどこへ行ってしまわれたのか」


 ローランドは二十年前の騒乱時に先王の急逝に伴い、弱冠二十歳にして後を継いだ若き国王だった。ノヴォガス帝国の暴走から世界を救おうとしていたアレンら“四大”を助け、自らも王国軍を率いて帝国との世界を二分する大戦に臨み、歴史的勝利に導いた。それにより彼は“英雄王”と人々に称えられ、それ以後も賢王として世界の安定に尽力していたはずだった。


「痴れ者め……っ! 拾ってやった恩も忘れおって」


 ローランドが玉座より静かに立ち上がる。事ここに至っては、己の命運は決したも同然だったが、この若き王は決して命乞いなどの見苦しい姿は見せなかった。


「陛下……!」


 剣を構えているディーンに対して、ローランドは全く無防備に近付いてくる。その姿にディーンはかつて同じように刃を向けてしまった主君、ノヴォガス帝の影を重ねてしまい、剣の切っ先が僅かに震えていた。


「今さら怖気づいたか!? これからお前が進むのは修羅の道ぞ! その覚悟もなく、余の前に立ちはだかるでないわっ!」


 ローランドが腰の短剣を抜いた。それを大きく振り上げてディーンに襲い掛かる。


「くっ……! 陛下ぁ!!」


 しかしその動きは普通の人間のものでしかない。“剣帝”の眼には止まって見えたであろう。その気になれば短剣を躱し、傷付けることなく組み伏せるなど容易いことだったが、ディーンは一度固く眼を閉じ、悲痛な叫びと共に上段から剣を振り下ろした――











「く……っ!」


 左肩から斜めに袈裟斬りにされたローランドが崩れ落ちる。その姿がかつてのノヴォガス帝と重なって見えたところで、いつものようにディーンは目を覚ました。ベッドの上で上半身を起こし、悪夢によって乱れた呼吸を整えるように額に手を当てて固く眼を閉じる。


 もう何度同じ夢を見たか分からない。恐らくこの悪夢は死ぬまでずっと自分を苦しめ続けるのだろう。


「閣下、お目覚めでございますか?」


 しばらくそのままでいると、ノックの音と共にドアの向こうからレインの声が呼びかけてきた。


「ああ、今行く」


 レインの声に応えたディーンはベッドから降りると手早く身なりを整え、数分もしない内にドアを開けた。


「おはようございます、閣下」


「ああ、おはよう」


 ドアを出たディーンにレインが無表情のまま頭を下げた。それに短く答えて、ディーンが自身の執務室へと歩き出す。


「……議会の方はどうなっている?」


「……まだ粛清された議員の席は埋まっておりません。王都の貴族やグランドールの富裕層の中から選抜を急いでおりますが」


 さも申し訳なさそうな口調ではあるが、そこに感情は一切込められていない。それはディーンもよく分かっていた。


「急げ。もうフレイノールとの決戦に猶予はない」


 グランドールの軍港からフレイノールへと王国軍の艦隊が出港したのは三日前のこと。教会はすでに情報を掴んでいるだろう。“神託(オラクル)騎士団”も同じように艦隊を繰り出していれば、あと数日で両軍はゼラム大陸とアイリスとの海峡にて激突することになる。


(それまでにこの国の新たな形を定めねばならぬ……)


 国王は死んだ。この国はこれから王政を廃し、完全なる議会制民主主義国になる。初めの内はディーンらが選任した議員に政治を任せることになろうが、ゆくゆくは国民の中から身分や生まれの垣根を超えて選ばれた者達の合議で政を行うようになるだろう。


「……分かりました。しかし、たとえ議員の選任が終わっても、国民に真実を告げるのはお待ちください」


 ディーンに付き添って執務室に入ったレインが、机に着いたディーンに訴えるように言った。相変わらずその言葉に感情は見られないが、いつものことなのでディーンは気にしていない。


「今真実を告げれば、国民は必ず混乱します」


 ディーンは教会との決戦に勝利した後、議員の選定を待って全ての真実を国民に明かすつもりであった。そしてその責めを一身に背負うつもりであった。


「分かっている。しかしその混乱こそ、人々が真に目覚めるには必要なことなのだ」


 椅子の背凭れに身体を預けながら、天井を見上げるように顔を上げたディーンの顔は悲壮な決意に満ちていた――










「どうだ? 閣下の様子は」


 ディーンの執務室を辞し、廊下を歩くレインにどこからともなく声が掛けられた。しかしその声の主の姿は無い。


「相変わらずさ。だが、“事”が済むまではクーデターの公表はすまい」


 立ち止まったレインは特に顔をどこかに向けるわけでもなく、そのまま前を見据えてその声に応えた。


「そうか。じゃあまぁ、ひとまず安心か。余計な面倒はごめんだからな」


 レインのちょうど真横。開け放たれた廊下の大窓のさらに向こうから、音もなく飛び込んで来たロイ・ハワードが気安く言った。


「呆れた奴だ。そういう面倒を片付けるのが私達の仕事だろうに」


 危うく自分にぶつかりそうだったロイを軽く睨み付けて、レインは溜息交じりにそう言うと再び歩き出した。


「そうは言ってもよぉ。反対派の軍人や議員なら殺しちまえば済むけど、さすがに暴動を起こした国民を皆殺しにはできないだろ? さすがにそれは面倒だぜ」


 両手を頭の後ろに組んで、ロイがレインの後に続く。言葉の剣呑さとは裏腹に、その口調は随分と気安いものだった。


「……私は別にそれでもいいと思うけど」


「おいおい……俺よりお前の方が危ねーじゃねーか。全部終わるまで自重してくれよ?」


 他のワイズマンと同様、ロイも慈愛や慈悲などというものから程遠い人間ではあるのだが、そんな彼をもってしてもレインの冷淡さは時として空恐ろしくなることがある。


「冗談だよ。あともう少しの辛抱だからな。“剣聖”が来るまでは大人しくしてるさ」


 背後のロイの声に手を振って応え、レインはディーンの執務室と同じ階にある自室に入っていった。そのまま一緒に入ろうとしたロイは見事に蹴り出されている。


「痛てて……。ちぇっ、冷てーなぁ。フレイノールの“祭り”にも参加できなかった上に、一番損な役回りを押し付けられた俺に、ちょっとぐらい優しくしてくれてもいいんじゃねーの?」


 事あるごとにこうやってレインに迫っては、その度に冷たくあしらわれている。しかしロイにしてみれば、こんな他愛のないやり取りしか楽しみがないという己の不遇を呪いたい気分だった。他の仲間に比べ、自分に与えられた役割は随分と地味なものだと不満を持っているのだ。


「何を言っている。 お前の仕事が一番おいしいんじゃないか。首尾よく“四大”を討ち取れれば最大級の功績だろうに」


 ドアの向こうからレインの無機質な声が聞こえてくる。しかしロイはますます不満そうに口を尖らせた。


「俺はそんな“おこぼれ”の功績より、ヒリ付くような戦いがしてーんだよ」


「……だったら閣下より先に“剣聖”に挑んでみたらどうだ? 返り討ちに遭うのは目に見えてるがな」


 ロイの不平不満を鼻で笑ったのを最後に、ドアの付近からレインの気配が消えた。ロイも一度軽く「ちぇっ」と舌打ちした後、レインの前に現れた時と同じように廊下の大窓から外に飛び出した。











 フレイノールを出発したフィゼル達一行は、レヴィエンの運転する導力車に揺られながら一路西へと進んでいた。王都やグランドールに比べて導力車が普及しているフレイノールだけあって、街を出てからしばらくは導力車を目一杯飛ばせるぐらい広く舗装された街道が伸びていたのだが、三日経った今では街道どころか森の中の道なき道を切り開くように強引に進んでいた。


「今日はここらで休むとしよう」


 森と言っても鬱蒼と生い茂った暗く深い森ではなく、太陽の光も十分に届く。導力車を走らせるには少々狭いのだが、歩きだと考えればハイキング等に最適な拓け具合だった。レヴィエンはその中でも一際拓けた場所に導力車を停めた。


 空を見上げれば陽が傾きつつあった。間もなくこの辺りも真っ暗になるだろう。一日、二日目までは途中の街に立ち寄って宿を取れたのだが、ここからは野宿になる。レヴィエンは軽やかに導力車から降りると、今までのような軽口を叩くこともなく手早く荷物を解き始めた。


「レヴィエンさん、野営の準備は私達がやります。貴方は休んでて下さい」


 導力車の運転はレヴィエンにしかできない。この三日間、そして王都に着くまでもずっとレヴィエン一人に運転させることになるのだ。しかもワイズマンによる襲撃によりロスした時間を少しでも取り戻そうと、口には出さないもののかなり無理をしてきたはずだ。


 そんな肉体的な負担もさることながら、アレンはそれ以上にケニスを喪ったレヴィエンの精神状態を気遣った。表に出さないように努めているつもりだろうが、アレンから見ればその哀しみは痛いほどよく伝わっていた。


「そうかい? それならお言葉に甘えさせてもらおうかな。でも、他のみんなはちゃんと使い物になるのかい?」


 アレンに気遣われていることに気が付いたのだろう。レヴィエンは思い出したように皮肉めいた表情を浮かべ、未だ座席から降りることなくぐったりしている他の三人を指さした。


 皆導力車に乗るのは初めてだった上に、通常では考えられないような悪路を考えられないような速度で疾走してきたのだ。当然身体は激しく揺さぶられ、さながら嵐の中を突き進む船の中にいるような心持だっただろう。


「だ……大丈夫だ……ただ座っているだけの俺がへばってるわかにはいかねぇ」


 レヴィエンの言葉を受けて、カイルがよろよろと導力車から降りる。そして気合を入れるように一度両手で自分の頬を叩くと、アレンと同じように荷台に括り付けられた荷物に手を掛けた。


「あ、お前も休んでろよ。準備なら俺とアレンさんがいりゃ十分だ」


 カイルから僅かに遅れて、やはり同様に荷物を解こうとしたフィゼルをカイルが制した。カイル以上にフィゼルの疲労は深く、顔色もかなり悪かった。


「そうですよ、フィゼル。ここは大丈夫ですから、貴方もミリィさんと休んでてください」


 フィゼルと、さらにはその後ろで自分も何か手伝えることはないかと様子を窺っていたミリィにも視線を向け、アレンはカイルと同様二人に休むよう促した。そう言っている内にも手際よく野営の準備は整っていく。


「う、うん……じゃあ、少し休んでくるよ」


 今のふらふらの状態の自分では却って邪魔になるだけだと理解したフィゼルは、重い足取りで皆から離れるように森の奥へと進んだ。背中に「あまり遠くには行かないでくださいね!」というアレンの声を受け、手を上げて応えながらフィゼルの姿は木々の中に消えていった。


「……大丈夫なのか? あいつ」


 森の奥へと消えていくフィゼルの背中を見送りながら、カイルが心配そうにアレンに尋ねた。


「気に掛けてくれてるんですね、フィゼルのこと」


「まぁ……ちょっとキツイ事言っちまったしな。あいつは気にしてないって言ってたけど」


 フィゼルがミリィをメフィストフェレスの手から救い出した夜のことは、翌日にアレンからあらかた聞いていた。その日の夜、カイルはフィゼルの活躍を称え、そして前夜の厳しい言葉を詫びたのだ。フィゼルは「気にしていない」と言ったが、カイル自身、さすがにあれは言い過ぎたと今でも心に蟠りがある。それゆえ、事あるごとにフィゼルの様子を気に掛けていたのだが、フィゼルがみるみる消耗していくのが手に取るように分かった。


(これ以上はさすがに限界ですね……)


 決して導力車による疲労だけではないフィゼルの消耗をアレンも感じていた。そしてそれが何に起因しているのかも想像がつく。このままでは王都に辿り着く前にフィゼルが押し潰されてしまうと思ったアレンは、フィゼルが消えていった森の方をじっと心配そうに見つめるミリィにちらりと視線を向け、早急に手を打つべきだと決意した。


≪続く≫

ちょっと……執筆ペースを維持できなくなってしまいました……

申し訳ありませんが、これからしばらく更新ペースが遅くなってしまいますm(__)m

頑張って最後まで書ききる所存でございますので、気長にお待ちいただけると幸いです。


次回は9/17(土)19:00更新予定です。

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