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Sage Saga ~セイジ・サーガ~  作者: Eolia
第2章 謎の青年と廃坑の化け物
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第6話

「ハッハッハ。楽しんで頂けたようで何より――痛っ!」


 男は陽気に笑いながら、さりげなくミリィの肩に手を回そうとした。はっと我に返ったミリィがその手をぴしゃりと打ち据える。それを見てフィゼルは少し胸のすく思いがした。


「酷いなぁ。ちょっとしたスキンシップじゃないか」


 男が手をさすりながら言う。へらへらとした顔にフィゼルだけでなくミリィもむかっと来るものがあった。黙っていれば美男子なのだが、口を開けば軽薄さが前面に浮き出る。


「悪いけど、あなたみたいなナンパ男は大嫌いなの」


 そう吐き捨てるなりミリィは「荷物を取ってきます」と言って立ち上がった。アレンのことも気になるが、それ以上にこういう男の傍には長くいたくなかった。先程の素晴らしい演奏によるいい気持ちが台無しになった思いだ。


「あれ、もしかしてお急ぎかい?」


 男の問い掛けを完全に無視してミリィは階段を昇り始め、代わりにフィゼルが喧嘩腰に答えた。


「これから船に乗ってグランドールへ行くんだ。あんたの相手をしている暇は無いんだよ」


 フィゼルの言葉に男は大きく両手を広げて二度三度と首を振った。そのわざとらしい仕草にフィゼルはまたむかっとした。


「喧嘩売ってるのか、お前!」


 最初に喧嘩腰になったのはフィゼルだが、そもそも最初からこの男が気に入らなかった。なぜこんなにもこの男に腹が立つのかはフィゼル自信も自覚していなかったが、とにかく気に入らないのだ。


()しなさいフィゼル。他の人に迷惑ですよ」


 アレンに(たしな)められて、フィゼルは渋々引き下がった。男はというと、フィゼルなど相手にもしないという感じで軽く鼻で笑っている。フィゼルは、今すぐにでも掴みかかってその横っ面をはたいてやりたい衝動に駆られた。


 と、そこへチェックアウトの手続きを終えたミリィが荷物を持って戻ってきた。男の方へは眼もくれず、二人に向かって「そろそろ出ましょう」と言った。フィゼルはすぐに立ち上がったが、アレンはしばらく男を見つめるようにしばらく席を立たなかった。


「船なら出ないよ」


 フィゼルに促されてアレンがようやく腰を浮かせたところで男が言った。口調は何も変わっていないのにさっきまでの軽薄な感じはなく、思わず三人は一斉に男に視線を向けた。


「船が出ない?」


 アレンが男の言葉を繰り返すように訊いた。浮かした腰を再び席に付ける。フィゼルとミリィもテーブルの横に立ち止まって男の言葉を待っていた。


「数日前に嵐があったのを覚えているかい?」


 男はもったいぶってしばらく黙った後、また芝居がかった口調で問い返してきた。アレンがそれに頷く。ミリィもその嵐のことなら覚えていた。自分がモーリスに着いた翌日にやって来たものだ。一日中宿屋に缶詰状態にされたことを思い出した。


「嵐があったのは覚えていますが、それがどう関係しているんですか?」


 アレンは怪訝そうな表情で尋ねた。嵐で船が故障したというのは十分考えられることだが、それならその船が動かないというだけで、また別の船が来ればいいだけの話である。男が言うには、貨物船は毎日寄港しているようだが、人を乗せる連絡船はモーリスを素通りしているらしい。


「一体何があったっていうの?」


 ミリィも男に尋ねた。本当はこんな男と口を利きたくはないが、そんなことも言っていられない。彼女にとってもグランドールに戻れないのは深刻な問題なのだ。


「ここだけの話なんだけど――」


 男が声を潜めて言うには、今停泊している船の中で盗難事件があったらしい。嵐に紛れて盗みを働いた犯人達はまだ捕まっていない。この島はモーリスから船に乗る以外に渡海手段がないのだから、当然犯人達はまだこの島のどこかに潜んでいるということになる。その犯人達が捕まるまで誰も島を離れることはできないということだ。


「それにしても大袈裟な……」


 ミリィが唖然として言った。確かにそうだとアレンも頷いた。すると男がまた肩を竦めて芝居がかった口調で話を続けた。


「実はここから先が“ここだけの話”さ」


 ここまでの事情なら知っている人は知っていると男が鼻で笑った。いちいち癇に障る男だと、フィゼルとミリィが顔を見合わせる。


「幸か不幸か、その盗っ人どもは目が利き過ぎたんだね。よりにもよって“王家”への献上品に手を付けたのさ」


 王家という言葉に、アレンとミリィは事の重大さを理解した。そんな大事な品物を盗まれたなら、島を丸ごと封鎖してでも犯人達の捜索をするのも頷ける。


 アレンとミリィの表情から、フィゼルもこれが大事であるということを察した。王家という言葉には正直ピンと来るものは無かったが、それでもやはりこの国で一番偉いのは王様なのだということぐらいはフィゼルにも分かっていた。


「と、いうわけで船は当分の間出ないよ」


 そう言いながら男は席を立った。また懲りずにミリィに手を伸ばすが、警戒心を剥き出しにしたミリィが一歩後退するようにその手を拒むと、肩を竦めるように溜息をついてその手を引っ込めた。


「やれやれ、こんな美男子を拒むとは……あ、そうそう」


 ぶつぶつとこぼしながら出口に向かう途中、男は突然足を止めて振り返った。その後姿から目を離せないでいた三人とはすぐに眼が合った。


「その盗っ人どもなんだけどね、どうやら西の廃坑に身を潜めているみたいだよ」


 三人がその言葉に唖然としている間に、男はさっさと店を出て行ってしまった。嵐が去った後のような空気に包まれながら、三人は無言で顔を見合わせた。


「なん……だったのかしら、あの男……」


 しばらくしてミリィがようやく口を開いた。誰に問い掛けるでもなく、独り言のような小さい声は、しかし周りの音が一切消え去ったかのような三人の間によく響いた。


「なんでアイツは犯人達の居場所を知ってるんだ?」


 当然の問いがまずフィゼルの口から発せられ、三人は再び椅子に座り直して唸りながら思案した。あの男が窃盗犯の一味なのではとフィゼルは思い付いたが、いくらなんでも短絡過ぎるとアレンに笑われてしまった。


「でも、困ったわ。この様子じゃいつ船が出るか分かったものじゃないし……」


 あの男のことをあれこれ考えても結局何一つ分からないことを悟って、ミリィが話を変えた。そちらの問題の方が三人にとっては重大である。


「船を出す方法が無いわけではないのですが――」


 何とかならないかしらと呟くように言ったミリィに、アレンがこれまた小さな言葉で応えた。


「そうか、その窃盗犯を捕まえてしまえばいいんだっ!」


 ミリィが顔を上げたと同時に、フィゼルもアレンの言葉に反応して勢い込んで立ち上がった。ミリィは呆れ顔でフィゼルを諭そうとしたが、意外にもその前にアレンが大きく頷いた。


「本気ですかぁ!?」


 ミリィは驚き、眼を大きく見開いてアレンに詰め寄った。そんなミリィに落ち着いた口調でアレンが言う。


「元々、この島に駐在している王国軍の規模はごく小さく、島全体をしらみ潰しに探すには人手不足です。恐らく王都かグランドールから増援を呼んでから本格的に窃盗犯の捜索ということになるでしょう。それではいつになるか分かりません」


 それはミリィも重々承知である。しかし、だからといって自分達だけで犯人を捕まえようというのは少々突飛過ぎる考えだと思った。


「まさか、さっきのナンパ男の言うことを真に受けたわけじゃないですよね?」


 窃盗犯が西の廃坑に潜んでいると、確かにあの男は言った。フィゼルはともかく、聡明なアレンがその話をそのまま信じるわけがないとミリィは思っていた。大体、本当にあの男の言う通りなのだとしたら、自分達にではなく王国軍にこそ通報するべきことだ。それを考えると、あの男の言葉には信を置く要素がひとつも無い。


「まぁ、とりあえず西の廃坑に行ってみようじゃありませんか。何も無ければそのまま引き返せばいいわけですから」


 しかしアレンが提案したことはまさにミリィが懸念していたことだった――


≪続く≫

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