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Sage Saga ~セイジ・サーガ~  作者: Eolia
第10章 明かされた真実と復讐の行方
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第85話

「やめろ……! やめろーーっ!」


 フィゼルの叫びが虚しく響く。ミリィの記憶に映し出された自分は、フィゼルの叫びなど全く無視して動き出した。あと数秒後にはまた再びあの悪夢のような光景が再現される。メフィストフェレスはそんなフィゼルの絶望を楽しそうに笑った。


 記憶の中のフィゼルが剣の切っ先をリオナの左胸に向ける。あとはこれを真っ直ぐ突き出すだけで、ひび割れたミリィの心は再び完全に砕け散る――はずだった。


「……っ!?」


 その瞬間、メフィストフェレスの顔色が変わる。今までは予想外の事が起きても全く動揺を見せなかったのに、その時だけは僅かではあるが明らかに困惑の表情を浮かべた。


「え……?」


 目の前の信じられない光景に、フィゼルも言葉を失った。


 リオナに向けて突き出された剣は、リオナの胸の前で霞のように消えてしまった。次に剣を持っていたフィゼル、さらには周りの景色までもが同様に消えていく。


(これは一体どういうことだ……?)


 全く思ってもみなかった状況に、それでもメフィストフェレスは冷静に考えを巡らそうとした。そして全て消え去ったかと思ったミリィの記憶映像に、ただ一人リオナの姿だけが残っていたのを見て、ある一つの確信に辿り着く。


「そうか……そういうことか、“辺境の魔女”よ!」


 ただ一人残ったリオナの映像に、メフィストフェレスは「してやられた」という顔で唸った。すると直立不動だったリオナの映像がゆっくりと身体をこちらに向け、にやりと口角を吊り上げたのだ。


「ど……どういうこと……? なんでミリィのお母さんが……?」


 メフィストフェレスとは違い、この状況がさっぱり飲み込めていないフィゼルは、依然として困惑の表情を浮かべたままリオナを見た。その視線に応えるように、リオナも優しい笑顔をフィゼルに向ける。その美しい顔に、思わずフィゼルの心臓はドキリと跳ね上がった。


「ありがとう。あなたが頑張ってくれたから、こうして彼を出し抜く事が出来たわ」


 “彼”と呼ばれたメフィストフェレスは、ちらりと向けられたリオナの視線に軽く微笑み返した。しかしそれは余裕から来る笑みではなく、まるで全てを諦めたかのような薄い笑顔だった。


「まさかその小僧の奥深くに己の魂を潜ませていたとは……」


 見下していた人間に出し抜かれた事を自嘲気味に笑いながら、メフィストフェレスが肩を竦める。するとフィゼルを拘束していた触手も徐々に小さくなっていき、やがて消えてしまった。


「あ、あの……」


 触手から解放されたフィゼルは、頭の中に溢れている疑問を口にしようとした。しかしリオナが人差し指を口の前で立てながらウィンクすると、またもやフィゼルは顔を赤くして言葉を飲み込んだ。


「話は後よ。まずはあの“お転婆”を起こさなきゃね」


 未だ虚ろな瞳でうな垂れているミリィに溜息をつきながら、リオナは歩き出した。


「あっ、危ない!」


 つかつかと無防備にミリィに近寄っていくリオナに、メフィストフェレスが腕を振りかざした。まるで巨大な猛獣の爪に襲われたかのようにリオナの身体が引き裂かれる。しかし次の瞬間には、リオナの身体は何事もなかったかのようにメフィストフェレスを通り抜けていた。


「あなたも意外と子供なのね」


 魔界の最高位に君臨する魔族に向かって、リオナが信じられないほど余裕の笑みを浮かべる。メフィストフェレスの方も、攻撃が通じなかった事には別に驚きはしなかった。


「……悔しかったものでね。魔界の大公が人間に出し抜かれたとあっては、いい笑いものだ」


 魔族のプライドか元々の性格か、メフィストフェレスも負けじとリオナに笑みを返す。しかしこの精神世界において、二人の力の差ははっきりと決まっていた。


「ミリィ、いつまで寝てるの? いい加減起きなさい」


 本当に我が子を揺り起こす程度の気軽さで、リオナはミリィに声を掛けた。


「……お……母さん……?」


 リオナの声に反応して、ミリィが俯いたまま口を開く。薄く開かれていた眼が徐々に大きく開き、濁ったガラス球のようだった瞳に光が宿りだした。


「そう、起きないつもりね? それなら――」


 ゆっくりではあるが確実に覚醒しようとしているミリィを無視して、リオナが腰に手を当てながら大きく息を吸う。その気配に完全に覚醒したミリィは、弾かれたように顔を上げた。


「お、お母さん! 待っ――」


「起きろーー!!」


 慌てて両耳を塞ごうとしたミリィだったが、両腕は未だ壁に囚われたまま動かすことが出来なかった。


そして、どんな深い眠りについていても一発で眼が覚めるような――いや、それ以前に至近距離で聞けば鼓膜が張り裂けてしまいそうな大音声が響き渡る。それはミリィを覚醒させるどころか、この精神世界そのものを破壊せんとしているかのようにびりびりと振るわせた。


「な……なんてでかい声だ……」


 咄嗟に耳を塞いだフィゼルだったが、あまりの大音声に一瞬聴力を失った。キーンという耳鳴りが響く中、前方のミリィを見ると、ミリィもフィゼルと同じように耳を塞いで(うずくま)っている。ミリィの身体の半分以上が埋もれていた壁はいつの間にか消えてしまっていた。


「どう、眼が覚めた?」


 蹲るミリィを見下ろしながら、リオナが満面の笑みを浮かべる。


「もう……起きてたのにぃ……。お母さん、絶対わざとやってる――」


 まだ寝惚けているのか、昔の記憶と混同したまま愚痴を零したミリィだったが、途中で大きく眼を見開いて顔を上げた。


「お……お母……さん?」


 自分を見下ろす優しい笑顔に、ミリィは何が何だか分からないまま身体を震わせた。驚愕に見開かれた瞳が、みるみる濡れていく。


「久しぶりね、ミリィ。もっとも、私はずっとあなたを見ていたわよ。あの子の中でね」


 そう言いながら、リオナはようやく立ち上がったフィゼルを振り返った。


「えっ、俺?」


 何が何だか分からないのはフィゼルも同様だった。そこへ突然話の矛先を向けられて、一層フィゼルの困惑度合いが深まる。


「これからちゃんと説明してあげるわ。でも、その前に……」


 混乱するミリィとフィゼルを宥めるように微笑んでから、リオナはその顔を少し離れた所で腕を組み立っていたメフィストフェレスに向けた。


「彼をここから追い出しましょう」


 その言葉はミリィではなくフィゼルに向けられた。再びフィゼルが「俺?」と困惑した表情で自分を指差す。


「お姫様を助けるのは、やっぱりかっこいい王子様じゃなくちゃ」


 どこまで本気か分からないような軽い言葉を口にしながら、リオナがフィゼルの背中を叩く。あまりの恥ずかしさに耳まで真っ赤にしながら、それでもフィゼルは剣を抜いてメフィストフェレスの正面に構えた。


「分かってるわね、ミリィ?」


 フィゼルとメフィストフェレスの両者から少し離れて、リオナがミリィの肩に手を置いた。


「お……お母さん……私……」


 自分よりほんの少しだけ背の高いリオナの眼を、ミリィが怯えを孕んだ眼で見上げる。


「大丈夫よ、何も難しく考えることはないわ。今、あなたがどうしたいのかだけ考えればいいの」


 リオナはミリィの震える肩をそっと抱き寄せ、優しく囁いた。その暖かさに身を委ねるように、ミリィも眼を閉じて小さく頷く。


「さあ、いいわよフィゼル君。思い切りいっちゃって」


 ミリィの心が定まったのを確認して、リオナがフィゼルに合図を送る。だがそれを待つまでもなく、フィゼルは自分の身体に力が溢れてくるのを感じていた。


「ぅおおおおぉっ!」


 溢れ出る力をそのまま咆哮に載せ、フィゼルがメフィストフェレスに突進する。高く振り上げた剣は再び“宝剣”の光に包まれており、その刀身は通常の倍近くまで伸びていた。


「っりゃあ!」


 気合と共に振りぬいた剣は、腕を組んだまま動こうとしないメフィストフェレスの身体を肩から斜めに両断した。


「フ、これが人間の力か……」


 あっけないほど簡単に両断されたメフィストフェレスだったが、しかし倒れるわけでも消えるわけでもなく、身体が二つに分かれたまま何事もなかったかのように立っていた。


「なっ……こいつ!」


「もういいわ、フィゼル君」


 地に足を付けている下半身はともかく、本来なら重力に従って落ちるはずの上半身までがそのままの位置に留まっていることに驚愕しながらも、フィゼルは追い討ちをかけるべく再び剣を振り上げた。しかしそれをリオナの声が制止する。


「……長生きはするものだな。よもやこの私が人間に負ける日が来ようとは」


 あくまでもミリィの精神世界での話だが、それでもメフィストフェレスにとっては完全な敗北だった。しかし当の本人には悔しさや怒りは感じられず、むしろどこか喜んでいるようにすら見える。


「そう、これが人の力。あなた達のような魔族に比べれば、私達人間なんてとても弱く、儚い存在だわ」


 自分を真っ二つにしたフィゼルの存在を無視するようにリオナの方へと歩いてきたメフィストフェレスに向かって、リオナは微笑みながら言った。


「でも……だからこそ助け合える。だからこそ信じ合えるの」


 優しい笑顔の中に、何ものにも冒されない芯の強さが宿っている。リオナはこうなることを“知っていた”のではなく、“信じていた”のだ。


「フフフ、なかなか楽しませてもらったよ」


 リオナの言葉を理解したのかしていないのか、メフィストフェレスは曖昧に笑った。そして徐々にその身体が薄くなっていく。


「メフィスト……っ!」


 消えていくメフィストフェレスに向かってミリィは複雑な表情を浮かべた。メフィストフェレスにも思惑はあったのだろうが、それでも召喚して契約したのは紛れもなく自分の意思であったし、契約を破棄したのも自分だ。それなのにこうしてメフィストフェレスを討ち払ってしまうのは、僅かながらの抵抗があった。


「フフ、魔族に義理立てとは酔狂な。さすがは“辺境の魔女”の娘といったところか」


 ミリィの表情からその心意を読み取ったメフィストフェレスが、もうほとんど透明に近くなった右手を伸ばす。そして、そっとミリィの頬に触れた。


「気にすることはない。せっかくの“器”は手に入らなかったが、それよりもっと面白いものを見せてもらった。何より、この上さらに人間に同情されたとあっては、魔界において私の立場がなくなってしまうのでな」


 最後にいつものように意地の悪い笑みを浮かべ、メフィストフェレスは完全に消え去ってしまった。これで、ミリィを苦しめ続けていた呪縛が解かれたのである。


「さて、これで一件落着ね」


 色々な事があり過ぎて呆然としていたフィゼルとミリィに、リオナが明るく声を掛けた。しかし――


「何が一件落着よっ!?」


 自分の肩に軽く載せられたリオナの手を振り払って、ミリィがヒステリックに叫ぶ。


「なんで……なんでお母さんがここにいるの!?」


 今までずっと抑え込んでいた、当然といえば当然の疑問をミリィはぶちまけた。フィゼルも同じ疑問を抱いてはいたが、突然の出来事に何も言えずしどろもどろになっている。


「お母さんは……し……死ん……」


「ええ、死んだわよ。彼の剣に貫かれてね」


 ミリィが分かってはいてもどうしても口に出来なかった言葉を、リオナはあっさりと口にした。そして不意に蒸し返された過去に、フイゼルの心が締め付けられる。


「でも、勘違いしないでね。私は自分から望んで彼の刃にかかったの。フィゼル君に罪はないわ」


 衝撃の告白にフィゼルとミリィの両眼が限界まで見開かれた。


「だから、あなたは何も気に病むことはないわ。ミリィも、彼を恨まないであげて」


 もう声すら出なくなった二人に微笑んでから、リオナが言葉を続ける。そして二年前の真相を語り始めた――


≪続く≫

見事にかませ犬になってしまった感のあるメフィスト様(笑)

魔族のわりに、結構いい奴っぽい?


次回は9/8(木)19:00更新予定です。

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