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Sage Saga ~セイジ・サーガ~  作者: Eolia
第10章 明かされた真実と復讐の行方
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第83話

ミリィの精神世界は宇宙空間のような感じです。

この物語の世界には宇宙という概念はないため、その表現は使いませんでしたが……

「う……ここは……?」


 眼を覚ますと、フィゼルは奇妙な空間に倒れていた。起き上がって辺りを見回しても、上下左右360°同じ景色が広がっている。


 ――フィゼル、聞こえるか?


 と、その時、フィゼルの頭の中にロザリーの声が響いてきた。なんとなく上を見上げ、その声に応える。


 ――そこがミリィの“精神世界”だ。何か見えるか?


 続いて聞こえてきたロザリーの言葉に、フィゼルは困惑した表情で首を傾げた。


「何かって言われても……」


 どんなに辺りを見回しても、真っ暗な空間に無数の小さな光の粒が瞬いているだけである。それらはまるで夜空に浮かぶ星のようで、正にフィゼルは夜空のど真ん中に浮いているような状態だった。しっかりと地面に足を付けている感覚があるのに、下を見下ろしても同じ景色が延々と続いている。


 ――そうか。とにかくミリィの主精神はその世界の最奥に囚われておるはず。奥へ向かって進め


「奥……?」


 奥と言われても、360°同じ景色なのだ。当然後ろにも空間は広がっていて、どっちが奥かも分からなかった。


 ――これからは我の声も届かなくなるだろう。自分を信じて進め。そなたの進む先に必ずミリィはおる


 何の根拠もない言葉のように聞こえたが、それでもフィゼルはその言葉に勇気付けられた。


「うん……! 絶対ミリィは俺が助け出す!」


 もう何度心に誓ったか分からない想いを改めて胸に深く刻み、フィゼルは足を踏み出した。その先に待ち受ける絶望の深さも知らずに――











「代わりましょう、ロザリー。少し休んで下さい」


 フィゼルと交信するために再びミリィの胸の上で回転する魔法陣に手をかざしていたロザリーに、アレンが背後から声をかけた。そのままロザリーの後を引き継ぐように手をかざし、魔法陣の回転を止めないように維持する。


「フ、少々心配だな。本当にそなた一人に任せても平気か?」


 そう言いながらも、ロザリーは素直にアレンと交代した。アレンのサポートがあったとはいえ、十賢者の秘術を使った事がかなり堪えたようだ。


 ベッドがミリィとフィゼルで埋まってしまっているため、仕方なく床に転がっていた椅子を引き起こして座る。深く腰掛けると足が少し浮いてしまうところなど、見た目だけなら本当にどこにでもいる普通の子供のようだった。


「私だって一応“暁の長”の弟子ですよ。“(ゲート)”が閉じないように維持するくらいは出来ますとも」


 ロザリーの冗談交じりの言葉に、アレンも軽く応える。しかしこれがフィゼルの唯一の命綱となるため、その表情は真剣だった。


 通常、賢者は十賢者のいずれか一人を師に持つ。だが“四大”と呼ばれたアレン達は例外で、複数の十賢者に鍛え上げられていた。当然その修行は苛烈を極めたが、そのおかげで他の賢者よりもさらに強大な力を得て二十年前の災厄から世界を救うことが出来たのである。


 アレンの場合、“剣聖”の証たる“宝剣”を司る“剣の長”、風を司る“風の長”、光を司る“暁の長”、そして封印と解放を司る“鍵の長”と、実に四人もの十賢者から激しい修行を課せられた。


「しかし、そなたには魔法の素養がほとんどなかったのう」


 昔のアレンの姿を懐かしみながら、ロザリーが含み笑いをする。僅か半年で“剣聖”の名を背負うに相応しい剣士に成長したものの、その他の長から伝授された魔法の類はほとんどと言っていいほど使いこなすことが出来なかったのだ。


「今でも魔法は得意ではありませんが、昔よりは上達しているつもりですよ」


 アレンもかつての自分を思い出して苦笑する。あの頃は「剣一本あれば、(まじない)など不要!」と豪語しては長達を困らせていたものだ。それでも、今ではこうしてロザリーの描いた魔法陣を維持するくらいのことは出来る。


「確かに、フィゼルに施された“鍵の封印”はしっかりと機能しておったな」


 がむしゃらに剣を振り回すだけであった少年の成長に眼を細めながら、ロザリーは“鍵の長”の力による封印術がフィゼルに施されていた事を思い出した。その言葉にアレンがピクリと反応を見せる。


「なぜ貴方がそれを……? まさか……貴方が解いたんですか?」


 魔法陣をコントロールするために努めて平静を保っていても、僅かに声が震える。そこに微かな動揺が見え隠れしていた。


 確かにアレンはフィゼルにある封印を施していた。最悪フィゼルが全てを思い出してしまっても、フィゼルの自我を抑え込んでいた暗示と“熾眼”の力だけは復活しないように。


 しかしガーランドを一人で撃破したことや、ミリィがその正体に気が付いたことなどから考えても、間違いなくフィゼルは記憶だけでなく“熾眼”としての力も目覚めている。それはアレンの施した封印術が破られたことを意味しているのだが、それが自然に解けたものであるとは考えにくかった。


「ふむ……確かに先程のフィゼルの中には封印は見られなかったな。我が解いたわけではないが……もしかしたら我のせいかもしれぬ」


 ロザリーがフィゼルの中に“鍵の封印”を感じたのは、“白銀の街”アイリスでのことだ。魔族の呪いによって命を失いかけていた小さな女の子を救う際にフィゼルの力を借り、またその魔族を倒しに行く際にも一度借りた。その時にロザリーは封印に傷を付けていたのかもしれない。


「気を付けてはいたつもりだが……我としたことが迂闊であったな」


 まだそうと決まったわけではないが、その可能性が一番高い。が、特にそれを気にしている風でもなかった。遅かれ早かれフィゼルの正体はミリィに知れ、こうなることが決まっていたのだから。


「……そうですか。いえ、今となってはどうでもいいことですね……」


 どうしてもフィゼルの事になってしまうと冷静さを失ってしまうと、アレンは自分を諌めるように首を振った。


「ロザリー……貴方の見た未来というのを聞かせてもらえませんか?」


 しばらく無言の時が流れた後、アレンはおもむろに口を開いた。ロザリーはこうなることをあらかじめ知っていたようだが、現実はロザリーの見た未来とはいくつか食い違っているらしい。それを聞いたところでアレンにはどうしようもないことなのだが、何故か妙に気になった。


「……そうだな。まず……先程も言ったが、ケニスは生きていた。そしてミリィがフィゼルの正体に気付き、魔族に身体を乗っ取られるところまでは我が見たのと同じだが、メフィストフェレスなどという大物は出てこなかった」


 そこで一旦言葉を切り、「それがどういう意味か分かるか?」と問いかけるような視線をアレンに投げた。その視線を受け、アレンが考えを巡らせていると、再びロザリーが口を開く。


「我の見た未来では……ミリィを救うのはそなただったということだ、アレン」


 思いもよらなかった言葉に、アレンは衝撃を受けた。支えていた魔法陣の回転が乱れ、慌てて意識を集中させてそれを安定させる。


 確かに、ケニスがこの場にいたのならアレンの力を借りずとも“(ゲート)”を開くことが出来ただろう。さらに、普通に考えるなら、魔女とはいえ一人の少女が召喚出来る魔族などたかが知れている。“宝剣”を持ったアレンなら十分倒せたはずだ。


「ではフィゼルは……? 貴方はどうしてフィゼルに“疾風の御剣(はやてのみつるぎ)”を?」


 自分が見た未来に沿って行動していたのなら、ロザリーがフィゼルに接触する必要も“疾風の御剣”をフィゼルに託す必要もなかったはずだ。結果的に見ればそのおかげでアレンの“宝剣”の力をスムーズにフィゼルに渡す事が出来たが、それはロザリーの見た未来とは違っている。


「……我にも分からぬ。リオナの事を思った時、何故かそうした方が良い気がしてな」


 “辺境の魔女”リオナ・フォルナードが何故自ら進んで命を差し出すような真似をしたのか。それを考えた時、すでにロザリーは自分の見た未来とは違う未来も覚悟していた。そうなれば、鍵を握るのはおそらくフィゼルなのだろうという推測と共に――











「な、何だこれ……?」


 夜空に星を散りばめたような不思議な空間を歩いていたフィゼルの前に、さらに不可思議な光景が浮かび上がってきた。


(これは……確か、アイリスの街じゃないか……?)


 フィゼルの周りを取り囲んだのは、所々フィゼルの記憶とは食い違う点はあるものの、全体的に見れば確かにアイリスの街並みだった。


(なんでいきなりこんな景色が……? それに、みんな大き過ぎないか?)


 浮かび上がったのは街並みだけではない。そこを行き交う人々までがリアルに再現されていた。しかし眼に映る人や物は、フィゼルの身体に対して不自然なほど大きい。大人達などはフィゼルの倍ほどもあった。


 突然の出来事に呆然となったフィゼルだが、ふと右隣を見た時にその謎が解けた。


(ミリィのお母さん……!?)


 自分のすぐ隣に立っていたのは、やはり見上げるほど大きな女性だった。優しい微笑を湛えながらこちらを見下ろすその顔は、間違いなくリオナ・フォルナードだ。


(そうか、これはミリィの記憶なんだ!)


 夢の中に出てきたリオナよりは若干若く、見上げるような身長差から、これはミリィがまだ小さい子供の頃の記憶なのだと理解した。


(ミリィ……すごく楽しそうだ)


 ふ、と場面が切り替わり、次に浮かび上がったのは大きな鏡に自分の姿を映す小さなミリィだった。さっきの街で買って貰ったのだろうか、新品の服を着て、笑顔でポーズをとっている。その可愛らしい笑顔は、どこにでもいる普通の女の子だった。幸せ一杯で、眼に映る全てが色鮮やかに輝いている。


 それからしばらく、フィゼルはミリィの記憶の中を軽い足取りで歩いた。


 子供の頃のミリィの記憶は、万華鏡のように目まぐるしく移り変わっていく。その中でフィゼルは、街の男の子達と喧嘩をするミリィを心配したり、初恋の相手に嫉妬したりもした。ミリィの記憶を覗いている事に多少の罪悪感を覚えつつも、幸せに溢れた景色に心を躍らせている自分がいる。


 だが、フィゼルはある景色を前に足を止めた。風と雪が横殴りに吹き付ける雪原で、向かい合っている二人の男女。片方はリオナで、片方は間違いなく自分だった。


(これは……っ!)


 フィゼルが心の中にその次の場面を想像したと同時に、目の前の景色もそれと全く同じように動いた。フードを被ったフィゼルが剣でリオナの胸を刺し貫き、リオナがゆっくりと崩れ落ちる――


「うっ……ああぁ!」


 次の瞬間、引き裂かれるような激情がフィゼルの心を駆け抜けた。痛みを伴うほどの激しい感情に、フィゼルは胸を押さえて(うずくま)る。


「ミリィ……っ!」


 初めて知るミリィの苦しみに、フィゼルはどうすることも出来ずに涙を流した。その原因が自分にあるということが、さらにフィゼルを苦しめる。


 そして胸を締め付ける痛みに耐え、顔を上げたフィゼルの目の前に広がっていたのは、それまでの色鮮やかな景色が嘘のような灰色の世界だった。


 恐ろしく冷たく、孤独で、怒りに満ちた景色だった。見る物全てが色を失い、全ての人間が人形のように無表情で無個性に見える。今までの幸せに溢れた世界から、一気に地獄に突き落とされたような感覚だった。


(こんな、世界を……ミリィはずっと……)


 常人ならあっという間に発狂してしまいそうになるほど荒んだ景色の中を歩きながら、フィゼルの心は徐々に哀しみに蝕まれていった。


≪続く≫

ミリィの初恋については特に意味はありません(笑)

相手は小さい子供の頃の、近所のお兄さんぐらいに思っていただければ……^^;


次回は9/4(日)19:00更新予定です。

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