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Sage Saga ~セイジ・サーガ~  作者: Eolia
第10章 明かされた真実と復讐の行方
83/94

第80話

ちょっと過去の話。

前回の引きの続きは次回ということで^^;

 今からおよそ二年前――


 ワイズマンNo.8“熾眼”のレン・ヒュベリオスにある任務が下された。それは“四大”の中でも居場所の掴めていない“剣聖”と“辺境の魔女”を探し出し、始末すること。


 ワイズマンの面々は各地で賢者を暗殺して回っていた。それは彼らの多くがその正体を隠しながらも高い能力をもって人々の支えとなり、導いていたからだ。ワイズマン達を操る人物にとって、彼らの存在は計画の大きな支障となる。


 中には返り討ちにあった者もいたが、幾許(いくばく)かの犠牲を払いながらもワイズマン達は世界のほとんどの賢者を消すことに成功していた。その最後の仕上げとして、レンに下されたのが“四大”抹殺の任だった。


 賢者の中でも特に秀でた力を持ち、かつての大乱から世界を救った英雄。いかに賢者に匹敵する力を持ったワイズマンでさえ、その“四大”が相手では分が悪い。命令を下した人物でさえ、レンが本当に“四大”に勝てるとは思っていなかった。


 レンはただの実験台だった。偶然他のワイズマンよりも強い力を持って生まれた“特別製”が、どこまで“四大”に迫れるのか。もう一人の特別製である“死告天使”シフォン・アウスレーゼを主力として使うための、いわば捨て石にされたのだ。


 しかし、誰もが予想しなかったレンからの報告に組織はどよめいた。“辺境の魔女”リオナ・フォルナードを始末したというのだ。


 レンはその足でもう一人のターゲット、“剣聖”アレン・ルーディスタインを探すと言って組織には戻らなかった。それから約一年後の『“剣聖”を見つけた』という報告を最後に連絡が途絶えたことから、レンはアレンの暗殺に失敗し、命を落としたのだと誰もが思った。その時のシフォンの取り乱しようは凄まじかったと、後々までの語り草となる――











 “白銀の街”アイリスにほど近い山間の雪原で、レンはリオナと対峙した。この辺りはかつて“魔女”が集落を営んでいた場所だという。


 まさかこんなに簡単に見つかるとは思っていなかったレンだが、それよりも驚いたのはリオナに全く戦う意思がないことだった。


「そう、あなたが“希望”なのね」


 剣を抜いたレンに対し、リオナは身構えるどころか穏やかな微笑を見せた。その言葉の真意は測りかねたが、レンは構わず剣をリオナに向けて突き出した。感情の起伏が無いレンですら戸惑ってしまうほど、それは何の抵抗も無くリオナの左胸を貫通し、あっけなく命を奪った。


 地面に倒れたリオナに無機質で冷たい視線を向けながら、レンの頭の中は少なからず混乱していた。何故リオナは戦わずに自分に殺されたのだろうか? そして最後に言った言葉の意味は?


「お母さんっ!」


 不意に聞こえた叫び声に、レンが顔を上げる。風雪に白く煙る視界の向こうから一人の少女が走って来るのが見えた。


「お母さん……お母さん!」


 少女はレンの足元に倒れているリオナに取り縋って何度も何度も呼びかけた。


「許さない……っ! よくも……よくもっ!」


 しばらくして少女は立ち上がり、腰に差していた短刀でレンに襲いかかった。しかし素人同然の少女の突きは簡単に躱され、勢い余った少女が前のめりになって地面に倒れ込む。


「くっ――」


 それでもすぐさま立ち上がろうと上体を起こした少女だが、レンを見上げた途端に金縛りにあったように身体を硬直させた。


 フードの奥から僅かに覗くレンの赤い瞳が少女の身体の自由を奪う。目の前で母親を殺害された憎しみさえも凌駕するほどの恐怖を、少女は本能的に感じ取った。


 しかしそれが結果的に少女の命を救うことになる。レンはこれ以上指一本でも動かそうものなら迷わず斬り捨てるつもりだった。否、本来なら自分に向かってきた時点で、いつものレンなら躊躇なく撫で斬りにしていたはずである。


 結局、自分を憎しみと恐怖の入り混じった瞳で睨み上げるだけの少女を残し、レンはその場を去った。


 アイリスの港から乗り込んだ連絡船の客室に籠って、レンは先程の少女のことを考えた。


 何故自分はあの少女を殺さなかったのだろうか。特に殺さねばならない理由は無いが、見逃してやる理由も無かったはずだ。


 リオナと戦闘にならなかったから興奮状態になかったからだとか、少女の攻撃がその闘争心を全く刺激しないほど稚拙なものだったからだとか、無理やり理由を付けて自分を納得させる。そうやってリオナの言動に混乱する自分をごまかしていただけなのだが、それすら本当の理由ではないことをレンが知るのはそれから二年の後のことである――











 一晩中泣き明かして涙も枯れたミリィは、その場にリオナの遺体を埋葬し、小さな墓を建てた。そして悲壮な決意を胸に秘め、歩き出す。


 向かった先は何の変哲も無い雪原の一角だった。この場所に特別な意味は無かったが、これから行う事は母の目の届く所では(はばか)られたのだ。


「――っ!!」


 意を決して、ミリィは自分の手首付近を短刀で掻き切った。一歩間違えばそのまま失血死してしまうほどの大量の血がそこから流れ落ちる。


「く……っ」


 腕の痛みが、失血によって遠ざかりそうな意識を無理やり繋ぎ止めていた。そしてミリィはふらふらになりながらも、純白の雪上に真っ赤に映える大きな魔法陣を描いた。


 “魔女の一族”にのみ伝わる秘術――己の血と魂で以って魔族を呼び出し、契約を結んでその力を借り受けるのだ。


『ほぅ、これはまた随分と幼き魔女よ』


 魔法陣を描き上げたミリィが呪文を唱えると、それに呼応して魔法陣がさらに赤く輝き始める。やがてそれは光の柱となり、その中から現れたのは人間とあまり変わらない容姿を持つ魔族の男だった。


『我が名はメフィストフェレス。幼き魔女よ、私を呼んだのはお前だな?』


 思惑通り魔族の召喚に成功したはずのミリィだったが、魔族の名前に驚愕の表情を見せる。


『フフ、どうした? 私に望むことがあるのだろう? 魔族と闇の契約を交わしてでも果たしたい望みが』


 眼を見開いたミリィの反応に、メフィストフェレスと名乗った魔族はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。


「……本当に……力を貸してくれるの?」


 その為に呼び出したのだが、ミリィはこの魔族が素直に契約に応じるのか疑わしくなった。


『無論だ。さあ、お前の望みを言うがいい。もっとも、魔族と契約を結ぶのだから、それ相応の代償は払ってもらうぞ』


 メフィストフェレスに実体はなく、半透明に透けた身体は魔法陣の中から出られない。その魔法陣の端まで伸ばした手に、思わずミリィが後ずさる。しかしすぐに持ち直し、強い決意の籠った眼差しを向けた。


「力が欲しい。あの男に……お母さんを殺した男に復讐出来るだけの力が! それさえ叶えば……魂でも何でもくれてやる!」


 ミリィはありったけの怨嗟の念を言葉に乗せて叫んだ。


『フフフ。お前の望み、確かに聞き届けたぞ』


 まだ十四歳の少女のあまりに悲痛な叫びも、メフィストフェレスの耳には甘美に響く。久々の極上の“獲物”に、メフィストフェレスは思わず唇を舐めた。


『ここに闇の契約は成った。幼き魔女よ……我が力、受け取るがいい』


 メフィストフェレスが右手をミリィの胸の高さに掲げる。そこに凝縮された闇の魔力が、ゆっくりとミリィの中に入っていった。


「――っ!? うっ……ああぁ!」


 突然身体中を駆け巡る激しい力の奔流に、ミリィはその場に蹲って悲鳴を上げた。


『じきに慣れる。だが、ゆめゆめ忘れるな。その力、乱用すれば確実にお前の身を滅ぼすことになろう。目的を果たしたいのなら使い所は慎重に考えるのだな』


 やがて身体の痛みが引き、ミリィは呼吸を懸命に整えながら立ち上がった。信じられないほどの力が自分の中に注がれたことを実感する。


「……なんで、あなたみたいな魔族が私に力を貸すの?」


 ようやく落ち着きを取り戻したミリィは、ずっと疑問に思っていた事を口にした。ミリィの記憶が確かなら、メフィストフェレスは魔界の中でも最高位の魔族のはずである。いかに魔女とはいえ、召喚して契約するなど本来ならありえない。


『なに、単なる気まぐれよ。久しく無かった魔女の力をたまたま感じたから見にきたまでのこと』


 ミリィの疑念に対し、メフィストフェレスの応えは至ってシンプルなものだった。だがミリィはそれでも納得がいかないといった表情でメフィストフェレスを見る。


『フ、信じられぬか? 安心しろ、別にこの世界をどうこうしようなどとは思っておらぬ。どの道、結界に阻まれて直接現界に干渉することは出来ぬでな』


 確かに今のメフィストフェレスは実体も無ければ魔法陣の外にも出られないのだ。


『そんなことより、自分の心配をしたらどうだ? 一度魔族と契ったのだ。万が一誓いを違えるようなことあらば……その身、闇に喰われるぞ』


 話を逸らすように、メフィストフェレスはミリィに注意を呼びかけた。魔族との契約は絶対である。もし破れば、当然ただでは済まされない。


「そんな心配だったら無用よ。もし復讐が果たせないとしたら、その時は私が死ぬ時だわ。死体でよければ好きなだけ食べればいいじゃない」


 “闇に喰われる”とはどういうことなのかミリィには分からなかったが、少なくとも生きているうちに復讐を諦めるなんて事はありえないと思っていた。もし自分が志半ばで倒れるような事があれば、その後の事などどうでもいい。


『フフ、見上げた覚悟だ。よかろう、ではその覚悟、私はここからじっくりと見させてもらうとしようか』


 ミリィの凛とした答えに満足そうに笑いながら、半透明だったメフィストフェレスの身体が徐々に薄くなっていく。


『ああ、そうそう。私の事はメフィストと呼んでくれたまえ。こうして契約を結んだ誼だ。フレンドリーに行こうじゃないか』


 最後にからかうような言葉を残し、メフィストフェレスの姿は完全に消え去ってしまった。しーんと静まり返った雪原にたった一人取り残されたミリィは、自分の中に取り込んだ“力”を確認するかのように胸の前で拳を握り締め、もう後戻りは出来ないのだと固く心に言い聞かせた――


≪続く≫

ついに明かされたフィゼルとミリィの過去。

果たして二人の運命は――?


次回は8/30(火)19:00更新予定です。

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