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Sage Saga ~セイジ・サーガ~  作者: Eolia
第10章 明かされた真実と復讐の行方
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第79話

 ワイズマンにより大規模な破壊を受けたフレイノールにも、等しく夜の帳は降りてくる。


 奇跡的に倒壊を免れた家にはぽつりぽつりと明かりが灯り、家主の生還を祝っていた。そして帰る家を失った者は大聖堂に身を寄せている。


 教会から安全宣言がなされたとはいえ、人々は皆一様に不安の色を浮かべ、疲れた身体を横たえることすら出来なかった。


 大聖堂の中にはやり場のない悲しみと怒りが溢れていた。そして教会からの発表は無かったが、ケニスとフランの闘いを目撃していた者はケニスの死を察しており、実質的な街の指導者を失ったことがさらに不安と混乱を助長させている。


「そうか……ルー君の母親が……」


 大聖堂の奥の客室では、ベッドに上半身だけを起こした格好でヴァンが身体を休めていた。隣のベッドでは「一人にさせられないから」とアリアが連れて来たルーが静かな寝息を立てている。


「……やっぱキツイよね、あんなの見ちゃうとさ」


 たった一日で様変わりしてしまったフレイノールの夜景を窓の向こうに見下ろしながら、アリアはルーの涙を思い出して深い溜息を吐き出した。


「……どうするんだい? これから」


 窓に映るアリアの愁いに満ちた表情に、ヴァンも沈痛な面持ちで問いかけた。長年連れ添っている妻の強さも弱さも知っている。今、アリアが何を考えているのか手に取るように分かった。


「帰ろっか。もうアタシ達に出来ることはないのかもしれないね」


 もう戦いは最終局面に突入しようとしている。賢者とそれに匹敵する戦闘能力を持った者達による人智を超えた戦いに、もうアリアの入り込める余地は無くなっていた。


「僕もこのザマだしね。ルー君もちゃんと家に送り届けなきゃいけない」


 ドラゴンから子供を庇った際に足を負傷してしまい、この戦いからは離脱を余儀なくされた。ヴァンは街の混乱が収まったら共にグランドールに帰ることを了承した。


(本当はジュリアに会いたくなったんだろ?)


 じっと窓の外を見つめるアリアに、ヴァンは心の中で問いかけた。母親を目の前で亡くしたルーに、きっとアリアはジュリアの姿を重ねてしまったのだ。涙こそ流していなかったが、ヴァンには窓に映るアリアの顔が泣いているようにしか見えなかった――










 時を同じくして別の客室では、ベッドに横たわるフィゼルを心配そうに見つめるアレンの姿があった。


「フィゼル……」


 次にフィゼルが眼を覚ましたら、全く別の人間になってしまうのではないか。そう、サイモン島で初めて出会った時のような、何の感情も宿さない無機質な瞳の暗殺者に。


(あれが貴方の本当の姿だとは思えません。貴方の本当の姿はきっと……)


 悪い予感を振り払うように一度大きく首を振り、フィゼルの頭をそっと撫でる。そしてアレンは(きびす)を返し、そっとドアを開け、廊下に出た。そこに――


「呆れた親馬鹿ぶりよな、アレン」


 アレンが部屋から出てくるのを待っていたかのように、ロザリーが立っていた。その姿を見るなり、アレンの表情が無意識に険しいものとなる。


「ロザリー……」


「……睨みたくなる気持ちも分からぬではないが、まずは話を聞け」


 アレンの中で複雑に絡み合う不安、怒り、哀しみ。それを全て見透かしているように、ロザリーは静かにアレンを諭した。そしてくるりと背を向けると、アレンの返事も待たずに廊下の奥へと歩き始めた。


「ま、待って下さい! 私がここを離れるわけには……っ!」


 ロザリーは場所を変えて話をしようとしている。一方アレンは、フィゼルを一人にしておくわけにはいかなかった。


「そなたがそこにいては動く運命も動かなくなる。諦めよ。事ここに至ってはもはやどうにもならぬのだ」


 アレンがここを動きたがらない理由までも正確に察しつつ、それでもロザリーは足を止めようとはしなかった。


「運命……? ロザリー、貴方の目的は一体……」


 アレンがなんとしても回避しようとしていることを、ロザリーは逆に目論んでいるように思えた。しかしそれを問い質そうにも、すでにロザリーは廊下の奥に消えてしまっている。仕方なくアレンは後ろ髪を引かれる思いでその後を追った――











 大聖堂から伸びる大階段を、ワインの瓶を片手に降りる人影があった。


「……まさかアナタが死んでしまうなんて、考えもしなかったですよ、猊下(げいか)


 大階段のすぐ手前に大きく穿たれたクレーターの淵で立ち止まった人影――レヴィエンは、つまらない舞台を見せられた観客のように苦笑いを浮かべた。


「アナタは言いましたね? 『僕達を恨んでいるか?』と」


 先日、ケニスが思わず口を滑らした問いに、レヴィエンは答えなかった。いや、答えられなかった。


 ケニスら四大賢者を始めとして、二十年前の戦争に関わった者達に対する思いは、一言で割り切れるほど単純なものではない。ケニスもそれは分かっていたはずだ。


アナタ達(・・・・)をどう思っているのかはボク自身もよく分からない。でもアナタ(・・・)に対するボクの想いはずっと前から決まっていたよ」


 その想いを、いつかは伝えようと思っていた。こんなに早く自分の前から消えてしまうなんて思ってもいなかった。


「女性なら会ったその日に想いを打ち明けるのだけどねぇ……」


 渦巻く後悔の念を奥歯で強く噛み締める。口の中に微かな血の味が広がった。


 それからどれだけの時間が経っただろう。しばらく無言でその場で立ち尽くしていたレヴィエンが、不意に思い出したように手に持っていたワインの瓶を掲げた。


「あぁ、そうそう。猊下秘蔵のワインを持って来てあげたよ。棚の奥に隠してあった一番の上物はボクが形見分けとして貰っておくけどね」


 そして栓を抜こうとしたところでコルク抜きを忘れたことに気付き、思わず自嘲気味に苦笑しながら瓶を空高く放り投げる。


 ――パアァンッ!


 月明かりを反射しながら回転していた瓶が空中で派手に砕け散った。レヴィエンの銃弾に撃ち抜かれ、無数の破片となったガラスと飛び散ったワインが綺羅星のごとく煌めきながらクレーターの中に降り注ぐ。


「フッ、派手好きなアナタにはぴったりの弔いでしょう?」


 その光景は正に“星屑の聖者”に相応しいものであった――











「――貴方にはどこまで“見えて”いるのですか?」


 廊下を奥へと進み、テラスに出たところでようやく立ち止まったロザリーに追い付いたアレンは、単刀直入に切り出した。


「性急だな。二十年経って少しは落ち着いたかと思ったが、やはりそなたはあの頃から大して変わっておらぬな」


 からかうような口調で言いながら、ロザリーは僅かに細めた眼をアレンに向けた。


「ロザリー、今はふざけている場合ではないんですよ」


 声が僅かに震える。努めて冷静を装ってみても、次から次へと溢れ出る思いを抑えきることが出来なかった。


「……我に何を問う?」


 アレンの想いに感化されたのか、ロザリーの表情にも愁いが過った。昔を懐かしむように細めていた眼は、今は遠くに視線を走らせている。


「……貴方はフィゼルの正体を知っていますね? そしてミリィさんの事も……」


 絞り出すようなアレンの問いに、一呼吸置いてロザリーが静かに頷く。


「見たんですね? リオナの未来を。それなら何故――」


 “風詠み”の賢者、ロザリー・フレイスピッドの眼は、遠い未来をも見通すことが出来る。その未来視の能力で、かつての仲間、リオナ・フォルナードの死を予見していたのだとすると、何故それを阻止しようとしなかったのか。何故このような悲劇をみすみす招いてしまったのか。


「“辺境の魔女”が自ら望んだのだ」


 アレンの言葉を途中で遮り、ロザリーが答えた。ともすると風に掻き消えてしまいそうなか細い声は、その答えに自分自身も納得していないかのようだった。


「リオナが……!? 一体どういうことですかっ!?」


 ロザリーの話では、リオナは自分が殺されることをあらかじめ知っていて、敢えてそれを受け入れたということだ。アレンにしてみれば、そんなこと到底信じられるはずがなかった。


「リオナは……我とは違う“未来”を見ていたのやも知れぬ」


 一度伏せた眼を今度は上空に向け、ロザリーは溜息にも似た吐息を漏らした。


「違う……未来?」


 リオナにロザリーのような未来視の能力があったとは聞いていなかったが、それよりもアレンはロザリーの言葉の雰囲気が気に掛かった。


「我が見た未来では、少なくともこの時点ではケニスは死んでおらぬ」


 ロザリーの言葉に、アレンが眼を(みは)る。ロザリーもケニスがこの戦いで命を落とすとは思っていなかったのだ。


「……では、フィゼルとミリィさんは? 貴方はさっき“運命”と……」


 リオナの死は予見していたのだから、当然その後のフィゼルとミリィの未来も見えていたはずだ。


「“星屑の聖者”を失った今、もはや我の見た未来は役に立たぬやも知れぬ。それでも――」


 言いかけて、ロザリーは何かを察知したように言葉を切った。一瞬それに遅れてアレンも同様に先程歩いてきた廊下の方を振り返る。


「行くぞ、アレン。“辺境の魔女”が己の命を賭してまで見た未来が何なのか、見届けねばならぬ」


 最初の一歩も、やはりロザリーの方が早かった。しかしすぐにそれをアレンが追い抜き、飛ぶような速さでフィゼルの眠る部屋へと駆け出していた。











 ――またあの夢だ


 横殴りに吹き付ける風と雪。見渡す限りの雪原で、目の前には男が一人。その男の手には剣が握られていて、数秒後にはそれが自分の心臓を貫くのだ。


『そう、あなたが“希望”なのね』


 ――えっ?


 その声は間違いなく自分から発せられたものだった。しかし自分の声ではない。大人の女性の声だった。


『娘をよろしくね。私に似ちゃったから、かなりてこずると思うけど』


 ――何を言ってるんだ、俺……!?


 自分のものではない自分の声に混乱していると、目の前の男がゆっくりと剣を構えた。いつもならこのまま左胸を刺し貫かれるだけなのだが、今回だけは違った。


 ――っ! これは俺だっ!


 今まではフードに隠れて見えなかったはずの顔が今回ははっきりと見える。しかしその男の顔は紛れもなく自分自身のものだった。


 ――な……なんで……っ!?


 いつものように左胸に剣が突き刺さる。地面に倒れた自分を、真っ赤な瞳で見下ろす自分。そして――


『お母さんっ!』


 叫び声を上げながら駆け寄ってくる少女もいつも通りだった。しかし今まで以上にその少女の顔がはっきりと見える。


 もうごまかしようがない。その少女は間違いなくミリィだった――


「うっ……うわあぁぁ!!」


 叫び声と共に、フィゼルは飛び起きた。掛けられていた布団を撥ね退け、起こした上半身は汗でびっしょりと濡れている。早鐘のような心臓が、呼吸をひどく荒くさせた。


「……起きたのね」


 不意に横から声を掛けられて、フィゼルは弾かれたように顔をそちらへ向けた。


「ミリィ……!?」


 そこにはミリィがいた。薄暗い部屋の中で、その闇に溶け込むような不吉な気配に、フィゼルは思わず息を呑んだ。


「大丈夫? ひどくうなされていたけど」


 ミリィと一緒に旅をするようになってから、何度か同じ言葉を掛けられた。その優しい声を聞くだけで、不思議と心が安らいだものだった。しかし――


「ミ……ミリィ……?」


 今回ばかりは違った。声色は優しいのに、少しも心が安らがない。それどころか、ミリィが一歩ずつ近づくたびに、吐き気すらもよおす程の恐怖がフィゼルの心を支配していった。


「あなたが……あなたがお母さんを……っ!」


 金縛りにあったように動けずにいるフィゼルのすぐ傍まで近寄ったミリィが、右手を高々と振り上げる。その手にはナイフが握られていた。


「うっ……うわあぁぁ!」


 恐怖に顔を引きつらせながら、フィゼルが大きく眼を見開く。その眼が映し出したのは、ミリィの両眼から流れ落ちる真っ赤な涙。


 激しい憎しみに歪んだその表情は、つい先程夢で見たものと同じであった。


≪続く≫

次回は8/28(日)19:00更新予定です。

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