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Sage Saga ~セイジ・サーガ~  作者: Eolia
第2章 謎の青年と廃坑の化け物
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第5話

 夜が明けた。太陽はまだ高く上がってはいないので、森の中は薄暗い。それでも朝が来たことは気配で感じられた。昨日は何かに怯えているように不気味なほど静まり返っていた森も、小鳥の囀る声が聞こえてくる。


 三人は身支度を済ませると、朝靄に包まれた森の中を歩き出した。どこかに落としたミリィの荷物を探そうかとフィゼルとアレンは提案したが、大した物は持ってきてなかったからとミリィは断った。ほとんどの荷物はモーリスの宿屋に預けて、軽装備でこの森に入ったのだという。元々吊橋さえ落ちていなかったらこんな森を通る予定も無かったのだから、当然といえば当然である。


 途中、巨大な狼のような魔獣の群れに遭遇したが、アレンとフィゼルの剣、そしてミリィの魔法で簡単に撃退できた。昨日のミリィは“闇”を小さく圧縮したような真っ黒い魔法弾を放っていたが、本来の彼女の得意は“氷雪系”の魔法なのだという。大気中の水分を凍らせて氷柱のようにしたものを放ったり、小規模のブリザードのような凍てつく風を敵に浴びせかけたりする。アレンの常人離れした剣捌きにミリィは驚いたが、アレンの方こそミリィの強大な魔力に眼を(みは)った。


「素晴らしい魔法ですね、ミリィさん。その若さで大したものです」


「いえ、アレンさん……の方こそ」


「俺、こんな魔法初めて見たよ。凄いんだね君って」


 最後の一匹を斬り伏せると、フィゼルもアレンに続いてミリィの魔法に感嘆の声を上げた。もっとも、フィゼルにとってはほとんどのことが“初めて見ること”なのだが。











 しばらくして、三人は難なく森を抜けることができた。もし一人だったらこんなに簡単に進めただろうかと、フィゼルはこれからの旅の行方に一抹の不安を覚えたが、街道に出て高くなり始めた陽の光を受けたミリィの姿に息を呑み、それまで考えていたことがどこかへ追いやられてしまった。


 薄暗い森の中では気付かなかったが、ミリィの肌は驚くほど白く、陽の光を浴びて透き通るように美しかった。どこか儚げな雰囲気すら感じられるその姿に、フィゼルは思わず見惚れてしまった。ミリィが眼を向けると慌てて眼を逸らす。心臓の鼓動が早くなるのが分かった。コニス村にはこんな綺麗な女の子はいなかったのだ。


「どうしたの? 顔が真っ赤よ」


 熱でもあるのかと心配そうに覗き込むミリィに、「何でもないよ!」と必要以上に大声で答えて、フィゼルはまた顔ごと背けるように眼を逸らした。するとフィゼルの眼に、眉間にしわを寄せて何事か思案しているアレンの顔が映った。


 まただ、とフィゼルは思った。今日のアレンは朝から度々こういう風に何か考え事をしている。「何を考えてるの?」とフィゼルが問いかけても、「何でもありませんよ」とはぐらかされるばかりであった。











「ふぅ。ようやく着いたー」


 三人がモーリスの町に到着したのは、ちょうど太陽が真上に昇った頃だった。港から吹き込む潮風を胸一杯に吸い込みながら、フィゼルは大きく伸びをする。その後ろでアレンとミリィが何事か話し合っていた。


「では、貴方もグランドールへ?」


「はい。とりあえずグランドールに戻ってこれからどうするか考えます」


(グランドール?)


 フィゼルが聞き慣れない地名に振り返る。それを素早く悟って、アレンが説明した。


「これから私達が向かう街ですよ。世界中の船が集まる一大交易都市ですから、きっとフィゼルも驚きますよ」


 まだ何も相談していないのに、もうすでに行き先が決められていることにフィゼルは首を傾げた。


「そこって雪が降るのか?」


「雪? 雪は……あまり降らないと思うけど?」


 アレンはすぐにその意図を察したのだが、ミリィにはフィゼルの質問の意味が分からず、戸惑い気味に答えた。するとフィゼルは大きく首を振った。


「ダメだダメだっ! 俺、最初は雪の降る街を目指すつもりなんだから」


 最近よく見るあの夢――雪の降る街と時計塔。それだけがフィゼルの旅の手掛かりだ。まずは夢と一致する風景を探すつもりだった。


「雪の降る街って、雪国ってこと?」


 冬に雪が降るというのは当たり前の話だろうから、フィゼルが言っているのは年中雪に覆われているような街のことだろうとミリィは思った。その解釈は当たっていたようで、フィゼルは大きく頷いた。


 まさか、とアレンは声を失い、ミリィが溜息をつく。


「な……何だよ?」


 二人が哀れみにも似た表情で自分を見ているので、フィゼルは訳が分からずたじろいだ。


「で、どうやって行くつもり?」


 ミリィが少々呆れ気味に訊いた。


「だから、ここから船に乗るんだろ? 北へ向かう船にさ」


 予想通りの答えに、二人はもはや溜息すら出ない。そんな二人の反応に、フィゼルはようやく自分が間違っているのではないかと思い始めた。


「ここからはグランドール行の船しか出ませんよ」


 アレンが右手を腰に当て、頭を抱えるように左手を額に当てた。それを聞いた瞬間、フィゼルの顔が火を噴きそうなほど真っ赤になった。


「やっぱり、ついて来て正解だったようですね」


「あーもう、うるさいな! 分かったから早く船に乗ろうよ!」


 アレンが溜息交じりに笑うと、フィゼルはますます恥ずかしくなって、ごまかすように港の方へ早足に進んだ。その後ろ背中を見ながら、やれやれと肩をすくませたアレンに、ミリィはクスっと自然に笑みがこぼれた。


「そんなに慌てなくても船は逃げませんよ、フィゼル」


 港へ向かうフィゼルを呼び止め、まだ船が出る時間ではないことを伝えて、アレンは先に食事を済ませることを提案した。ちょうどお昼の時間だし、朝は森の中で簡単な非常食しか食べてなかったので、フィゼルも確かに空腹だった。


 三人は港に近い食堂に行くことにした。そこは二階を宿屋として経営しており、ミリィが荷物を預けているのもこの店であった。最初はモーリスまでという話だったのだが、何となく話の流れでグランドールまで行動を共にすることになったので、荷物を取りに行くミリィの手間を省くことにもなる。


 三人が食堂に入ると、耳に心地良いメロディーが流れてきた。この食堂を利用するのは初めてではなかったが、フィゼルとアレンはこんなに見事なピアノの演奏は聴いたことが無かった。


「素敵な曲ですね」


 アレンが眼を細めて食堂の中央付近に備えられたステージでピアノを演奏している若い男を見た。男は眼を閉じ、優雅に鍵盤を叩いている。


「私も驚きました。こんな田舎町にこんなに腕のいい演奏家がいるなんて」


 ミリィはこの男が度々この店でピアノを弾いていることを知っていた。その言葉に悪気は無かったのだが、“こんな田舎”という部分にフィゼルはカチンと来た。


「ここは田舎ですよ。島の外に出ればフィゼルにもよく分かります」


 フィゼルはミリィに文句を言おうとしたのだが、アレンが先に笑いながらそう言って抑えた。そんな二人を見ながら、ミリィはフィゼルのことを本当に世間知らずの田舎者なのだと思った。少なくとも一人では旅なんか絶対できないだろうと。


 三人は四人掛けのテーブルに付いた。注文した料理を待っている間、三人はステージでピアノを弾いている男を眺めていた。少々芝居がかったような弾き方が気になるところだが、腕は確かだ。都会にもこんな腕のいい演奏家は少ないとミリィは言う。一体何の用でこんな田舎に来たのだろうかとアレンも首を傾げた。


 そうこうしている内に料理が運ばれてきた。それに舌鼓を打っているところで一度演奏が終わり、店内は大きな拍手に包まれた。ピアノを弾いていた男は立ち上がり、両手を上げて歓声に応える。まるで作り物のように美しく整った顔立ちだ。女性のように長い金髪が優雅に肩を撫でる。いちいちオーバーな動きが、演奏家というより舞台役者のようにも思わせた。


「やあやあ、ありがとう、ありがとう。それじゃあ、次が最後だよ。これから披露する一曲は、ボクの故郷で昔流行った曲でね。ボクの幼き日の思い出が一杯詰まった珠玉の傑作さ」


 胸に手を当ててキザっぽくお辞儀をしたその男は、再びピアノの前に座り、ゆったりとしたバラード調の曲を奏で始める。音楽の事など何も分からないフィゼルも、この調べに何とも言えない心地良さを感じた。


 ミリィも最初は初めて聴く曲に聞き惚れていたが、ふとテーブルを挟んで正面に座っているアレンを見ると、先程までの穏やかな表情とは打って変って、険しい顔でステージの方を睨むように見つめている。


「ど、どうしたんですか? アレンさん」


 一瞬アレンの表情に背筋が冷たくなるような感覚を覚えて、ミリィは問いかけた。その瞬間、我に返ったようにアレンが今までの険しい表情をぱっと隠して元の穏やかな笑顔に戻った。


「いえ、何でもありません。ちょっとピーマンが苦手でして」


 アレンの皿には鴨肉のソテーに添えられていたピーマンだけ残されていた。「いい大人が情けないんですけど」と肩を竦めて笑って見せる。フィゼルもそんなアレンの子供っぽいところを笑ったが、ミリィの心には釈然としないものが残った。


 また演奏が終わって歓声が起きる。先程と同じように演奏していた男は再び立ち上がり、二度三度とお辞儀をして、しかし今度はもうピアノの前には座らなかった。ステージを軽やかに降りると、なんと真っ直ぐフィゼル達のテーブルに向かってきたのだ。


「やあ、楽しんでいただけたかな?」


 男はまるで十年来の友人のように話し掛けてきた。その余りの気軽さに三人が唖然としていると、男がさっさとミリィの隣に腰を下ろした。


「お、おい!」


 さも当然のようにテーブルに付いた男に、フィゼルは驚きと怒りが入り混じった声を上げた。


「素晴らしい演奏でした。貴方はこの町の方ではないですよね?」


 今にも立ち上がりそうなフィゼルの肩を手で押さえて、アレンは男に笑顔を向けた。誰が見ても穏和で人当たりの良い笑顔だが、ミリィはそれを見てなぜかまた背筋が冷たくなるのを感じた。先程のアレンの険しい顔が忘れられない。あれはこの男に向けられたものではなかったか――


≪続く≫

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