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Sage Saga ~セイジ・サーガ~  作者: Eolia
第9章 フレイノール炎上
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第76話

今回は一話丸々ロザリー。

V.Sリッチー戦の時よりも本気を出してます。

 ミリィが立ち去った直後から、ホテルの屋上では人智を超えた魔法戦闘が繰り広げられていた。ギリアスの生み出す炎は、ロザリーが巻き起こす風に絡み取られるように流れを変えられ、ロザリーの身体には一向に届かない。しかしながらロザリーの風もまた、その炎に吸い込まれてしまうために、ギリアス自身にダメージを与えることは出来ていなかった。


「これでは埒が明かぬな。少々戦い方を変えるとしよう」


 どちらにも傾くことのない拮抗に若干うんざりしたように、ロザリーは周囲を取り巻く炎を振り払った。炎の切れ目から見えたギリアスの眼は、楽しい遊びに没頭する子供のように爛々と輝いている。


「ほう、まだ何か隠しているのか? 遠慮はいらんぞ、もっと俺を楽しませてみせろ!」


 もうギリアスにはフレイノール襲撃のことなどどうでもよくなっている。初めて自分と互角以上に渡り合える魔導士と出会えた喜びだけが頭の中を支配していた。


「呆れた戦闘狂よ。そなた、戦うことに恐怖はないのか?」


 命のやり取りをこんな風に楽しめるギリアスの精神構造に溜息をつきながら、ロザリーは身に纏う風を解いて着地した。


「恐怖? そんなものは知らんなぁ。その恐怖とやらを、お前が俺に教えてくれるというのか?」


 ますます嬉しそうに顔を歪め、ギリアスは周囲に立ち昇らせた炎を一層激しくさせた。その内の一つがギリアスの身体に沿うように蠢く。ギリアスがロザリーに手を向けると、炎もそれに合わせてロザリーの方へとその触手を伸ばした。


 それまでギリアスの炎を防いでいた風は解かれている。勢いを増しながら迫る炎が、無防備なロザリーの身体を一瞬で呑み込んだ――


「――っ!?」


 しかし当のロザリーは平然としていた。先程ギリアスがそうしたように、腕の動き一つでその炎を巧みに操る。まるで最初からロザリーが生み出した炎であるかのように、ギリアスの炎はロザリーに支配されてしまった。


「返すぞ」


 短くそう言うと、今度はロザリーが腕をギリアスの方に向けて伸ばす。その刹那、ロザリーの腕に巻きついた炎がギリアスに向けて放たれた。


「ちぃっ!」


 まさか自分自身の生み出した炎に攻撃されるとは思っていなかったギリアスが、予想外の出来事に驚愕しながらも迫り来る炎を拳で弾き飛ばす。そしてロザリーを包み込んでいる魔力の気配に、再び驚きの表情を見せた。


「まさか……“炎”の魔力か? お前は“風”だけではなく、炎属性の魔法も扱えるというのか!」


 通常、魔導師は自分の得意とする属性系統の魔法だけを使って戦う。水や氷を専門に扱う魔導師が小さな火の玉一つ作れないなどということも珍しくなかった。


「稀に二つの属性を操る魔導師がいるという話は聞いたことがあるが……」


 ロザリーの周りに漂う炎の魔力は、紛れもなく一流の魔導師のものだ。そして先程まで薄緑色だったはずの瞳の色が、今は赤く変化していた。


「面白い! お前は本当に俺を楽しませてくれる!」


 再びギリアスは眼を輝かせた。信じられないような光景を目の当たりにしても、この男には動揺は走らない。それどころか、驚くべき事態に遭遇すればするほど、それは喜びとなってギリアスの全身を駆け巡るのだ。


「そなたの異常な精神にこれ以上付き合ってやる気はない。我が力の全てをもって、そなたに絶対的な恐怖を教えてやろう」


 そう言うや否や、ロザリーは周囲の魔力を練り上げ、無数の火の玉を形成した。それらは自ら意思を持っているかのように自由に飛び回り、やがて一斉にギリアスに向けて突進した。


「ふんっ、甞めるなぁ!」


 ギリアスが気合と共に腕を振り払うと、ロザリーから放たれた火の玉は全てギリアスに届く前に爆ぜた。もうもうと立ち昇る煙を切り裂いて、今度はギリアスの方から熱線がロザリーに向かって放たれる。ロザリーも同じような熱線を放ち、両者の熱線は空中でぶつかりあった。


「ふむ、互角か」


 二人のちょうど中間で(せめ)ぎ合っている熱線を見て、ロザリーは少々意外そうに片眉を上げた。


「フハハ、互角だと?」


 ロザリーの言葉に侮蔑的な笑みを浮かべ、ギリアスが熱線に力を込める。勢いを増した熱線によって、徐々にロザリーの方が押されていき、ついにロザリーは力比べを諦めて横に飛び退いた。


「この“焔皇”に炎の魔法で勝負を挑むなど、“賢者”が聞いて呆れる愚かさだ。今までが本当に俺の本気だと思ったか?」


 今まで以上に禍々しい炎を身に纏いながら、ギリアスが勝ち誇ったように言った。見ると、ギリアスの頭上に炎で形作られた巨大な鳥が浮かんでいる。それは本当に命を吹き込まれているかのように、嘴を高く掲げ、奇怪な鳴き声を上げた。


「肉も骨も、灰すら残さぬ。これが俺の本当の力だ!」


 炎の鳥がロザリーに飛びかかる。ギリアスの言うように、それは今までとは比べ物にならないほどの威力を持っていた。


「安心したぞ。いかに“火の(おさ)”の力とはいえ、ほんの一部に過ぎぬのに互角では“焔皇”が聞いて呆れるところであった」


 傍から見れば絶体絶命のピンチの状況だが、ロザリーの表情には余裕が漂っていた。軽く眼を閉じ、口の中で短く呪文を唱える。再び眼を開けると、薄緑から赤へと変化していた瞳の色が、今度は青く染まっていた。


「刮目せよ。これは“水の長”の力だ」


 突然、ロザリーの足元から大量の水が噴き出し、それが壁となって炎の鳥の進攻を防いだ。


「なんだと……っ!?」


 全く予想だにしていなかった事態に、ギリアスの双眸が見開かれる。


「馬鹿な……三つの属性を操るだと……っ!?」


 今度こそギリアスは驚愕し、狼狽した。風の魔導師だと思っていたロザリーが炎を操ったことだけでも信じがたいのに、さらには水属性の魔法まで使ったのだ。それも、ギリアスの最終奥義を防ぐほどの強力な魔法を――


「どこを見ておる? こっちだ」


 ギリアスの見開かれた眼に、ロザリーの姿は映らなかった。水の壁が消えると、そこにいたはずのロザリーまで消えてしまっていたのだ。


「なっ……いつの間に!?」


 背後から聞こえた声に、弾かれるようにギリアスが振り向く。その表情はますます動揺の色を濃くしていた。


「ちなみにこの“空間転移”は“翼の長”の力だ。本来ならば世界の裏側までも一瞬で移動出来るのだがな」


 さすがにそこまでは出来ないと自嘲気味に笑いながら、ロザリーがギリアスの身体を弾き飛ばす。それに用いたのは再び風の魔法だった。


「ぐ……っ! 一体……どうなっているのだ……」


 大きく弾き飛ばされたギリアスが、声を震わせながらよろよろと立ち上がる。肉体的なダメージは無くとも、心の動揺が激しかった。


「どうだ、少しは恐怖というものが分かったか?」


 わなわなと身体を震わせるギリアスに、聞き分けのない子どを折檻した後の母親のような口調でロザリーが言った。


「くそっ……! こんなこと……あってたまるかぁ!」


 一瞬よぎった恐怖を振り払い、紅潮した顔に青筋を浮かべながら、ギリアスがロザリーに向かって走り出した。両手に大きな炎を浮かべ、それをロザリーに直接叩きつけるつもりだ。


「あぁ、そこは気を付けた方がよいぞ」


 そのロザリーの言葉が届くよりも先に、ギリアスの足が“ある一点”を踏みつけた。その途端、地面がギリアスの足を捕らえるように蠢き、高く隆起してギリアスの身体を包み込む。


「“地の長”の石牢だ。そのまま名も無き石像として悠久の時を生きてみるか?」


 地面の流動が収まり、何事も無かったかのように元に戻った屋上に、自分の身体を庇うように両手を伸ばしている石像が取り残された。それは“石化の魔法”によって変わり果てたギリアスの姿だ。


 しかしすぐにその石像の表面に無数のひびが走り、ギリアスは石化の魔法を打ち砕いた。


「ほう、まだそのような力が残っているか。だが、もはや限界であろう? これ以上戦ってもそなたに勝ち目はないぞ」


 石化の魔法が解除されたことに、特に驚きは見せなかった。完全に石に変えてしまえるほどの力がないことぐらい、ロザリー自信が一番よく分かっているからだ。


「ハァ……ハァ……!」


 次から次へと己を襲う不可解な力の連続に、さすがのギリアスも心を折られかけていた。


「一体……お前は何者だ……? こんなこと……あるはずがない」


 なまじ魔導を極めた者であるだけに、ロザリーの力はとうてい信じられるものではなかった。


「光栄に思え。そなたは今、“エルレインの十賢者”を同時に相手にしたのだ。“風の長”“火の長”“水の長”“翼の長”“地の長”……」


 ロザリーが一本ずつ指を折りながら、ゆっくりとギリアスに近付く。もうギリアスに戦う力がないと思ったか、身を守る魔力は全く感じられなかった。


 だがギリアスはまだ諦めてはいなかった。ロザリーからは見えぬように後ろ手に隠した右手に魔力を集中させ、一撃必殺の大技を放つチャンスをじっと窺っていたのだ。


「そしてこれが――」


 そしてロザリーが無防備に近付いた瞬間、ギリアスは全ての魔力を込めた右手をロザリーに向けて突き出した――


「な……っ!?」


 しかし突き出された右の手からは何の魔法も発動しなかった。ロザリーは静かにギリアスの狼狽した顔を見据え、胸元に突き出されたその手にそっと手を添えて言葉を続けた。


「そしてこれが“天秤の長”の力だ。そなたは魔法を見せ過ぎた。もはや我には一切通じぬ。そもそも、そなたは火力を追求するあまり魔力の練り上げが単純過ぎるのだ」


 ギリアスの企みは完全に読まれていた。ロザリーはギリアスの魔力の流れを読み解き、その発動を強制的に撃ち消したのだ。それは調和と安定を司る天秤の長の力だった。


「馬鹿な……っ! エルレインの十賢者だと!? そんなもの……聞いたことも無いわっ!」


 もう何が何だか分からないといった顔で、ギリアスは半狂乱に陥った。ロザリーから距離を取り、もうほとんど残っていない魔力で滅茶苦茶に火球を撒き散らす。


「愚かな……。そなたは強大な力に支配されてしまったのだ。大き過ぎる力は人を狂わす。そなたはそれに耐え得る器ではなかっただけの事」


 周囲に火球が飛び交う中を平然と歩きながら、ロザリーはギリアスの傍まで近づいた。そしてちょうど眼の高さにあるギリアスの胸倉を左手で掴み、魔力を込めた右手をその胸に突き刺した。


「ぐぅ……っ!」


 自分の胸にロザリーの腕がめり込んでいる光景に、思わずギリアスは悲鳴を上げた。しかし胸を貫かれたというのに、不思議と痛みは感じなかった。


「そなたには過ぎたる力だ。我がその魔力に“鍵”をかけてやろう。もう二度と力を振るえぬように、もう二度と誰も傷つけぬように――」


 静かな言葉と共に、ロザリーはギリアスの胸に食い込んだ右手を捻った。


「やっ……やめろ! やめてくれ……っ!」


 それと同時に、ギリアスの身体から魔力が急速に失われていく。どうしようもない喪失感に、ギリアスは涙を浮かべながら懇願した。


 しかしロザリーが右手を引き抜く頃には、ギリアスの魔力は完全に消え失せてしまった。自分の両手を見つめながら震えるギリアスの姿は、余りにも哀れだった。


「諦めよ。“鍵の長”の力で封じられた魔力は決して元に戻ることはない。そなたはこれから、何の力も持たぬただの人間として生きるのだ」


 絶望に打ちひしがれ、膝から崩れ落ちるギリアスに、ロザリーは冷たく言い放った。そしてこれで決着がついたと踵を返し、屋上から立ち去ろうとする――


「いやだ……いやだーーっ!」


 そのロザリーの背後で、ギリアスの悲痛な叫び声が響いた。それと同時に屋上の縁に向かって走り出す足音が聞こえる。ロザリーが振り返る頃には、ギリアスの姿は屋上から消えていた。


「……人として生きることを拒み、死を選んだか。やはり、“風”が教えてくれた通りになったな」


 屋上から身を投げたギリアスの最期を確認することなく、ロザリーは再びゆっくりと歩き出した――


≪続く≫

いよいよワイズマンとの戦闘も佳境です。

果たしてフィゼルの運命は――?


次回は8/23(火)19:00更新予定です。

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