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Sage Saga ~セイジ・サーガ~  作者: Eolia
第9章 フレイノール炎上
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第75話

今回はカイルとかアレンとかケニスとか。

 レヴィエンが城壁上でバネッサを撃退する数分前――


「フフフッ、さあ、死へのカウントダウンといきますか! 十、九、八……」


 ヨシュアの乗ったドラゴンが、建物の壁に向かって猛スピードで飛んでいく。その建物が目前に迫ると、ドラゴンは尻尾を大きく後ろに反らせた。その先端にはカイルが必死にしがみついている。


「くっ……そぉ!」


 数秒後、自分がどうなるのか分かっていながら、カイルには何も出来なかった。このまましがみついていても壁に叩きつけられて死ぬだけだが、手を放したところで助かる見込みはまず無いだろう。


「……っ!?」


 しかし勝利を確信したヨシュアと、死を覚悟したカイルの表情が同時に変わった。今から突っ込もうとしている建物の屋上に、一人の男が立っている。その男は鞘に納められたままの刀の柄に手を掛け、腰を落として居合斬りの体勢を取っていた。


「フッ、馬鹿な。一体何をしようというんですか?」


 初めこそ男――アレンの存在に驚いたものの、すぐにヨシュアは余裕を取り戻した。いくら“剣聖”と呼ばれた賢者とて、刀でどうにか出来る状態ではない。このまま尻尾にしがみついているカイルもろとも叩き潰してしまえばいいと思った。


 ――ヒュッ


 ドラゴンが目前に迫ると、アレンは鞘から刀を抜き放った。鞘から抜かれた刀身が眩い光に包まれ、空気を切り裂く。そして――


 ――ザシュッ!


 長く伸びた光の刃は数メートル先のドラゴンの尻尾をも両断した。本体から切り離された尻尾の先端が一瞬重力から解放されたかのようにふわりと宙を舞い、屋上に滑り込むように落下した。


「ぐわっ!」


 尻尾にしがみついたカイルも一緒に宙を舞い、そして屋上に落下していた。空中で尻尾と分離したものの、受身までは取れずに背中を強か打ちつけたようだ。


「た……助かったぜ、アレンさん……っつぅ……!」


 背中をさすりながらカイルが立ち上がる。


「無事で何よりです」


 カイルの身体は思った以上にボロボロだが、どうやら命に別条はないらしい。アレンはほっとしながら、視線は上空のドラゴンに向け続けた。


「くっ……一体何が起こったというのですかっ!?」


 とても刀が届くはずのない距離からいきなり攻撃を受けて、ヨシュアは混乱した。そして尻尾を斬り落とされたドラゴンは、それ以上の混乱と痛みで遥か上空に飛び上り、その場でじたばたと暴れている。


「くそっ、落ち着きなさい! 私の言うことが――」


 一時的にコントロール不能に陥ったドラゴンを落ち着かせようとした矢先、とてつもない轟音と共に極太のレーザー光線のような光がドラゴンを撃ち抜いた。


「な……っ!?」


 突然ドラゴンの身体が破壊されたことに、一瞬ヨシュアの思考が停止する。城壁からの導力砲に狙撃されたのだと理解した時には、ヨシュアの身体は地面に向けてゆっくりと落下を始めていた――











「げっ、マジかよ……! まだ生きてやがる」


 アレンと共に屋上から地上に降りてきたカイルは、膝を突き、レイピアを持った右手で左肩を押さえているヨシュアの姿に眼を(みは)った。常人なら間違いなく絶命している高さから落下したのだ。


「ハァ……ハァ……」


 しかし即死こそ免れたものの、やはりヨシュアに戦う力は残っていないようだ。これ以上は身体を動かすことすら出来ない様子で、放っておけばすぐにでも死んでしまいそうなほどのダメージを負っていた。


「フ……フフ……まさか……こんな結末になろうとは、ね……」


 息も絶え絶えながら、それでもヨシュアは笑って見せた。まるでそれが最後のプライドだとでも言うように。


「驚き……ましたよ……先程の攻撃……なぜ、あの時は使わなかったんです……?」


 デモンズ・バレーで戦った時はガーランドと二人がかりだったとはいえ、かなり優位に戦うことが出来た。だがさっきの力を使っていれば、結果はまるで違っていたはずである。


「色々と事情があるんですよ、こちらにもね」


 刀を鞘に納め、アレンがゆっくりとヨシュアに近付く。一瞬、カイルがそれを止めようとしたが、もはやヨシュアに動く力はないと判断してその手を引っ込めた。


「フフ……止めを刺さないんですか……? 随分と甘いのですね……」


 頭から流れ落ちる血で真っ赤に染まった顔を上げて、ヨシュアは皮肉な笑い声を上げた。その姿は余りにも痛々しく、多くの人の命を奪った悪人とはいえ、何故かアレンには憎しみが湧いてこない。“魔石”によって無理やり“賢者”にされてしまった彼らも、もしかしたら被害者なのではないかという思いが心の隅に(わだかま)っていた。


「この私が……情けをかけられるとは!」


 アレンが十分に近付いた時、もう動けないと思っていたヨシュアが突然立ち上がり、そのままの勢いでレイピアの切っ先をアレンに向けて突き出した――


 ――ドスッ!


 しかしそれはアレンには届かなかった。


「フ、フフ……やはり、戦いの最期は……こうでなければ……。ですが……どうせなら……“剣聖”の刃にかかって死にたかったですけどね……」


 自分の胸を刺し貫いた槍の柄に手を触れながら、それでもヨシュアは笑って見せる。そしてその笑顔のまま息絶えた。


「一体……何だってんだ、こいつら。死ぬ瞬間まで笑いやがって」


 ヨシュアの身体から槍を引き抜きながら、カイルは彼の笑顔が理解出来ずに思わずぞっとした。戦闘能力の高さだけではない、何か得体の知れない恐ろしさを“ワイズマン”というものの中に感じた瞬間だった。


「……行きましょう」


 少し間を置いて、アレンは静かに言葉を絞り出した。何のため、誰のためかも分からず、その拳は固く握り締められている。


「行くって、どこに?」


「大聖堂に戻るんです」


 ドラゴンによる破壊はこれで収まった。いつの間にか爆炎も発生しなくなっている。後は大聖堂を守るケニスが気がかりだった――











(この気配は……まさか!)


 シスターに借りた松葉杖を突きながら、ヴァンは必死にケニスの後を追った。記憶に新しい魔力の気配が、湧き上がる不安を更に助長させる。


「――っ!」


 慣れない松葉杖に躓きそうになりながら大階段の降り口まで辿り着いたヴァンが見たものは、既に階段を降り切っていたケニスと、その先からゆっくりとこちらに向かって歩いてくる“幻騎士”フラン・ラドクリフの姿だった。


「猊下っ!」


 ケニスは大階段から十メートル程手前で立ち止まり、フランを迎え撃とうとしていた。


 フランの実力は昨夜の戦闘で身を持って知っている。一方のケニスはというと、アレンと並んで“四大”と呼ばれた賢者であるということから、恐らくヴァンの想像を遥かに超えた実力を備えているのだろう。しかし今までずっと怪我人の治療をしていたケニスはかなり消耗しているはずだ。果たしてフランと戦えるだけの余力が残っているだろうか。


「猊下、僕も一緒に……っ!」


 ヴァンは出来る限り急いで大階段を降りようとした。このような身体ではただの足手まといになるだけかもしれないが、それでもケニスを一人で戦わせるのは危険だと思ったのだ。


 ヴァンが大階段の半分ほど降りたところで、ついにフランとケニスが相対した。そして言葉を交わすこともなく、いきなりフランが魔力で練り上げた三本の漆黒のナイフを放つ。それらはケニスの頭上を飛び越えて、真っ直ぐヴァンに――いや、大聖堂の敷地に入り切れずに大階段に座り込んでいた比較的軽傷または無傷の市民達に向かって飛来してきた。


「くそっ……!」


 突然の攻撃に、ヴァンは慌ててナイフを撃ち落とそうとした。しかし松葉杖に身体を預けている状態は思いのほか不安定で、上手く魔法を発動させることが出来ない――


 ――ジャランッ!


 ケニスが手に持った錫杖(しゃくじょう)で地面を叩く。すると巨大な魔法障壁(シールド)が大階段ごと大聖堂を完全に覆い尽くした。


「す、凄い……こんな巨大な障壁を張るなんて」


 フランから放たれた漆黒のナイフが、全てその障壁に阻まれて溶けるように消え去る。それを目の当たりにして、ヴァンは改めてケニスの底知れぬ実力に驚愕した。これなら何の心配もいらないのかもしれない。しかし――


(さすがにキツイね……)


 ヴァンの所からは見えないが、ケニスの表情には明らかに疲労の色が浮かんでいた。それを隠すかのようにケニスは微笑を浮かべるが、フランも同じように口角を釣り上げ、余裕の笑みを浮かべる。


(あぁ……早くアレン達帰ってこないかなぁ)


 もう一度錫杖で地面を叩く。豪奢なデザインに仕立てられた頭部がシャランと鳴り、ケニスは己の身体を包み込むように魔力を立ち昇らせた。それは“星屑の聖者”の二つ名が示す通り、余りに美しく、また高潔な輝きを放っている。しかし同時にそれは、消える瞬間に一際大きく燃えるロウソクの炎のような儚さも孕んでいた――


≪続く≫

次回は8/21(日)19:00更新予定です。

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