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Sage Saga ~セイジ・サーガ~  作者: Eolia
第9章 フレイノール炎上
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第74話

今回は一話丸々レヴィエンです。

軽薄を絵に描いたような男でも、やる時はやるんです^^

「レヴィエンさんっ!」


 それまで優位に戦いを進めているようにすら見えたレヴィエンが、突然その場に膝を突く。一体何が起こったのか分からないまま、若い騎士は思わず導力砲を放り出して駆けつけようとした。


「大丈夫だ……! いいから君は早くドラゴンを撃ち落すんだよ!」


 その気配を察したレヴィエンが左手を伸ばして若い騎士を制す。しかしその掌は、若い騎士のいる位置とはまるで見当違いの方向を向いていた。


「そうやで。自分の心配だけしとき? この兄ちゃんに止め刺した後は自分の番やからな」


 妖艶な笑みを浮かべながら、バネッサは開いた鉄扇を若い騎士に向けた。


「くっ……!」


 抗いようのない恐怖に苛まれながらも、若い騎士は懸命に動力砲の操作パネルを叩き続けた。数分後の自分の運命を覚悟しながら、それでもその瞬間まで足掻き続けようと思ったのだ。


「あぁ……! ええわぁ、そうゆう健気な感じが堪らんねん」


 若い騎士の必死の表情に、バネッサは自分の肩を抱きながら身悶えた。目の前のレヴィエンには全く注意を払っていない。


 ――バンッ! バンッ! バンッ!


 一人悦に浸っているバネッサに向けて、レヴィエンが立て続けに銃声を轟かせた。


「どこ狙っとんねん。ここやで、ここ」


 しかしバネッサはその場から一歩も動くことはなかった。レヴィエンの銃はまるで見当違いの方向に向けて銃弾を発射している。それまで精密機械のようだった正確さは見る影もなかった。


「ちっ……!」


 全ての弾丸を発射し尽くしても何の手応えも感じられなかったことに、レヴィエンは珍しく苛立ちを見せた。リボルバー内の空薬莢を捨て、新しく弾丸を込め治す作業にも、それまでのような精細さは見られない。


「無駄やで。自分、ウチが何十人にも見えとるんやろ? 何発撃ったって本物のウチには当たらへんで」


 たどたどしく弾丸を込め直すレヴィエンに、バネッサが余裕の表情を見せる。


「フフ……一度にこんな大勢の美女に囲まれるなんて……ボクは幸せ者だ」


 バネッサの言う通り、レヴィエンの眼にはバネッサの姿が幾重にも重なって見えている。バネッサだけではない。レヴィエンが見ようとするもの全てが、妖しく捻じ曲げられているのだ。もうバネッサの正確な位置も、若い騎士のいる方向すら分からなくなっていた。


「まぁ正味の話、自分はよう頑張ったで? いちいち腹立つくらい正確にウチの足元狙って、ウチに“舞”を舞わせんかったし、そのやかましい銃声で鈴の音も掻き消しとったしなぁ」


 レヴィエンの計算し尽くされた闘い振りに、バネッサは感嘆していた。ここまで徹底的に自分の能力を封じ込めにきた相手は初めてだったのだ。


「けどな、その程度でウチの舞を完全に封じたと思たら大間違いや」


 両の鉄扇をひらひらと振りながら、バネッサが勝ち誇ったように微笑む。無数に見えるそれら全てに、レヴィエンは(せわ)しなく銃口を向けていた。


「さぁて、と。これ以上遊んでてもしゃあないし、そろそろ終いにしようや」


 虚ろな目で虚空を見るレヴィエンに最終宣告を下し、バネッサが鉄扇を振り上げる。陽の光を受けてぎらりと禍々しく輝いた鉄扇は、正確にレヴィエンの首筋に狙いを定めていた。


「フッ……そう簡単にやられるわけにはいかないよ!」


 バネッサの殺気に反応したのか、レヴィエンが再び発砲した。それも一気にリボルバー内の全弾丸を撃ち尽くす六連発だ。ちょうど円を描くように、一発一発をほぼ等角度でずらしながら発射した。


「何や、『下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる』てか? 止めてぇな。そんなみっともない悪足掻きは見とうないで」


 バネッサの眼には恐怖に駆られたレヴィエンが無暗矢鱈に乱射しているようにしか見えない。それで本当にバネッサを近付けないようにすることが出来ると思っているのなら、これ以上ない興醒めだった。


「当たるまで何発だって撃ってやるさ……っ!」


 再びリボルバーを銃身から外し、空になった薬莢をばらばらと地面に落とす。そしてたどたどしい手つきで新しい弾丸を込めるレヴィエンの姿に、バネッサは本当に興醒めしたように冷たい眼差しで溜息をついた。


「はぁ……ホンマにがっかりやわ。時間稼ぎのつもりやろうけど、どうせあの導力砲とかゆうやつ撃ったかて、ヨシュアが乗っとるドラゴンに当てるのは不可能やで? さっきとは訳が違うねん」


 レヴィエンが必死でもがいている中、若い騎士も必死で導力砲を再発射しようと足掻いていた。止めようと思えばいつでも止められる状況にありながらバネッサがそれをしないのは、万一撃たれたとしてもヨシュアが直接乗り込んで操っているドラゴンが撃ち落とされることはないと確信しているからだ。


「けどまぁ、みすみす撃たしとったら後でヨシュアに怒られそうやし、この兄ちゃんにはもうなにも出来へんみたいやし、やっぱあっちの坊やを先に始末しとこかな」


 レヴィエンに対する興味を失ったバネッサは、攻撃の矛先を若い騎士に向けた。


「くっ……くそ!」


 バネッサの接近を眼の端に捉えながら、それでも若い騎士は導力砲の前から離れない。その導力砲はというと、若い騎士の必死の操作が実を結んで、仄かに光り出していた。


「残念やけど時間切れや。自分もよう頑張ったで? そろそろ往生しぃや」


 鉄扇を構えながら、バネッサがゆっくりと近づく。もはやこれまでかと若い騎士が諦めかけたその時――


 ――ギュゥン!


 バネッサに向けて、導力砲のそれとは違う――だがよく似た光線が放たれた。それが放たれる直前の、ヒイィィンという空気の鳴動を感じ取ったバネッサが咄嗟に振り返り、迫ってきた光線を鉄扇で受け止める。


「うっそぉ!?」


 全く予想していなかったレヴィエンからの攻撃に、バネッサが悲鳴のような声を上げた。そしてその余りの威力に、本当の悲鳴を上げながら吹っ飛ぶ。


「あうっ!」


 驚くべきことに、バネッサはレヴィエンの導力銃“グングニル”の一撃を受け流していた。直撃すれば風穴では済まない程の破壊をその身に受けていたはずである。しかし実際には弾丸の衝撃によって吹き飛ばされ、壁に激しく背中を打ち付けるだけにとどまっていた。


「レヴィエンさん……? 一体どうして……」


 突然の出来事に、若い騎士が呆然とレヴィエンの姿を見つめる。確かにバネッサによって視覚を奪われていたはずだ。それを証明するように、未だにレヴィエンの眼は虚ろで、若い騎士の声に反応は見せるものの、こちらに顔を向けてはいなかった。さっきは正確にバネッサを狙っていた銃口も、今では明後日の方向を向いている。


「そんなことは後回しだよ。今の内に早くっ!」


 レヴィエンに叱咤され、はっと我に返った若い騎士が慌てて導力砲の照準に顔をくっつける。もう導力砲はいつでも発射できる状態になっていた。しかし――


「くそっ……照準が合わない……!」


 照準の向こうのドラゴンは先程撃ち落としたものとは違い、全く動きのパターンが掴めなかった。いきなりスピードを上げたかと思えば急降下し、街の中に消え、そしてまた急上昇する。それはとても経験の浅い彼に追えるものではなかった。


「レヴィエンさん……!」


 若い騎士が(すが)るような声を上げる。レヴィエンの導力銃によって弾き飛ばされたバネッサは、壁に激突して倒れたまま動かない。生死は定かでないが、少なくとも気を失っていることは確実だろう。若い騎士はレヴィエンに狙撃を代わってもらおうと思った。


「悪いけど、代わってあげることはできないよ。彼女がいつ動き出すか分からないし、何よりボクの眼はまだ使い物にならない」


 若い騎士の期待を見透かして、レヴィエンが先回りでそれを拒絶する。事実、バネッサの“舞”によって蝕まれた視神経はまだ回復していなかった。


「そんな……それならどうして――」


 さっきは正確に狙撃することが出来たのか、と言おうとして若い騎士は口を(つぐ)んだ。これ以上泣き事を言っても始まらない。今、あのドラゴンを仕留めることが出来るのは自分だけなんだと改めて自分に言い聞かす。


「――っ!?」


 すると、突然照準の向こうのドラゴンの動きがおかしくなった。ある建物に突っ込もうとしたかと思うと、いきなり建物から離れるように急上昇し、もがき苦しむようにその場で身を捻りながら翼をばたつかせる。


 若い騎士はほとんど反射的に発射トリガーを引いた。何が起こったのか分からなかったが、チャンスは今しかないと直感したのだ。


 ――ドゥオオオォォン!


 再び耳を(つんざ)くような爆音が空に轟き、レヴィエンの“グングニル”の数十倍とも思える太い光の帯がドラゴンに向けて放たれた。


「や……やったぁ!」


 照準から顔を上げて、両の拳を高々と空に突き上げる。導力砲から放たれた弾丸は、今度は正確にドラゴンに命中した。


「あ~あ……まさかホンマに撃ち落とされるとは思わんかったわ」


 喜びを全身で表現する若い騎士の顔が急に凍りついた。いつの間にかバネッサがすぐ後ろに立っていたのだ。


「ひっ……!」


 慌てて飛び退こうとした若い騎士が足をもつれさせて倒れ込む。だがバネッサはそれには目もくれず、真っ直ぐにレヴィエンを見つめた。


「自分、ウチの舞で眼ぇ見えんようになっとるはずやろ? さっきのとんでもない攻撃自体もびっくりしたけど、なんでちゃんと撃てたんや?」


 レヴィエンは警戒するように銃口をバネッサに向けていたが、その眼は未だ正常に働いていないことは明らかだった。だからこそバネッサにはどうしても合点がいかなかったのだ。


「フッ、ボクとしては切札の一撃を防がれてしまったことの方が驚きだけどね。同じ手は二度と通じないだろうしねぇ」


 肩を竦めて首を振るバネッサの真似をするように、レヴィエンも肩を竦めて見せた。


「ああ、別に心配せんでもええで? もうウチはこれ以上やる気ないし」


 そう言ってバネッサはぼろぼろになった鉄扇を見せ、それを放り投げた。いびつに回転しながら、それが地面に突っ伏して頭を抱えている若い騎士の頭上にこつんとぶつかる。


「ウチのお気に入りやったのに……コレが無いとウチ戦えへんのよ」


 突然降ってきた鉄塊に、若い騎士が今度は飛び上る。先程までの覚悟に満ちた眼差しが嘘のようにみっともなく逃げ出した若い騎士を横目に見ながら、バネッサは両手を上げて敵意が無いことを示した。


「そんなわけやから、そろそろタネ明かししてぇな。なんでウチを狙うことが出来たん?」


 どうしてもそのことが知りたいらしく、今度は猫撫で声を上げて甘えて見せる。すっかり毒気を抜かれてしまったレヴィエンは、「やれやれ」と溜息をつきながら城壁の端の方の地面を指差した。バネッサに奪われた視覚は徐々に正常に戻りつつある。


「……? あそこがどうかしたん?」


 レヴィエンが指差した地面を細眼で見ながら、バネッサは首を傾げた。別に何の変哲もないただの石の地面だ。レヴィエンの撃った銃弾がめり込んでいるのだろう、僅かに穴が空いている程度だ。


「そこだけじゃないさ。あそこと、あそこと……」


 レヴィエンが指差したのは全部で六ヶ所で、城壁上の空間をぐるりと囲むように並んでいる。それら全てに弾丸がめり込んでいた。


「だから、あれが一体なん……って、あぁ、そうゆうことかいな」


 もう一度六ヶ所の地点を見回して、ようやくバネッサがレヴィエンの“タネ”に気付く。それを合図にするように、それぞれの地点を結ぶ光の線が浮き上がり、地面に六芒星の魔法陣を描き出した。


「実はさっきの弾丸には“導石”が含まれていてね。ちなみに描いた魔法陣は、本来は眼には見えない敵の動きを“感覚”で捉えるために使う補助魔法さ」


 主に“死霊(ゴースト)”系の魔獣に対して聖職者が発動する魔法で、魔法陣の中にいる敵を捕捉するためだけの魔法である。それによって視覚を失ったレヴィエンはバネッサの動きを捉えていたのだ。


「はぁ……やってくれるやんけ。ウチの“舞”にかかるんも計算の内やったんか」


 その上で悪足掻きに見せかけて六ヶ所に導石入りの弾丸を撃ち込み、バネッサに気付かれることなく魔法陣を発動させた。最後の一撃にしても、バネッサが油断していなければ決して当たることのなかった荒技である。


「フフ、女性を落とす秘訣はね、優しい笑顔と甘い嘘さ」


 額に手を当て溜息をつくバネッサに、レヴィエンは満面の笑みでウインクしてみせた。さっきまで命のやり取りをしていた二人とは思えない和やかな空気が辺りを包み込む。


「ハハハッ! ホンマに気に入ったで、自分。ウチは可愛いもんが大好きやけど、自分みたいな男にやったら惚れるかもしれへんな」


「そうかい? それならボクのことは可愛くレヴィと呼んでくれたまえ」


 ふわりと城壁の縁に飛び上ったバネッサに、なおもレヴィエンが笑顔を振りまく。バネッサもそれに妖艶な笑みで応え、なんとその場から飛び降りてしまった。


 ――また会おうや、おもろい兄ちゃん。いや、レ・ヴ・ィ


 レヴィエンが城壁の縁から下を覗き込んだ時には、バネッサの姿はすでにどこにも見当たらなかった。そもそも常人が飛び降りて無事で済む高さではないのだが、吹き抜ける風に別れの言葉と鈴の音だけを残し、バネッサはどこかに消えてしまった。


「あ、あの……終わったんですか……?」


 不意に背中から声を掛けられて、レヴィエンが振り向く。その視線の先には物陰から顔だけを覗かせている若い騎士の姿があった。


「おや? なんだい、まだ逃げてなかったのか」


 てっきりもうどこかへと逃げ去ってしまったのかと思ったが、若い騎士はずっと物陰から二人のやり取りを見守っていたらしい。


「キミもよく頑張ったね。今日のMVPはキミでもいいくらいだよ」


 実際、今回の襲撃で一番の脅威は二体のドラゴンだった。それを成り行きとはいえ撃ち落とすことに成功した若い騎士の功績は称賛に値する。


「そ、そんな……あなたのおかげです」


 レヴィエンの笑顔に、若い騎士が顔を真っ赤にして俯く。


 本当は以前からレヴィエンのことが嫌いだった。教会に属する人間とは思えないレヴィエンの行動は教会内でも有名で、若い騎士も日頃から疎ましく思っていたのだ。


「でも……今はあなたのことが好きになりそうです」


 まるで愛の告白かのように俯き加減で言った若い騎士の姿に、レヴィエンはぞぞっと全身に鳥肌を立てた。


「き……気持ちは嬉しいけど、生憎ボクには“そっちの気”はないんだ」


「ぼっ、僕にだってありませんよっ!」


 未だ街のあちこちで死闘が繰り広げられる中、その場だけは平和を取り戻したようであった――


≪続く≫

最後、なぜドラゴンの動きがおかしくなったのか――

その謎は次回判明します(多分……)


次回は8/20(土)19:00更新予定です。

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