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Sage Saga ~セイジ・サーガ~  作者: Eolia
第9章 フレイノール炎上
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第73話

今回はフィゼルがついに……?

 ――やっぱりここにいたのね、レン


 ――あ、ママ……


 ――ほら、今日はずっとお家の中にいなきゃ駄目って酋長(しゅうちょう)様が仰っていたでしょ?


 ――ねえ、ママ


 ――なぁに?


 ――『せんそう』って何?


 ――えっ……?


 ――昨日、パパ達が話してるの聞いちゃったんだ


 ――レン……


 ――『せんそう』が来ちゃったら、みんな死んじゃうって


 ――……


 ――『せんそう』って悪い奴なの? みんな殺されちゃうの?


 ――レン……! 大丈夫よ。『せんそう』なんか来ないわ。誰も死んだりしない


 ――本当?


 ――ええ。さぁ、お家に帰りましょ?


 ――うん……あれ? ママ、あれ何だろう?


 ――え?


 ――ほら、あっち! 何かピカって光った


 ――……っ!?


 ――何だろう……遠くてよく見えないや


 ――レンっ! そっち行っちゃ駄目ぇ!


 ――え……う、うわっ! うわあぁぁ!


 ――レーーーン!!











「あああっ!」


 目の前で時計塔が崩れ落ちる音が、頭の中の破砕音と共鳴する。ルーを庇って瓦礫の下敷きになったセリカとその腕に縋り付くルーの姿が、フィゼルの中に封じられた記憶の箱をこじ開けた。


 激しい頭痛と共に蘇ったのは、セリカと同じように身を挺して我が子を庇った母親の姿と、小さな自分の身体に覆い被さったその身体がどんどん冷たくなっていく“死”の感覚だった――


「おぉおぉ、可哀相に……」


 頭を押さえて苦しむフィゼルの頭上から、不意にガーランドの呟きが聞こえた。信じられないことに、その言葉にはルーに対する同情が込められている。


「親子が離れ離れになるってのは悲しいよなぁ。そんなこと、あっちゃいけねぇよなぁ」


 それどころか、左手で顔を覆ったガーランドの声はまるで涙を堪えているようにすら聞こえた。しかしその姿とは裏腹に、何故か慈愛的な雰囲気は微塵も感じられない。


 そしてガーランドはフィゼルに背を向け、ルーの方へ歩き出そうとした。本能的にルーの危険を感じ取ったフィゼルは、未だに立ち上がることが出来ない身体で、それでもガーランドを阻止しようとその足にしがみついた。


「……ちっ、うぜぇんだよ!」


 足下に転がるゴミ屑でも蹴飛ばすように、ガーランドの右足がフィゼルを弾き飛ばす。


「ちょっと待ってろ。すぐにてめぇも殺してやるからよ」


 てめぇ()ということは、やはりガーランドはルーを殺害するつもりだ。


「や……めろ……!」


 それだけは許さないとどれだけ強く思っても、身体がその思いに応えてくれなかった。うつ伏せに倒れた状態からなんとか頭だけを持ち上げ、地を這いながら必死にガーランドの足に縋り付こうとする。


「けっ、止めたかったら本気を出せよ。もっとも、てめぇが本物の“熾眼”だったらの話だがな」


 もう一度足で軽くフィゼルの手を払って、ガーランドはルーの方へと歩き出した。


「やめろ……やめろーー!」


 もうどれだけ手を伸ばしてもガーランドには届かない。フィゼルの悲痛な叫びすら、吹き抜ける生ぬるい風に虚しく掻き消された――











(……妙だな)


 渦を巻きながら立ち昇る巨大な火柱に、ギリアス・ヴォルテックは違和感を覚えた。


 本来なら徐々に中心に向かって収束していき、中に呑み込んだミリィを完全に焼き尽くすはずなのだ。だが、いつまで経っても炎の渦の径は小さくならなかった。


「……っ!?」


 それどころか、逆に炎の渦が大きく膨らみだした。そしてギリアスの所にまで届くかというほどに膨れ上がった炎の渦が、限界まで膨らんだ風船のように弾けて掻き消える。


「これは驚いた。まさかこのタイミングで邪魔が入ろうとはな」


 一瞬本当に驚きに眼を見開いた後、しかしギリアスはすぐに嬉しそうに笑みを浮かべた。その視線は、ミリィの前に立っている小柄な人影に向けられている。


「あ……あなたは……っ!」


 突然目の前に現れたその小柄な人物に、ミリィは驚愕の表情を見せた。フード付きのローブですっぽりと全身を覆った後姿は、王都で二度会った謎の女に違いない。


「代わろう。今のそなたには荷が勝ち過ぎる」


 僅かに振り向いた女の声は若い娘のようでもあり、また威厳のある老婆のようでもある。そしてフードを取り、初めて見せた女の素顔に、再びミリィは驚愕した。


 それはまさに女の子と表現してもいいくらいの幼い少女の顔であった。ちょうどグランドールにいるジュリアと同じくらいだろうか。この殺伐とした風景にあって異彩を放ちながらも、その美しい顔立ちは奇妙なほどにこの場に馴染んで見えた。


「これはこれは可愛らしいお嬢さんだ。今度はお前が相手をしてくれるのかな?」


 その口調ほど、少女を侮ってはいない。外見からは想像も出来ない程の強大な魔力をその身に秘めているのは一目で分かった。だが、だからこそギリアスは嬉しそうに笑うのだ。


「ま……待って! 私はまだアイツに訊きたいことが……!」


 今にも戦闘を開始しようとする少女の背に、ミリィは縋るような声をかけた。


「これ以上何を問うというのだ?」


 少女は振り返ることなく、静かにミリィの言葉を打ち捨てた。それはまさにミリィ自身の本心を表してもいる。だからミリィは言葉に詰まり、二の句が継げなかった。


「真実は己の眼で見極めよ」


 続いて投げ掛けられた言葉に、再びミリィは衝撃を受けた。この少女は初めから何もかも知っているかのように、紡ぐ言葉は全てミリィの心を正確に射抜く。


「あなたは……」


「行け」


 なおも続けようとするミリィの言葉を、少女が突き放すように遮る。そして屋上から降りる階段を指し示すと、ミリィもそれ以上は何も言わず、意を決したように走り出した。


 途中、ギリアスの横を通り抜ける形となったが、ギリアスは既にミリィに対する興味を失っていた。その視線は謎めいた雰囲気を持つ少女にだけ向けられている。


「さて、名を聞かせてもらえるかな? 俺はワイズマンNo.5“焔皇(えんおう)”ギリアス・ヴォルテック。見ての通り炎の魔導師だ」


 ミリィが立ち去った後、ギリアスは己の能力を見せ付けるように自身の周りに炎を立ち昇らせた。それは決して威嚇のためではなく、あくまでも挨拶代わりだ。それだけ相手の力を認めているということでもあった。


「ふん、“焔皇”か。随分と大仰な二つ名を付けたものだ。我が名は“風詠み”ロザリー・フレイスピッド。我が風は“偽りの賢者の死”を謡っておるぞ」


 ギリアスのパフォーマンスに応えるように、少女――ロザリーも自分の周りに渦巻く風を発生させ、その風に乗るように身体を宙に浮かせた。


「ほう、ならお前は“本物の賢者”だというのか? 随分と可愛らしい賢者がいたものだな」


 ロザリーの挑発的な言葉にも、ギリアスはにやりと口角を上げる。ロザリーが本当に賢者であるかどうかすら、彼にとってはどうでもいいことだった――











「お嬢ちゃん……可哀想になぁ。分かるぜぇ、親が死ぬってのは悲しいもんだ」


 セリカの手を握ったまま泣き崩れるルーに、ガーランドが優しい言葉を掛けた。それまでガーランドの接近にすら気付かなかったルーも、その禍々しい気配に本能的にガーランドの顔を見上げ、そして本能的に恐怖を感じ取った。


「あ……あ……っ!」


「心配しなくていいぜぇ。俺が今からお嬢ちゃんも……同じ所に送ってやるからなぁ!」


 それまで泣きそうだったガーランドの顔が、突然狂気に歪む。そして巨大な剣が高々と振り上げられ――


 ――ギィン!


 そのままルーの頭上に振り下ろされるはずだった大剣は、しかし途中で方向を変え、後方から猛スピードで迫ってきた刃を受け止めた。


「ぬぅ!?」


 寸前に察知して防いだものの、凄まじい力によってガーランドの身体は数メートル後方に押しずらされた。


「……なんでぇ、やっぱり本物だったんじゃねぇか」


 地を滑る両足を踏ん張ってようやく止まったガーランドが、自分を襲った凶刃の主に驚きと喜びの入り混じった表情を見せる。


「…………」


 その視線の先には、先程まで地面に突っ伏し、虫けらのように這いずることしか出来なかったはずのフィゼルの姿がある。しかしその表情は先程までとは違って、まるで感情を失ってしまったかのように無機質だった。


「その眼……話には聞いてたが実際に見るのは初めてだな」


 感情が一切読み取れないその瞳は、元々の黒瞳から妖しく光る赤へと変わっている。燃えるような猛々しい色でありながら、その光は凍てつく程に冷たい。


「なるほど、“熾眼(しがん)”とはよく言ったもんだ。確かに不気味でしょうがねぇ」


 予感はあった。そうであってほしいという期待も。それが現実のものとなったという喜びが、ガーランドの全身にこの上ない高揚感となって駆け巡っていた。


「ちょっと場所変えようや。てめぇもここじゃやりにくいだろ?」


 目の前にいる少年がかつての仲間であることが確定しても、ガーランドに剣を収める気はなかった。向こうがこちらに刃を向けている以上、誰であろうとそれは敵である。そしてガーランドにとってはそれが何よりも嬉しかった。


「…………」


 ガーランドの提案に、フィゼルが沈黙を返す。しかしそれを了承と受け取ったガーランドが先に動くと、その後を追ってフィゼルもどこかへと飛ぶように走り去っていった――











「さあ、これで大丈夫だ。ひと月もすれば歩けるようになるだろう」


 ドラゴンによって通常ならば再起不能というほどのダメージを負ったヴァンの右足は、ケニスの治療魔法によって通常の骨折程度にまでは回復していた。


「悪いね……余裕があればすぐにでも歩けるようにしてやりたいんだが……」


 ケニスの力をもってすればそれも不可能ではない。しかしケニスの周りには(おびただ)しい数の怪我人がひしめいていた。中には瀕死の重傷を負った者もいただろう。ケニスの他にも多くの法術師が同じように怪我人の治療を行っているが、彼らには手に負えないような重傷者をケニスが一手に引き受けていた。四大と呼ばれた賢者ですら、これだけの数を捌くのは容易なことではない。涼しい顔をしているが、僅かに息が上がっているのがヴァンにも分かった。


「いや、これでも十分過ぎるくらいですよ。僕なんかより、一人でも多くの人達を助けてやって下さい」


 さながら野戦病院の様相を呈した大聖堂の中庭で、ヴァンは不甲斐無い自分を恥じた。皆が命懸けで戦っている中、大した働きも出来ずに早々にリタイアしたことを悔やんでいるのだ。


「君が気に病む必要はないよ。大丈夫さ、きっとアレンが何とかして――」


 己を責めるヴァンを慰めるように優しく微笑みながら、しかしケニスは不意に何かを察知したように言葉を切った。


「……猊下?」


 突然表情を変えたケニスに、何か不吉な予感を覚えたヴァンが問いかける。しかしケニスはそれには応えず、傍らにいた助手の法術師に「後を頼む」と短く伝えるなり立ち上がった。


「あっ、猊下!」


 そして駆け出したケニスにヴァンが声をかける間もなく、その背は街へと降りる大階段の方に消えていった――


≪続く≫

まぁ、随分前に分かっていたことでしょうけど、ついにフィゼルの正体が判明いたしました。

ガーランドとの勝負の行方は?

そしてミリィとの因縁は――?


次回は8/18(木)19:00更新予定です。

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