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Sage Saga ~セイジ・サーガ~  作者: Eolia
第9章 フレイノール炎上
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第72話

場面がコロコロ変わってすみませんm(__)m

今回のメインはカイルとフィゼル、そして……

「一体撃ち落とされましたか。バネッサは何をやってるんだか……」


 フレイノールの上空を旋回するドラゴンの背の上で、ワイズマンNo.3“竜騎士”ヨシュア・ブランズウィックは城壁の方を見遣りながら溜息をついた。


 ほぼ無敵と言えるドラゴンにとって、唯一の脅威はフレイノールが誇る新兵器――導力砲であった。それを撃たさないようにするのがバネッサの役割だったはずなのに。


「まぁいいでしょう。後はこの子だけで十分――」


「どおりゃあぁぁ!」


 不意にヨシュアの頭上から雄叫びが聞こえた。その声に空を見上げたヨシュア目掛けて、槍を構えたカイルが落下する。


「私としたことが……少々油断しましたよ」


 カイルの槍を寸前で躱したヨシュアが、ドラゴンの背の上でカイルから距離を置くように離れた。


 見れば、いつの間にか背の高い塔のような建物のすぐ傍まで来ていたようだ。カイルはその屋上からドラゴンに飛び移ったに違いない。


「ドラゴンはさすがに無理でも、要はてめえを倒せばいいだろ?」


 ドラゴンの鋼鉄のような鱗には、通常の剣や槍は通じない。現にヨシュアを狙って躱されたカイルの槍は、ドラゴンの背中に刺さることなく表皮に弾かれている。


「フフ、確かにその通りです。ドラゴンは私の意思で街を襲っているわけですから、私が死ねばこの子は正気を取り戻すでしょうね」


 ヨシュアの能力はドラゴンを自在に操れるというものだ。もちろん全てのドラゴンを無条件にというわけではないが、ドラゴンを用いた破壊力はワイズマンの中でも突出していた。


「へっ、そういう奴ってのは大抵自分で戦うのは苦手っていうのが相場だ」


 ドラゴンを自在に操る能力は確かに驚異的だが、こうして間近に接近してしまえばこっちのものだとカイルは思った。


「なるほど、貴方は見た目よりは賢いようですね」


「大きなお世話だ」


 カイルの言葉を肯定しているようにも取れる発言だが、ヨシュアの態度には余裕が溢れている。カイルはそれが気に入らなくて、槍を構える両手に力を込めた。


「確かに、私は直接剣を交えるというのがあまり得意ではありません。単純な戦闘能力なら貴方よりも低いかもしれませんね」


 今度ははっきりとカイルの言葉を肯定した。しかも自分の方が弱いとまで認めておきながら、それでもヨシュアの表情には余裕が漂っている。


「けっ、余裕ぶっていられんのも今の内だぜ!」


 ヨシュアの落ち着き払った様子が気にはなったが、腰のレイピアを抜いて構えたその姿からも特に強そうな印象は受けなかった。構えを見れば大体の実力は分かるものだ。よってヨシュアの余裕はただのハッタリだと結論付けた。


「フフ、ところで今貴方が立っているのはどこですか?」


「あん?」


 ヨシュアの唐突な言葉にカイルが眉を(ひそ)めると、突然ヨシュアがドラゴンの背から飛び降りた。


「なぁっ!?」


 落ちれば万に一つも助からない高さからゆっくりと落下していくヨシュアに、カイルが眼を見開く。


「何考えて――って、うわぁ!」


 しかし次の瞬間、カイルを背に乗せたドラゴンが物凄い勢いでヨシュアを追うように急降下した。カイルは危うく振り落とされそうになり、寸でのところでドラゴンの翼の付根にしがみついた。


「ご理解いただけましたか? 貴方がどれだけ不利な状況にあるのか」


 あっという間にドラゴンはヨシュアの下に回り込んだ。その背にしがみついているカイルに、ヨシュアがレイピアの切っ先を向けながら落下してくる。


「くっ……!」


 身を翻し、カイルはそれを紙一重で躱した。しかしすぐさま無防備な胸部にヨシュアの蹴りを受け、ドラゴンの背の上で転がるように倒される。


「私は貴方のことを見た目よりは賢い(・・・・・・・・)と言いましたが、私の操るドラゴンに乗り込んでくるなど、本当に賢い人間なら考えなかったでしょうね」


 先程のドラゴンの急降下が余程堪えたのか、立ち上がったカイルは出来る限り腰を低くしている。見ようによっては完全に腰が引けてしまっているようでもあった。


「さあ、今度は耐えられますか?」


 嘲笑うようにカイルを一瞥した後、再びヨシュアが跳び上がった。咄嗟に背にしがみついたカイルを乗せたまま、ドラゴンが地面に向けて急降下する。


「うおおぉぉわっ!」


 このまま激突するのではないかと思われた瞬間、地面すれすれのところでドラゴンは急浮上した。


「――っ!」


 が、ほっとしたのも束の間、そのまま正面に(そび)え立つ時計塔に頭から突っ込んだ。


 ――ガアーーン!


 激しい破壊音と共に、粉々になった瓦礫がカイルに降り注ぐ。


「ぐぅ……痛ってぇ……っ!」


 頭だけは何とか守り通したが、背中は大量の瓦礫を受け、ボロボロになってしまった。激しい痛みに顔を歪める。時計塔にぶつかる寸前、視界の端に見覚えのある顔が映ったような気がしたが、今のカイルにはそんなことに構っている余裕はなかった。


「なかなかしぶといですね。ですが、もうそろそろ限界なのではないですか?」


 とん、と軽やかにドラゴン背に着地したヨシュアが、未だ蹲ったままのカイルの背中にレイピアの切っ先を向けた。


「楽にしてあげますよ」


 そのままゆっくりと近づき、カイルに止めを刺そうとした瞬間――


「うおらぁっ!」


 蹲っていたカイルが突然槍を突き上げた。正確にヨシュアの顔目掛けて突き出された槍は、しかしあっさりと躱されてしまう。


「そんな幼稚な手に引っかかると思っていたのですか?」


 呆れたように溜息をつきながらも、レイピアはしっかりとカイルの喉元に狙いを定めていた。


「ちっ、思ってねーよ!」


 自分の喉目掛けて突き出されたレイピアを身を屈めて躱し、伸び切ったヨシュアの右腕を蹴り上げる。その勢いのままにバク転して立ち上がったカイルは、すかさず猛攻を仕掛けた。


 先程ダメージを追った背中が軋む。激しい痛みが脳髄を叩き続ける。それでもカイルは槍を振るい続けた。


「呆れたタフさですね。背中の傷は相当深いでしょうに……」


 カイルから繰り出される槍を躱し、捌きながらも、ヨシュアは徐々に押されていった。ドラゴンの背中から首を渡り、頭の方まで後退する。


「ハァ、ハァ……どうした? 飛んでみろよ」


 じりじりとヨシュアを追い込みながら、カイルの頭の中には一つの作戦があった。ヨシュアが苦し紛れに再びドラゴンから飛び降りたなら、その瞬間に渾身の力で槍を投げつけるつもりだった。外せば終わりの博打ではあるが、空中では避けられる可能性は低い。


「よっぽどこの子の高速飛行がお気に召したようですね。それならお望み通り……」


 来た、とカイルは思った。槍を握る右手に力を込める――


「――っ!?」


 しかしヨシュアは飛び降りなかった。ドラゴンの頭から長く伸びる角に左手を掛けると、それを合図にドラゴンが今度は急上昇を始める。ヨシュアの足下にばかり注意していたカイルは一瞬反応が遅れ、堪えることが出来ずに後ろにごろごろと転がされた。


「ハハハッ! 貴方は駆け引きというものがあまり得意ではないようですね!」


 ドラゴンの角に左手でぶら下がりながら、ヨシュアは首の上から背中を通り越して尻尾の方まで転がっていくカイルを嘲った。カイルの思惑は完全に読まれていたのだ。


「くっ……!」


 ほぼ垂直に上昇するドラゴンに対して重力のままに転がり落ちようとしていたカイルは、寸でのところで尻尾の先端にしがみついた。


「おやおや、往生際の悪い人だ」


 ドラゴンを再び水平な安定飛行に切り替えて、ヨシュアが尻尾の付根からカイルを見下ろす。


「このまま地上に叩き落してもいいのですが……」


 そこでヨシュアは言葉を切り、何か面白い趣向はないかと思案した。そして何かを思い付いたようににやりと笑みを浮かべ、前方の建物をレイピアで指し示す。


「あの建物にもう一度体当たりと行きましょうか。ですが今度はドラゴンの尻尾だけを叩きつけます。貴方をぶら下げたまま、ね」


 その言葉を聞いて、カイルは蒼ざめた。先程は直接自分の身体が建物に突っ込んだわけではなかったので怪我程度で済んだのだが、ヨシュアは今度こそ直接カイルの身体を叩きつけようとしている。そうなれば間違いなく押し潰されてしまうだろう。


「なんなら今から飛び降りても構いませんよ? まあ、どっちにしろ結果は変わりませんがね」


 楽しそうに声を上げて笑いながら、ヨシュアが体勢を低くする。それを合図に、ドラゴンが未だ健全な建物に向かって猛スピードで突っ込んだ――











 ――ドガッ!


 がら空きになった脇腹を狙ったフィゼルの剣は、しかしガーランドには届かなかった。代わりにフィゼルの鳩尾(みぞおち)にガーランドの右足がめり込む。


「がっ……かはっ!」


 あばらが軋む音を聞きながら、声すら上げることも出来ずにフィゼルは吹き飛ばされた。建物の壁に背中から叩きつけられ、ずるずると力なく崩れ落ちる。


「甘ぇんだよ。まっ、狙いは良かったがな」


 胃から込み上げてくる激痛と吐き気で、フィゼルの意識は朦朧としていた。焦点の定まらない視界に、ゆっくりと近づいてくるガーランドの姿が入る。


「やっぱ“熾眼(しがん)”じゃねえよなぁ。いくらなんでも弱過ぎらぁ」


 フィゼルの眼前まで接近し、ガーランドはもう一度顎に手を当てながら首を傾げた。


「駄目……だ……」


「あん?」


 微かに聞こえたフィゼルの声に、ガーランドが片眉を上げた。


「……来るな……逃げ……」


 耳を澄ましてようやく聞き取れる程の言葉は、ともすれば命乞いのようにも聞こえる。だがフィゼルの虚ろな眼差しは目の前のガーランドではなく、その後ろに向けられていた。


「フィゼルさぁん!」


 少し離れた所から戦いを見守っていたルーが、フィゼルの元に駆け寄ろうとしていた。それをセリカが必死に抑えつけている。何とか二人に近付くことは阻止しているものの、ルーも必死で、その場から引き離すまでには至っていなかった。


「ありゃあ、お前の仲間か?」


 首だけを巡らし、ルーとセリカを視界に収めたガーランドが再び視線をフィゼルに戻す。


「人の心配してる場合じゃねえだろ」


 未だに聞き取れないような声で「逃げろ」と繰り返すフィゼルに吐き捨て、見せつけるように一度その眼前に大剣の切っ先を突きつけてから大きく振りかぶった。


「フィゼルさぁんっ!」


 再びルーが叫ぶ。ついにセリカの腕を掻い潜った。


「どうせなら本物の“熾眼”とやりたかったがな」


 高々と振り上げられた大剣が、今まさにフィゼルの脳天目掛けて振り下ろされようとした瞬間、そして同時にルーがフィゼルの元に駆け付けようとした瞬間――


 ――ガアーーン!


 ちょうどガーランドとルーの中間地点を何かが猛スピードで横切ったかと思うと、すぐ傍らの時計塔に突っ込んだ。ガラガラと音を立てて崩れ落ちる時計塔の瓦礫が、まるで悪意を持ってそうするかのようにルーの頭上に降り注ぐ――


「――っ!」


「ルー!」


 悲鳴も上げられぬまま瓦礫に呑み込まれようとしているルーの姿が、やけにスローモーションに見えた。そして聞こえてきたセリカの悲痛な叫びに、フィゼルの中の何かが激しく揺さぶられる。


「あ……あ……っ!」


 ドクンッ、と大きく脈打つ鼓動に、フィゼルが胸を押さえる。額から大量の汗を噴き出し、大きく見開かれた双眸は表現しようのない苦しみに涙さえ浮かべていた。


「ちっ、ヨシュアの野郎、見境い無しかよ! ちょっとテンション上げ過ぎなんじゃねーかぁ?」


 ルーの眼前を通過し、時計塔を突き破っていったのはヨシュアの操るドラゴンだった。しかしその背に乗っていたのはヨシュアではなくカイルだったということはガーランドも確認出来なかったようだ。


「……なんだぁ? あの嬢ちゃんが潰されたのがそんなにショックか?」


 フィゼルの真っ青な顔を、ガーランドが醒めた眼で見降ろす。フィゼルの中で何が起ころうとしているのか知る由もなかった。











「……お母……さん?」


 しばらくして土煙が晴れ始め、ルーは自分が生きていることを自覚した。目の前には山のように積み上がった瓦礫と、母の姿があった――


「お母さん!? お母さぁんっ!」


 身体の半分以上を瓦礫に埋もれさせたセリカの姿に、ルーは何故自分が助かったのか理解した。セリカが身を呈して庇ったのだ。そのおかげでルーは難を逃れ、代わりにセリカが瓦礫に埋もれる結果になった。


「ルー……良かった……無事、だったのね……」


 左腕は瓦礫に埋まってしまっている。かろうじて動く右手をルーの方へ伸ばしながら、頭から流れる大量の血で真っ赤に染まった顔で笑って見せた。


「そ……そんな……い、いや……っ!」


 がたがたと震えながら、こちらに伸ばされた手を掴む。その異常な冷たさに、ルーは本能的に母の死を予感した。


「いい……の、泣かないで……あなたが無事なら……それ……で……」


 時折血を吐きながらも、セリカは笑みだけは崩さなかった。


「お母さんっ、死んじゃイヤですぅ!」


 上手く立ち上がれない身体を引きずり、半狂乱に陥ったルーがセリカの腕に縋りつく。


「泣かないで……私の……ルー……」


 痛みももはや感じなくなり、意識もどんどん薄れていく。それでも命尽きるその瞬間まで愛する娘の顔を焼きつけようとしたセリカの眼に、一つの小さな光の球が見えた。


「……?」


 蛍のようなその光の球は、何か話しかけるかのようにセリカの眼前を漂っている。セリカの眼は自然とその光に吸い寄せられた。


「ああ……そこにいたのね……」


 その光の球に、セリカはある人物の存在を感じた。それは瀕死の身体が見せた幻覚だろうか。それとも本当に“彼”の魂が長い道のりを経てついに再会(・・)を果たしたのかもしれない。


「ごめんね……ずっと、待たせちゃったわね……でも、私も今から……そっちに……」


 視界が霞む。右手を握りしめるルーの感触も、泣きながら叫び続ける声も、どんどん遠ざかっていく。


(ねぇ、ジェラルド……私、最後にルーを守れたよ……? 今まで……辛い思いをさせちゃったけど……これで……許してくれるかな……?)


 もう声も出なくなっていた。そんなセリカの思いに応えるように、小さな光が二度三度と瞬く。その光に僅かに微笑みを見せて、セリカはゆっくりと眼を閉じた。


 ――最後にあなたに会えて良かった……私の分まで幸せに生きて、ルー


「お母さーーん!!」


 握りしめた右手から、生命がすり抜けていく。それを繋ぎ止めようとするかのようなルーの叫び声は、燃えゆくフレイノールの空に儚く消えていった――


≪続く≫

せっかく再開を果たした母娘(おやこ)ですが、残酷な結末になってしまいました。

これは最初から決めていたことですが、結構悩みましたね。


次回は8/16(火)19:00更新予定です。

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