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Sage Saga ~セイジ・サーガ~  作者: Eolia
第9章 フレイノール炎上
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第70話

今回は主にアレンが頑張ります。

 導力砲によって右翼を吹き飛ばされたドラゴンは飛行能力を失い、バランスも保てぬまま民家の建物を押し潰すように落下した。落下の衝撃で激しく大地が揺れ、轟音が響き渡る。


『ギィヤアアアァッ!』


 しかしそれ以上に街の人々を恐怖と混乱に陥れたのは、ドラゴンの怒りの咆哮だった。


「うわぁっ!」


「逃げろぉ!」


 怒り狂ったドラゴンが手当たり次第に暴れ回っている。建物にぶつかるまで真っ直ぐ突進し、その建物を破壊してはまた別の方向に突進した。


「あっ! 危ない!」


 ドラゴンの正面に、男の子が一人取り残されている。恐怖で足が竦み、真っ青な顔でその場に立ち尽くしている男の子の向かって、ドラゴンが真っ直ぐ突っ込んできた。


 遠くから悲鳴が起る。その場にいた者達は皆、男の子がドラゴンに踏み潰されてしまったと思った。


 しかしその寸前、男の子の身体は何者かに抱き抱えられ、真横に飛んだのだ。そのすぐ脇をドラゴンが猛スピードで通過していった。


「ぐぅ……っ! だ、大丈夫かい?」


 何かが砕けるような音が鼓膜ではなく脳髄に直接伝わる。激痛の中、それでもヴァンは抱き抱えた男の子の安否を確かめた。そしてがくがく震えながら何度も頷く男の子を立たせ、自分も立ち上がろうとして初めてこの激痛がどこから来るのか悟った。


(足の骨がやられたか……)


 神経が断たれたかのように右足が動かない。しかし激しい痛みだけは間断なく立ち昇っていた。


「ヴァンさんっ!」


 建物の壁に上半身だけを預けたヴァンの許に、今しがた現場に到着したアレンが駆け付ける。しかしヴァンの折れた右足を見て、言葉を失ってしまった。


「やぁ、アレン……。情けないところを……くっ、見せてしまったね」


 壁に(もた)れかかるようにして、ヴァンが何とか立ち上がろうとする。こんな状態になっても、まだ彼は戦おうとしていた。


「無茶をしないで下さいっ! ここからは私がやります!」


 無理に立ち上がろうとするヴァンを抑え、アレンは手早くその右足の応急処置を施した。


「しかし……いくら君でも怒り狂ったドラゴンを一人で相手にするのは……」


 ヴァンが初めてアレンに出会った時、アレンはかなりの深手を負っていた。その傷を負わせたのがヨシュアの操るドラゴンだったのだ。あの時はガーランドとの二人がかりだったということを差し引いても、アレン一人でドラゴンの相手は危険過ぎる。


「心配いりません。“彼女”が来てくれましたから」


 自分の身を案じるヴァンに、アレンは優しく微笑みかけた。そしてこちらへ振り返ったドラゴンと正対し、ゆっくりと腰の刀を抜き放つ。


「な……何だい、それ……?」


 鞘から抜かれたアレンの刀は、刀身が眩く光り輝いていた。その輝きはどんどん強くなり、アレンの刀が完全に光に包まれる。


「これが“剣聖”の本当の力です。訳あって今までは使うことができませんでした」


 一度感覚を確かめるように、アレンが鋭く光の剣を振るう。その神々しくも圧倒的な力を感じる光の軌跡に、ヴァンはそれまでの不安が一気に霧散していくのを感じた――











 アレンがヴァンの許へと駆け付ける十分ほど前――


「ロザリー……っ!?」


 次々と爆炎が巻き起こり、ドラゴンによって建物が打ち壊されていく中、アレンの前に現れたのはフード付きのローブですっぽりと全身を覆った小柄な人物だった。顔もフードの影に隠れて見えなかったが、アレンはその人物の名を迷わず呼んだ。


「久しいな、“剣聖”よ」


 ロザリーと呼ばれた小柄な人物がフードを外す。その下から現れたのは、声の持つ威厳とは裏腹の幼い少女の顔だった。


「ロザリー、今はゆっくり話している場合ではありません。ここに来たということは、一緒に戦ってくれるということでいいんですね?」


 この絶望的な状況の中で、アレンは少しだけ光が見えたような気がした。彼女が共に戦ってくれるなら、これほど心強いことはない。


「無論そのつもりだ。だがその前に、そなたに渡すものがある」


 そう言ってロザリーは右手をアレンに差し出した。軽く握られたその手の中から、だんだんと光が漏れだしてくる。


「これは……まさか……っ!」


 その光に、アレンは心当たりがあった。しかしそんなはずがないと、その考えを打ち消すように(かぶり)を振る。


「どうした? よもや“剣聖”の真の力、忘れたわけではあるまいな?」


 アレンの動揺を楽しむかのように、ロザリーは僅かに微笑んだ。さらに一歩近づき、もはや光の塊となった右手をアレンに突きつける。


「なぜ……これが……? “宝剣”の力は二十年前にバラバラに砕け散ったはず……」


 ロザリーの言葉とその光から感じる圧倒的な力に、アレンはやはりこれがかつて“宝剣”と呼ばれたものであると悟った。


 二十年前、“剣聖”という二つ名と共に師である十賢者から授けられた“力”――闇を切り裂き魔を滅する“宝剣”――


 しかし当時の戦いの終焉と共にその役目を終え、一つの大きな光の塊だったそれは無数の小さな光となって世界中に散らばっていった。その闘いで十賢者もいなくなり、もう二度とその光が集まることはないと思っていたのに――


「さすがに一人で集めるのは骨が折れたぞ。しかし今のそなたにはこれが必要であろう?」


「どうして貴女がこれを……? “宝剣”の欠片を集め、一つに纏め上げることができるのは十賢者だけと――」


 その光が“宝剣”であることは間違いないことだと分かっても、それがこの場にあることがどうしても信じられなかった。しかしそれについてアレンがさらに疑問を口にしかけたその時、今までとは異質のけたたましい爆音が聞こえ、二人の頭上を導力砲の砲弾が光の帯となって駆け抜け、その先のドラゴンを撃ち抜いた。


「なっ……!?」


 アレンがその光景に驚愕の表情で眼を見開く。ドラゴンは片翼を失い、真っ逆さまに街のど真ん中に墜落していった。


「ドラゴンを撃ち落としたか。まあ、空を飛ばれるよりは幾らか仕留めやすくなったと考えるべきであろうな」


 アレンとは対照的に、ロザリーの口調は落ち着いていた。手負いのドラゴンがどれほど驚異的な存在かは十分承知の上で、それでも“宝剣”を手にしたアレンなら何も案ずることはないと確信している。


「ロザリー……一つだけ聞かせて下さい」


 ロザリーから差し出された光の塊がゆっくりと自分の身体の中に入り込んでいくのを感じながら、アレンは表情を曇らせながら言った。


「貴女は……こんな日が来る事をあらかじめ予見していたのですか?」


 ロザリーはこの二十年間ずっと世界中を回って“宝剣”の欠片を集めていたのだという。だとするならば、彼女は最初からこんな日が来る事を知っていたということだ。知っていながらアレン達には何も言わなかったということだ。その結果、リオナは命を落とし、ディーンと敵対することになってしまった。


「…………」


 アレンの悲痛な問いかけに、ロザリーは何も答えなかった。再びフードを頭からすっぽりと被り、アレンに背を向けて歩き出す。


「待って下さい!」


 その背中にアレンが手を伸ばそうとする。しかしその瞬間、先程ドラゴンが墜落した地点から、びりびりと大気を震わせるような咆哮が二人の所にまで届いてきた。


「……ゆっくり話をしている場合ではないのであろう? そなたが今するべきは何だ?」


 ゆったりとした、それでいて研ぎ澄まされた刀のような鋭い言葉に、アレンがはっと我に返ったような面持ちになる。今しがた受け入れた“宝剣”の力を確かめるように、握りしめた拳を胸に当て、再び顔を上げた時には迷いは消えていた。


「貴女の言う通りですね。他のみんなを頼みます!」


 振り返らないロザリーの背中にそう言い残し、アレンはドラゴンが墜落していった方向に走っていった。


「さて、我も行かねばならぬな」


 一人残されたロザリーが短く呪文を唱えると、彼女を包み込むようにつむじ風が巻き起こる。その風がロザリーの姿を覆い隠し、風が止んだ時には彼女の姿は消えていた――











『ギィヤアアァァスッ!』


 それは怒りの咆哮ではなく、明らかに苦痛の叫びだった。怒りのままに建物に頭から突っ込み、それらを破壊してもなお傷を負うことのなかったドラゴンが、その身体に刻まれた痛みに一際甲高い鳴き声を上げる。


「す、すごい……っ! これが“剣聖”の力なのか……」


 眩い光に包まれたアレンの刀は、鉄のように固いドラゴンの表皮をあっさりと斬り裂いてしまった。右前脚を斬り落とされ、腹を裂かれたドラゴンが痛みのあまり大きく身体を仰け反らせる。


 ――ザシュッ!


 その瞬間を見逃すことなく、アレンが遥か頭上のドラゴンの頭に向かって突きを繰り出す。するとアレンの刀を覆っていた光が一直線に伸び、到底届かないと思われたドラゴンの顎の下を刺し貫いた。


『ギャアァ……ッ!』


 ドラゴンの顎の下には一枚だけ逆さに生えている鱗があった。“逆鱗”と呼ばれるこの鱗こそ、ドラゴン族の唯一の弱点である。そこを貫かれたドラゴンは、短い断末魔の叫びと共に地面に崩れ落ち、ほどなくして動かなくなった。


「ハァ……ハァ……」


 ほとんど一方的にドラゴンを屠ったように見えたアレンであったが、よほど消耗したのか、いつの間にか光を失った刀を地面に突き刺し、それに体重を預けるようにして大きく肩で息をしていた。そこへ瓦礫の中から拾った木材を杖代わりに突き、ヴァンが折れた右足を引きずりながら近寄る。


「……大丈夫かい、アレン?」


 どう見ても重傷なのはヴァンの方であるが、それでも心配してしまうのは、先程の力があまりにも凄まじ過ぎたせいでもあった。賢者だからという理由では簡単には納得できない程の圧倒的な力。当然、それを扱うアレンの身に何の負担も無いとは思えなかったのだ。


「ハァ、ハァ……心配いりません。二十年振りのことでしたので、ちょっと疲れてしまっただけです……」


 そう言ってアレンは身体を起こし、刀を鞘に納めた。


「ヴァンさんは大聖堂に避難して下さい。ケニスも向かっているはずですから、その足を早く診てもらった方がいいでしょう」


 アレンの見立てでは、ヴァンの足は通常ならもう二度と使い物にならない程の傷を負っている。一刻も早くケニスのような治癒魔法の専門家に診てもらわなければ、まともに歩くことすらできなくなってしまう恐れがあった。どちらにしてもこの戦いにおいては、ヴァンはリタイヤとなってしまうのだが。


「……すまない。結局僕は何の役にも立てなかった……」


 自分の不甲斐無さに拳を握りしめながら、ヴァンは震える声でアレンに詫びた。


「とんでもない。貴方とアリアさんのおかげで、私は今こうしてここに立っているのです。後の事は何も心配せず、ご自分の身体を労わってあげて下さい」


 自分を責めるヴァンに、アレンは優しく微笑んだ。ヴァンの無念が痛いほどに伝わり、アレンは彼のためにもこれ以上の犠牲者を出してはならないと強く心に誓ったのだった。


「ワイズマン……これ以上貴方達の好きにはさせません!」


 まだ避難していなかった住民達に助けられながら大聖堂に向かうヴァンの背中を見送ったアレンは、乱れた呼吸を整え、上空にまだ残っているもう一体のドラゴンをきっと睨みつけた――


≪続く≫

次回は8/13(土)19:00更新予定です。

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