第67話
今回登場する導力車は、まぁ屋根無しのジープのような姿を想像していただければ……
どちらかというとピックアップトラックの方が近いかな……?
「これが……導力車ですか?」
アレンが絶句するほど、“それ”は異様な姿をしていた。従来の箱型の導力車と比べ、屋根は無く、しかしボディはかなり頑丈に作られている。さらに分厚く巨大なゴムに覆われたタイヤは、少々の悪路などお構いなしに走って行けそうだ。
「僕もこんな導力車を見るのは初めてだ。フレイノールではこんな物まで作っているのか……」
アレン同様、一般の導力車をよく知るヴァンも驚きを隠せず、まじまじとその異質な導力車を眺めた。
「フレイノールの技術の粋を集めた最新型の導力車さ。これまでのような平地ではなく、山道や森の中などでも走行できるように設計されている。まあ、その分扱いが難しくて、この中ではレヴィエンぐらいしか運転できないのが難点だがね」
それが、レヴィエンが絶対に同行しなければならない理由だ。必然的に王都までの運転は全てレヴィエン任せということになる。
「ハァ……仕方ないねぇ。ま、猊下の人使いの荒さは今に始まったことじゃないしね」
レヴィエンが肩を竦め、諦めたように鼻で笑った。
大きく前方に張り出した車体前部分に、恐らく導力エンジンが塔載されているのだろう。車体の装甲を見る限り、かなりの高出力なのだろうと推測できるが、それを操る為の運転席もまた複雑で、一般の導力車には見られないレバーやメーターなどが所狭しと備え付けられていた。確かにこれは素人がどうにかできる代物ではなさそうだ。
座席は前方右側の運転席の他に前方左側の一人用のシートと、後列に三人程が座れるシートがあり、その後ろは荷台になっていた。簡易テントや寝袋など、これからの旅に必要な備品がもうすでに縛り付けられている。
「ああ、フィー吉とカールは荷台だよ。そしてミリィ君はコ・コ♪」
レヴィエンはフィゼルとカイルに向かって荷台を指差し、ミリィには満面の笑みで運転席の隣のシートを指差した。
「誰がカールだ――」
「冗談じゃないわ! なんで私がアンタの隣なんかに座らなきゃならないのよっ!」
いつの間にか変なあだ名をつけられたことにカイルが抗議するよりも早く、ミリィが怒りの声を上げた。あまりの迫力にカイルが思わず後退る。
順当に考えてもフィゼルとカイルが後ろの荷台に乗るのは仕方がないだろう。そして唯一の女性であるミリィが運転席の隣に座るのも、妥当といえば妥当である。しかしミリィは全力で拒否の構えを見せた。
「ノンノン、昔から女性はナビシートと相場は決まっているのさ」
ミリィの拒否オーラを全く無視して、レヴィエンが前方左側のドアを開ける。
「おい、今がどんな状況か分かってんのか?」
心底うんざりした表情で、カイルはレヴィエンの襟首を引っ掴んだ。一刻を争う事態だというのに、この男には焦りどころか緊張感の欠片も見当たらない。本当に事の重大さを理解しているのだろうかと疑いたくなってくる。
「もちろん分かっているとも。数日後には神託騎士団と王国軍が海上で激突するだろう。ボク達はその間に守りの手薄になった王都に乗り込み、“剣帝”ディーン・グランバノアを倒さなければならない」
そこまで一息に言った後、レヴィエンは少し間を置き、「しかしだねぇ」と肩を竦めて続けた。
「その王都までの運転は誰がするんだい? むさ苦しい男よりも美しい女性が隣にいる方がボクとしてはモチベーションも上がるってものだよ。そちらの方が効率良く王都まで進めるというものだがね?」
カイルやミリィ、さらにはフィゼルにまで睨まれつつも、レヴィエンが全く悪びれる風もなく言ってのける。完全に足下を見られてしまったカイル達は、拳をぶるぶると震わせながらも反論することができなかった。
「……昔を思い出すねぇ」
そんな若い四人のやりとりを眺めながら、ケニスは昔を懐かしむようにアレンに話しかけた。
「そうですね。あの時もあんな風にいつも喧嘩ばかりしてましたっけ。もっとも、場を引っ掻き回すのはいつも貴方でしたけどね。彼は貴方によく似ていますよ」
ケニスの言葉に、アレンも眼を細めながら頷いた。レヴィエンは正に若い頃のケニスそのものである。その言葉にケニスは嬉しいような恥ずかしいような照れ笑いを見せ、しかしすぐに愁いを帯びた表情で眼を伏せた。
「本当によく育ってくれたよ。僕達の事を恨んでもおかしくないのに……」
あれがよく育った結果なのかどうかは疑問だが、ケニスにそっくりだということは、少なからずレヴィエンもケニスを敬愛していたということだろう。彼の生い立ちを考えれば全く違う結果になってもおかしくはなかったのに。
「もしかして彼は“帝国”の……?」
ケニスの言葉で、アレンはレヴィエンの素性に見当が付いた。いや、初めてモーリスの港町でレヴィエンが演奏していたピアノの曲を聴いた時から、なんとなくそんな気はしていたのだ。
「お互い“息子”には苦労するね」
アレンの問いには直接答えず、ケニスが少々自嘲気味に笑う。
子を成すことができない自分達が、まさか親の真似事をしようとは夢にも思わなかった。レヴィエンがケニスに似ているように、フィゼルも若い頃のアレンによく似ている。そしてミリィも、かつてのリオナそのものだった。血の繋がらない赤の他人にどれほどの愛情を注いできたのか、彼らを見れば窺い知ることができよう。
「私の場合はちょっと違いますよ。フィゼルとはたった一年程度の付き合いしかないのですから」
「それでも君は立派な“父親”だよ」
たとえ共に過ごした時間は少なくとも、二人は強い絆で結ばれているのだとケニスは感じていた。
(はぁ……しかし、いつになったら出発するんだろう……)
未だに喧しく口論している四人の若者と、それを温かい眼差しで眺める二人の賢者。世界の命運が懸かっているにしては何とも緊張感の無い光景に、ヴァンは心の中で溜息をつきながら空を見上げた。すると――
「なっ……何だあれは……っ!?」
東の空を見上げたヴァンは驚愕に声を上擦らせた。何か巨大な生物が二体、猛スピードでこちらに飛んで来ている。異変に気付いたアレンとケニスが同様に空を見上げた時、その飛行生物の正体が分かった。そして次の瞬間にはアレン達の頭上を飛び越え、その二体の生物はフレイノールの中心へと向かっていった――
「おいっ、何だあれはっ!?」
フレイノールの中心街をぐるりと取り囲むように築かれた城壁の上で、見張りの騎士が東の空を指差した。一緒に見張りをしていた他の騎士も、城壁から身を乗り出すようにその影を見ている。
「あれは……まさか――」
望遠鏡でその影の正体を確かめようとした騎士が声を震わせた。いや、声だけではない。その正体がはっきりと確認できると、その騎士は驚愕と恐怖でがたがたと身体全体を震わせたのだ。
「ドっ……ドラゴンだぁーー!」
思いもよらない襲撃者に、城壁上の守備兵達は一瞬でパニックに陥った――
「どうなってやがる!? なんでドラゴンが街に……っ!」
ドラゴン二体が自分達の頭上を飛び越えていった後、カイルは混乱する思考をそのままに、しかし身体はすでにドラゴンを追って街の中へと走り出そうとしていた。
「待って下さい、カイルさん!」
それを慌ててアレンが制止しようとした瞬間――
――ドゴオォォンン!
ドラゴンが向かっている街の中心部からやや外寄りに外れた地点で、耳を劈くほどの爆音と共に巨大な火柱が高々と立ち昇った。
「……っ!?」
走り出そうとしたカイルも思わずその場で立ち止まり、驚愕に眼を見開く。一体何が起こっているのか、いよいよカイルの頭は混乱を極めた。
「ワイズマン……っ!」
それ以外には考えられないと、アレンが声を震わせる。デモンズ・バレーで戦ったヨシュアという男はドラゴンを操っていた。何者かに操られでもしない限り、ドラゴンが人の街を襲うなど有り得ないのだ。
「くそっ、一体どうなっているっ!?」
「分からん! とにかく急げっ!」
ガチャガチャと鳴り響く甲冑の音に己の混乱をそのまま宿し、教会に僅かに残された神託騎士団の騎士達が街の中心部に向かっていた。何が起きたのか全く分からなかったが、それでも街の治安を守るのが彼らの使命である。
「……っ!?」
だが、まだ爆心地には距離のある広場に差し掛かったところで、騎士達は足を止めた。その視線の先に、小さな女の子が蹲っている。
「こ……子供?」
黒いドレスに身を包んだ女の子は、ウサギのぬいぐるみを抱き締めるように抱えて泣いているように見えた。
「君っ、ここは危ない! 早く避難するん――」
――ズパァッ!
子供を助け起こそうとした刹那、騎士の兜が宙を舞った。いや違う――首が宙を舞ったのだ。自分の命が断たれたと気付く寸前に騎士が見たものは、身の丈を超えるような大鎌を持って笑う女の子の姿だった――
街の中心部では、未曾有の大破壊が繰り広げられていた。あちこちで巻き起こる爆炎が全てを呑みこみ、灰燼に帰してゆく。そして空から飛来するドラゴンは、その強靭な尾で次々と手当たり次第に建物を打ち壊していった。
悲鳴を上げ、逃げ惑う人々。しかし四方八方から立ち上る火柱に、どこへ避難すればいいのかすら分からなかった。そんな人々にも、無慈悲な破壊は容赦無く降りかかる。ある者は崩れた瓦礫の下敷きになり、またある者は突然現れる炎に焼き殺されていった――
「く……導力砲、発射用意っ!」
突然の襲撃にパニックに陥ってしまい、ドラゴンに易々と頭上を飛び越えられてしまった城壁上の守備兵たちも、眼下に広がる大破壊にようやく我に返り、ぎこちない動きながらもドラゴンを撃墜すべく動き出した。
通常の何倍もある巨大な大砲が引き出され、その長大な砲身が二体のドラゴンの内の一体に照準を合わせる。
「撃て――」
「ああ、アカンアカン。そない物騒なモン使うたらアカンで?」
守備兵の隊長が発射命令を出す寸前、突然その目の前に一人の女が現れた。
「なっ……いつの間に!?」
思わず隊長が声を上擦らせるほど、本当にその出現は唐突だった。これだけ騎士達でごった返している、決して広いとは言えない城壁の上で、今この瞬間まで誰も女の気配に気が付かなかったのだ。
「そんなん撃たれたら、さすがのドラゴンかてひとたまりもないわ。ここはひとつ、ウチの踊りに免じて勘弁したってぇな」
そう言って女――バネッサ・ウィルは両手に持った扇子を開いて艶やかに舞い始めた。その舞に合わせてシャンシャンと鈴が鳴る。いつの間にか騎士達はバネッサの舞に釘付けになってしまった。しかし次の瞬間――
「う……うわぁーー!」
騎士の一人が悲鳴を上げた。バネッサの一番近くにいた数名の騎士達が、皆同じように首筋から血を噴き出し、その場に崩れ落ちる。
「ああ、言うの忘れとった。ウチはワイズマンNo.9“死出の舞”のバネッサ・ウィルや。ウチの踊りを見たモンはみんな死んでまうんやで」
銀色に輝く扇子から、赤い滴が滴り落ちる。数人の騎士達の頸動脈を掻き切った武器をぺろりと舐め、バネッサは妖しく笑みを浮かべた――
「あぁ、つまんねぇ……」
累々と横たわる騎士の屍の中、ガーランド・ドボルザークは気だるそうに大剣を担ぎ上げた。騎士達の甲冑はことごとく破壊され、ガーランドの“轟剣”の前には鎧など無意味であることを証明している。
「き、貴様ら……一体何者だ!?」
恐怖に全身を震わせながら、それでもたった一人になってしまった騎士は逃げることなくガーランドに怒声を浴びせた。しかしこの状況ではそんなものは何の脅しにもならず、ガーランドがつまらなそうに鼻で笑う。
「あぁ、もうお前行っていいぞ。ったく、もうちょっと骨のある奴はいねぇのかよ……」
未だに剣をこちらに向けている騎士など眼中にないといった感じで、ガーランドは騎士に背を向けて歩き出した。
「くっ……くそがぁーー!」
完全に無防備になった背中に、騎士が襲いかかる。
(とった!)
半ばやけくそでの特攻だったが、騎士が間近に迫ってもガーランドは振り向く素振りを見せなかった。この間合いなら確実に倒せると確信し、騎士が剣を振り上げる――
――ガギイィィンッ!
だがその場に響き渡ったのは、ガーランドの筋肉の鎧を斬り裂く音ではなく、正真正銘の鋼の鎧が砕けた音――。そしてその甲高い音に隠れて、胴体が両断された音は聞こえなかった。
「……つまんねぇ」
眼にも止まらぬスピードで振り向きざま大剣を横一線に薙ぎ払ったガーランドは、その結果を確認することなく再び歩き出した――
≪続く≫
ここからしばらく、複数の地点で同時に戦闘が行われるため、目まぐるしく場面転換が行われます。
読みにくいかもしれませんがご了承下さいm(__)m
次回は8/7(日)19:00更新予定です。