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Sage Saga ~セイジ・サーガ~  作者: Eolia
第9章 フレイノール炎上
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第66話

 アレン達が王都行きを決めた頃、フィゼルとミリィは大聖堂の広大な庭園に設けられたテラスのテーブルを囲んでいた。同じ席には幸せそうな笑顔を絶やさないルーと、そんなルーを慈愛に満ちた眼差しで見つめる母セリカが座っている。


「そっかぁ、お母さんに会えたんだな。良かったな、ルー」


 グランドールで別れてからの顛末をルーから聞いた後、フィゼルはまるで自分のことのように喜んだ。やっぱり母親にはどうしてもルーを手放さねばならない事情があったわけで、決してルーを愛していなかったわけじゃないということが証明されたのだ。


「ルーから話は聞きました。お二人には本当に何とお礼を言ったらいいか……」


 少し感涙に潤んだ瞳で、セリカは二人に微笑みかけた。その表情には娘への愛が溢れている。記憶を失っているフィゼルは、これこそが“母親”なんだと思い、思わず胸が熱くなった。ふと、コニス村で一緒に暮らしていたシェラの顔が頭を過る。


「……どうしたの、ミリィ?」


 何気なく横に向けたフィゼルの眼が、ミリィの俯く横顔を捉えた。気付けばミリィはずっと無言のままだ。どこか居心地悪そうに、眼だけは落ち着きなく左右に泳いでいる。


「ミリィさぁん……大丈夫ですかぁ……?」


 それまで話に夢中だったルーも、ミリィの異変に気付いて心配そうな表情になった。


「あ、ううん、何でもないの。……良かったわね、ルー」


 二人に声を掛けられて、はっとミリィが顔を上げる。慌てて取り繕うような笑顔をルーに向けるが、明らかに虚ろな笑顔だった。


「ミリィさんは……教会がお嫌いかしら?」


 セリカから投げかけられた質問に、ミリィがぴくりと反応する。


「私は……別に……」


 あっさりと心の内を見破られてしまい、ミリィは動揺した。だがセリカは優しく微笑んでいる。


「いいんですよ、ミリィさん。何を好み、何を嫌い、何を信じるかは人それぞれですもの」


 教会のシスターという立場を考えれば不敬とも取れる発言だ。驚いたような表情を見せるミリィに、セリカは楽しそうに笑いながら続けた。


「私も少々特殊な事情からフューレイン教に入信しました。最初から神様を信じていたわけじゃないんですよ。それどころか、教皇猊下目当てに入信する女の子までいるくらいなんですから」


 あまりにも赤裸々な告白に、ミリィだけでなくフィゼルも唖然としている。


「猊下があのような方ですから……教会と言っても、そう堅苦しいものではないんですよ」


 どうやらセリカはミリィが教会を嫌いな理由を勘違いしているようだ。だが、それも仕方ないとミリィは心の中で溜息をついた。


 教会が“魔女の一族”をどれほど迫害していたか。それによってどれほどの悲劇が生まれたか。しかしそれらの事実は秘匿され、一般人はおろか、何の役職にもない一介のシスターである彼女が知る由もなかった。


 セリカには罪は無い。ましてや、ルーがずっと探し求めていた母親なのだ。その慈愛に満ちた微笑みは、ミリィにも“母”を思い起こさせるほど温かい。だが、どうしてもミリィは“教会の罪”を赦す気にはなれなかった。


「やれやれ、ミリィ君の教会嫌いも筋金入りだねぇ」


 突然の声にミリィが振り返るよりも早く、後ろから肩ごしにレヴィエンの顔が伸びてきて、頬と頬が触れ合った。


「なっ……何するのよっ!」


 ゴキブリかネズミでも現れたかのように、勢いよく飛びあがったミリィがすかさずレヴィエンに平手打ちをお見舞いした。パチン! という大きな音が響き、レヴィエンの左頬に見事な紅葉が浮かび上がる。


「い……痛いじゃないか。ちょっとしたスキンシップだというのに……」


 頬をさすりながらレヴィエンが涙目で不平を漏らした。その態度に一層怒りが湧き上がり、ミリィが再び右手を振り上げる。


「お~い、そこまでだ! その馬鹿を締め上げるのは後にしてくれ」


 ミリィだけでなく、フィゼルも一緒になって殴ってやろうと準備していたのだが、後方から聞こえてきたアリアの声に制止された。


「あ、先生!」


 フィゼルが振り返ると、そこにはアレンとカイルの他に三人の男女がいた。


「まったく、一人で先に行くかと思えば……。何やってんだ、お前は?」


 カイルが呆れたように溜息をつきながら、レヴィエンの襟首を掴み上げる。


「先生、話はどうなったの?」


「ええ、詳しい話は後でしますが、これから王都に向かうことになりました」


 思いもよらなかった言葉にフィゼルは眼を丸くした。


「恐らくとても厳しい戦いになると思います。行けば命の保証はできません。それでも――」


「私は行きます! アレンさん、私も連れて行って下さい!」


 アレンが全てを言い終わる前に、フィゼルの後ろで話を聞いていたミリィが真剣な眼差しでアレンに詰め寄った。


 ミリィはアレンと行動を共にすると決めた。その先に必ず母を殺した相手がいると思ったからだ。


「おっ、俺も行くよ! 何だか分かんないけど、俺も行かなきゃいけないような気がする」


 ミリィから僅かに遅れて、フィゼルも同行の意を示す。アレンの力になりたいと思う気持ち以上に、ミリィ同様、その先に自分の探していた答えがあるような気がした。


 正直それに立ち向かうのは、一歩踏み出す毎になけなしの勇気を振り絞るような思いだが、それでも前に進むと決めたのだ。


「いいねぇアンタ、いい眼をしてるよ」


 不意にアリアがフィゼルの眼を覗き込んだ。突然目の前に現れた顔に驚いて後退(あとずさ)るフィゼルの両肩を掴んで、アリアがニカッと笑って見せる。


「アンタがフィゼルかい? なるほどねぇ、昔のアレンにそっくりだ」


 顔を赤くして戸惑うフィゼルに、アリアは豪快な笑い声を上げた。心なしかアレンも赤くなっている。


「えっ……俺、先生に似てるの?」


「ああ、よく似てるよ。アレンもね、昔は結構可愛げあったんだけどねぇ」


 そこで初めて、フィゼルはアリアの顔に見覚えがあることに気が付いた。グランドールのギルドで見た、二十年前の写真にアレン達と共に写っていた女性だ。


「もしかして……ジュリアのお母さん?」


「ああ、アタシはアリア。で、こっちが夫のヴァン。よろしくね」


 アリアがフィゼルの頭をがしがしと乱暴に撫で回す。悲鳴を上げてその手から逃れようとするフィゼルの姿に、アレンはかつての自分の姿を重ね合わせながら苦笑を漏らした。


「さて、自己紹介も済んだことだし、早速出発するとしようか」


 ミリィにも軽く自己紹介をして、アリアは満足したように歩き出した。


「あの……僕はまだ自己紹介してないんだけど……」


 ケニスが恐る恐るといった感じで抗議する。


「アンタは別にいいんだよ。後でゆっくりすればいいだろ」


「まぁそう言わずに、ケニスにもちゃんと自己紹介させてやりましょうよ。フィゼルもちゃんとお礼を言わないといけませんしね」


 そう言ってアレンはフィゼルに視線を向けた。そしてフィゼルの怪我を治したのがケニスだと説明する。


「そう……だったんですか。ありがとうございました、ケニスさん」


「フフ、そんなに畏まらなくていいよ。僕も君にはとても興味があるんだ」


 フィゼルと固く握手を交わしながら、ケニスがフィゼルに顔を近付ける。女性を思わせるほどの美しい顔に、フィゼルは何故か心が騒がしくなるのを感じた。


「おやおや。猊下は女性だけでなく、男も虜にするようだ」


 そんな二人の様子をレヴィエンがからかう。フィゼルは顔を真っ赤にしてレヴィエンを睨みつけた。


「はっはっは。本当にイイ男ってのはね、老若男女の区別なく魅了するものだよ」


 ケニスの方は全く動じることなく軽く受け流した。そして視線をミリィの方に移す。


「本当は君ともゆっくりと話がしたかったんだが、もう時間があまりないのでね。またの機会にするとしよう」


 戸惑いながら顔を背けるミリィに、ケニスが溜息交じりに微笑む。アレンも、この溝を埋めるのは大変そうだと、これからの旅に一抹の不安を覚えた。











「あ~……暇だ。お~い、ギリアス。まだか~?」


 フレイノールの街角のとある路地裏で、身の丈ほどもある大剣を背に担いだガーランドが気だるそうに上に向かって問いかけた。


「まだだな。だが、さっき教会の軍艦が出港していったから、もうすぐだと思うぞ」


 ガーランドの声の先には、建物の屋上から遠く東の空を見ているギリアスがいる。彼らも他のワイズマン同様、行動に出るタイミングをずっと待っていた。


「ったくよ~。何もこんなめんどくせーことしなくてもよ、それぞれが勝手にすりゃいーじゃねーか。別に仲好しこよしで動くんじゃねーんだからよ」


 退屈が何よりも嫌いなガーランドは、じっと待機するというのが一番苦手だった。いつまでたっても訪れない“その時”に、苛立ちを隠そうともせず吐き出している。


「まあそう言うな。あと少しの辛抱じゃないか――っと、あれは……」


 眼下で愚痴を言うガーランドに苦笑していたギリアスが、遠くの空に何かを発見する。それを伝えるよりも早く、ガーランドは壁を蹴り上がるようにしてギリアスのいる屋上に上がってきた。


「やっと来たか。暇で暇で死にそうだったぜぇ!」


 ギリアスと同じく東の空に浮かぶ影を見ながら、ガーランドの顔は狂気に歪んでいた。











「おっ、来たな! フラン、来よったで」


 同時刻、別の場所で待機していたバネッサもそれを発見し、眼の見えないフランに伝えた。


「来たか。じゃあバネッ……もういないか」


 バネッサの言葉を受け、フランがゆっくりと立ち上がる頃には、もうバネッサの姿は消えていた。シャンシャンという鈴の音だけが、まるで残り香のように響いている。フランは軽く溜息をつくと、屋上から飛び降り、街の中に消えていった。











「来たわね……」


 同じく街の時計台の上に一人佇んでいたシフォンも、面倒臭そうに立ち上がって東の空を見た。空に浮かぶ影は二る。大きな鳥のようにも見えるが、それはまだその影の正体が遠くにいるという証拠だった。だが、あっという間にこの街に辿り着くだろう。


 その瞬間から、この街は地獄に変わるのだ――


≪続く≫

またしても戦闘まで話が進みませんでした。

次回こそは……!


次回は8/6(土)19:00更新予定です。

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