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Sage Saga ~セイジ・サーガ~  作者: Eolia
第8章 絡み合う運命の糸
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第64話

話が少し前に戻ります。

時期的には第34話あたり。

フィゼル達が王都の地下水路で愚者(フール)と戦ってた頃ですね。


登場人物紹介②を追加しました。

ワイズマンのメンバーについて解説しています。

 時は少々遡り、フィゼル達が王都を脱出した日の夕刻――


「そうか、見失ったか」


 王都ルーベンダルク中央に威風堂々と(そび)える王城の最上階。今しがた報告を聞き終えた男は、執務室の窓から眼下に広がる街を眺めながら短く言葉を発した。


「……申し訳ございません。まさか我らの尾行が感付かれるとは……」


 男の後ろでは若い男女が共に膝をついて頭を下げている。その二人組のうち、男の方が感情を押し殺すような声で失敗を詫びた。


「いや、構わぬ。これでアレンと教会が結びついていることがはっきりした。奴らは間違いなくフレイノールに向かうだろう」


 豪奢な甲冑に身を包んだ男――ディーン・グランバノアは窓から遠く西の空を睨んだ。


「どうしますか、閣下?」


 女の方がディーンに意見を求めた。見失ったとはいえ、向かう先が分かっているのなら追い付くことは容易い。


「今は放っておけ。それよりお前達には反抗勢力の鎮圧に尽力してもらいたい」


 王国軍上層部の大半を率いてクーデターを成功させたものの、一部の幹部はディーンに従わず、抵抗する姿勢を見せている。下士官以下の一般兵のほとんどは未だにクーデターが起こっていることすら知らなかった。


「はい、反抗勢力を率いているのは――」


 ――おっ、お待ちください……っ! リガルド将軍!


 ディーンの言葉を受けて、男の方が言いかけた時、急に部屋の外から警備兵の叫び声が聞こえてきた。


 ――ええいっ! 退()かんかぁ!


 続いて聞こえてきたのは、何かが激しくぶつかる音と悲鳴。そして間髪入れずに執務室のドアが蹴破られた。


「ディーン・グランバノアぁっ!」


 びりびりと部屋中を震わせるような大音声で、一人の老騎士が叫んだ。その周りを抜刀した兵士たちが取り囲んでいるが、そんなことは意にも介さず、ずかずかと部屋の中に入る。周りを取り囲んでいる兵士もそれを止めることができず、一緒になって部屋に入って来た。


「リガルド将軍……」


 自分以上に豪奢な甲冑に身を包んだ老騎士――バルガス・リガルドを、ディーンは切なげな眼で迎えた。そしてその周りを取り囲む兵士達に手で合図をし、その者らを下がらせる。


「グランバノア……っ!」


 怒気に拳をぶるぶると震わせ、紅潮した顔でバルガスはディーンを睨みつけた。


「何のつもりですか、リガルド将軍? 貴殿の妻子は我らが押さえていることをお忘れですか?」


 ディーンを守るように、若い男女がリガルドの前に立ちはだかる。女は冷徹な言葉を発し、男の方は剣を抜いていた。


「殺さば殺せぇ! 我がリガルド家に義を捨てて命を惜しむ輩などおらぬわ!」


 女の脅し文句を一蹴するかのように、叫ぶなりバルガスが剣を抜く。場は一気に一触即発の緊張感に包まれた。


「ロイ、剣を収めなさい。レインも下がるんだ」


 ディーンが目の前の二人の男女を制止する。ロイと呼ばれた男とレインと呼ばれた女はその言葉に素直に従った。


「リガルド将軍……」


 すでに抜刀しているバルガスに、ディーンは剣を抜くことなく相対した。バルガスも怒りを顕わにしながらも、そんなディーンを憎み切れないような複雑な表情をしている。


「何故じゃ……っ!? 何故こんなことを……っ!?」


 その声は怒りよりもむしろ哀しみを含んでいるように聞こえた。王国軍に入ってからずっと目をかけてきたディーンの凶行を、未だに信じられずにいる。それでもディーンがクーデターを起こし、国王を殺害したことは事実で、それがバルガスを苦しめていた。


「リガルド将軍……貴方は今のこの国の仕組み、王国軍のあり方をどう思いますか?」


 バルガス同様、苦渋に満ちた表情でディーンは問いかけた。その質問にバルガスが一層顔を(しか)める。


「……確かに議会の連中はワシも気に入らんかった! ワシだけではない。軍部の者は皆、議会のやり方に疑問を持っておった! じゃが……じゃが!」


 やり切れぬ思いをぶつけるように、バルガスは剣を床に突き立てた。ガンという音がまるで彼の嘆きのように部屋中に響き渡る。


「何故……陛下まで手に掛けた!? 陛下を守るのが我らの使命だったはずじゃっ!」


 文民統制と呼ばれるイルファス王国の軍部管理は、軍部に強大な権力を持たせず、その暴走を防ぐという目的がある。しかし、戦場で戦ったことのない議員の命令に黙って従わねばならないということに、バルガスのみならず末端の一兵卒に至るまで不満を持っていた。いつかはその不満が爆発するのではないかという危惧はバルガスも感じていたのだ。だがその矛先が国王にまで向けられるとは思わなかった。


「リガルド将軍……貴方は知らないのです。だからこそ、私は貴方とは争いたくない。今からでも遅くはありません……こちら側について下さい」


 無駄と知りつつ、ディーンはバルガスの懐柔を試みた。この愚直なまでに真っ直ぐな気質の老騎士は、ディーンの粛清の対象には入っていない。


「言うな、グランバノア。貴様が安易な考えでこんな事をしたとは思っておらん。じゃが、いかなる理由があろうとも、陛下にまで刃を向けた貴様を許すことはできんのじゃ……っ!」


 今にも泣き出しそうな顔で、バルガスは床に突き立てた剣を引き抜いた。その切っ先をディーンに向け、叫ぶ。


「ディーン・グランバノア将軍っ! バルガス・リガルドは貴殿に一騎打ちを申し入れる!」


 バルガスの宣言に、ディーンは驚く様子もなく頷いた。まるでこうなることが分かっていたかのように、静かに剣を抜く。


「その一騎打ち、お受けいたします」


 剣を構えたディーンから、静かな闘気が溢れ出す。


「……感謝する」


 戦っても勝ち目がないことは分かっていた。それ以前に、こんなことをしなくても問答無用で取り押さえてもよかったのだ。それをせず、騎士としての誇りを尊重してくれたディーンに、バルガスは敵意も憎しみも超えて感謝の念を抱いた。


 永遠とも思える一瞬の睨み合い。それを部屋の左右に避けたロイとレインが固唾を呑んで見守っている。


「うおおぉおおっ!」


 雄叫びを上げながらバルガスが剣を振り上げた。年齢にそぐわない鍛え上げられた肉体から、鋭い攻撃が繰り出される。


 ――ガシュッ!


 しかし斬られたのはバルガスの方だった。一瞬の閃きのようなディーンの斬撃が、身に着けていた甲冑ごとバルガスの肩口から深々と袈裟斬りにしたのだ。


「ぐっ……うおぉ……っ!」


 真っ赤な血を噴き出しながら、バルガスが呻き声を上げる。そしてゆっくりと床に倒れ込み、間もなく息を引き取った。


「……丁重に葬って差し上げろ」


 血振りをくれた剣を鞘に収めながら、ディーンはロイとレインのどちらに言うでもなく呟いた。その頬に一筋の涙が伝う。


「閣下、リガルド将軍の家族はいかがいたしましょう?」


 ロイが部下の兵士を呼び、バルガスの亡骸を運び出した後、レインはディーンにその家族の処遇を尋ねた。


「……将軍の死は知らせず、そのまま軟禁しておくんだ。全てが終わったらケジメをつける」


 今回のクーデターで、ディーンは多くの命を奪った。国王、議会を運営する議員、そしてこのクーデターに反対する同胞――それら全ての命に対して、ディーンは責任を取るつもりでいる。だがそれは今ではない。このクーデターはまだまだ目的のための第一歩でしかなかったのだ。


「閣下……あなたは間違っていません。我々こそが正義なのです。どうか、ご自分を責めないで下さい」


 悲壮感の漂うディーンの背中に、レインは跪いたまま言った。ディーンの真面目過ぎる性格が、計画を狂わすのではないかと危惧している。


「心配は無用だ。それより、反抗勢力の鎮圧までどのくらいかかる?」


 振り返ったディーンは、今まで以上に強い決意をその眼に宿していた。


「はい、旗印であったリガルド将軍を失ったことにより、反抗勢力の士気も大きく下がることでしょう。恐らくは数日以内に」


 痛みに耐えながらもしっかりと前を見据えているディーンに、レインは内心安堵した。ディーンがしっかりとしてさえいれば、反抗勢力の鎮圧など自分達にとっては難しい事ではない。


「なるべく懐柔するよう努めるんだ。彼らは何も知らない。ただ、国王陛下に忠実なだけの立派な軍人達だ」


 ディーンに反抗している者達は、彼の本当の目的を知らない。何故ディーンがクーデターを起こしたのか、その原因となる者は皆ディーンの手によって粛清された。真相を知るのは、ディーンの他には彼の両腕ともいえるロイとレインの二人だけである。


「ですが、あまりのんびりもしていられません。いつ“教会”が動き出すか……」


「分かっている。鎮圧が済み次第、全軍をフレイノールに向ける。そのつもりで準備をしておいてくれ」


 ディーンの言葉に無言で頷くと、レインは立ち上がり部屋を出て行った。一人残された部屋の中で、ディーンが窓の向こうの空に大きく溜息をつく。


「アレン……ケニス……お前達と戦う日が来ようとはな」


 窓に写る自分の姿は二十年前のものだった。その隣には同じく二十年前の仲間の姿が見える。その窓に触れた瞬間、それらは全て消え去り、現在の自分の姿だけが残った――











「見えたか? 閣下の剣」


 その日の深夜、城の屋上にはロイとレインの姿があった。ロイが数時間前のディーンとバルガスの決闘を思い出しながらレインに尋ねる。


「お前でも見えなかったものが、魔導師の私に見えるわけないだろう」


 レインにはディーンの剣が全く見えなかった。一瞬閃光のようなものが走ったかと思えば、次の瞬間にはもうバルガスは倒されていたのだ。


「俺は見えなかったわけじゃないぜ。まぁ……眼で追うのがやっとだったがな」


 ロイですら、ディーンの剣についていくことができなかった。それほどディーンの剣は驚異的なスピードであったのだ。


「さすがは“剣帝”ってところか。四大(しだい)の名は伊達じゃねーな」


 二人はディーンが四大賢者の一人だということを知っている。何故なら――


「それはそうと、昼間のアイツって、やっぱり“熾眼(しがん)”だよな?」


 不意にロイは話題を変え、昼間取り逃がした四人組の中にいた少年に向けた。一年前に死んだと思われていたかつての仲間の顔がそこにあったのだ。


「確かに顔はよく似ていた。だけど雰囲気は全く違う。とても本人とは思えない」


 レインも少年の顔を見て少なからず驚いたが、“熾眼”と呼ばれた仲間の雰囲気とはあまりにかけ離れていた。他人の空似にしては出来過ぎた話ではあるが、もし本人であるなら、あそこにいた理由が分からない。


「でもよ、もしかしたら俺達の尾行に気付いたのは奴かもしれないぜ? アイツが“熾眼”なら説明がつく」


「確かにな。一応、フランに連絡は入れておく。どの道、奴らはフレイノールに向かうのだろうから」


 ロイの言葉に、レインも一応の納得を見せた。


「あ~あ、俺もフレイノールの方に行きたかったぜ。あっちじゃもうすぐ“お祭り”が始まるんだよな~」


 ロイが頭の後ろで手を組み、夜空を仰いだ。これからフレイノールで起こる事を知っているのだ。それに参加できないことが悔しく、フレイノールにいる仲間が羨ましかった。


「何を言っている。極上の獲物はこちらに回ってくるのだぞ? 私はこっちで良かったと思っているがな」


 呆れたような眼でロイを見て、レインはすぐにその視線を満天の星空に向けた。間もなくこの夜空のような漆黒が世界を覆い尽くすのだ。


「へぇ、お前でも笑うことがあんのな」


 いつもは氷のように冷たく無表情のレインが歪んだ笑みを夜空に向けているのを、ロイは隣で珍しそうに眺めていた。


 彼の名はワイズマンNo.4“風神”ロイ・ハワード。彼女の名はワイズマンNo.7“氷の女王”レイン・エルシード――


≪続く≫

次回は8/2(火)19:00更新予定です。

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