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Sage Saga ~セイジ・サーガ~  作者: Eolia
第8章 絡み合う運命の糸
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第62話

前回のラストとは場面が変わって、ミリィサイドの話です。

(フィゼルは“赤眼の男”を知っている……?)


 宿の表に備えられたベンチに、ミリィは一人座っていた。混乱する頭を冷やすように、ほとんど人の通ることのない道を見るともなく眺めている。


 フィゼルが夢で見たという人物が自分の探している男と同一人物である確証はなかった。それ以前に、そもそも夢の話なのでどこまで信憑性があるのかも疑わしい。


 それでも、フィゼルはきっと“赤眼の男”と関係があるのだとミリィは思った。夢の話を無視しても、そう思わせる根拠はある。


 アレンが今戦っているであろう“敵”は、母を殺した相手と同じなのではないか。いや、アレンや母の立場を考えればそれ以外にあり得ない。そして、フィゼルを襲った相手も正体ははっきりしていないがアレンや一緒にいたケニスの様子からその“敵”の一味であることは想像に難くなかった。であるならば、当然フィゼルは奴らと何か関係があるはずだ。


(お母さん……やっとここまで来たよ)


 “赤眼の男”がアレンの敵の一味であるなら、アレンと行動を共にしていればやがて辿り着ける。これまで雲を掴むような捜索だったが、ようやく手の届くところまでやって来たのだ。


(その時が来たら……フィゼルには嫌われちゃうわね)


 ミリィがくすりと自嘲気味に笑った。何を考えているんだかと、我ながら馬鹿馬鹿しくなる。こんなことを考えること自体が、ミリィにとっては意外なことだった。


 と、その時――


「よぅ、お前は確か――」


 不意に声をかけられて、一人考えに落ちていたミリィが顔を上げた。いつの間にか目の前に一人の男が立っている。


「あ……えっと……」


 見上げた男の顔には見覚えがあった。昨日傷ついたフィゼルをこの宿に運び入れる時に皆を案内していた男だ。そう言えばいつの間にか姿が消えていた。さらに言えば、左眼の周りの冗談みたいな痣も昨日は無かったはずだが。


「カイル・アストだ。お前は確かミリィだったよな?」


 カイルはミリィの名を知っていた。そのことにミリィが驚いた表情を見せると、「やっぱりな」と呟いてカイルが溜息をつく。


「どうして……私の名前を?」


 昨日の記憶を辿ってみるが、このカイルという男に名乗った覚えは無い。別にそれ以外にも名前を知る方法はいくらでもあるが、何となくこの男は自分の事を知っているような気がした。


「まあ、お前は覚えてないだろうと思ったよ。一年ぐらい前、短い間だったが一緒に仕事した仲なんだぜ?」


 カイルがミリィの隣に腰を下ろす。これがレヴィエンならすかさず引っ叩いているところだが、ミリィは自然とそれを受け入れた。


「ごめん……なさい。思い出せないわ」


 当時のミリィには他人に関心を持つ余裕が無かった。一年前といえば、“赤眼の男”に関する情報と旅を続けるお金を得るためにスイーパー登録したばかりの頃だ。


「ということは、あなたもスイーパー?」


「おう、賞金首専門のスイーパーだがな」


 その言葉で、ようやくミリィの頭にある記憶が蘇った。確かにあの頃、懸賞金が懸けられ全国に指名手配されていた犯罪者の一人を捕らえる仕事を請け負ったことがある。仕事は一人で請け負ったのだが、途中からカイルが協力(というより乱入)して、結果的に二人でその犯罪者を捕らえたのだ。


「やっと思い出してくれたか。まあ、お前には他人に気を向ける余裕なんて無かったんだろうけどな」


 ミリィは覚えていなくとも、カイルには当時のミリィがひどく印象に残っていた。誰にも決して心を開こうとしない氷のような眼差し。歳相応の女の子らしさは一切なく、たった一つの強い執念によって突き動かされているかのような危うい精神状態が、その全身に表れていた。


「あの時よりは随分と柔らかくなったみたいだけどよ」


 そこで一旦言葉を切り、沈黙するミリィに深く溜息をつく。


「……まだ、復讐は終わってないんだろ?」


 それまで一点を見つめていたミリィの眼が、弾かれたようにカイルに向く。


「なんで……そんなこと……」


 ミリィの声は震えていた。過去に一度会っただけの男が、自分の事情を知っているはずがない。


「眼を見りゃわかるさ。以前の俺と同じ眼ぇしてっからな」


 驚愕に眼を見開くミリィに、カイルはどこか遠くを見るようにして言った。


「ま、俺がどうこう言う義理じゃねぇが――」


「『復讐なんて馬鹿な真似はやめろ』とでも言うつもり? だったら大きなお世話よ」


 睨みつけるような眼でミリィが言った。そんな綺麗事を聞く気はない。そんなことは所詮赤の他人だから言えるのだ。実際、もしミリィがこんな事情を抱えることなく幸せに暮らしていたのなら、きっと同じことを言うだろう。復讐なんてやめろ、と。


 ミリィ自信も、復讐が“正しい”ことであるとは思っていない。しかし他にどうすることもできないのだ。このまま母を殺された恨みを押し殺し、“正しく”平穏な生活を送るなど到底不可能だった。


「……別にそんなこと言うつもりはねぇさ。ぶっ殺したいほど憎いなら殺せばいい。事情は知らねぇが、お前にはその権利があるんだろうよ」


 ミリィの予想に反して、カイルはミリィの復讐に肯定的な立場を示した。それは一般常識や道徳に照らし合わせれば明らかに反している。


 どんな恨みがあろうとも、私的に復讐する権利など誰にもあるはずがない。そんな理屈はカイルだって分かっている。だがカイルにはミリィの気持ちが痛いほどよく分かった。軽々しく「やめろ」などとは言えない過去がカイルにもあるのだ。


「家族の仇討ちか?」


 カイルの言葉に、ミリィは顔を逸らした。まるで全てを見透かされているような居心地の悪さがミリィの心を惑わせる。


「……俺もな、家族を殺されたんだ」


 まるで独白のようなカイルの呟きに、ミリィは一瞬ピクリと反応して眼を向けたが、すぐに視線を逸らして俯いた。


「ガキの頃の話だ。俺の住んでた村が盗賊団に襲われてよ。俺以外はみんな殺されちまった」


 その時の地獄のような光景は、一生忘れることはできないだろう。奇跡的に生き残ったものの、まだ少年だったカイルを歪めてしまうには十分過ぎるほどの事件だった。


「その後は絵に描いたような惨めな人生さ。それなりに悪い事もしてきた。家族を殺した奴らに復讐したくても、どこのどいつだか分かりゃしねえし、そもそも自分が生きていくだけで精一杯だったからな」


 一夜にして家族どころか周囲の人間すべてを失ったカイルは、それからしばらく荒れた生活を送っていた。毎日のようにゴロツキ共と喧嘩に明け暮れ、酒を(あお)り、金が無くなったら金を持ってそうな人間から脅し取る。そんな生活が一変したのはアリアと出会ってからだった。


「まぁ……その辺は省くけどよ、それから俺はギルドのスイーパーになったんだ」


 カイルはアリアと出会った経緯を話さなかった。実を言えば、アリアをカモだと思って、いつものように恐喝しようとしたら返り討ちにあってしまったのだ。それ自体もその後の顛末も、あまりにも情けない話なのでカイルは口にできなかった。


「アリアさんやヴァンさん、それにおチビには随分救われちまった」


 荒みきっていたカイルの心を癒してくれたのは、アリアやヴァンの優しさとまだ幼いジュリアの無垢な笑顔だった。今ではすっかり生意気になってしまったジュリアだが、その笑顔を守るためならカイルは平気で命を懸けられる。


「……ジュリアがよく話していた『お兄さんみたいな人』っていうのは、あなたのことだったのね」


 ジュリアの話題に反応して、それまで黙って話を聞いていたミリィが口を開いた。


「兄貴、か。そうだな、アリアさん達は俺のもう一つの家族みたいなもんだから、確かにおチビは俺の妹ってことになるかな」


 カイルはどこか照れたような顔でくすぐったそうに笑った。


「……幸せそうね。私には関係のない話だけど」


 カイルにどこか親近感を覚えたのは間違いだったようだと、ミリィが立ち上がろうとした。他人の幸せを妬む気はないが、それを聞かされても今のミリィには苦痛でしかない。


「まあ聞けって。お前、今のままじゃ間違いなく不幸になるぞ」


 立ち上がろうとしたミリィを、カイルが制して言った。その言葉にミリィが激高する。


「大きなお世話よっ! 別に幸せになろうなんて思わないわ! 私はただ、お母さんを殺した人間に復讐できればそれでいいのっ!」


 勢いよく立ち上がったミリィは、思わずヒステリックに叫んでしまった。しかし胸の内に溢れるほどわだかまっていた思いを一気に吐き出したような気がして、ミリィは全身の力が抜けるような喪失感を覚えた。冷静さを取り戻したミリィの眼が、カイルの愁いに満ちた視線とぶつかる。


「そうか……母親の仇か」


 呟くように静かなカイルの言葉に、ミリィはどうしたらいいか分からず、再びベンチに腰を下ろした。本当は誰かに胸の内を聞いてほしかったのかもしれない。図らずもそれが叶ったことで、ずっと張りつめていたミリィの気持ちが幾分か緩んだようだ。


「私は……お母さんを殺した人間を絶対許さない……っ!」


 ミリィは自分に言い聞かすように呟いた。


「分かってるって。復讐をやめさせようなんて気はさらさら無えよ」


 ミリィが復讐を果たすことで不幸になると言っているわけではない。もちろん、それで幸せになれるとも思わなかったが、家族を殺された恨みを忘れるなんてことは誰にもできることではないということはカイルが一番分かっていた。


 犯人に対する恨み――当然それもあるだろうが、本当は自分自身が一番許せないのだ。目の前で家族を、友人を、村のみんなを殺されながら、何もできなかった無力な自分が。


 自分で自分を責め続ける日々がどれほど苦痛か、経験したものでなければ分からない。その苦しみから少しでも逃れるため、恨みの矛先を犯人に向けるのだ。そして復讐を果たした時、初めてその苦しみから解放されるのだと信じ込む。他人から見ればあまりにも哀しく、自らを破滅へ追い込む道だとしても、当の本人にはそれしか見えないのだ。


「あなたは……復讐を果たしたの……?」


 今のカイルは暗い復讐心を抱えて生きているようには見えない。かといって、忘れた振りをしているようにも見えなかった。


「……ああ、まぁな」


 視線を落とし、沈痛な面持ちでカイルが答えた。


「俺がスイーパーとして働くようになってから数年後のことだ。アリアさんが村を襲った盗賊団のアジトを突き止めた」


 元々懸賞金の掛けられた賞金首だったので、ギルドとしてもその盗賊団の足取りを追っていたのだ。そしてついにアリアが有力な情報を手に入れ、盗賊団の逮捕をカイルに請け負わせようとした。


「その時、アリアさんは俺に何て言ったと思う?」


 当時を思い出して、カイルが呆れたように笑う。当然答えられるはずもなく、ミリィは次の言葉を待った。


「……『ぶっ殺してもいい。ただ、絶対に帰ってこい』だってよ。普通、そんなこと言うか?」


 てっきり『殺さずに捕えろ』とでも言われるのかと思った。だが、アリアはカイルの復讐を後押ししたのだ。元々“|DEAD OR ALIVE《生死を問わず》”の大罪人ではあったのだが。


「それで……あなたはどうしたの?」


 さっきカイルは復讐を果たしたと言った。だがこの話の流れとカイルの雰囲気からは、それがイメージできない。


「もちろん、全員殺してやったさ」


 あっさりとカイルは言った。それが意外だったミリィは眼を大きく見開いて驚きの表情を見せる。


「何だ? もしかして『恨みを堪えて全員を生け捕りにした』なんてお約束の美談でも期待したか?」


 ミリィの顔を見てカイルが笑った。どこか無理をしているような乾いた笑顔だ。


「……俺も最初はそうしようと思ったさ。けど、できなかった」


 絶対に生かしてはおけないという復讐心と、これからもジュリアの傍にいたいという気持ちとの葛藤の中、カイルは盗賊団のアジトに向かった。アジトに踏み込む寸前までは、復讐心を抑えてでもスイーパーとしての務めを全うしようと思っていたのだ。だが、アジトに踏み込み、その顔を見た時、カイルの中で何かが弾けた。


「それからはあまり覚えてない。気が付いたら奴らを皆殺しにしていた」


 我に返った時には、カイルは血の海の中一人立っていた。全身に返り血を浴び、よほど激しく振り回したのか、槍の先端は折れていた。


「まあ、そんなわけで俺は念願の復讐を果たしたことになるな。けどよ――」


 そこでカイルは言葉を切り、深く溜息をついた。当時を思い出しながら、少し言い難そうに遠くを見つめる。


「復讐が終わったとたん、俺の心は空っぽになっちまった。喜びとか達成感とか、そんなものは全然無くて、ただただ虚しかったんだ」


 復讐を終えたカイルを待っていたのは、奈落の底に飲み込まれるような虚無感だった。何も考えることができず、生きる気力さえ失いかけていた。


 復讐のためだけに生きてきた人間がそれを果たした時、唯一の生きる支えを失ってしまって自らの命をも断つ、ということは珍しい事ではない。まさにカイルがそういう状態だった。


「何も考えられないまま、一晩中山ん中を彷徨った。もしアリアさんの言葉が無かったら、本当にそこら辺の崖から飛び降りてたかもしれねぇ……」


 山中を彷徨い、切り立った崖の上までやって来たカイルが見たものは、これから昇る太陽が赤く染め上げた東の空だった。向かいの山間(やまあい)から溢れる光の中に、カイルはアリアの声を聞いた気がした。


 ――絶対に帰ってこい


 その言葉に再び生気を吹き込まれ、カイルは闇に足を取られる寸前のところで踏みとどまったのだ。


 約束通りギルドに戻ってきたカイルを、アリアは何も言わず迎えてくれた。そしてジュリアも、全てを知ってなお、カイルを受け入れてくれたのだ。その日から、カイルの新しい人生は始まった。


「まあ、俺が言いたいのはな。復讐するのは構わねぇが、ちゃんとその後の事も考えておけよってことだ」


 カイルが話を終え、ベンチから立ち上がる。ミリィは俯いたまま、口の中でカイルの言葉を繰り返した。


「その後の事……」


「そうだ。復讐自体を否定する気はねぇが、そのためだけに生きるってのは賛成できねぇ。その後もしっかり生きていく覚悟をちゃんと持ってねぇとな」


「生きていく……覚悟……」


 再びカイルの言葉を繰り返す。そんなこと、今まで考えたこともなかった。


「俺が言えるのはここまでだ。後は自分で考えるんだな」


 それだけ言うと、カイルはそのまま宿の中へ入って行った。


「その後の事……か」


 もう一度呟くと、ドクンとミリィの中の闇の力が蠢いた。


「分かってる……そんなこと望めないってことぐらい……」


 何かを警告するように高鳴る鼓動に胸を押さえながら、ミリィは哀しく呟いた――


≪続く≫

カイルの『復讐』というものの考え方について、賛否両論あると思います。

けど、たまにはこんな話もあっていいんじゃないでしょうか。


次回は7/30(土)19:00更新予定です。

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