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Sage Saga ~セイジ・サーガ~  作者: Eolia
第8章 絡み合う運命の糸
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第61話

「フィゼル、気が付いたんですか?」


 ミリィが出て行ってすぐに、入れ替わるようにアレンが部屋に入ってきた。その顔は安堵の笑みを浮かべている。


「先生!?」


 久しぶりに見るアレンの姿に、フィゼルは大きく眼を見開いた。シフォンに止めを刺されそうになった時、確かにアレンの声を聞いたような気がしたが、その時にはもうフィゼルは気を失っていたのだ。


「先生……俺……」


 訊きたい事、言いたい事がたくさんあるのに、色々な思いが頭の中で渦巻いて言葉が出てこない。


「いいんですよ、フィゼル。今は何も考えなくて」


 怯える子犬のような眼で見上げるフィゼルに、アレンは優しく微笑みかけた。そしてしばらくの沈黙が流れる――


「先生、稽古つけてよ」


「はい?」


 突然、脈絡もなくフィゼルが言った。その言葉にアレンが眼を丸くする。


「コニス村にいた時はよく稽古つけてくれてただろ? 久々にやろうよ!」


 戸惑うアレンを尻目に、フィゼルはベッドから飛び降りた。


「先生、早くっ!」


 フィゼルがその場で飛び跳ねんばかりにアレンを急かす。


「分かりましたから、まずは着替えなさい。その格好で外に出るつもりですか?」


 フィゼルは薄いローブのようなものを一枚着せられているだけである。アレンは街で買ってきた服をフィゼルに手渡した。


「あ、ありがと……あれ?」


 アレンから受け取った服を着ながら、フィゼルは自分の身体の調子が思いの外良いことに気が付いた。包帯が巻かれている所も痛みはなく、むしろ包帯が邪魔なくらいだ。


「フィゼル……!?」


 フィゼルが何の気なしに外してみる。慌てて止めようとしたアレンだったが、フィゼルの傷がほとんど治りかけているのを見て息を呑んだ。


「おっかしいな~。もう傷が治ってる」


 身体中の包帯を外してみても、やはり傷は塞がっていた。そこまで浅い傷でなかったことは、フィゼル本人が自覚しているのだが。


「凄いですね。ケニスは二十年前よりも腕を上げているようです」


 フィゼルの驚異的な回復は、もちろんケニスの治癒魔法によるものだ。しかしその効果はアレンの想像を遥かに超えていた。


「ケニス?」


 どこかで聞いたような名前に、フィゼルは首を傾げた。


「あぁ、ケニスというのは――」


「まあいいや。話は後、後っ!」


 フィゼルがアレンの言葉を遮る。そしてその背を押して部屋から連れ出した。











「フィゼル、本当にやるんですか?」


 フィゼルに促されるままに裏庭まで出てきたアレンだが、今更ながらフィゼルの身体を心配する。いくら見た目には回復しているようでも、さすがに昨日の今日では簡単に安心することができなかった。


「大丈夫だって。それより、本気でやってよ?」


 どこから借りてきたのか、フィゼルは二振りの木刀を携えていた。その内の一振りをアレンに投げ渡し、自身は正眼に構える。


「行くよ、先生!」


 アレンが構えるのを待って、フィゼルが突進する。アレンの手前で木刀を大きく振り上げ、そのまま振り下ろした。


 ――カァンッ!


 それをアレンの木刀が迎え撃つ。


 ――カン! カン! カン!


 続けざまに繰り出されるフィゼルの斬撃をアレンは全て受け止め、いなしていた。


「……っと!」


 フィゼルの攻撃の間隙を突いて、アレンが木刀を横一文字に薙いだ。アレンの鋭い反撃に、しかしフィゼルも素早く反応してバックステップでそれを躱す。


「いい反応です」


 これを契機に、今度はアレンが攻勢に出る。フィゼルは懸命に防いでいたが、次第に追い込まれていった。


「うっ……!」


 とうとう防ぎきれなくなったフィゼルの喉元にアレンの木刀が突きつけられ、勝負が着いた。


「まだまだですね。ですが、驚きました。村にいた時より格段に反応が良くなっていますよ」


 言葉は穏やかで余裕に溢れていたが、内心では冷や汗をかいていた。妙な胸騒ぎがアレンの心をざわつかせる。


「くそっ、まだまだぁ! もう一本!」


 フィゼルは続けて勝負を挑んだ。素早くアレンから距離をとり、再び構え直す。


「もう止しましょう。あまり無茶は――」


 いくら傷が癒えているとはいえ、体力的な心配もある。しかしフィゼルはアレンの制止の声よりも先に動いていた。


「くっ……!」


 不意を突かれた格好になったアレンは、辛うじてフィゼルの一太刀目を防いだものの、先程と同じように――いや、先程よりも鋭い攻撃が続けざまに繰り出され、次第に(さば)き切れなくなった。


 ――カァン!


 甲高い音が響き、アレンの手から木刀が弾き飛ばされる。驚愕に眼を見開くアレンの肩に、フィゼルの木刀が振り下ろされた。


「ハァ……ハァ……やったぁ! 初めて先生から一本取ったぞ!」


 アレンの肩を打ち据える寸前で木刀を止めたフィゼルが、大きく拳を突き上げて歓喜の声を上げる。一方のアレンはまだ信じられないという表情で、はしゃぐフィゼルの笑顔を見つめていた。


 もちろん、アレンとて本気でフィゼルを打ち倒しにいったわけではない。だが決して手を抜いていたわけでもなかった。


(……力が戻りつつある……? 一体どうして……)


 不意を突かれたとはいえ、アレンが捌き切れないほどの攻撃は、以前のフィゼルではあり得なかったものだ。たった数日の間で別人のように強くなる人間などあるはずがない。考えられるのは、元々備えていた力が蘇ったということ――


(やはり、彼らとの遭遇がフィゼルに何らかの影響を与えたのか……)


 恐れていたことが現実になってしまったと、アレンは固く拳を握りしめた。


「どうしたの、先生? 怖い顔して」


 アレンの異常を察知して、フィゼルが問いかける。


「いえ、何でもありません。初めてフィゼルに一本取られたことが悔しかっただけですよ」


 フィゼルに悟られないように、アレンが笑顔を見せる。だが、それは通用しなかった。


「……嘘だ」


 息を整えたフィゼルの雰囲気が突然変わった。さっきまでのはしゃいでいた顔とは打って変わって、表情は真剣そのもので、射抜くような視線をアレンに向ける。


「……何が嘘なのです?」


 突然のフィゼルの変化に、思わずアレンの声が震える。


「先生ってさ、“剣聖”っていう凄い賢者なんだってね」


 フィゼルがアレンから顔を逸らし、遠くを見つめるような眼になる。話の脈絡が掴めないアレンは、黙ってフィゼルの次の言葉を待った。


「……ミリィのお母さんも、先生と同じ賢者だったんだろ?」


 自分の正体、そしてミリィの母リオナ・フォルナードの事をフィゼルが知っているのはもう分かっていたことだ。だがアレンは何故か背筋が冷たくなるのを感じた。


「先生、最初から知ってたんだろ? ミリィが昔の仲間の娘だったってこと」


「……確証があったわけではありません。本来、私達賢者には子供が出来ませんし……」


 “賢者”は人間を超越する力を得る代償に、自らの子を成すことができなくなる。その事実に、一瞬フィゼルは驚いた表情でアレンを見たが、すぐに眼を逸らして話を続けた。


「でも、ミリィが探していたのは先生だったんだ。どうして最初に会った時に正直に言わなかったの?」


 確かに最初に名乗り出ていれば、ミリィだけでなくフィゼルにもこんな苦労をかけることもなかっただろう。フィゼルがアレンを責めるのももっともだった。


「……言い訳に聞こえるかもしれませんが、私達賢者は簡単にその素性を明かすわけにはいかないのですよ。ミリィさんが何の目的で私を探していたのか、それが分からないうちに名乗り出るわけにはいかなかったのです」


「……嘘だ」


 再びフィゼルが言った。先程と同じ視線をアレンに向ける。


「フィゼル……」


 胸がざわつく。フィゼルが何を言おうとしているのか、だんだん分かりかけてきた。


「先生は……俺の正体を知ってるんだろ?」


 いつか訊かれることだと思っていた。それなりに覚悟はしていたつもりだったが、それでも動揺を隠すことができない。


「俺の正体って……ミリィにも関係してるんじゃないのか?」


 絞り出すようなフィゼルの声と、驚愕に眼を見開くアレン。二人の間を一陣の風が吹き抜け、重苦しい沈黙に包まれた。


「……何か、思い出したのですか?」


 それがどれだけ愚かな質問か分かっていたが、それ以外に言葉が出なかった。


「……やっぱりそうなんだね」


 一度首を左右に振りアレンの質問を否定してから、それでもその質問でフィゼルは自分の予想が的中していたことを悟った。


「今だって……分からないんだ。でも……自分が自分じゃなくなる感覚……身体が勝手に動くような――」


 フィゼル自身、アレンから一本奪うほどの動きに戸惑っているようだ。何故こんな動きができるのか、記憶の無いフィゼルには理解できるはずもない。


「教えてくれ、先生! 俺は一体何者なんだっ!? なんでコニス村に……いや、先生に会いに行ったんだ!?」


 悲痛な叫び声が風に乗りアレンの心に刺さる。その痛みを堪えるように、アレンは顔を歪め、眼を伏せた――


≪続く≫

次回は7/28(木)19:00更新予定です。

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