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Sage Saga ~セイジ・サーガ~  作者: Eolia
第8章 絡み合う運命の糸
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第60話

冒頭はアリアの頭に角が生えているイメージでお読み下さい(笑)

「いやぁ、アンタもいい度胸してるわぁ~。アンタがそんなに男らしいとは思わなかったわ」


 目の前には満面の笑みを張り付けたアリアの姿がある。


「ア……アリア、落ち着いて話をしよう……」


 フランと対峙していた時以上のプレッシャーと殺気を全身に受け、ヴァンは真っ青な顔で後退った。傍らには、すでに殴り倒され、屍のように転がっているカイルの姿がある。


「しかもそんな怪我までしちゃって。命が惜しくないのかしらね~?」


 変わらぬ笑顔のまま、アリアはずんずん近づいてくる。あっという間にヴァンは壁際に追い込まれてしまった。


「ハッハッハ。そんな二人を救ったのはこのボクさ。さぁ、遠慮なく感謝してくれて構わないのだよ?」


「いやいや、レヴィエンを救助に向かわせたのは僕さ。アリア君、感謝は僕にしてほしいね」


 ヴァンに助け舟を出しているつもりか、レヴィエンとケニスがアリアの気を引くように自分の手柄を主張する。


「死にたくなきゃ黙ってな」


 ヴァンの胸倉を掴み上げ、アリアが顔だけを横に向ける。笑顔の裏からあからさまに放出される、背筋の凍りつくような殺気に、レヴィエンもケニスも縮こまってしまった。


「こっちに来なっ!」


 胸倉を掴んだまま、アリアがヴァンをリビングの外に連れ出そうとする。


「いっ……痛い痛い! もうちょっと優しく……!」


「やかましいっ!」


 悲鳴を上げるヴァンを引き摺るように、そのままアリアは部屋を出て行ってしまった。


「……やれやれ、ヴァン殿も大変だね」


 遠ざかっていくヴァンの悲鳴が聞こえなくなってから、ケニスが苦笑いを浮かべた。


「まったく……アリアさんの怒りももっともだよ。あれほど無謀な戦いはしないようにと言ったのに」


 未だに床に転がっているカイルを指でつつきながら、レヴィエンは溜息をついた。


「何はともあれ、無事で良かった。よくやってくれたね、レヴィエン」


 ケニスが労うようにレヴィエンの肩を叩く。


「まぁ、二人が頑張ってチャンスを作りましたからねぇ。そうでなければ見捨ててましたよ」


 一撃必殺の切札だったはずの“グングニル”ですら、フランを弾き飛ばしはしたものの、恐らくダメージは与えていないだろう。もし彼がしっかりと地面に足を付けていたなら、弾き飛ばすことすらできなかったかもしれない。


「……そうか。“ワイズマン”の力はそれほどまで……」


 そう言ってケニスは溜息をついた。その言葉にレヴィエンが首を傾げる。


「おや、まだボクは奴が“ワイズマン”だったとは言ってませんよ?」


 とはいっても、普通に考えれば当然の予想なので、それ自体はとりわけ不審に思うところではない。だがレヴィエンには解せない事がもう一つあった。


「そういえば、猊下はどうしてボクをあの森に?」


 レヴィエンが都合よく二人の所に駆けつけられたのは、ケニスの指示によるものだったのだ。ケニスは二人の居場所を最初から知っていたことになる。


「フフ、それは企業秘密さ。今はまだ……ね」


 そう言って、ケニスは人差し指を口の前で立てた。


「やれやれ、相変わらず秘密の多い人だ。もう随分長いこと一緒にいるのに、知っている事より知らない事の方が多いくらいですよ」


 レヴィエンが肩を竦めて文句を言う。だがその言葉に非難めいた響きはなかった。


「フフ、謎が男の魅力を高めるのさ」


 わざとらしくポーズを決めて、ケニスは部屋を出て行った。











「まったく! ろくに戦えもしないくせに無茶して!」


 一方その頃、アリアは二人の自室でヴァンの手当てをしていた。


「つ……っ! 済まない……アリア」


 いつも以上に乱暴な手当てに顔を歪めながらも、ヴァンはアリアに心配をかけたことを詫びた。


「アンタに何かあったら……ジュリアが悲しむだろ」


 手当てを終え、それまで怒鳴り付けるようだったアリアの声が急に湿り気を帯びる。その肩は僅かに震えていた。


「……悲しむのはジュリアだけ?」


 ヴァンが震えるアリアの肩をそっと抱き寄せる。


「……馬鹿」


 意地の悪い言葉に反発しながら、しかしアリアはそのままヴァンの胸に身を任せた――











 ――またこの夢か……


 見渡す限りの銀世界。時折強く吹く風が、空から降る雪を真横に流している。


 ――お前は一体誰なんだ!?


 グランドールで見た時と同じように、フィゼルは目の前のローブ姿の男に問いかけようとした。だがまたもやそれは声にならず、あの時と同じ光景が繰り返される。


 ――赤い……眼……?


 前回と同じく、その男に左胸を貫かれ、地面に倒れこんだフィゼルが見上げたものは、こちらを見下ろす赤い瞳。燃えるような色でありながら、凍てつくように冷たかった。


 前回はここで夢は終了した。だが今回は続きがあるようだ。


 ――誰か来る……


 倒れたフィゼルの耳に、雪を掻き分けるような足音が聞こえてきた。それは駆けるような速さでこちらに近づいてくる。


「――っ!? ――――っ!」


 叫び声のようなものが微かに聞こえる。すぐ近くにいるはずなのに、しかしその声はすごく遠くて何を言っているのかまでは分からなかった。


 ――誰……? 君は一体……?


 地面に倒れたまま、なんとか首だけを動かしたという感じに自分の視界が横に動く。それが駆け寄ってきた人間の身体を映し、あともう少しで顔が見えるというところで――


 ――え……っ!?


 突然、視界が変わった。いや、場面は何も変わっていなかったが、それを映す視線が変わったのだ。さっきまで地面に倒れこんでいたのに、今は普通に立った位置から見下ろしている。それは先ほどフィゼルを刺し貫いた男の目線だった。その証拠に、今自分の右手には真っ赤な血が滴り落ちる剣が握られている。


 ――俺じゃ……ない?


 しかしその眼に映る、血を流しながら倒れている人間はフィゼルの姿ではなかった。顔などは分からなかったが、どうやら女性のようだ。


 ――これも見たことがある……


 その光景は、以前モーリスの港町で初めて見た夢と同じものだった。目の前には血を流し倒れている女性。そしてそれにすがりつくように泣き叫ぶ少女――


 ――そうだ、もうすぐこのコは俺を見上げる


 少女の頭が動く。本来は弾かれるような激しい動きなのだろうが、ひどくスローモーションに見えた。そしてフードの隙間から覗いた、悲しみと怒りに満ちた顔は――











「ミリィ……っ!?」


 突然背中から名前を呼ばれ、ミリィはびくっと身体を強張らせた。振り向くとフィゼルがベッドの上に上半身を起こしている。


「フィゼル……! 目が覚めたのね」


「えっ? あ……ミリィ?」


 ミリィの声に反応して、フィゼルが顔を横に向けた。その時初めてミリィの存在に気付いたというように、驚いたような戸惑ったような声を上げる。


「大丈夫? 熱……はないようね。身体はまだ痛む?」


 戸惑うフィゼルに、ミリィは矢継ぎ早に質問を投げかける。


「そうだ……俺、あの女の子に……」


 身体中に巻かれた包帯を見て、ようやくフィゼルは己の状況を理解した。次の瞬間、恐怖の記憶も蘇り、蒼褪めた顔で自分の身体を抱く。その肩は小刻みに震えていた。


 今までに味わったことのない恐怖。単純な命の危機とは全く違う異質な恐怖に、フィゼルの震えはどんどん大きくなった――


「えっ――?」


 その時、突然フィゼルの頭が強い力に引き寄せられ、暖かいものに包み込まれた。


「大丈夫……ここは安全だから……」


 自分の胸にフィゼルの頭を抱きかかえながら、ミリィが優しく囁く。その声と鼓動の音が、恐慌に陥りそうになったフィゼルを落ち着かせた。


「ミっ……ミリィ……!? あの……っ、ちょっと……!」


 さっきまでの恐怖が一気に吹き飛び、しかしながらそれとは別の動揺がすぐさまフィゼルを襲った。蒼白だった顔色も、今度は火を噴くように赤くなり、(せわ)しなく下がって上がった血の気に軽い目眩を覚える。


「ミリィ……」


 しばらくはドギマギしていたフィゼルだったが、自分をぎゅっと抱きしめるミリィの身体も僅かに震えていることに気付き、それだけ自分のことを心配してくれていたんだと悟る。


「ミ、ミリィ……あのさ……」


 このまま身を委ねていたらきっと泣いてしまうと思ったフィゼルが、腕を突っ張るようにミリィから離れる。


「あ~……え~っと……」


 離れたはいいが、未だに心配そうな眼でこっちを見つめるミリィの顔をまともに見られなくて、フィゼルは顔を背けたまま言葉を詰まらせる。


「ごめんね……フィゼル」


 フィゼルが言葉を紡げないでいると、ミリィが先に口を開いた。


「ご、ごめんって……何が?」


 ミリィの謝罪に、フィゼルは驚いた顔を向けた。


「私のワガママに巻き込んだせいで……」


 アレンの後を追ってグランドールを二人で出てから、危険な目には何度も遭っている。だが昨日見たフィゼルの凄惨な姿は、それまでとは比べ物にならないくらいの衝撃をミリィに与えた。


「そんな……ミリィが謝ることなんて何も……! それ言うなら俺の方こそ謝んなきゃ!」


 勝手に動いて勝手に怪我をしたのだ。それでミリィにこんなにも心配をかけてしまった。迷惑をかけているのは自分の方だ。


「ううん……やっぱり私が――」


「いや俺が……って、ああもう、ヤメヤメ!」


 このままだといつまでも「ごめん」の応酬になってしまう。フィゼルは両手を大きく振ってミリィの言葉を遮った。


「何でも自分で抱え込むのはミリィの悪い癖だよ!」


 眼を丸くするミリィに、フィゼルは続けて言った。


「俺はもう謝らない。だからミリィも謝るのナシっ!」


 我ながら無茶苦茶なことを言っていると思って、フィゼルは顔が赤くなるのを感じたが、その力強い眼差しだけは逸らさなかった。


「フィゼル……」


 その言葉と眼差しは、ミリィの心を強く打った。言葉にできない感情が溢れ、それを必死に抑えるように眼を伏せる。


 再び気まずい沈黙。それを破ったのは二人同時だった。


「あのさ――」


「フィゼル――」


 沈黙に耐えられなくなったフィゼルが口を開くのと同時に、ミリィも顔を上げた。


「なっ、何?」


 驚いたフィゼルが声を上擦らせる。ミリィの眼差しに、何か決意のようなものを感じた。


「う、ううん……フィゼルから」


 実際、この時ミリィはフィゼルに自分の旅の目的を話す決意をしていた。それだけミリィの心境に変化が起きている。だがその出鼻を挫かれるような形になり、思わずミリィは引いてしまった。


「あ、いや……別に大した事じゃないんだけど……」


 ミリィが再び黙ってしまったので、フィゼルは仕方なく話し始めた。


「えっと……眼が赤く光る人間って、いると思う?」


 大した事じゃないと言いながら、その口調は少し重たい。ミリィの反応を窺うように見るフィゼルの眼は、どこか不安げでもあった。


「何……言ってるの……?」


 ミリィの顔色がみるみる変わっていく。平静を装おうとしても、その声は動揺に震えていた。


「やっぱり知ってるんだ……」


 ということは、夢に出てきた赤い眼の男は実際にいるということだ。そして――


「どうしてフィゼルが“赤眼の男”を知ってるのっ!?」


 突然、ミリィが飛びかかるようにフィゼルに迫った。そのままの勢いでフィゼルはベッドに押し倒されてしまったが、ミリィは構わず馬乗りになる。


「あなた、あの男を知ってるのね!? どこ!? どこで見たの!?」


 まるで絞め殺さんばかりに、ミリィがフィゼルの胸倉を掴み上げる。実際、その眼は殺気すら感じるほど険しかった。


「ゆ……夢で見たんだよ! だから別に知ってるってわけじゃ……っ!」


 ミリィの表情に若干の恐怖を感じながら、フィゼルは苦しげに言った。


「夢……?」


 そこでミリィは我に返り、慌ててフィゼルから離れた。


「ミリィ……」


 不意に解放された身体をゆっくり起こしながら、フィゼルはミリィの沈痛な表情に息を呑んだ。空気が重く、刺すように痛い――


「どんな……?」


「えっ……?」


 ミリィが背を向けたままフィゼルに問いかける。


「どんな夢見たの?」


 ぽつりと呟くようなミリィの声はまだ震えていた。


「えっと……あんまり覚えてないんだ……」


 ――嘘だ。本当ははっきりと覚えている。ミリィの言う“赤眼の男”に胸を貫かれる感触も、その男の目線から見た少女の顔も――


「そう……」


 フィゼルの言葉に、感情を押し殺した声でそれだけ返すと、ミリィはそのまま部屋を出て行ってしまった。


≪続く≫

少しずつ真相に近づいてます。

一体フィゼルの本当の姿とは?


次回は7/26(火)19:00更新予定です。

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