第59話
作中に出てくる“熾眼”という言葉は、最初“灼眼”という言葉でした。
我ながら中々いい言葉を思いついたと自画自賛していたのですが、某ライトノベルで同じ言葉がすでに使われているということを知り、急遽変更したのです。
もしかしたら“熾眼”もどこかで使われているのかもしれませんが、怖いので調べていません^^;
「……で、具体的にどうしようか?」
フランに向けて槍を構えるカイルに、ヴァンが心許無げに言う。二対一ではあるが、立場は圧倒的に不利だった。
「奴は魔導師だろ? 俺に考えがある」
先程からヴァンとフランの戦いを見ていて、カイルには一つの確信があった。
「単純な身体能力なら俺の方が上だ。ヴァンさんは奴の魔法を少しでも邪魔してくれ」
フランは力の底をまだまだ見せていないのだから、それだけで勝てるほど甘くはないだろうが、この場から退却するくらいの隙は作れるかもしれない。
「……相談は終わったか? そっちの魔導師との戦いは楽しめたが、余計な邪魔が入った以上、さっさと終わらせるとしよう」
それまで間合いを保ったまま動かなかったフランが構えた。攻撃しようと思えばいつでもできたのに、わざわざカイルとヴァンの打ち合わせが終わるのを待っていたのだ。
「けっ、何が余計な邪魔だ。最初から俺が隠れてるのに気付いてたくせに」
「ここまで慎重な魔導師が、本当に単身で乗り込んで来るとは思わなかったのでな」
カイルの言う通り、フランはヴァンの作戦を見抜いていた。結局、どのタイミングで飛び出したところで、カイルがフランの不意を突くことはできなかったのである。
「こっからは小細工無しだぜ。追い詰められた人間の底力……思い知りやがれっ!」
カイルが真っ直ぐフランに飛び掛かる。それを迎撃しようとしたフランの魔法は、再びヴァンによって掻き消された。
――ギィン!
カイルの槍とフランの魔法剣が激しくぶつかり、金属同士ではあり得ない衝突音を響かせる。さすがに漆黒の魔法剣は強固で、それ自体はびくともしないが、カイルの力に押されたフランが僅かに後退った。
「おらおらおらぁ!」
勢いに任せて、カイルが次々と槍を繰り出す。それら全てをフランは防いでいたが、防戦一方で攻勢に転じることはできなかった。ヴァンがそれを懸命に妨げていたからだ。
「いいコンビネーションだ」
カイルの槍から逃れるために大きく距離を取れば、すかさずヴァンが魔法で攻撃する。それを防ぐ間に再びカイルが間合いを詰める。見事に呼吸の合った波状攻撃に、フランはただただ感心した。
「ハッ! 余裕ぶってられんのも今の内だぜ!」
カイルの槍は確実にフランを追い詰めている――ように思われた。
「喰らいやがれっ!」
魔法剣を弾かれ、がら空きになったフランの胴体に、カイルが渾身の一撃を放つ。フランはそれを跳躍で躱した。
「甘いっ!」
当然この動きを読んでいたカイルが、空中のフランに向けて槍を突き出した。だが槍は空しく虚空を貫く。
「な……っ!」
目の前の光景に、カイルだけでなくヴァンも驚愕した。
「悪く思うなよ。それだけお前達が俺を追い詰めたということだ」
フランは空中に留まったまま二人を見下ろしながら言った。もちろん、そこに足を乗せる所などありはしない。魔法によって宙に浮いているのだ。
「そりゃ反則だろ……っ!」
フランはカイルの槍が届かない遥か上空で魔法を使おうとしている。慌ててヴァンがそれを打ち消そうとするが、カイルのプレッシャーが無くなったフランはそれを上回る規模の魔法を発動しようとしていた。
「ちっくしょう!」
苦し紛れにカイルが槍を投げつけた。だがそれはあっけなく打ち落とされる。
「カイル君っ! こっちへ!」
カイルを自分の許へ呼び寄せたヴァンが、残りの力を全て出し切って周囲に魔法障壁を張った。これで防ぎ切れるとも思えないが、もはやこれくらいしかできることはない。
「後は奇跡が起こってくれるのを祈ろう」
上空に浮かぶフランのさらに頭上に、特大の槍が形成されていく。これまで感じたこともないプレッシャーが二人を押し潰そうとしていた。
「お前達はよく戦った。これで――」
魔法の槍が完全に出来上がる直前、フランが何かに気付いたように顔をカイル達の遥か後方に向けた。
――ギュオォン!
次の瞬間、森の中のある一点からとてつもない勢いで何かがフラン目掛けて発射された。
「ぐ……っ!」
フランは発動寸前だった魔法を解除して、咄嗟に魔法障壁に身を包んだ。レーザー光線のような光の軌跡を描いた飛来物が、その魔法障壁に阻まれてフランのすぐ手前のところで一旦は停止する。
だが宙に浮いていたフランはその勢いまでは殺し切れず、魔法障壁で身を守ったまま遥か彼方へ弾き飛ばされてしまった。
「こりゃ……まさか……!」
突然フランを襲った光線に、カイルの記憶が呼び起こされる。つい数日前にこれと同じものをカイルは間近で見ていた。
「さあ、急いで。奴はすぐに戻ってくるよ」
カイルの予想を裏付けるように、二人の許にレヴィエンが顔を見せた。そしてすぐに踵を返してその場を後にする。
「なんでお前がここに……?」
「カイル君、詳しい話は後だ」
突然現れたレヴィエンに驚きながらも、すぐに状況を判断したヴァンがその後に続いた。
「……逃げられたか」
レヴィエンの銃弾に弾き飛ばされながらも、傷一つ負うことのなかったフランが戻ってきた時には、当然ながらカイルとヴァンの姿はなかった。
「まさかもう一人いたとは。完全にしてやられたな」
一人残された森の中で、フランは楽しそうに微笑んだ。
「ねえ、レン。私達って“特別”なんだって。ガーランドの筋肉バカやキザったらしいヨシュアなんかより、ずっとずっと優秀なんだよ」
少年の腕にしがみ付くようにしながら、笑顔一杯の少女が語りかける。少女にとって、最も歳の近いこの少年だけが唯一心許せる仲間だった。
「……別に“特別”だとか、誰より優秀だとかに興味はないよ、シフォン。俺は殺せと言われた人間を殺すだけだ」
シフォンと呼ばれた少女よりは少々年上だが、それでもレンと呼ばれた少年も十分子供と呼べる年齢だった。そんな二人の子供の会話としてはあまりにも現実離れしているのだが、彼らにとってこれが日常なのだ。
「むぅ、相変わらずクールなんだから~! レンってさ、何の為にこんな事やんてんの?」
「さぁね。……そう言うシフォンは?」
「私? 私はこの世界を掃除したいからよ。要らない人間がみんな死んじゃったら、キレイな世の中になるでしょ」
シフォンが屈託のない笑顔で胸を張った。そんなシフォンに、レンも僅かに微笑む。感情の起伏が無く、常に氷のように冷たい表情を見せるレンも、シフォンの前でだけは僅かながら穏やかな表情も見せた。
「分かりやすいな、シフォンは」
さて、とレンがシフォンを腕から引き離した。これから旅立たねばならない。
「……いつ帰ってくるの?」
ずっと一緒に行きたいと願ってきたが、認められないまま今日になった。シフォンが寂しげに俯きながら、上目使いにレンを見上げる。
「分からない。一年になるか、二年になるか……。何しろどこにいるかも分からない“四大”が標的だ。たとえ見つかったとしても、返り討ちにあう可能性も――」
「そんなことないっ! だってレンは強いもん! 私と一緒で“特別”なんだから!」
もう一度レンの腕にしがみ付くシフォンの眼には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「シフォン……」
こういう時、どう言ってやればいいのか分からない。心が壊れていると誰かに言われたことがあるが、それは自分自身が一番よく分かっていた。
「絶対帰ってくるって約束して。ちゃんとシフォンの所に帰ってくるって」
そうしなければ絶対離さないと言わんばかりに、シフォンが力を込める。レンはそんなシフォンの頭をそっと撫でて言った。
「分かった、絶対帰ってくる。俺はシフォンの為に戦うよ」
戦う目的などレンには無かった。自分が一体何者なのかも覚えていない。ただ自分を拾ってくれた組織に命ぜられるままに剣を取り、人を殺めてきた。だから理由なんて何でも良かったのだ。
「本当……?」
上辺だけの言葉だと知りながら、それでもシフォンは嬉しそうに笑った――
「レン……」
ベッドの中で在りし日の思い出を夢に見ながら、シフォンは眠りについていた。一筋の涙が頬を伝い、枕に一点の染みを作る。
「およ? お嬢はどないしたんや?」
広いリビングを見回しながら、一人の女が首を傾げる。リビングに集まっているのは女の他には三人の男達。その内の一人に女は視線を向けた。
「シフォン嬢なら部屋で寝てますよ。帰ってきた時から様子がおかしかったですから、街で何かあったのかもしれませんね」
女の問いに青年――ヨシュア・ブランズウィックが二階を指差しながら答える。何があったのかまでは知らなかったし、それを知っているだろうフラン・ラドクリフもこの場にはいなかった。
「なんやぁ。せっかくお嬢に着せたろ思て、かっわい~服買うてきたのに」
大きく溜息をつきながら、女が部屋の隅に積み上げられた紙袋の山を指差した。全て女の子用の子供服だ。その量に、ヨシュアだけでなく他の二人も引きつった苦笑いを浮かべた。
「お前も分かんねぇ奴だな、バネッサ。いっつもあのガキに邪険にされてるってのに、なんでそうやって構ってやるんだ?」
「なんでって、そんなん決まってるやんか」
巨漢の男――ガーランド・ドボルザークの言葉に、バネッサと呼ばれた女は人差し指をビシっと突き立てて言った。
「可愛いからや。なんやもう全っ然素直やないとこまで可愛くてしゃーないねん! あんな可愛い子に邪険にされるんなら、それはそれでゾクゾクするやんか」
恍惚と言葉を続けながら、最後は同意を求めるかのような口調になっていた。だが当然それに同調する者はいない。
「けっ、あんなヘラヘラ笑いながら人を殺せるようなガキが可愛いかよ。“熾眼”のガキといい、“特別製”ってのは頭イカレてやがるぜ」
眼を爛々と輝かせるバネッサに呆れながら、ガーランドが吐き捨てた。
「なんや、もしかして妬いとるん? いやぁ、ガーランドも可愛いトコあるやんか」
バネッサがケラケラと笑い、ガーランドはうんざりしたように顔を背けた。
「そういえば、“熾眼”が生きていたというのは本当か?」
それまでずっと黙っていた壮年の男が不意に口を挟んだ。ガーランドからその名が出たことで思い出したようだ。
「あ? 知らねえぞ、そんな話。マジなのか、ギリアス?」
男の言葉に、眼を僅かに見開きながらガーランドが訊き返した。ギリアスと呼ばれた男は両手を広げ、「真偽は定かではない」というジェスチャーを取る。続いてヨシュアに視線を移すが、ヨシュアも首を傾げた。
「本当だ」
答えは意外な方向から出てきた。ガーランドだけでなく、その場の全員が声の方向に視線を向けると、フランがリビングに入ってきていた。
「おお、フランやん! 久し振りやな~」
「余興は終わりましたか?」
バネッサに続いてヨシュアも声をかけた。バネッサを除く三人の男はフランがさっきまで何をしていたのか知っている。
「ああ、残念ながら逃げられた」
ヨシュアの言葉に、フランは肩を竦ませて応えた。
「あぁ!? 何やってんだよ、オメェ! わざわざアジトに案内しといて始末しなかったのか!」
フランの意外な言葉に、ガーランドが気色ばむ。手を出すなと言われたから放っておいたのに、その結果に納得がいかなかったのだ。
「悪いな。見事にしてやられたよ」
言葉とは裏腹に、フランは楽しそうだった。それがますますガーランドの怒りに火をつける。
「まあまあ、ガーランドも落ち着きましょう。別にこのアジトを知られたからと言って、大した問題じゃありませんし」
アジトはここだけではない。ここが敵に知られたならば、別のアジトに移ればいいだけの話だった。
「ええ~! ウチはさっき戻ったばっかやで~!? また移動すんの面倒いわぁ」
バネッサが不満を漏らす。ソファにしがみついたまま、駄々っ子のように手足をばたつかせた。
「ああ、それなら心配しなくていい。ここを移る必要はない」
フランはバネッサを軽く宥めて、自分も空いているソファに腰を下ろした。
「おい、そりゃどういうことだ?」
正面に座ったフランに、なおもガーランドが突っかかる。ガーランドにはフランの真意が分からなかった。
「もしや、“行動”を起こす時が来たのか?」
この中で一番の年長者であるギリアスが察して言った。フランがその言葉に首肯する。
「近々王都組の二人から連絡が入る。それが合図だ」
そうしたらこのアジトも無用になる。もはや身を隠す必要もなかった。
「やっと来たか! うっし、腕が鳴るぜぇっ!」
フランの言葉に、機嫌を直したガーランドがテーブルのグラスに注がれた酒を勢いよく呷った。
「その前に貴方はちゃんと傷を治して下さいよ? 今度は助けませんからね」
「ハッ! こんな傷、何でもねぇよ。あん時だって、別に逃げるこたぁなかったんだ」
デモンズ・バレーでアレンを追い詰めながら、結局は退却したことをガーランドは未だに根に持っている。ガーランドにしてみればあと一歩で倒せると思ったのだろうが、ヨシュアの眼には間違いなくガーランドの死が見えていた。
「それはそうと、“熾眼”の件はどうなんだ、フランよ?」
ギリアスが話を、フランが現れる直前の話題に戻した。
「ああ、俺はこの通りだから顔を見たわけではないがな。シフォンが言うには、あれは間違いなくレンだったそうだ」
フランは眼が見えなくとも、人の判別がつかないということはない。眼には見えない雰囲気等で人の判別を付けることができるのだが、シフォンがレンだと確信している少年からはかつての仲間の気配は感じられなかった。だが王都組の二人からも同様の連絡があったため、恐らくはシフォンの言うことが正しいのだろう。
「おかしいですね。彼は“剣聖”に消されたのではなかったのですか?」
ワイズマンNo.8“熾眼”のレンの最後の連絡は、「“剣聖”の居所を掴んだ」というものだった。それが何処なのかレンは言わなかったし、その後の連絡も途絶えている。アレンが生きていて、しかもレンと闘ったようだったので、間違いなくレンは返り討ちにあって殺されたものと考えていた。それが生きていたとして、何の連絡もなく、自分達の元にも帰ってこないのも不自然だ。
「その辺りの事情は分からない。まぁ、邪魔になるようなら消せばいいさ」
シフォンがレンと思われる少年に止めを刺そうとしたのを止めたのは、何も少年を庇ったわけではない。今後自分達にとって障害になるようであれば、遠慮なく殺すつもりだった。
≪続く≫
大方の予想通り(笑)、おいしいところを持っていくレヴィエンでした^^
次回は7/24(日)19:00更新予定です。