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Sage Saga ~セイジ・サーガ~  作者: Eolia
第8章 絡み合う運命の糸
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第57話

「可哀想に……こんなに苦しんで」


 ベッドに寝かされたフィゼルは、傷の痛みだけではない何かにうなされるように苦悶の表情を浮かべていた。脂汗の滲むその額にケニスがそっと手を添える。


「大丈夫、すぐ楽にしてあげるからね」


 フィゼルの額に添えられたケニスの右手から、青白い光が溢れ出す。すると次第にフィゼルの顔色が良くなり、安らかな寝息を立て始めた。


「これでもう大丈夫。君を縛るものは何もない」


 安らかに眠るフィゼルの頭を撫で、ケニスはその耳元に小さく囁いた。











「ケニス!」


 アレンは部屋の前でケニスが出てくるのをずっと待っていた。傍らにはミリィの姿もある。


「心配いらないよ。あれだけ激しく斬りつけられながら、急所は全て外れていた。いや、外されていたと言うべきか」


 それにどんな意味があるのか。相手は始めからフィゼルを殺す気など無く、ただ痛めつけることが目的だったということなのか。それは分らないが、とにかくフィゼルが大事に至らなかったことに、アレンとミリィはその場に崩れ落ちそうなほど安堵した。


「君は……ミリィ君だね?」


 不意に名前を呼ばれて、ミリィは驚いた表情でケニスを見た。


「あなたは……もしかして……」


 改めてケニスの顔を見たミリィは、それが間違いないことだと確信した。


「失礼、僕はケニス・クーリッヒ。君のお母さんとはちょっとした(・・・・・・)知り合いでね」


 その言い方に、ケニスなりの複雑な思いがあるのだろうとアレンは思った。そしてそれ以上に複雑な表情を見せたのはミリィだ。


「あなたが……フューレイン教の……」


 沸き上がる感情を上手く表現できずに、ミリィは俯いてしまった。そんなミリィの姿に、アレンが心の中で溜息をつく。


「とりあえず僕は一旦大聖堂に戻るよ。敵がフレイノールに侵入していることがはっきりした以上、これからはさらに警戒を厳にしなければならない」


 ミリィの様子をあまり気に留めずにケニスは言った。


「私はフィゼルの傍についています。眼を覚ましたら一緒に大聖堂に行きますから」


「わっ、私も残ります!」


 ケニスが自然とミリィも連れて行こうとした時、ミリィが慌ててそれを拒んだ。


「ミリィさん、ここは危険かもしれません。ケニスと一緒に大聖堂で待っててもらえませんか?」


 さっきの二人が再びフィゼルを襲いに来ないとも限らない。万が一の時は、動けないフィゼルと同時にミリィを守ることがアレンにもできるかどうか分からなかった。


「自分の身は自分で守ります。私もフィゼルの事が心配ですし……それに……」


 フューレイン教の大聖堂には行きたくなかった。ミリィの目的はあくまでもアレンなのだ。アレンがこの場にいるなら、ミリィにはわざわざ大聖堂に行く理由がない。


「……仕方ないね。僕達だけで戻るとしよう」


 ミリィの拒絶をある程度予想していたというように、ケニスが小さく溜息をつく。そしてヴァンとカイルの姿を探すように辺りを見回しながら階段を降りていった。


「ミリィさん……」


 二十年前、確かにリオナとケニスの仲は悪かった。そしてそれは娘にも受け継がれているようだ。


 しかし、ケニスの力を誰よりも認めていたのもリオナだった。反目し合いながらも、二人はある種の信頼関係にあったとアレンは思っている。


「わ、私……フィゼルの様子を見てきますね」


 アレンの視線から逃れるように、ミリィがフィゼルの部屋のドアを開ける。本当なら今すぐにでも問い詰めたい事が山ほどあったのだが、いざとなると上手く気持ちの整理がつかなかった。











「おや、あの二人はどこへ行ったんだろう?」


 フィゼルを寝かせた部屋のある二階から、一階のロビー――といっても小さなカウンターがあるだけの狭い空間だが――に降りてきたケニスは首を傾げた。先程からヴァンとカイルの姿が見えない。この宿に来るまでは、案内していたカイルはもちろん、ヴァンの姿もあったはずだ。


「先に帰ったのかな?」


 宿の外に出て、同じように辺りを見回しても二人の姿はない。近くにいる気配も感じられなかったので、ケニスは二人が先に大聖堂に戻ったのだと判断した。


 だが実際はその頃、二人はフレイノールの街からどんどん遠ざかっていたのだ――











 ――尾行()けられている


 人通りのない森の中をまさしく飛ぶように駆け抜けながら、フランは確かに追跡者の気配を感じ取っていた。


「どうしたの、フラン?」


 フランの横を同じスピードで疾駆していたシフォンが、フランの異変に気付いて首を傾げた。


「いや、何でもない」


 シフォンは気付いていない。フランはあえてシフォンには何も言わなかった。せっかく宥め(すか)して退かせることができたのに、ここでそれを告げればまた面倒なことになると思ったのだ。


(……なかなかの腕だ。一体誰が……)


 フランはこの追跡者に興味を持った。何故ならこの尾行は魔法によるものだからだ。魔法によって追跡する対象に“印”を付け、それを遠く離れた所から確認し追跡する。


(あの時、いつの間にか“印”を付けられていたんだな)


 この魔法自体がかなり高度なものである上に、“印”を付けられたことにすら今まで気付かなかったことを考えれば、相手は相当魔法に長けた者であろう。果たしてさっきの面子の中に、それほどの魔導師がいただろうか。


「むぅ……やっぱり何か隠してるでしょ」


 シフォンに見咎められて、フランは自然と口元が緩んでいたことに気付いた。


「いや、何でもない」


 先程と同じ弁解をして、シフォンの追及を躱す。シフォンは納得していないようで、子供っぽく頬を膨らませた。


 そんなシフォンの表情を見られないのが残念だとフランは思った。だが誰もが「人形のように美しい」と称える美少女が、まさに子供らしい無邪気な笑顔で人を切り刻む姿は、見えなくて良かったとも思う。仲間が皆シフォンと組みたがらないのは、単にシフォンがワガママな子供だからという理由だけではないようだ。


(さて……どうしてものか)


 この魔法を解除するのは容易かった。だがそうすれば相手は追跡を諦めて退却するだろう。どうせならこの魔導師に会ってみたい。そして戦ってみたい。


 魔導師にとって、高度な魔法を扱える者は敵であれ味方であれ興味の対象である。だが実際に戦えば勝負にならないだろう。相手もそれは分かっているはずだ。どうすればこの慎重な魔導師をおびき出すことができるか、フランは考えていた――











 ――何かおかしい


 フレイノールから離れた森の中にポツンと建つ屋敷を視界に捉えながら、ヴァンは言い知れぬ違和感を覚えていた。


 追跡魔法の腕には自信がある。だが十中八九途中で気付かれると思っていた。敵がどの方面に逃げるのか、大体でも掴めれば上出来だと――


(罠……か)


 目の前の屋敷は、とても金持ちの別荘という感じではない。深い森に溶け込むようなその佇まいは、明らかに何らかの組織のアジトを思わせた。


 誘い込まれたのではという不安と、気付かれなかったのではという期待が渦巻く中、ヴァンは退くことを選択した。だが――


「フッ、さすがに慎重だな」


 (きびす)を返したヴァンの行く手を阻むように、盲目の青年――フランが現れた。やはりヴァンは誘い込まれていたのだ。


「やっぱり罠だったんだね」


 ヴァンは動揺を見せることなく言った。そして同時に周囲にも気を配る。


「あと一歩踏み込んでいればお前の命運は尽きていた」


 この状況にあって冷静さを失わないヴァンの老獪さに内心感嘆しながら、フランがパチンと指を鳴らす。するとヴァンの後方で眼には見えない“空間”が音を立てて崩れ落ちた。


「結界……っ!?」


 思わず後ろを振り返ったヴァンは、さすがに驚きの表情を隠せなかった。


 今崩れた“空間”は、恐らく敵を捕縛するための結界魔法だろう。驚くべきは、その気配に全く気付けなかったことだ。


「この手のトラップは専門分野だったんだけどね……」


 ヴァンもかつてはグランドールのギルドに出入りしていたスイーパーだった。その縁でアリアと知り合い結婚したわけだが、ヴァンの専門としていたのは主に古代遺跡などの調査・探索だった。一般にトレジャーハンターと呼ばれる仕事で、その為の技術――魔法探査やトラップの発見・解除――は一通り習得していたつもりだった。


「それでも足を踏み込まなかったお前の思慮深さは称賛に値する」


 皮肉ではなく、フランは本当にヴァンの実力を高く評価している。あくまでも“ただの人間”としてではあるが。


「それはどうも。で、尾行に気付いていながらここまで僕を誘い出した理由は何だい? しかも他の仲間はいないみたいだけど」


 自分が相手にとって罠に嵌めてまで始末したい人間であるとは思わない。では捕らえて人質にするつもりか? それこそ論外だ。


「お前も魔導師なら分かるだろう?」


 フランが僅かに口元に笑みを浮かべて言った。


「やっぱりか……」


 ヴァンが一つ溜息をついて戦闘態勢に入った。小さく呪文を唱えると、両の掌の上に魔法陣が浮かび上がり、魔力が集中していく。


「賢明だな。ますますお前に興味が湧いた」


 彼我の実力差を理解しながら、それでもすぐに逃げ出すのではなく戦うことを選択したヴァンの勇気と計算高さに、フランは再び笑みを漏らした。


「どうせならお互い名乗らないかい? 僕はヴァン・ジェノワース。元ギルドのスイーパーで今はしがない一児の父親だ」


「フッ、いいだろう。ワイズマンNo.2“幻騎士”フラン・ラドクリフだ。ここから無事に逃げられたら仲間に伝えてやるといい」


 ヴァンが最初から勝つためではなく、退却するために戦おうとしていることは、フランには分かっていた。そのために少しでも情報を手に入れようとする狙いも手に取るように分かるのだが、敢えてフランはその情報を提供してやった。


「やはり“ワイズマン”か……」


 十中八九そうだろうと思ってはいたが、改めてその名を聞くとヴァンの身体は自然と強張った。


 賢者に匹敵する力を持ち、四大と呼ばれたアレンをも追い詰めた彼らの実力は、とてもヴァンの太刀打ちできる相手ではない。いや、敵わないのは最初から分かっていたが、逃げることすら不可能なのではないか。


(頼んだよ……カイル)


 まともに戦えば絶望的な結果しか見えてこない状況の中にあって、ヴァンはただ一つの光明をカイルとの作戦に見出していた――


≪続く≫

ヴァンのような、穏やかで一見頼りなさそうに見えて、やる時はやるおじさんが好きです^^

次回はカイルと共に頑張ります。


次回は7/21(木)19:00更新予定です。

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