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Sage Saga ~セイジ・サーガ~  作者: Eolia
第8章 絡み合う運命の糸
59/94

第56話

今日は祝日なので月曜ですけど更新です^^


登場人物紹介を目次の先頭の方に載せました。

あと、すっかり告知し忘れていたようなのですが、用語集も追加しております^^;

「ミリィさん!?」


「あっ、アレンさんっ!」


 不意に背中に声を掛けられたミリィは、振り向くと同時に眼を見開いて声を上げた。大聖堂を仰ぎ見る大階段をアレンが駆け下りて来る。


「もう到着していたんですね。……フィゼルはどうしたんです?」


 予想よりも早く連絡船が到着していたことはさほど驚くことではないが、一緒にいるはずのフィゼルの姿が見えない事を(いぶか)しがった。


「それが……」


 ミリィはつい先程の出来事を、戸惑いの表情でアレンに話した。特別フィゼルを心配しているわけではなく、本当にただ戸惑っているだけといった感じだが、ミリィの話を聞いたアレンの顔色がみるみる蒼ざめていく。


「アレンさん……?」


 アレンの表情にただならぬものを感じて、ミリィが問いかけようとした時、アレンは弾かれたように駆けだした。


「アレンさんっ!?」


 フィゼルが走り去って行ったという方向へ凄まじいスピードで駆けていくアレンの背中を、ミリィは慌てて追いかけた。


 アレンの走るスピードは常人離れしていて、とてもミリィの足では追いつけそうになかった。しかも人通りの多い道ですらアレンの速度は衰えることなく、風のように人々の間をすり抜けていく。


 その様子から、何かフィゼルに危険が迫っているのではないかとミリィは思った。あの時そのままフィゼルを行かせてしまったことを深く後悔する。


 懸命にアレンを追いかけるミリィの横を、長大な槍を抱えた男が追い抜いていった。この男もアレンに負けないくらいのスピードで、しかも抱えた槍が決して人ごみに引っかかることなく走っている。


 さらに続いて三人の男が追い抜いていった。しかしそのうちの一人がすぐに足を止め、ミリィを振り返る。


「レヴィエンっ!?」


 思わずミリィも足を止めた。大きく乱れる息を整えるように胸を押さえる。


「久しぶりだね、ハニー。何だかよく分からないけど、後のことは彼らに任せればいい。とてもボクらじゃ追いつけないしね」


 レヴィエンだけでなく他の三人も、アレンが突然駆け出したので追いかけたというだけで、実際何があったのかは分らなかった。だがミリィ同様、四人もアレンの様子から何か逼迫(ひっぱく)した事態を感じ取ったのだ。


「……あの人達は……?」


 呼吸を整えながら、ミリィはもうすでに見えなくなってしまった三人の男のことをレヴィエンに尋ねた。


「すぐに分るさ。そんなことより、せっかく再開したことだし、ちょっとその辺のカフェでこの喜びを思う存分語り合おうじゃないか」


「ふざけないでっ!」


 さりげなく身体を寄せて肩を抱こうとしたレヴィエンの右手をつねり上げて、ミリィは再び走り出した。もうアレンに追いつくことは諦めたものの、フィゼルを心配する気持ちは変わっていない。


「やれやれ……アーリィも一体何をそんなに慌てているんだか」


 ミリィにつねられた右手の甲をさすりながら、レヴィエンは遠く見えなくなったアレンに向けて溜息をついた。











(フィゼル……フィゼル……っ!)


 アレンは街の郊外に向けて一心不乱に走り続けた。ミリィから聞いた話だけでは、フィゼルがこちらに向かったという確証はない。だがアレンが恐れていた通りならば、相手は必ず人目に付かないところまでフィゼルを誘い出すはずだ。フィゼルに接触してきたのが幼い女の子だったということを考えれば、アレンの心配は杞憂に終わる可能性もあった。それでもフィゼルの身を案じる気持ちがアレンの身体を突き動かしている。


 そしてその不安が現実のものとなった――


「フィゼルっ!!」


 街の喧騒から遠く離れた郊外で、アレンはフィゼルの姿を発見した。だがそのあまりにも悲惨な姿に、思わず足を止めて叫ぶ。


 フィゼルは全身血まみれで地面に横たわっていた。最悪の考えが頭を過った時、アレンの叫びに反応したのか、苦痛に歪んだフィゼルの表情が僅かに動いた。


「今すぐフィゼルから離れなさいっ!」


 珍しくアレンが怒気を顕わにして刀を抜いた。睨むように見据える先には、その容姿に不釣り合いな大鎌を担いだ女の子と、眼を閉じたままの顔をこちらに向けている青年がいる。


「何がフィゼルよ。邪魔するんだったら、おじちゃんも――」


「シフォン、ここは退くぞ」


 アレンに向けて大鎌を構えた女の子を青年が制止した。


「止めないで、フラン。私、今ムシャクシャしてるの」


 シフォンと呼ばれた女の子が、明らかに不機嫌そうな表情を青年に向ける。盲目なのだろうか、フランと呼ばれた青年は一度も眼を開かないまま溜息をついた。


「“剣聖”を相手に勝てるつもりか?」


「私は“特別”なのよ。あなた達と一緒にしないで」


 何とかこの場を収めようとするフランの言葉に、シフォンは耳を貸そうとしなかった。


 アレンは臨戦態勢のまま、大鎌を構えたシフォンの動きに注視する。フィゼルが二人のすぐ傍にいるため、アレンから仕掛けることはできなかった。


 だがそんな一触即発のムードも、カイルが駆けつけ、さらに続いてケニスが追い付いたことで一変することになる。


「“星屑の聖者”ケニス・クーリッヒか。シフォン、今度こそ本当に退くぞ。“特別製”とて、四大の二人をまとめて相手にはできまい」


 戦えば必ず負けると分かっていて、しかしフランは落ち着いていた。こちらに人質がいる以上、退くだけならば何の問題もない。むしろこの状況のおかげで、強硬だったシフォンも戦意を削がれたようだ。


「行くぞ、シフォン」


 もう一度シフォンに声を掛け、フランはふわりと宙に舞った。そして頭上の木の枝に飛び乗ると、右手をアレン達の方へ向ける。開いた掌から強い光が溢れ出し、辺りを一瞬包み込んだ。その瞬間、ヴァンが小さく手を動かし、口の中で呪文を唱えたが、それに気付く者はいなかった。


「じゃあね、レン」


 フランの魔法の発動に合わせて、シフォンも跳び上がった。


 時間にすれば一瞬だったが、“灯光(シャイニング)”の魔法を応用した目くらましによって奪われた視界が回復した時には二人の姿は消えてしまっていた。フィゼルだけが先程と変わらぬ凄惨な姿でその場に横たわっている。


「フィゼルっ!」


 アレンがフィゼルの許に駆け寄る。苦痛に顔を歪めるフィゼルの身体を抱き上げると、べっとりとフィゼルの血がアレンの腕にこびり付いた。


「……っ!!」


 その血の量にアレンは蒼ざめた。命は取り留めているものの、かなりの重傷であろう。


「あまり動かさないで」


 フィゼルを抱きかかえるアレンの傍に膝をついたケニスが、右手をフィゼルの身体の上にかざした。その掌から暖かい光が溢れ出し、瞬く間にフィゼルの身体を包んでいく。


「ケニス……」


 ケニスは自身の魔力を流し込み、一時的にフィゼルの自己治癒能力を高めた。


「あくまでも応急処置でしかない。早くちゃんとした治療を行える所に運ばないと」


 これだけの傷を簡単に治せるほど、ケニスの魔法も万能ではない。アレンもそれは分かっているので、頷くと同時にフィゼルを抱えたまま立ち上がった。


「アレンさん!」


 ちょうどそこへミリィが駆けつけた。


「フィっ……フィゼル!? アレンさん、一体何が……っ!?」


 ようやく追い付いたと思ったら、まず眼に飛び込んできたのはアレンに抱きかかえられた血まみれのフィゼルの姿だった。その痛々しい姿に、思わず口に手を当てて息を呑む。


「話は後です。今は一刻も早くフィゼルを――」


「それならこっちだ。この近くに宿がある。少々ボロっちぃが、安全な場所だ」


 一刻も早く街中まで戻らねばと焦るアレンに、カイルがそれとは違う方向を指差しながら言った。こういう所で営業している宿屋というのは、当然まっとうなものではないのだろうが、今はむしろそちらの方がありがたい。カイルが勧めるのなら危険は無いはずだと、アレンは迷わずその言葉に従った。











 カイルに案内された宿屋――外見からはとてもそうは見えなかったが――の一室に、フィゼルは運び込まれた。高級ホテルと比べるまでもなく粗末なベッドではあったが、それでもフィゼルをその上に横たえると、アレンは少しほっとした気持ちになった。


 血まみれのフィゼルを抱えたアレン達に、この宿の主人は何も言わずに部屋を提供してくれた。元々訳ありの人間が集まるような宿屋なのだろう。


「……お願いします、ケニス」


 本当なら自分の手でフィゼルを治療してやりたかったが、二十年前からこういうことはケニスの専門分野だった。ケニスが静かに頷くのを見て、アレンは部屋を出た。


「あ……アレンさん……」


 アレンが部屋を出ると、すぐにミリィが駆け寄ってきた。その顔はフィゼルの身を案じ蒼ざめている。


「あの……フィゼルの容体は?」


「今、ケニスが診ています。少なくとも命に別状はないでしょうから安心して下さい」


「そう……ですか」


 アレンの言葉に少しは気持ちが軽くなったのだろうが、それでもミリィの表情は晴れなかった。


 自分のせいだと思う気持ちもある。自分がアレンを追いかけるなど考えなければ……フィゼルがついて来るのを止めていればこんな事にはならなかった。


「貴方のせいではありません。どうかご自分を責めないで下さい」


 ミリィの心を読んだかのように、アレンが慰めた。そう言うアレンの方こそ、自分で自分を責めているようだ。


「全て私の責任です。私の考えが及ばなかったばっかりに、フィゼルだけでなく貴方にも辛い思いをさせました」


 それは自分が“剣聖”だということを隠していたことも含んでいるのだろうか、とミリィは思ったが、口にはしなかった。


「……それは?」


 ミリィが次の言葉を探していると、アレンがミリィの持っている剣を指差した。


「あ、これはフィゼルのです。一応拾っておきました」


 そういえばフィゼルの腰に差してあった鞘は空だった。アレンはそんな事気にも留めなかったが、ミリィが差し出した抜き身の剣を見て顔色を変えた。


「これは……これをどこで?」


 明らかに驚いたような表情を見せるアレンに、ミリィも意外そうな表情を浮かべた。


「えっと……よくは知りませんが、フィゼルが貰ったみたいで」


 これが普通の剣でないことは、ミリィも手にした時に気付いていた。異常に軽く、しかも何かしらの魔力をも感じたのだ。


(やはり……運命は彼をそっとしておいてはくれないのですね……)


 “疾風の御剣(はやてのみつるぎ)”を固く握りしめ、アレンはフィゼルの背負う苛烈な運命に唇を噛んだ。


≪続く≫

次回は7/19(火)19:00更新予定です。

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