第53話
フィゼルとミリィがフレイノールに到着する二日前――
同じくフレイノールに到着した連絡船の甲板から、アレン達五人は唖然とした表情で港を見下ろしていた。
「なっ……何だ、こりゃ?」
愕然と呟いたカイルの視線の先には、白銀に輝く甲冑に身を包んだ騎士の一団が整然と隊列を組んで連絡船を待ち構えている。まるで今からこの船を沈めるかのような物々しさであった。
「あの、馬鹿……っ!」
アリアは片手で頭を抱えるように溜息をつくと、この物々しい騎士団をここに送りこんだであろう人物に悪態をついた。
「まあ……確かにこれなら誰も襲いかかるなんてことはできませんけどね」
アレンも彼らが何の目的でこの港にいるのか分かっている。少々困ったように笑うと、眉間に皺を寄せるアリアを宥め、怯えるルーを「大丈夫ですよ」と安心させた。
連絡船が完全に停船し、桟橋からタラップが伸びても、乗客は港に陣取っている騎士団に怯えて誰も下船しようとはしなかった。この衆目に晒されるように前に出るのはかなりの勇気を要したが、このままではどうにもならないので、仕方なく五人が二の足を踏む乗客達の先陣を切ってタラップを降りる。その瞬間、正面に隊列していた騎士団が五人を迎え入れるように無言で縦に割れた。後方の乗客達や、その騎士団を遠巻きに見ていた港の群衆からどよめきが起こる。
「これは……思っていた以上に恥ずかしいな」
扱いとしては国賓か重犯罪者だ。前者でも困るが、もしかして後者に見られているのではと思うと、どうしてもカイルは顔が赤くなった。
「ハッハッハ。猊下は派手好きだからねぇ」
周囲を仰々しい甲冑の騎士に囲まれながら、レヴィエンだけは楽しそうに笑っていた。
「ハハ、済まない。僕ももうちょっと加減してほしいと頼んだんだけどね」
騎士の一団の中で、唯一普通の服を着ていた男が五人に歩み寄って来た。その顔に反応を見せたのは二人――アリアとカイルだ。
「ヴァ~ン~……!」
歩み寄って来た四十前後の男をアリアが睨む。この状況が彼のせいではないことは分かっていたが、文句のひとつも言ってやりたい気分だった。
「貴方がヴァンさんですか」
何か言いたげなアリアを制して、アレンが男に右手を差し出した。ヴァンと呼ばれた男も、迷わずその手を握り返して微笑む。
「初めまして、と言った方がいいかな? 正確には僕は二度目なのだが」
「あの時はろくにお礼も言えず、申し訳ありませんでした」
デモンズ・バレーで“ワイズマン”の二人を撃退した後、自身も大怪我を負っていたアレンはレティア近くの小さな集落に身を潜めていた。何とか集落の近くまで辿り着いたところで運良く住人に発見され、その人物の家で手当てを受けていたのだ。
そこへ、どこから聞き付けたのかアリアとヴァンがやって来た。その時アレンと言葉を交わしたのはアリアだ。傍らにはヴァンもいたのだが、アレンは身体を動かすことも満足にできなかったので、会話どころかその姿もはっきりとは見ていなかった。
「構わないよ。しかし、あれから大した時間も経っていないのに随分と回復したようだね」
改めて礼を言ったアレンに、ヴァンは微笑み返して言った。「さすが賢者だ」とは言わなかったが、言外にその意味を込めている。
「ヴァンさん、久しぶり!」
アレンとヴァンの右手が離れたのを見計らって、カイルも右の拳を突き出した。
「おお、カイル君か! 元気だったかい?」
カイルから突き出された拳にヴァンも拳をぶつけて、久しぶりの再会を喜んだ。
「偶然レティアで会ってね。呼び出す手間が省けたよ」
再会を喜びながらも、「どうしてここに?」という視線を向けたヴァンにアリアが説明した。
「それにしても……随分と大袈裟な出迎えですね。これはケニスが?」
アレンは周りをがっちりと固めた甲冑姿の騎士達を見回した。いくらなんでもやり過ぎと言わざるを得ない。
「ああ、教皇猊下は快く……というか面白半分に“神託騎士団”を貸してくれたよ」
フューレイン教の私設騎士団――神託騎士団は、元々は教会の施設や人間を盗賊の類から守るためのものでしかなかなく、当然その規模もささやかなものであった。だが今では教会の発展と共にその規模も拡大し、王国軍にも匹敵すると言われるほどの一大戦力に膨れ上がった。今ではフレイノールやその周辺の街や村の自警団的役割も担っている。
「まあ、あの馬鹿は後で一発ぶん殴ってやるとして――って、あれ? ルーはどこ行った?」
ふと、ルーの姿が見当たらないことに気がついて、アリアが辺りを見回す。するとルーは少し離れた所にいた騎士の前に立ち、珍しそうにぺたぺたとその甲冑を触っていた。
「大っきいですね~。これぇ、重たくないんですか~?」
甲冑の騎士は何も言わず直立不動を保っていたが、兜の下の顔はさぞかし困った表情をしているのだろう。
「……このお嬢さんも?」
アリアがルーの腕を引っ張って来るのを見て、ヴァンが不思議なものを見るような眼をした。カイルのように戦闘の心得のある者なら分かるが、どうみてもルーには戦闘能力があるようには見えない。敢えて危険を冒してまで行動を共にしている理由が分からなかった。
「まあ、色々あってね。この子は大聖堂に着いたら適当に別れるから、あんまり気にしなくていいわよ」
またどこかへ行ってしまいそうなルーをがっちりと捕まえながら、アリアは簡単にルーの紹介をした。
「あの……そろそろ移動しませんか? いつまでもここにいたら迷惑でしょうし」
アリアやカイル、さらにはルーまでもがヴァンとの会話に花を咲かせようとしたところに、アレンの控えめな声が差し込まれた。
アレン達がここに留まっている限り、周りを固めた神託騎士団も当然動かない。そうなれば港の運航にも支障を来すだろうことは、火を見るより明らかだった。
「おっと、それもそうだね。それじゃ行こうか。教皇猊下は大聖堂でお待ちだ」
「ヴァン、あんな馬鹿にそんな大仰な呼び方必要ないって」
ヴァンがケニス・クーリッヒのことを“猊下”と呼ぶのが、アリアにはどうもむず痒い気分だった。アリアにとって、ケニスのイメージは二十年前のものから変わっていない。その頃のケニスは、フューレイン教の神官ではあったが、当然現在の地位にはなかった。頭では分かっていても、どうしてもケニスが多くの神官やシスターから教皇猊下と仰がれている姿がイメージできないのだ。
「そういえば、アリアさんは猊下とは二十年来の知己なのだったね。その頃の猊下にも興味があるねぇ」
「一言で言うならアンタみたいな男だったよ」
何か嫌な事でも思い出したかのように、アリアが眉間に皺を寄せながらレヴィエンに応える。それを聞いていたアレンは、苦笑いを浮かべながらも否定はしなかった。
ヴァンが騎士団の中の一人――恐らく隊長だろう――に声を掛けると、白銀の一団がゆっくりと移動を始めた。それに合わせて、アレン達も大聖堂に向けて歩き出す。
「やっぱり目立ってるね……」
アリアが心持ち首を竦め、身体を小さくしながら言ったのは、一団が街のメインストリートに差し掛かった時だった。
普段ならそれなりの人間でごった返しているものだが、この時だけは水を打ったように静かで、人々は端へ身体を擦り寄せるように道を開けている。視線は一点に注がれ、ざわめきがやけに大きく聞こえた。
その中を白銀の甲冑に身を包んだ騎士の一団が粛々と進んでいる。一糸乱れぬ隊列は、奏でる鎧の音すらぴたりと揃っていた。
“神託騎士団”と呼ばれるフューレイン教の私設騎士団は、街の住民達にとって決して恐怖の対象ではない。むしろ街の治安を守る為に働く彼らは、皆から親しみと尊敬を集めていた。
だが、このような完全武装の騎士の一団が街を闊歩するというのは記憶になく、その威圧感に人々はどうしてもたじろいでしまう。
「こいつらが完全に壁になってるのがせめてもの救いだな。高いトコから見下ろさねえ限り、顔は見られねえだろ」
街中の視線はとりあえず騎士団が引き受けてくれた。大きな鎧が完全にカイル達を隠してくれている。
そうこうしているうちに、この異様な一団は大通りを抜け、大聖堂の手前の大階段まで差し掛かった。騎士団はその場で止まり、アレン達が大聖堂を仰ぎ見ると、階段を上り切ったところに別の騎士団が同じく隊列を組んで待ち構えている。当然のように階段の両サイドにも騎士が一列に並んでいた。
「何もそこまでしなくても……」
その騎士団の前に立ち、微笑を湛えてこちらを見下ろす人物に、アレンは苦笑いを浮かべながら溜息をついた。
「はぁ……やっぱり二十年前と何にも変わっちゃいないみたいだね」
アレンに続いてアリアも頭を抱えた。その後ろではレヴィエンが声を上げて大笑いしている。
「やぁ、我が永遠の友よ。また再びこうして邂逅の喜びを語り合える日が来ようとは!」
アレン達が大階段の中程まで昇ったところで、その煌びやかな法衣を見に纏った男が、腰まで届く長い金髪をなびかせながら大きく両腕を広げた。聖職者というには少々派手ではあるが、その豪華さからいって間違いなくトップ――教皇の法衣だろう。
「ケニス……お久しぶりですね。ですが、再会を喜ぶ前にこの人達を何とかして下さい」
アレンはその男――ケニス・クーリッヒの大袈裟な口上は相手にせず、それ以上に大袈裟に隊列を組んだ騎士団を撤収させるように言った。
「つれないねぇ。大事な友人が身の危険を冒してまで会いに来たというのだ。こちらも君達の安全の為に万全を尽くすのは当然だろう?」
ケニスはわざとらしいくらいに大きく肩を竦めて見せた。
「こんなに目立つ事しなくたって、アンタが直接迎えに来ればいいだろ!」
今にも掴みかかりそうな形相でアリアが言った。ヴァンとカイルが慌てて抑えていなければ、本当にケニスを殴り飛ばしていたかもしれない。
「敵がどういう手段を講じてくるか分からない。どうせなら相手に何もする気を起させないようにするのが最良の手だと判断したのさ」
聞けば思わず納得してしまいそうな言い分だが、ただ単にこうした方が派手で面白いからだということはアレンもアリアも分かっていた。ケニスとはそういう性格なのだ。
「……その“敵”について、貴方は何か掴んでいますか?」
「せっかちだねぇ。ま、話は中に入ってからしようじゃないか」
逸るアレンを手で制して、ケニスは皆を大聖堂内に招き入れた。
≪続く≫
アレン達はフィゼルとミリィより先にフレイノールに到着していました。
けど前回のラストと繋がるのはしばらく先になりそうです^^;
次回は7/16(土)19:00更新予定です。