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Sage Saga ~セイジ・サーガ~  作者: Eolia
第8章 絡み合う運命の糸
54/94

第51話

新章突入です。

舞台はフレイノールへ――

 ――レン……レン……


 ――そんな事しちゃダメよ、レン


 ――レン、そっちは危ないわ


 ――レン、こっちにいらっしゃい


 ――フフ、本当にレンは甘えん坊ね


 ――レン……レン……


 ――私の大事な宝物……


 ――愛してるわ、レン……











 ――レーーーン!!


「うわぁっ!」


 突然の叫び声に、ビクッと身体を震わせたのは先に起きていたミリィだった。コーヒーを淹れようと取り出したカップが手の中で暴れる。


「あ……あれ?」


 上半身を起こした状態で、フィゼルがきょろきょろと辺りを見回す。さすがにもう見慣れた、船室内の風景だった。


「……大丈夫?」


 まだ何も入っていないカップをテーブルに置いてミリィが尋ねた。その表情にあまり困惑の色が見られないのは、これが初めてではなかったからだ。


 アイリスの港を出港してから二日目の朝も、フィゼルは何かにうなされていて、心配したミリィが揺すり起こすということがあった。


「ああ、俺……また……」


 しばらくしてようやく状況を理解したフィゼルが哀しげに俯いた。


「今度はどんな夢を見たの?」


 ともすれば冷淡とも思えるほど冷静な声でミリィが訊いた。こちらが心配しても余計フィゼルに気を遣わせるだけだということを先日の件で承知しているのだ。


「……分からない。でも、今までこんな感じの夢は見たことなかった……」


 どんな夢だったかと訊かれても、具体的に説明することはできない。覚えているのはとても優しげな女性の声。そして――


「……っ!」


 突然、フィゼルが耳の辺りを押さえる。その動きに動揺しそうになるのを必死に抑え込んで、ミリィは努めて冷静にカップをもう一つ取り出してテーブルに置いた。フィゼルのこういう動きも初めてではない。ミリィにできることはフィゼルの気持ちを少しでも楽にしてやることだけだった。


 僅かに身体を震わせるフィゼルを横目でチラリと窺いながら、ミリィはテーブルに置いた二つのカップにコーヒーを注いだ。


(フィゼルも見えない何かと必死で闘っている……)


 忘れていたわけではないが、アイリスでのフィゼルの言葉で、ミリィは改めてそれを強く思い知らされた。そしてそんな姿に、ふっと自分を重ね合わせてしまう。


 ミリィもまた、心安らかに眠れた夜がどれほどあったろうか。二年が過ぎた今でも、“あの日”の光景が時折フラッシュバックしてはミリィを苦しめていた。


「……ミリィ?」


 不意に声を掛けられて、ミリィははっと我に返った。カップを両手に持ったまま、いつのまにか物思いに耽ってしまっていたようだ。


「ああ、ごめん。何でもないの」


 小首を傾げたフィゼルに、ミリィはコーヒーカップを渡した。フィゼルもそれ以上は何も訊かず、渡されたカップに口を付ける。


「うっ、苦いよコレ……」


 一口飲んだところで、いつもより砂糖もミルクも少ないコーヒーにフィゼルが顔を(しか)めた。


「寝起きにはちょうどいいでしょ?」


 フフ、と微かにミリィが笑う。本当にほんの僅かであったが、その笑顔にフィゼルは気持ちが楽になった。


「よしっ!」


 残ったコーヒーを一気に飲み干し、口一杯に広がった苦みに顔を歪めながらも、フィゼルは勢い良く立ち上がった。


「な、何……?」


 突然の行動に、ミリィが眼を丸くしながらフィゼルを見上げた。


「ちょっと外見てくる。もうすぐフレイノールに着くんだろ?」


 予定では今日の午前中にはフレイノールに到着することになっていた。もうそろそろ甲板からその姿が確認できるかもしれない。


 ミリィが何か言うのも待たず、フィゼルは船室を飛び出した。一人取り残されたミリィは、遠くなっていくフィゼルの足音を聞きながら、ふぅっと溜息をついた――


 船縁(ふなべり)手摺(てすり)(もた)れ掛かって、フィゼルは顔を打つ正面からの潮風に手をかざした。向い風にもかかわらず、連絡船は外輪(パドル)の力で快調に波を掻きわけて進んでいる。しかしまだフレイノールは見えてこなかった。


(先生……今頃どうしてるかな)


 遠く影すら見えないフレイノールの方向――といっても正確な方角などは分らないが――を見やりながら、フィゼルはふとアレンのことを考えた。ミリィは心配いらないと言ったが、フィゼルは時折妙な胸騒ぎを覚えることがあった。その度に「先生なら大丈夫さ」と自分に言い聞かせてきたが、その胸騒ぎは日を追うごとに強まってくる。


 それがアレンの身を心配する気持ちから来るものなのか、自分の持つ元々の不安がそうさせるのか、フィゼルには分らなかった。だがそんなモヤモヤも、アレンと再会すれば少しは解消されるはずだと思った。


 一度大きく伸びをして、相変わらず正面から吹き付けている潮風を胸一杯に吸い込んだ。


(あっ、街が見えてきた!)


 しばらくして、前方にうっすらと霞んだ街並みが見えるようになった。まだはっきりとは認識できないものの、それはかなり大きな街だということが分かる。


「ちょっと、そんなに身を乗り出した危ないわよ?」


 ほとんど足が浮くぐらい手摺に身体を預けていたフィゼルに、声を掛けたのはミリィだった。


「あ、ミリィ。ねえ、あれがフレイノールかな?」


 甲板に上がってきたミリィに、フィゼルは前方を指差しながら訊いた。まるで幼い子供のようにフィゼルは眼を輝かせている。


「ええ、あれがグランドールや王都と並んで“三大都市”と呼ばれている“古都フレイノール”よ。街の大きさは他の二つの都市とあまり変わらないけど、見たらきっとびっくりするわよ」


 それがどういう意味かは「着いてからのお楽しみ」とでも言うようなミリィの言葉に、フィゼルの心は一層躍った。だがそれと同時に、フィゼルがある違和感を覚える。


「ミリィ、どうしたの? なんか元気ないみたいだけど」


 見た目にはいつもと変わらないようにも見えたが、どことなくミリィの表情が硬いような気がして、フィゼルは首を傾げた。そういえば、さっきもどこかおかしかったような気がする。もしかして体調でも悪いのだろうかとフィゼルは心配した。


「えっ? そ、そう……? 別に、何でもないわよ」


 努めて平静を装っていたつもりだったが、僅かな心の揺れを見事に言い当てられて、ミリィは動揺した。それすらも見せないようにと、いつも通り振舞うが、数日間一緒の部屋で寝泊まりしていたフィゼルには、そんなミリィの心の動きが手に取るように分かる。だが、フィゼルもそれ以上は何も訊かず、「そっか」とミリィの演技に付き合うことにした。


 アイリスで「もっと色んな事を相談してほしい」といった趣旨の事をミリィに伝えたフィゼルだったが、その後もミリィは何も話そうとしなかった。


 全て自分の中に溜め込み、独りで苦しんでいるようなミリィの姿は痛々しかったが、フィゼルにはそれを強く迫ることはできない。いつかミリィから話してくれるのをじっと待つことにした。











 次第に船はフレイノールの港に近づき、それに伴ってその街並みもはっきりとフィゼルの眼に映るようになった。


 まず一番初めに眼を惹いたのは、船の上からでもはっきりそれと分かるほどに壮大な大聖堂だった。大体街のほぼ北端にあると思われる建物は、ここからでも一番目立って見えた。


「あれがフューレイン教の大聖堂かぁ。あそこに先生がいるんだな」


 アレンは連絡船を使わず陸路で王都からフレイノールを目指しているという話だったが、大陸の中央を真西に横切れば、大陸の沿岸を各港に停泊しながら進む連絡船より早く到着できるとミリィは言っていた。


(俺が追いかけてきたって知ったら、どんな顔するかな)


 そんな事を考えていると、ふと街並みに違和感を覚えた。


「あれ? なんか街の感じが変じゃない?」


 街の方を指差しながら、フィゼルはミリィを振り返った。ミリィは「よく気付いたわね」というような顔で頷くだけで、やはり“おあずけ”状態は続いた。


 フィゼルがその違和感の正体に気付いたのは、船が港に着き、フレイノールの地に降り立った瞬間だった。いや、正確には船から降りようとした瞬間から、その正体は顔を覗かせていた。


「わわっ! 何だこれっ!?」


 本来ならば港の桟橋部分から連絡船に舷梯(げんてい)という階段状の簡易な橋を水夫の手によって渡し、乗客はその上を渡って港に降り立つ。だがこのフレイノールの港では、金属と石が組み合わさったような桟橋から、同じく金属製の橋が自動的に船に向かって伸びてきた。初めて見た者ならフィゼルのように眼を丸くして飛び退いたことだろう。


「“タラップ”っていうのよ。まだ実用化されているのはこの港だけだけど、そのうち世界中の港がこんな感じになるわ」


 予想通りのフィゼルの反応が見られたことに満足げな表情をして、ミリィがそのタラップと呼ばれる自動式の舷梯を降りて行った。いつの間にか、フィゼルがこういった物に驚く姿を見るのがミリィの楽しみになっている。


 恐る恐るといった足取りでミリィの後を追い、港に降り立った時、フィゼルは船から感じた違和感の正体を確信した。


 この港部分だけ見ても、他の街では見られなかった物が沢山ある。それは馬も人の力も使わず自走して荷物を運ぶ車であり、長く伸びたアームで大きな荷物を吊り上げる巨大な装置でもあったが、当然それらを何と呼べばいいのかもフィゼルには分らなかった。


「驚いたでしょ? この街は世界で一番“導力技術”が発達しているのよ。あの貨物車もあっちの大きなクレーンも“導力”で動いているの」


 ミリィから出た“導力”という言葉に、フィゼルはグランドールから王都へ向かう街道の途中で見た導力車を思い出した。


「そういや、そもそも“導力”ってどういうものなの?」


 沢山の荷物をその背に乗せて走る貨物車や、連絡船より一回り大きな貨物船から巨大な荷箱の積み下ろしをしているクレーンの他、導力エネルギーを駆使した多彩な機械を見回しながらフィゼルが訊いた。


「私も詳しい仕組みは分らないけど……蒸気や石炭に代わる万能エネルギーだって聞いたことがあるわ。今は大きな物にしか使えないけど、これから小型・軽量化が進めば、ありとあらゆるものが導力エネルギーで動くようになるんだって」


 何、と改めて訊かれるとミリィも詳しい説明はできなかった。実際、まだまだ謎の多いエネルギーであることは事実だ。実は導力エネルギーを研究している学者自身も、その全容を完全には把握しているわけではなかった。


(そういえば、あのナンパ男の銃は……)


 ミリィはふと王都の地下水路で見たレヴィエンの銃を思い出した。あれは導力エネルギーを使用した銃ではなかったか。


(でも、あんな小さな物に導力を利用できるのかしら……?)


 それがあり得ないと思えるほど、ミリィも導力について詳しくはなかったが、少なくともあんな小さな導力機械を見たことはなかった。


「ミリィ、早く行こうよ!」


 港を見回しているだけでも全く飽きなかったのだが、街に入ればもっと面白いものが見られると確信したフィゼルが、眼を輝かせながらミリィを促した。


≪続く≫

次回は7/12(火)19:00更新予定です。

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