第50話
祝、50話!
何話まで続くのか、自分でもまだ見当つきません……
“賢者”と呼ばれる人間は二種類いる。
一つは“エルレインの十賢者”と呼ばれる十人の長達である。“火の長”“水の長”“風の長”“土の長”“剣の長”“翼の長”“鍵の長”“天秤の長”“黄昏の長”“暁の長”からなるエルレインの十賢者は、この世界における賢者の始祖とされている。
そしてもう一つがアレン達四大に代表される賢者だ。ある特別な資質を持った人間がエルレインの十賢者のいずれかに師事し、厳しい修業の末に賢者として認められる。その際に師であるエルレインの十賢者から送られるのが“剣聖”などのような二つ名だ。
「エルレインの十賢者がいなくなって、もう賢者などというものは生まれないものと思っていたのですが……」
いくら資質を持っていたとしても、エルレインの十賢者の力無くしてそれを開花させることはできない。二十年前の騒乱で十賢者が姿を消し、アレンが最後の賢者となるはずだった。
「もちろん、あくまでも“作られた賢者”に過ぎないがね。まあ、あれを賢者と呼ぶかどうかは微妙だが、その力はまさに賢者のそれと遜色ないだろう」
賢者の中でも特に抜きん出た存在である四大のアレンと互角に戦えるというだけでも、その力の大きさは窺い知ることができる。
「ええ、彼らの実力は本物です。これから先、フレイノールに辿り着く間にいつ襲ってくるかも分りません。もしそうなったら、貴方達は迷わず逃げて下さい」
「と、いうわけだよ。戦力はできるだけあった方がいいが、くれぐれも無謀な闘いはしないようにね」
レヴィエンがからかうような視線をカイルの方に向ける。自分とは明らかに実力が隔たっているアレンに突っかかっていったカイルは、その視線の意味を理解し、むすっとしながらそっぽを向いた。
「そうですね。あれほどの力を持った人間がそんなに沢山いるとは考えたくないですが、最低でも五人はいると考えた方がいいでしょう」
ゼラム大陸中央部のデモンズ・バレーでアレンを襲った二人組の“ワイズマン”のうち、一人はNo.6と名乗った。とするならば、普通に考えて最低でもNo.1~No.6までいるということになるだろう。
二人のうち“轟剣”ガーランドには深手を負わせたものの、形勢を不利と見た“竜騎士”ヨシュアがガーランドをドラゴンに乗せ逃走を図ったため、結局決着は付けられなかった。いや、決着が付くまで闘っていたなら、本当に危なかったのはアレンの方だったかもしれない。
そして、一年前にアレンを襲い、撃退された少年も同じく“ワイズマン”の一人であることが判明し、それを除外できたとしても残りは五人となる。
「まあ、いくらなんでもそんなにポンポンと賢者が作れるとは思わないからねぇ。最低五人とするなら、最高はせいぜい十人といったところか」
アレンが何を根拠に五人という数字を出したのかは追求しなかった。その上でレヴィエンは自分の考えをそれに付け加えた。
「五~十人か……。その一人一人が賢者並の力を備えているとしたら、かなり厄介だね」
アレンとレヴィエンの話を聞いた後で、アリアが腕組みしながら言った。戦力で見れば完全に水をあけられている。
「賢者を作るって……一体どういうことだ?」
一人会話についていけないカイルが堪らずに口を挟んだ。そもそも“作られた賢者”以前に、賢者の成り立ちすらカイルは知らないのだ。
「……魔石を使うのさ。それだけでただの人間があっという間に賢者に早変わりさ」
「そ、そんな簡単なモンなのか!?」
レヴィエンの気安さにカイルは驚きの声を上げた。たったそれだけでアレンのような超人が生まれてしまうのか。
「もちろん、簡単ではありません。二十年前、“帝国”が同じように魔石を使って賢者を作ろうと企てましたが、結局一度も成功することはありませんでした」
アレンは二十年前の戦いを思い出して表情を曇らせた。共に戦った者でなければあの凄惨さは分らない。
“帝国”――それはかつてイルファス王国と勢力を二分していた“ノヴォガス帝国”という大国を指す。進んだ導力技術を誇っていた帝国は、その研究の過程で発見した魔石の力に魅了され、その力で世界を我が物にしようとした。その一環として、帝国はただの人間を魔石の力を使って賢者に匹敵するような兵隊に作り変えようとしたのだ。
帝国の野望を阻止しようとしたアレン達は、魔石によって化け物に姿を変えられた人間達を数え切れないほど葬っている。それらは“愚者”という呼ばれ、賢者になれなかった人間の哀れな末路だった。
「理論としては可能だとされながら、結局は魔石の力に耐えられる人間はいませんでした。帝国が滅んだ今、もうあんな悲劇が繰り返されることはないと思っていたんですが……」
「それが繰り返されてしまったんだねぇ。それも、二十年前に帝国を倒したイルファス王国の手によってね」
レヴィエンがどこか楽しそうに言う。そこへアリア、アレンの冷たい視線が注がれ、すぐに肩を竦めた。
「なんか……分かったような分らんような話だが、これ以上ごちゃごちゃ聞いても理解できそうにねーな」
カイルは小さく唸りながら、難しい表情で腕を組んだ。話があまりに大き過ぎてすぐには把握しきれないようだ。
「これからフレイノールへ向かう間にゆっくりと説明してやるよ。アレンはこのザマだし、万一襲われたら逃げ場はないけど、連絡船で行くしかないからね」
本来なら陸路でフレイノールを目指すつもりだったが、アレンがこのような怪我を負った状態ではそれもままならない。さらにはルーも行動を共にするとなれば、陸路を行くのはむしろ危険が増すことになるだろう。
「そうですね……本当は無関係な人間を巻き込む恐れのある行動は極力避けたかったのですが」
連絡船でフレイノールを目指すのは再三アリアが提案してきたことだった。しかしそれではもし敵が襲ってきた時に他の乗客を巻き込む恐れがあるとして、アレンはそ今までずっと難色を示してきたのだ。
「そういやアリアさん、ヴァンさんはどうしたんだ?」
皆が連絡船でフレイノールへ向かうことに同意した後、不意にカイルがアリアに問いかけた。ヴァンというのはアリアの夫で、ジュリアの話では二人一緒に家を出たはずである。
「ああ、ヴァンなら先にフレイノールへ向かわせたよ。ケニスの奴がどの程度状況を把握しているか分からないけど、とりあえずこっちが調べた情報を届けるのと同時に、アタシ達が無事に教会へ辿り着けるように“繋ぎ”をつける為にね」
“星屑の聖者”ケニス・クーリッヒ――アレンと共に四大と呼ばれた賢者の一人だ。現在はフューレイン教教皇としてフレイノールの大聖堂に身を置いている。
アレンと再会した時、アレンの目的を知ったアリアはすぐに彼に協力を求める為、夫のヴァンを先行させた。
アリアもまた、夫のヴァンと共に王国軍の動向を探っていたのだ。ギルドに入ってくる情報だけを待つのではなく、自ら各地に赴いて情報を集め、気になる事があれば徹底的に調べ上げた。
「王国軍に不穏な気配があるのは感じてたけど、まさかクーデターとはね。しかもその裏に“剣帝”が絡んでくるとは……。さすがのアタシでも読み切れなかったわよ」
四大の一人、“剣帝”ディーン・グランバノアの存在は確かに予想外であったが、王国軍のクーデターについては予想していなかったわけではない。正確に言うなら“予想より遥かに早かった”のだ。
「ディーンについては私も驚きました。ですが、私は今でも信じられないのです」
アレンの知るディーンの姿は生真面目で実直、時には融通が利かないと思えるほど一本気な性格だった。そのディーンのいる王国軍がクーデターの為に国王を暗殺し、更にはその罪をアレンに着せようなどとは到底考えられなかった。
「気持ちは分らないじゃないが、ボクは現に彼が王国軍で“将軍”と呼ばれているのをこの眼で見ている。それに、アーリィの素性を知る人間といえば他に考えられないんじゃないのかい?」
レヴィエンの言葉に、アレンも返す言葉が無かった。確かにアレンの事を知る者でなければ、国王暗殺未遂の犯人に仕立て上げようなどと考えるはずがない。
「“辺境の魔女”は死に、“剣帝”は敵に回った。四大と呼ばれた賢者も今やバラバラ」
重たい空気の中、レヴィエンが唄うように言う。その言葉にアレンもアリアも顔を顰めたが、二人とも何も言わなかった。
「年月というのは残酷だねぇ。かつては世界を救った英雄が、今じゃ世界を混乱に陥れようとしているのだから」
アレンやアリアの苦虫を噛み潰したような表情を無視して、レヴィエンはなおも続けた。
「おい、いい加減にしねぇかっ!」
そんなレヴィエンを諌めたのはカイルだった。正直、話には全くついていけていなかったのだが、アリアの心中は察することができた。
「おっと、ボクとしたことが。お心を害してしまったかな?」
レヴィエンはアレンにではなくアリアに言った。アリアはそれに鋭い睨みを返す。
「何はともあれ、まずはフレイノールへ向かうことです。ケニスならきっと力になってくれるはずです」
険悪になっていく空気を断ち切るように言ったアレンの一言で、この場は一先ずお開きとなった。
「ほら、アンタもそろそろ起きな」
話が終わったところで、アリアがそれまでベッドを占領していたルーを揺すった。
「いえ、そのまま寝かせておいてあげましょう。“睡眠”の魔法はそう簡単には解けませんし」
アリアにはその言葉の意味は分らなかったのだが、部屋を出て行こうとしていたレヴィエンはアレンの視線に軽く微笑み返したのだった。
そして翌日――慎重に追手のいないことを確認しながら、五人はフレイノール行の連絡船に乗り込んだ。
≪続く≫
次回は7/10(日)19:00更新予定です。