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Sage Saga ~セイジ・サーガ~  作者: Eolia
第7章 声無き慟哭は清き流れに乗って
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第48話

「……ってことはつまり、あの亡霊の思念が影響して魔獣がレティアにやって来たってわけか」


 二人は洞窟を出てレティアへの帰路についていた。その途中でレヴィエンは今回の件について、大体のあらましをカイルに説明した。もちろんジェラルドの亡霊が求めていた人物については、レティアに住む誰かという程度の説明に止めているが。


「お前、魔石ってのは魔力の塊だって言ったよな。あれが王国軍の秘密の施設だとしたら、一体王国軍はあそこで何をしていたんだ?」


 憤りを含んだ声でカイルが訊いた。その矛先はレヴィエンではなく王国軍に向けられている。


「……“賢者”を造ろうとしたのさ」


 カイルの問いにレヴィエンはしばらく無言のままでいたが、一つ大きく溜息をついてから静かに言った。


「賢者……? 賢者って、あの?」


 カイルが眉を(ひそ)める。賢者というのはそれだけ謎の多い存在だった。


 人並み外れた体力・魔力を持ち、決して表舞台に出ることはなく、陰から世界を見守り続ける者達。そして世界に危機が訪れた時、その力をもって世を乱す混沌を打ち払うと言われている。


「俺達がこうして平和に暮らしていられるのも賢者様のお力あってのことだと、ガキの頃何度も聞かされたっけな。けど、そんなのは作り話だろ?」


「ほう、何故作り話だと思うんだい?」


「今のこの世界は平和か? 魔獣はあちこちに発生して、襲われて命を落とした奴は数知れねぇ。魔獣だけじゃねえ。野盗だの山賊だのって輩もうじゃうじゃいやがる! 俺の村だって……」


 最後の言葉が聞き取り辛くて、レヴィエンは「ん?」と首を傾げて訊き返した。


「いや、何でもねぇ。とにかくだ。そんな偉い人がいるってんなら、この世界をもっとどうにかしてくれるんじゃねえのかってことさ」


 思わず口を衝いて出てしまった言葉をごまかすように、カイルは一息に言い切った。


「フッ、なるほど。キミの言葉はまさにこの世界の人々の気持ちを代弁しているようだね」


「あん?」


 レヴィエンが鼻で笑ったので、カイルが眉間に皺を寄せて訊き返した。


「これは失敬。こんな事をキミに言っても仕方のないことだろうね。それより――」


 レヴィエンがふと足を止めた。レティアの街はもう目の前というところまで来ている。


「……どうしたんだよ?」


 眉間に寄せた皺はそのままに、カイルが再び問いかけた。


「何やらおかしな気配がするねぇ」


 レヴィエンがレティアの方を指差した。それにつられるようにして、カイルも街の方に眼をやる。


「――まさか……っ!」


 はっと何かに気付いたカイルが慌てて駆けだした。レヴィエンもそのすぐ後について走る。


「ちっ、やっぱりか!」


 街の出入り口にもなっている巨大な橋を渡ると、遠くに見える魔獣にカイルが舌打ちした。


「なんでだよっ!? あの亡霊は成仏したんじゃなかったのか!」


 魔獣がレティアの街にやって来るのは、魔石の力によって亡霊となったジェラルドの思念が影響しているからだとレヴィエンは言った。それならばジェラルドの魂が解放された今、魔獣がレティアを襲うはずがない。


「間に合わなかったのだろうね。元々、魔獣は人間を襲うものだ。街の中に入ってしまえば、亡霊の思念が無くなったとしても関係ない」


 魔獣が自分から街に入ることはなくとも、何らかの理由で入ってしまえばそこで人間を襲うのだ。恐らくレヴィエン達がジェラルドの亡霊を解き放つ直前に、あの魔獣はレティアに入り込んでしまっていたのだろう。


「しかも、よりによってまたラミアかよっ!」


 街の広場――ちょうどレヴィエン達が洞窟へ向かう前に魔獣が現れたのと同じ場所にラミアがいた。それも二体だ。そしてその二体に囲まれるようにして、一人の少女が小さな男の子に覆い被さり、身を呈して庇っていた。


「おいっ! あれ、お前の連れじゃねえのか!?」


 必死に広場の方へ走りながらカイルが叫んだ。レヴィエンもその姿を確認している。今まさにラミアに襲われそうになっているのは、確かにルーだった。


「くそっ! 間に合わねぇ!」


 ラミアが鋭く尖った手を振り上げ、ルーが男の子を抱きかかえながら固く眼を瞑る――


『ギイィィ!』


 だが聞こえたのはラミアの金切り声のような悲鳴だった。ルーが硬く閉じた眼を恐る恐る開けると、自分とラミアの間に一人の男が割って入っていた。


「怪我はありませんか?」


 右手に刀を持った男がラミアの方を向いたまま尋ねた。身体が震え、声が上手く出せないルーがその背中に頷き返す。


「できるだけ下がっていて下さい。すぐ終わりますから」


 ルーの首肯した姿は見えないはずなのに、男はほっとしたような声で言った。


『ギイィヤァア!』


 男の一刀によって片腕を斬り落とされたラミアが雄叫びを上げて襲いかかる。男は覆い被さってくるラミアの身体めがけて飛び上がると、刀を横一文字に振り払った。


 ――ズパァ!


 その一太刀でラミアの身体は真っ二つに引き裂かれた。そのまま空中でラミアの身体を蹴って横に跳んだ男は、もう一体のラミアも頭から両断した。


「……マジかよ……っ!」


 まさに一瞬の出来事だった。急いで現場に駆けつけようとしたカイルだったが、その光景を目の当たりにし、思わず呆然と立ち尽くしてしまった。


 カイルはレヴィエンと二人掛かりでどうにか一体のラミアを倒すことができたのだ。あの時のラミアは魔石の力で強化されていたとはいえ、それを差し引いたとしても二体まとめて瞬殺するなど、尋常な力ではない。


「あいつは一体何者――」


 その時、男の顔が一瞬こちらを向き、それを見たカイルが再び弾かれたように走りだす。


「大丈夫ですか?」


 ラミアを一瞬のうちに葬り、血振りした刀を鞘に収めた男がルーに手を差し伸べて助け起こす。


「は……はい~。ありがとうございましたぁ……あれぇ?」


 男の顔を見ると、ルーは何かに気付いたように首を傾げた。


「うおらぁ!」


 ルーがさらに何か言いかけると、男は顔を逸らして足早にこの場を去ろうとした。だがそこへカイルが槍を構えて飛びかかる。


「……っ!?」


 男はカイルの繰り出した槍を寸でのところで躱した。男のすぐ傍を通り過ぎたカイルは、着地するや否や鋭く切り返して再び男に襲いかかった。


 ――キィンッ!


 金属同士がぶつかり合う甲高い音が響き、カイルの槍が男の抜き払った刀に弾かれる。


「ちっ……!」


 奇襲攻撃が失敗に終わり、カイルは一旦距離を取るように後ろへ飛び退いた。


「私に何か御用ですか?」


 奇襲を受けたにも拘らず、男は驚くほど落ち着いた口調で尋ねた。それだけ、カイルの攻撃は男にとって何ら脅威にならなかったということだろう。


「へっ、分かってんだろ? 俺はギルドのスイーパーだ。国王暗殺未遂の容疑でお前を拘束する!」


 カイルが槍を一度大きく振り払うようにして構え直す。その切っ先を男――アレン・ファルシスにぴたりと向けた。


「そうですか。ですが今はまだ捕まるわけにはいきません。ここはひとつ、見逃してはもらえないでしょうか?」


 アレンは殺気の籠った切っ先を向けられても平然としている。


「そんな馬鹿な話が通ると思ってんのか?」


 言葉の威勢とは裏腹に、カイルは慎重に間合いを測ったまま動こうとしなかった。


「貴方では私に勝てません。無駄な争いはやめましょう」


 アレンは刀を鞘に収め、闘う意思の無いことを示した。


「ふっ……ふざけんじゃねえっ!」


 その態度にかっとなったカイルが武器を収めたアレンに襲いかかる。そのまま鋭く突き出された槍は、しかしアレンに届くことはなかった。


「くそっ!」


 何度槍を繰り出しても、アレンにはかすりもしない。カイルの動きは完全に見切られていた。


「く……っ!」


 だが突然アレンの動きが鈍った。それまで全く顔色を変えることなくカイルの攻撃を躱していたのに、不意に顔を歪め、その場でよろけるようにバランスを崩す。


「喰らいやがれぇっ!」


 その隙を見逃すことなく、カイルが突進する。躱せるタイミングではないと察したアレンは、刀の柄に再び手を掛けた――


「いい加減にしなっ!!」


 その瞬間、辺り一帯に響き渡るかのような怒声が起こり、二人の動きがびくっと止まった。


「ア……アリアさん!?」


 カイルは声の主を確かめるなり、驚愕に蒼ざめた顔で裏返った声を上げた。


「まったく……しばらく見ないうちに少しは成長したかと思えば――」


 アリアと呼ばれた女は、つかつかとカイルの傍まで歩み寄ってきたかと思うと、いきなりカイルの頬を拳で殴り付けた。


「ぐぅ……っ!」


 頭の芯まで響くような衝撃に、カイルがその場にもんどりうって倒れる。


「闘いになるとすぐ頭に血が上るその癖、何とかならないのかいっ!」


 腰に手を当て、地面に転がるカイルに向かって思いっきり怒鳴り散らした。


「あの……アリアさん、もうその辺で……」


 アリアのあまりの剣幕に、アレンが慌てて止めに入る。だがアリアはそんなアレンの胸倉も掴み上げた。


「アンタも、怪我人のくせに無茶して心配かけさせるんじゃないよ……っ!」


「はっ……はい、申し訳……ありません……」


 ぎりぎりと首を絞められながら、アレンが苦しげな表情で謝った。


「ハッハッハ。かの四大(しだい)といえども、アリアさんにかかれば形無しだねぇ」


 三人のやり取りを可笑しそうに笑いながら、レヴィエンがゆっくりと歩いてきた。この展開に少しも動じた様子が無い。


「アンタ、今までどこほっつき歩いてたんだい? アレンに無茶させないためにアンタに見張りを頼んだってのに」


 アリアはレヴィエンを鋭い眼つきで睨みつけた。


「おお、そんな怖い顔をしないでくれたまえ。ボクだってそれなりに身体張って頑張ってきたんだよ?」


 レヴィエンは変わらず笑顔のまま両手を広げて首を振って見せた。


「おい……こりゃ一体どういうことだ?」


 左の頬を押さえながら、カイルがよろよろと立ち上がる。


「詳しい話は後だ。そろそろ避難した奴らや憲兵が集まってくる」


 アリアはそう言うと、さっさと踵を返した。


≪続く≫

次回は7/7(木)19:00更新予定です。

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