第47話
徐々に……本当に徐々にですが、来てくれる方が増えてきました。
このまま人気作品に……なれるといいなぁ(笑)
黒猫ハウス さん、レビューありがとうございます!!
それまでのオコゼに手足が生えたような姿とは違い、その魔獣の胴体は巨大な蛇の様である。だが上半身は人間の女性に近かった。
「“ラミア”か。厄介な相手だねぇ」
人間の女と蛇の身体が合わさったような姿をしている魔獣――ラミアは、度々物語にも描かれるほど有名な魔獣だ。グリフォンとまではいかないものの、やはりその力は強大で、最大限の警戒を要する危険な存在であった。
「けっ、何をびびってやがる。この程度の魔獣、俺一人で十分だぜ!」
慎重になるレヴィエンに対し、カイルは強気だった。その言葉通り、単独で魔獣に飛びかかる。
「ああ、ちなみにそのラミアは――」
言い終わらないうちに、カイルの突き出した槍は魔獣の鋭く尖った手に掴み取られ、そのまま身体ごと投げ飛ばされた。
「ぐぅ……っ!」
宙を舞ったカイルの身体は受け身を取れぬまま思い切り地面に叩き付けられた。
「だから言わんこっちゃない。人の話は最後まで聞くものだよ?」
腰を押さえながらよろよろと立ち上がるカイルに、レヴィエンは呆れたように言った。
「どうなってやがる。いくらなんでも強すぎだろ!?」
「やはり魔石の力でパワーアップしてるねぇ。まあ、それが分かっただけでもキミの無謀な突進は無駄ではなかったということだよ」
レヴィエンが笑いながら言った。この男は最初からこうなることが分かっていたようだ。
「てめぇ……後で覚えてろよ。で、魔石ってのは何だ?」
レヴィエンを恨みがましい眼で一睨みした後、初めて耳にする単語にカイルは首を傾げた。
「まあ、この場から無事に帰れたらってことにしようじゃないか」
言うなり、レヴィエンはラミアに向けて銃を発射した。放たれた弾丸はラミアの腹部に命中し、僅かにラミアの体勢が崩れる。
「ちっ、後で絶対追及してやるからな!」
バランスを崩したラミアの隙を突くべく、再びカイルが突進した。だがそれを素早く態勢を整えたラミアの尻尾が迎え撃つ。
カイルが飛び上がってその尻尾を躱し、そのまま槍を突き出そうとした。このままでは先程と同じく簡単に受け止められるだけだったが、カイルの動きに合わせてレヴィエンが二発、三発と立て続けに銃弾を浴びせかけたので、再びラミアは態勢を崩した。
「うおりゃあっ!」
態勢を崩しがら空きになったラミアの上半身に、カイルが槍を深々と突き立てた。
『ギィヤアァァ!』
ラミアが割れるような叫び声を上げ、身体を激しくくねらせた。その勢いで刺さっていた槍が抜け、再びカイルが宙に放り投げられる。
「ちっ、身体も普通の奴より硬いぞ!」
今度はちゃんと空中で態勢を整えて着地したカイルが舌打ちする。本当ならこの一撃で完全に身体を貫くつもりだった。
「硬いだけなら問題ないのだがねぇ……」
大きく溜息をつきながら、レヴィエンは先程カイルが槍を突き立てた部分を指差した。見る見るうちに傷が塞がりつつある。
「おいおい……冗談だろ」
致命傷を与えるには至らなくとも、かなりの深手を負わせたつもりだった。それがもうすでに針で刺した程度の傷しか残っていない。レヴィエンが銃弾を撃ち込んだところなど、もはや傷すら見えなかった。
「参ったね、これは。どうだい? ここは一先ず退散というのは」
いまいち緊張感のない口調でレヴィエンが言った。その言葉にカイルが気色ばむ。
「馬鹿言ってんじゃねえ! もしこんな奴が街に現れたら、それこそとんでもないことになるだろうがっ!」
これほどの魔獣がレティアの街を襲ったなら、どれだけの被害が出るか想像もできない。なんとしてもここで仕留めなければならなかった。
「やれやれ、やっぱりそうなるのか……で、何か策はあるのかい?」
最初から分かっていたようにレヴィエンが溜息をつく。
「そんなもんはねぇよ。どっちかがくたばるまでやり合うだけだ!」
カイルの言葉は単純明快だった。驚異的な速度で傷が回復するなら、それ以上に攻撃を叩き込めばいい。
「ふぅ、キミって戦闘になると性格変わるタイプかい?」
意外と冷静な男だと思っていたのだが、いざ闘いが始まると別人のようにテンションが上がっている。むしろ今の方が見た目と合っているとも言えた。
「ごちゃごちゃ言ってねえで、とっととその派手な銃をぶっ放せ!」
完全に傷が塞がったラミアがゆっくりと近づいてくる。カイルはその正面に立ちはだかると、相手の動きを窺うようにどっしりと構えた。
「仕方ないねぇ、しばらくは付き合ってやるか」
カイルには聞こえないようにボソっと呟いて、レヴィエンはラミアに銃弾を浴びせかけた。これまでは確実に命中していた弾丸だったが、今回はラミアが飛ぶように横に逃れる。
「っしゃあ!」
しかしラミアの逃げる軌道上には、カイルがタイミング良く差し込んだ槍があった。回避することも叶わず、そのまま槍の切っ先に自分から突っ込む形で胴体から尻尾に掛けて横一文字に斬り付けられる。
『ギギィッ!』
ふわっとラミアの身体が宙に浮き、滑り込むように地面に落下する。
「ハッ、このまま三枚に下ろしてやるぜ!」
下半身に深手を負い、明らかに動きの鈍くなったラミアにカイルが飛びかかる。今度こそその身体を貫こうと渾身の力で槍を繰り出すが、その切っ先が届くより先にラミアは泉に逃げ込んだ。
「くそっ、逃げやがった!」
ラミアに躱され、地面に突き刺さった槍を引き抜きながらカイルは悪態をついた。怒りにまかせ水面を槍の先端で何度も叩く。その度にバシャバシャと水飛沫が上がった。
「どうどう、落ち着きたまえよ。まったく、これだから野蛮人は……」
「やかましい――って、何だよそりゃ!?」
カイルが苛立ちも顕わに振り返ると、レヴィエンは銃を持った右腕をだらりと下げていた。そしてその銃は淡い光に包まれている。
「次に奴が顔を見せた時が勝負だよ。ボクがコイツで奴を撃ち抜くから、キミには奴をおびき出す餌になってもらいたい」
レヴィエンは泉に向けて銃を構えた。その輝きがどんどん強くなっていく。
「さらっと無茶なこと言いやがって……。おい、俺には絶対当てんじゃねーぞ!」
レヴィエンの光り輝く銃を見て、カイルには一つ閃くものがあった。もしその通りなら、確かにあのラミアを一撃で仕留められるかもしれない。だが万一巻き込まれでもしたら、自分の身もただでは済まない。
「ヤだなぁ、ボクの腕を信用したまえ」
カイルの切なる訴えに、レヴィエンはにっこりと微笑み返した。その笑顔が妙に胡散臭い。信用できないのはお前の腕じゃなく性格だ、と言いそうになった。
「ちっ、やればいいんだろ、やればっ!」
色々と覚悟を決めたカイルが槍を投げ捨てた。こちらに攻撃の意思があることが相手に気付かれれば、また逃げられる恐れがある。
張り詰めた緊張感の中、僅かばかりの時が流れ、再び水面に影が浮かんだ。
(来やがったな……!)
カイルは泉の淵に立ち、全身を駆け巡る戦慄に必死に抗っている。
影は浮かんだものの、なかなかラミアは姿を見せなかった。恐らく水面ギリギリのところでこちらの様子を窺っているのだろう。そのまま再び膠着状態となり、両者の我慢比べとなる。
その我慢比べに勝利したのはカイルだった。ラミアが先に動き、水面から勢いよく飛び出したかと思うと、そのまま無防備のカイルに襲いかかる。
「今だっ! ぶっ放せ――」
ラミアの攻撃を紙一重で躱すと同時に、カイルが合図を出す。だがそれと同時――いや僅かに早く、レヴィエンは引鉄を引き絞っていた。
「うおぉ!?」
確かに当たりはしなかったが文字通り紙一重のところを通過した弾丸は、その風圧だけでカイルをよろめかせながらラミアの身体に命中した。
『ギィ――』
身体に大きな風穴を開けられたラミアは悲鳴を上げることすらできず、そのまま泉を飛び越えて岩壁に深々とめり込んだ。
「ふぅ、やれやれ。どうにか仕留めることができたようだね」
岩壁にめり込んだラミアが動かなくなったのを確認して、レヴィエンが言った。
「てめぇ! 今、俺ごと撃ち抜こうとしただろっ!」
「ハッハッハ。ボクがそんなことするはずがないじゃないか」
鬼のような形相で詰め寄るカイルに、レヴィエンは悪びれる風もなく笑い掛けた。
「てめぇ、いっぺん死んで――」
カイルがレヴィエンの胸倉を掴み上げている両手に力を込めようとした時、後ろが俄かに明るくなった。
「今度は何だ!?」
カイルが弾かれたように振り返る。見ると光は岩壁にめり込んだラミアの死骸のすぐ手前から溢れているようだった。
「これは……」
光は徐々に凝縮していき、何かの形になっていく。その光景にレヴィエンも息を呑んだ。
「人間……か?」
光から生まれたのは確かに人間の男だった。もちろん普通の人間ではあり得ない。身体は半透明に透け、足は見えなかった。
――苦しい……苦しい……
「なっ……何だ何だおいっ!?」
男の声が聞こえる。声の主は正面に浮かぶ男なのだろうが、その声は耳からではなく直接頭の中に響くようだった。
「魔石に取り込まれた魂か」
レヴィエンが哀れむような眼で男を見た。
――苦しい……会いたい……助けて……
「ひでぇ……っ!」
二人の頭の中には、男の声と共にその感情まで流れてきている。苦しみ、恨み、絶望――そんな負の感情の中に狂おしいほどの愛慕の念も混じっていて、カイルは思わず胸を押さえた。
「恐らくは、王国軍によってここで殺された人間だろう。非業の死を遂げた彼の無念の思いが魔石と共鳴し、魂をこの世に留めているのさ」
「その魔石ってのは一体何なんだ!?」
男の思念が次々に流れ込んできて、堪らずカイルはヒステリックに叫んだ。
「アレさ」
カイルと同様に男の思念を受けながらも、レヴィエンは静かに男の方を指差した。
「あれが……魔石?」
ラミアの手前に浮く男のさらに手前に、いつの間にか赤紫色に輝く拳大の石が浮かんでいた。
「一言で言うなら“魔力の結晶”さ。その力はこの世の在りようを簡単に覆す」
レヴィエンは簡単に説明すると銃を懐にしまい、その右手を石の方に掲げた。ふわふわと浮かんでいた魔石が吸い込まれるようにその手に収まる。
――会いたい……苦しい……会いたい……
魔石がレヴィエンの手に収まってもなお、男の亡霊はその場に留まり続けた。
「ちくしょう! 一体誰に会いたいってんだよっ!?」
カイルが悲鳴を上げるように問いかける。
――会いたい……もう一度……セリカ……
カイルの声に反応したのかは分らなかったが、男の亡霊の言葉が変わった。その言葉にレヴィエンがピクリと反応する。
「セリカ……それにその格好は王国軍の軍服だね。もしかしてアナタは――」
――会いたい……一目だけでも……ルー……
男は続けて核心的な名前を口にした。それによって男の正体がはっきりした。
「そうか。アナタはルー君の……」
レヴィエンは正面に浮かぶ亡霊にではなく、右手に握りしめた魔石に視線を落したまま呟いた。
――会いたい……会いたい……
男――ジェラルドの亡霊は変わらず思念を放出し続けている。どこまでも静かな声なのに、それは悲痛な叫びにも聞こえた。
「これはあのコには酷すぎるねぇ」
眼を閉じ、レヴィエンはぽつりと呟いた。そして顔を上げると、決意を秘めた眼をジェラルドの亡霊に向けた。
「可哀そうだけど、アナタをルー君に会わせるわけにはいかないよ。あのコの悲しむ顔はもう見たくないのでね」
そして再び魔石に視線を移し、一つ大きな溜息をつく。
「本当ならこれも回収しなきゃいけないんだけどね。猊下に怒られそうだな……」
またもや小さく呟くと、レヴィエンは手に持っていた魔石を宙に放り投げた。
――ガーン!
次の瞬間、素早く懐から銃を抜き出し、魔石を撃ち抜いた。けたたましく破砕音を響かせて、魔石が粉々に砕け散る。
粉々になった魔石の欠片がキラキラと輝きながら舞い散ると、ジェラルドの亡霊の放つ光が徐々に弱まっていった。
「……これって成仏ってやつか?」
少しずつ薄くなっていくジェラルドを見ながら、カイルが複雑な表情で訊いた。
「魔石に囚われていた魂を解放したという点では、確かに成仏と言えるのかもねぇ」
銃を懐にしまいながら、レヴィエンが眼を伏せる。ジェラルドの顔を見るのが忍びなかったのだ。
だが消えゆくジェラルドの顔は意外なほど穏やかで、心なしか微笑んでいるようにも見えた――
≪続く≫
ちょっと切ない感じの結末です。
ルーの父親はもうすでに死んでしまっていたのです。
次回は7/5(火)19:00更新予定です。