第46話
そういえば、前々回のラストでレヴィエンが会った女性について放置したままでした^^;
もう少し後で登場する予定です。
「……ここか?」
ルーをレティアに残したレヴィエンとカイルは、街に程近い洞窟の入り口にさしかかっていた。確かにレティアとは細長い川で繋がっている。
しかし外観はどこにでもある普通の洞穴で、この奥に王国軍の研究施設があるとは誰も想像しないだろう。カイルも半信半疑だった。
「まあ、行ってみようじゃないか」
真っ暗な洞窟の中に、レヴィエンは迷わず足を踏み出した。
「あっ、ちょっと待てって!」
カイルはまだ灯りの用意をしていない。だがレヴィエンの手にも何も持たれていなかった。
「そんな物、必要ないさ」
カイルがカンテラを取り出し、それに火を点けようとするのをレヴィエンが制す。そして口の中で短く詠唱すると、掌を返して頭上に掲げた。
「ほお、“灯光”の魔法か」
レヴィエンの掌から光り輝く球体が生まれ、それが洞窟内を明るく照らした。
「ふむ、最近ここを誰かが通った形跡は見られないねぇ」
レヴィエンの作りだした光の球体は、空中をふわふわと漂っている。レヴィエンはそれを意思一つで自由に操り、天井や側壁、そして足下を照らした。
「お前は今回の魔獣騒ぎに人間が関わってると思ってんのか?」
レヴィエンの照らす場所に自分でも眼を配らせながらカイルが訊いた。魔獣の背後に人間がいるというのはあまり想像できる話ではなかった。
「別にそういうわけじゃないけどね」
一通り辺りを見回して特に変わった所はないと分かると、レヴィエンはそれまでの慎重な足取りから一変してすたすたと奥へと進んでいった。
「しっかし、どこからどう見ても普通の洞窟だな――っと、行き止まりか」
しばらく洞窟内を歩いて、二人は突き当たりの壁にぶつかった。
「どうやらここはハズレだな。引き返すぞ」
ここまで来る間に分かれ道らしきものは無かった。つまりはこの洞窟には何もないということだ。
「おやおや、気の早いことだ。まだ終わってはいないよ?」
踵を返したカイルの背中にレヴィエンの声が届いた。レヴィエンは目の前の岩壁をじっと見つめている。
「いくら調べたって無駄だ。その壁に仕掛けらしいものは感じないぜ」
カイルもスイーパーとして多くの事件に関わって来た。犯罪グループのアジトの捜索などでは、よくこういった洞窟の奥に隠し扉があったりしたものだ。そういう経験を多く積んだカイルの眼には、この岩壁に何か仕掛けがあるようには見えなかった。
「何しろ王国軍のトップシークレットとも言うべき施設だからねぇ。そこら辺の盗賊のアジトとは比べ物にならないよ」
レヴィエンは傍らを流れる川が壁の向こうまで繋がっているのではと考えた。もし魔獣が本当にこの洞窟から川を渡ってレティアに流れついたのだとしたら、必ずこの向こうに何かがある。
「それにしたって、お前の勘だろ? そういうのを否定する気はないが、今回は外れたってだけなんじゃないのか?」
自分の積み重ねてきた経験を否定されたような気がして、さすがにカイルはむっとした表情を見せた。
「キミの言う通り、確かにこの壁には仕掛けは見当たらないね」
カイルの言葉には直接応えず、レヴィエンは岩壁を手でさすりながら言った。
「だから、そう言ってんだろ」
カイルは焦れてきた。仕掛けなど何もないと分かっていながら、レヴィエンがその場から動こうとしないからだ。
「覚えておくといい。世の中は自分が思っているよりもずっと広いのだよ」
まるで偉い学者が教え子に諭すかのような口調でレヴィエンは言った。その言葉の意味が分からず、カイルが顔を顰める。
レヴィエンは壁の前で、空中に何かを描くように指を動かした。指先から光が洩れ、それが岩の壁面に印を結んでいく。
「何をやって――」
カイルが問いかけようとしたその時、頭上から照らす光の球とは別の光が辺りを包み込み、カイルは思わず眼を庇った。
「なっ……!?」
しばらくして光が消えると、さっきまでそこにあった岩壁が無くなっている。
「結界の一種だね。魔法で岩壁のように見せていたようだ」
平静を装っているが、僅かながらレヴィエンの息は荒かった。結界を破るのに相当な力を使ったようだ。
「お前、ホントに何者だ?」
“灯光”の魔法までは、同業者の中にも扱える魔導師はいる。だがここまで高度な魔法となると、聞いたことはあっても見たことはなかった。
「フフン。謎が男の魅力を引き立てるのさ」
乱れた呼吸をすぐに整えて、何事もなかったかのようにレヴィエンは歩き出した。相変わらずカイルの質問にはまともに答えない。
新たに現れた道を進むとすぐに、今度こそ本当の終点に行きついた。これまでの狭い通路とは違って、明らかに人工的に広く穿たれた空間である。
「なっ……何だこりゃ!?」
思わずカイルが上擦った声を上げるほど、そこには異様な光景が広がっていた。
広場の中央付近には石で出来た大きな台があり、錆びついた拘束具がいくつも取り付けられている。これだけでも十分厭な想像を掻き立てられるのだが、不気味なのはそのサイズだった。普通の人間を乗せるには少々大き過ぎる気がする。
その他の場所に眼を移せば、元はガラスのカプセルだったのだろう、これまた巨大な円柱状の物体が並んでいる。今はガラスが割れていて、中は空っぽだ。
さらにカイルが眼を瞠ったのは、広場の最奥に並んだ小部屋を見た時だった。
小部屋には鉄格子が付いていて、その姿はまさに牢屋と呼ぶに相応しい。開け放たれた鉄格子は錆びついており、当然その中には誰もいない。
カイルはこの異様な場所で一体何が行われていたのだろうかと考えてみた。いくつかの可能性は思い浮かぶものの、そのどれもが吐き気を催すような想像だ。
その時だった。広場の一角に広がった泉から、ザバーンという大きな音と水飛沫を上げて魔獣が飛び出したのだ。
「フッ、ようやくお出ましか」
こうなることを予想していたように、レヴィエンは悠然と銃を構えると、素早く引鉄を二回続けて引いた。
レヴィエンの銃から放たれた弾丸は連続して命中し、飛び出してきた魔獣を再び泉に叩き込む。だがそれと同時にまた新たに二体の魔獣が泉から飛び出し、今度は間髪入れずにレヴィエン達に向かって突進してきた。
「っらあ!」
再びレヴィエンがそのうちの一体に向かって銃弾を発射するのと同時に、カイルがもう一体の魔獣を貫いた。
「どうやら本当にここが魔獣の発生源みたいだな」
絶命した魔獣から槍を引き抜きながらカイルが言った。魔獣は全てレティアに現れたものと同じ姿をしている。
「そのようだねぇ。ここからが本番だよ」
レヴィエンが泉から眼を離すことなく言う。その言葉を待っていたかのように、再び泉から魔獣が顔を出した。
「こいつが親玉か」
今度はゆっくりと姿を現した魔獣に、場はピーンと張りつめた緊張感に包まれた。
≪続く≫
次回は7/3(日)19:00更新予定です。