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Sage Saga ~セイジ・サーガ~  作者: Eolia
第7章 声無き慟哭は清き流れに乗って
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第45話

確か、ルーは寝起きが悪かったような……

きっと気のせいですね^^;

 翌日、ルーは朝から街へ飛び出していた。水の都と謳われる街並みに眼を輝かせながら探索している。そしてそれに何故かレヴィエンも付き合わされていた。


「うわぁ、レヴィさ~ん! 今ぁ、お魚さんが跳ねましたよ~」


 昨日は明るくしていても表情にどこか憂いのあったルーだが、今日はいつもの元気を取り戻していた。


「ちょっと……ルー君!? 元気なのはとても良い事なのだが……少し休もうじゃないか」


 ルーに容赦なく振り回されて、レヴィエンはへとへとになっている。朝から街へ繰り出して、もう昼時になろうとしていた。


「そうですねぇ。そろそろお腹が――わぶっ」


 レヴィエンを振り返りながら歩き、再び前を向いた瞬間、ルーは曲がり角から出てきた男にぶつかった。


「っと、ワリィ。大丈夫か?」


 ルーの顔面を胸で受け止めた青年が、ぶつかった反動で後ろによろけたルーの肩を支えた。


「ふぁ、ふぁい。大丈夫ですぅ……」


 男の胸板に(したた)かぶつけたようで、ルーは鼻面を両手で押さえていた。


「悪いな、ちょっと急いでんだ」


 男はルーに怪我がないことを確認すると、そのまま足早にその場を後にしようとした。その瞬間――


「きゃああっ!」


 突然、女の悲鳴が聞こえてきた。ルーやレヴィエン、さらには立ち去ろうとしていた男も弾かれたようにそちらへ顔を向ける。


 一人の若い娘が真っ青な顔をして腰を抜かしたように地面にへたり込んでいた。そしてその震える視線の先には、街中にはあまりに不釣り合いな生物がいる。


「あっ、あれぇ、魔獣さんですよ~!」


 巨大なオコゼのような身体に鋭く尖った手足を持った魔獣は、その裂けた口を大きく開けて凶悪な牙をむき出しにしている。


「レヴィさぁん!」


 二人がいる場所と娘のいる場所とは水路で隔てられ、少し離れた橋を渡らなければ向こう側へ行くことができない。ルーが叫ぶのとほぼ同時に、レヴィエンは懐から取り出した銃を構えた。だが引鉄を引くより早く、先程までそこにいた男が飛び出す。


 男は身の丈を超える槍を抱えたまま、水路をひとっ飛びで越えた。


「ほう、これは驚いた」


 思わずレヴィエンが舌を巻くほど、それは驚くべき身体能力だった。


「うおりゃあぁっ!」


 気合い一閃、男の突き出した槍が魔獣を深々と貫く。


『ギイィィ……!』


 魔獣は抵抗する間もなく地面に倒れ込み、そのまま絶命した。


「……ふぅ。大丈夫かい、アンタ?」


 男がまだガタガタと震えている娘に声をかける。娘に手を差し伸べて助け起こそうとした時、一体だと思われた魔獣の仲間が次々と傍らの水路から飛び出してきた。


「ちっ、ぞろぞろ出てきやがって! まあ、手間が省けていいけどなっ!」


 男が娘を背に隠すように振り返り、槍を構え直す。男を取り囲む魔獣は三体になっていた。


 娘を背に庇った状態では先程のように簡単に飛び込むわけにはいかない。三体の魔獣の動きを牽制しながら、男は仕掛けるタイミングを計った。だが先に動いたのは魔獣の方だった。


 まず一体が男に飛びかかり、それに男が槍を突き立てると同時にもう一体も飛びかかる。魔獣を貫いたままの槍をそのまま横殴りに叩き付け、二体目の魔獣も撃退したのだが、続けざまに飛び込んできた三身体目の魔獣に対する反応が遅れてしまった。


「ちっ!」


 男は魔獣が刺さったままの槍を咄嗟に投げ捨て、身を呈して娘を庇おうとした。


 ――ガーーン!


 娘の悲鳴と共に一発の銃声が鳴り響き、魔獣はそのまま男を飛び越え、大きく水飛沫を上げて水路に飛び込んだ。


「やれやれ、危ないところだったねぇ」


 銃を撃ったのはもちろんレヴィエンだ。いつものように銃口にキザっぽく息を吹きかけ、クルクルと回してから懐にしまった。


「へっ、随分と物騒な得物持ってるじゃねーか」


 傍らに投げ捨てた魔獣から槍を引き抜きながら男が笑みを浮かべる。一目見た時からレヴィエンをただの素人ではないと見抜いていたのだ。


「キミもなかなかの腕だねぇ。先程ギルドから出てきたみたいだけど?」


 男とルーがぶつかった曲がり角を、男が歩いてきた方向に眼で辿ってみるとスイーパーズギルドのレティア支部があった。


「よく見てるじゃねえか。そうさ、俺はギルドのスイーパーをやってるカイル・アストだ。お前さんは?」


「フフン、よくぞ訊いてくれた! ボクの名は――」


「レヴィさ~ん! 大丈夫ですか~!?」


 レヴィエンがいつもの芝居がかった長大な名乗りを上げようとした時、見事なタイミングでそれに被せるようにルーが駆け寄って来る。ポーズまで決めていたレヴィエンは、その体制のまま固まってしまった。


「ちょっと、ルー君……ボクの大事な見せ場を邪魔しないでくれたまえ……」


「ほえ? 今からが見せ場だったんですかぁ?」


 レヴィエンの理不尽とも思える抗議に、ルーはきょとんとした顔で訊き返した。


「なんか……変わった奴らだな」


 レヴィエンとルーのやりとりを見ながら、カイルは引きつった笑顔を見せた。


「あ、あのぅ……」


 不意にカイルの背中から声が掛かる。振り返ると、娘がまだ蒼い顔ながらも立ち上がっていた。


「ああ、忘れるところだった。もう魔獣の気配はないから安心しな」


 カイルが安心させるように笑いかける。それを見て娘もいくらかは気持ちを楽にしたようだ。


「ところで、街中に魔獣が出没するというのはよくあることなのかい?」


 何を血迷ったか、レヴィエンもカイルに対抗して娘に笑いかけて言った。背景にバラでも背負っているかのようなレヴィエンの芝居がかった仕草に、娘もぽっと顔を赤らめる。


「あっ、あの……陸地に上がったのは初めてなんですけど、最近水路に顔を見せることがたまにあって……」


「なるほどねぇ。このようなか弱い女性を襲うなんて、なんと不届きな魔獣だろうか。だが魔獣の気持ちも分からなくはない。ボクもできることなら今すぐ君を愛の巣へ連れ帰りたいところさ」


「え、いや……そんな……」


 完全な口説きモードに入ってしまったレヴィエンに、娘は逆に引き気味になっている。それでもレヴィエンは構わずぐいぐい迫った。


「おい、この男はいつもこんな調子か?」


「えっとぉ、大体こんな感じです~」


 完全に自分の世界に入ってしまったレヴィエンを横目に、カイルが呆れたような顔でルーに尋ねると、ルーは屈託のない笑顔を見せた。まだ出会ってから大した時間も経っていないというのに、再びカイルが顔を引きつらせる。


「ハッハッハ、案じることはない。今夜はキミに至高のひと時を約束しようじゃないか。さあ、身も心もこのボクに委ねて――」


「いいかげんにしろ、この発情男。これ以上やると公然わいせつ罪で憲兵につき出すぞ」


 どんどん口説き文句をエスカレートさせるレヴィエンの襟首を引っ掴んで、カイルが娘から引き離す。その隙に娘はほっとしたような、でも少し残念そうな顔をしながらそそくさと逃げて行ってしまった。


「まったく……いくらボクの美しさを妬ましく思うからって、人の恋路を邪魔するとは」


 レヴィエンが遠ざかっていく娘を見やりながら、大きな溜息をつく。


「やかましい。あれのどこが恋路だ、どこが」


 調子を崩されっぱなしになりながらも、カイルはレヴィエンの行動に逐一ツッコミを入れた。本当に相手にするに足らない小者と見れば、カイルはこのように取り合ったりはしない。レヴィエンが見た目以上に油断ならない人物だとカイルは見ていたのだ。


「それはそうと、見たところこれは水生の魔獣みたいだね」


 転がっている魔獣の死体は全て同じ姿をしている。鳥類の足を思わせる尖った手足は、魚というにはあまりにも異形だが、鱗に包まれた体躯はやはり水に生を受けた生物を思わせた。


「あ? ああ、そりゃそうだろう」


 軽い口調はそのままだったが、しかしどこか雰囲気が変わったような気がして、カイルが一瞬眼を(みは)る。だがレヴィエンの言葉の意味までは量りかねた。


「山や森に棲む魔獣が人里に降りてきたという話は稀に聞くが、水に棲む魔獣が陸に上がってまでこんな都会に出没するというのは聞いたことがない」


 レヴィエンは魔獣が飛び出してきた水路を見下ろしながら言った。


「まあ、確かにな。実はギルドの方でもその話は聞いてたんだ。ちょうどその事を調べようとしてたとこなんだが……」


 カイルもレヴィエンに倣って水路を見下ろし、さらにその流れを上流から下流へと眼で追った。


「魔獣の気配はもう無いな。これで一件落着か?」


 カイルはこれをギルドへ報告しに行くと言い、さらにレヴィエン達にも目撃者兼参考人として同行を求めた。


「本当にぃ、魔獣さんはもうやって来ないんですかぁ?」


 踵を返そうとするカイルに、ルーののんびりした声が届いた。


「さすがルー君。ちょうどボクも同じことを考えていたところさ」


 ルーの言葉には恐らく根拠はないのだろうが、レヴィエンは手を叩いてそれに同調した。


「……どういうことだよ?」


 カイルが怪訝そうな眼をレヴィエンに向ける。


「どういうことも何も、そのまんまの意味だよ?」


 レヴィエンはカイルをからかうように少し鼻で笑った。


「また魔獣が襲ってくるかもしれないって言いたいのか?」


 レヴィエンの態度に眉を(ひそ)めたものの、カイルは口調を変えず問い返した。若いながらも様々な経験を積んできたカイルは、この程度の軽い挑発には動じない。


「普通では起こらない事が起きる時というのは、普通でない理由があるものだよ」


 見た目には直情型の熱血漢に思われたカイルが意外にもからかい甲斐のない男だと分かり、レヴィエンはつまらなそうに言った。


「魔獣がこの街を襲ったのには理由があるってことか」


 カイルは顎に手を当て、そのまま考え込んでしまった。確かにレヴィエンの言うことにも一理ある。


「そういえば、この近くには昔、王国軍の研究施設があったそうだね」


 しばらくして、レヴィエンが不意に言った。


「あ? そうなのか?」


 ずっと眼を伏せて考え込んでいたカイルが顔を上げる。地元の人間ではないカイルにはレヴィエンの言葉を肯定も否定もできなかったが、それが本当だとしても、一体どういう意味があるのか分からなかった。


「確か、運河に流れ込む支流の一つを遡っていった先にある洞窟の奥にそれはあったはずなんだけどねぇ」


「なんでそんな所に……? ってか、なんでお前がそんなこと知ってんだ?」


 レヴィエンの言葉を全て信じるなら、それは明らかに非公式の施設だろう。当然それを知っているレヴィエンは普通の一般人ではないことになる。カイルは警戒の色を強めた。


「そんな事はこの際どうでもいいじゃないか。ボクの勘では魔獣はそこからこの街にやって来ていると思うのだが?」


 カイルの詰問を躱すようにレヴィエンが言った。その言葉にますますカイルが怪訝そうな顔をする。


「ちょっと待て。何がどうなって、そんな話になるんだよ?」


 レヴィエンは勘だと言ったが、何の根拠もなく言っているはずがない。カイルには分らない何かをこの男は掴んでいると思った。


「ちょっと気になることがあってね。ボクはこれからそこへ向かおうかと思うのだが、キミはどうするんだい?」


 レヴィエンは詳しい話を避けた。いや、この時点ではカイルに説明してやれることが何もなかった。レヴィエン自身、はっきりとした確信のあることではないのだ。


「へっ、本当ならこんな話、信じるわけねえんだが、何故か俺もお前の言っていることが正しいような気がしてきたぜ」


 長くスイーパーとして活動してきたカイルは、時には直感に従って行動することの大切さを知っている。レヴィエンの言葉を信じるべき根拠は何もなかったが、カイルの勘はそれを肯定していた。


≪続く≫

次回は7/2(土)19:00更新予定です。

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