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Sage Saga ~セイジ・サーガ~  作者: Eolia
第6章 白銀の街と二つの“呪い”
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第40話

また新キャラ……いや、実は新ではないんですが……^^;

「ここがアイリスの街かぁ」


 街道でミリィと別れ、フィゼルはアイリスの街に到着した。街全体を雪に覆われ、決して過ごしやすい環境とは思えなかったが、街は活気に満ちていた。グランドールや王都には劣るものの、人の多さはかなりのもので、ここが一大観光都市だというレヴィエンの言葉を証明している。


「確かに綺麗な所だよなぁ」


 フィゼルもその景観に感嘆した。降り積もる雪と街並みが見事に調和しており、本来ならば人々を厳しく閉ざすはずの雪が、逆にこの街に人を惹き付けている。


 通りには様々な店が立ち並び、特にアクセサリーのショップや工房に人々が集まっているようだ。


「へぇ、色んなのがあるんだな」


 フィゼルも店先に群がる人々に混じって、並べられているアクセサリーをまじまじと眺めた。ほとんどが女物であったし客も女性が多かったが、彼女や妻、それに娘にとそれを買い求める男性客もいた。


「お兄さん。彼女におひとつ、どうかしら?」


 店先に並べられたアクセサリーを見ていると、不意に店員から声をかけられた。


「かっ、彼女なんてっ、別に……」


 フィゼルが慌てて手を振ると、店員はさらに笑って言った。


「ふふ、でも意中の女の子はいるでしょう? こういうのプレゼントしてあげたら、きっと旨くいくと思うわよ」


 それはこういう商売の常套句(じょうとうく)だということぐらい分かっていたが、何故か頭にミリィの顔が浮かび、フィゼルは顔を真っ赤にしながらその場から逃げるように離れた。


 その後もふらふらと街の中を見回ったフィゼルは、高台に設けられた展望台のような広場にやってきた。


(……なんかカップルばっかりだ)


 広場に異常なほど多く設置されたベンチには屋根が付いており、雪が掛からないようになっている。それに腰掛けているのはほとんどが若いカップルだった。この寒さがそうさせるのか、同じような人間が多くいるからか、肩を寄せて身体をしっかりと密着させている。


 フィゼルは赤い顔でそんなカップル達を横目に見ながら、空いていたベンチに腰かけた。


(やっぱりここじゃないよなぁ……)


 足元にぎっしり敷き詰められた雪にも、肌を刺すような寒さにも違和感を覚えなかった。それは恐らく頭ではなく身体がこういう環境を覚えているからなのだろうと思ったが、この街の景色自体には何も感じるところが無い。


 ふぅっと小さく溜息をつく。その白い息が風に乗って流れるのを何とはなしに眼で追うと、隣に一人の女の子が立っているのに気が付いた。


(いつの間に……?)


 全く気配を感じなかった。これだけ雪が積もっていれば、それを踏みしめる足音が聞こえても良さそうなものなのに、それすら聞こえなかったのだ。


 歳の頃はジュリアと同じくらいか。本来なら可愛らしいと表現すべき整った顔立ちなのだが、遠くを見つめるその表情は歳不相応に大人びて見えた。


「……ついて来い」


 不意に少女が言った。少女の近くにはフィゼル以外誰もいない。


「えっ?」


 全く見知らぬ少女だが、フィゼルは自分に言われたような気がして少女に問い返した。


「こっちだ」


 少女は変わらず前を向いたまま言うと、今度はフィゼルの返事を待たずに駆けだした。


「あっ、ちょっと――」


 ――キャアアッ!!


 フィゼルが立ち上がって少女を呼び止めようとした瞬間、少女の走って行った方向から女の悲鳴が聞こえた。


 弾かれたようにフィゼルも少女の後を追う。高台に設けられた広場から、階段を駆け下りて街中の大通りに出た。


「リリーちゃん!? リリーちゃん!!」


 そこにはすでに人の輪が出来ていた。その中央には、眠るように地面に横たわっている幼い女の子と、その子に覆い被さるようにして泣き叫んでいる母親らしき女が見える。


「ねえ、一体何があったの?」


 フィゼルは近くにいた男に尋ねた。


「……“魔女の呪い”さ」


 男はこの状況に戸惑う様子もなく言った。まるで日常茶飯事の光景でも見るように。


「魔女の呪い?」


 “呪い”という言葉に、フィゼルの背筋が冷たくなった。自然とミリィの姿が頭に浮かぶ。


「この近くには昔“魔女”の一族が住んでいたのさ。今はもう滅びてしまっているはずなんだが、その怨念か、もしくは生き残りがいるのか……こうやってこの街の人間に呪いをかけるのさ」


 男の口調は淡々としていて、他人事というより、手の打ちようのない事態に諦めているかのようだった。


「そんな……あの女の子は死んじゃうの!?」


「……いつかはね。あのままずっと死んだように眠り続けて、そのうち死んでしまう。一カ月後か一年後かは分らないけど。そしてあの子が死んだら、また別の人間が同じように呪いをかけられるんだ」


 フィゼルは母娘を取り囲んでいる人達の複雑な表情を見た。皆同情めいた表情は見せるものの、どこか安堵の色も垣間見える。呪いをかけられるのが一度に一人だけなら、この女の子が死ぬまでは安全ということだ。


「……愚かな」


 突然フィゼルの横から少女の声がした。驚いて横を向くと、いつの間にか先程の少女がすぐ横に立っている。


「何だとっ!」


 少女に愚かと言われて、男が気色ばんだ。


「“魔女”は誰も呪わぬ。“異端者”と蔑まれ、人々から(いわ)れ無き迫害を受けながらも、この世界のために命を賭した。その気高き者達を愚弄することはこの我が許さぬ」


 いかにも女の子らしい声だったが、何故かその声には迫力があり、男は何も言えずにたじろいでしまった。


「……来い」


 少女はそれだけ言うと、すっと人の輪の中に消えていった。フィゼルが慌ててそれを追いかける。


 少女は遠巻きに母娘を囲む人達の間をすり抜けて、二人の傍まで歩み寄った。その場に片膝をついて、地面に横たわる女の子の額に手を置く。


「なっ……何を……?」


 母親がぐちゃぐちゃに泣き腫らした顔を少女に向けた。


「安心するがいい。我がこの子を助けよう」


「ほっ、本当ですか!? お願いします! 娘を……娘を……!」


 母親は錯乱しているのか、藁にもすがる思いなのか、どう見ても十一、二歳くらいにしか思えない少女の言葉を疑おうとはしなかった。


「何をしておる。早くこちらへ来い」


 少女を追って人の輪を抜けたものの中央までは行けずに立ち竦んでいたフィゼルに、少女が鋭い視線を向ける。


「お、俺……何をしたら……?」


 少女に言われるがままに女の子の傍まで来たものの、呪いが相手ではフィゼルには何もできない。


「何もしなくてよい。そのまま幼子の胸に手を置いておれ」


 フィゼルには何が何だか分からなかったが、少女の言葉に従って女の子の上に手をかざした。


「風よ……清き流れとなりて不浄なるものを祓え」


 少女が瞑想するように眼を閉じて詠唱を開始すると、次第に風が辺りを包み込むように渦を巻き、それが粉雪を撒き上げて視界を白く染めていく。


「くっ……」


 フィゼルは身体から何かが抜けていくような感覚に捉われた。まるで力がどんどん吸い取られていくようだ。


 風がさらに強くなり、少女の魔力が最高潮に達した瞬間、女の子の身体から眩い光が溢れだした。


「うわっ」


 フィゼルが咄嗟に眼を庇う。


 光が消える頃には風も止んでいた。眼を開けると、女の子の上にどす黒い火の玉のようなものが浮かんでいる。


「これが“呪い”……?」


 その邪悪な火の玉は、ミリィが“力”を使った時に見せるオーラとよく似ていた。しばらく女の子の上で揺らめいていたかと思うと、それは空高く舞い上がり、東の方角へ飛んで行った。


「ん……あれ? あたし……」


 それまで地面に横たわっていた女の子が目を覚ました。何が起きたのか理解できずにきょろきょろと辺りを見回している。


「あぁ! リリーちゃんっ!」


「ママ……? 苦しいよぅ」


 母親が女の子を抱きしめる。力一杯娘を抱きしめ泣きじゃくる母親の姿に、フィゼルは胸が熱くなった。


「もう大丈夫だ。念のため医者に診せた方がよかろう」


 少女の言葉に何度も何度も頭を下げながら、母親は女の子を抱えてその場を後にした。


「ちっ、余計な事を……」


 思わず涙ぐみそうになったフィゼルの耳に信じられない言葉が飛びこんできた。ばっと声のした方を振り向くと、辺りを取り囲んでいる人達の表情が決して明るくないことに気が付いた。


「余計な事って何だよっ!?」


 はっきりと誰が言ったのかまでは分らなかったが、フィゼルは声のした方に怒鳴り返した。


「あの子が助かったって、また別の人間が呪いにかけられるだけだ。少なくともあの子が死ぬまでは俺達は安全だったのに……」


「アンタなぁ!」


 死にたくないと思うことは当然だし、それ自体は別に悪い事でも何でもない。だがその為に目の前の幼い子供を見殺しにして当然と言わんばかりの言葉に、フィゼルは激怒した。


「やめておけ」


 今にも正面の男に突進しようとしたフィゼルを、少女の声が制止した。


「消えゆく幼子の命を前にしても己の身を案じることしかできぬ小さき者だ。そなたが怒る価値すらない」


 その言葉には侮蔑の念よりも、むしろ哀れみさえ感じた。


「くっ……他所者が知ったようなことを! お前らこそ関係無いからそんな綺麗事が言えるんだ!」


 少女の不思議な雰囲気に気圧されながらも、男も負けじと言い返す。男の言い分にも一理ある気もするが、それでもフィゼルは腹綿の煮えくり返る思いだった。


「……よかろう。ならば我がこの呪いの元を断ち切って来よう。それで文句はなかろう?」


 それだけ言うと、少女は街の外へ向かって歩き出した。周りの人間達は何も言えず、その姿を呆然と見送る。


「あっ、ちょっと待ってよ!」


 フィゼルは少女を追いかけた。


「ねえ、呪いの元を断ち切るって、どうするの?」


 街の出口付近で少女に追いついたフィゼルが尋ねる。何か危険な事をやろうとしているような気がしてならなかった。


「呪いの念は東の空へ消えた。恐らくはそこの山にその元凶は潜んでいる」


 フィゼルの問いに、少女は東の雪山を指差した。


「元凶って……やっぱり魔獣か何か?」


「さてな。行ってみれば分かることだ」


 少女は再び歩き出そうとした。


「俺も一緒に行くよ」


 少女の背中にフィゼルが力強く言った。少女がピタリと立ち止まる。


 ただの子供だとは思えなかったが、それでもこんな小さな子が一人で危険な場所に行くのを黙って見ていることなどできなかった。


「……そうか。それは助かる」


 少女はフィゼルの申し出を受け入れた。心なしか笑ったようにも見える。


「よし、決まりだ。俺はフィゼル、君は?」


「ロザリーだ」


 少女は前を向いたまま名乗った。


「ロザリーか。あっ、ねえ、その喋り方なんとかならない? なんか子供っぽくないっていうか……」


 フィゼルがずっと不思議に思っていたところに言及する。見た目や声とあまりにもアンバランス過ぎたのだ。


「……最近の子供の喋り方はあまり知らぬ。気に障ったのなら許せ」


「いや、別に気に障ったとかじゃないけど……っていうか、最近の子供って……」


 どこからどう見ても子供なのだが、まるで自分は子供ではないと言っているみたいに聞こえた。


「何をやっている? 置いて行くぞ」


 謎めいた雰囲気にフィゼルが首を傾げている間に、少女はすでに街を出てしまっている。しっかりと眼で追っていないと動きが全く掴めなかった。


≪続く≫

ようやく主人公が活躍するのか、それともまたもや添え物になるのか(笑)、それは作者にも分かりません。っていうか、ここまで主人公が単品で活躍しない物語も珍しい^^;


次回は6/23(木)19:00更新予定です。

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