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Sage Saga ~セイジ・サーガ~  作者: Eolia
第5章 王都ルーベンダルクと地下水路に棲む魔物
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第37話

「お母さんって……もしかしてこの女の人が?」


 フィゼルが写真に写っているアリアとは別の女性を指差す。ミリィは俯いたままコクリと小さく頷いた。


 ミリィと写真の女性――リオナ・フォルナードはあまり似ていないように見える。どちらも美人には違いないが、親子だとは気付かなかった。ミリィは父親似なのだろうか。


「そうか、キミはあの“辺境の魔女”の娘だったのだね。ボクとしたことが全然気付かなかったよ」


 レヴィエンが額に手を当て、天を仰ぐ。いちいちオーバーアクションが鬱陶しい男だが、ミリィが“辺境の魔女”と呼ばれた賢者の娘だったことは本当に知らなかったようだ。


「ミリィ、大丈夫?」


 ジュリアが俯いたままのミリィに声をかける。ジュリアだけはミリィの母親のリオナが何者かに殺され、ミリィがその仇を探していることを知っている。さすがにその事実はここでジュリアの口から言っていいものではなかった。


「ん……大丈夫よ。ありがとう、ジュリア」


 顔を上げたミリィはジュリアに微笑みかけた。明らかに無理をしているのはジュリアだけでなくフィゼルにも感じられたが、二人とも何も言わなかった。


「ごめんなさい、話が逸れちゃったわね。レヴィエン、続けて」


 ミリィがレヴィエンに話の続きを促した。


「いいのかい? 確かにキミの立場を考えれば、あまり気分のいい話じゃない」


 少し意外そうな顔をしながらレヴィエンが言った。


「いいの。あなたの言葉を信じるか信じないかは別にして、話だけは聞いてあげる」


 レヴィエンの言う通り“四大”の一人が今回の黒幕だとは考えたくなかったが、現状を見る限りそう考えざるを得ないのも理解していた。


「それじゃあ、話そうか。いいかい? この男――名をディーン・グランバノアというのだが、確かに二十年前はアーリィやミリィ君の母君と共に戦った英雄さ。だが、果たしてアーリィは彼が王国軍にいることを知っていたのだろうか」


「どういうこと?」


 ミリィがその意味を確かめる。


「ボクが思うにね、アーリィはかつての仲間が王国軍にいたなんて知らなかったんじゃないだろうか。もし知っていたのならフレイノールに逃げたりせず、直接会おうとするんじゃないかな。仮にディーンという男が敵になったとしても、彼は一人で戦っていたと思うのさ」


 レヴィエンの説明は一応理に適っている。だが一つ、フィゼルには分らないことがあった。


「そもそも、先生がフレイノールってとこに行った理由は何なんだ?」


 レヴィエンもミリィも、アレンがフレイノールへ向かったと確信している。王国軍に追われたアレンがその対抗勢力であるフューレイン教に助けを求めたのだというが、どうしてもフィゼルには釈然としなかった。


「正確にはアーリィはフューレイン教に助けを求めたわけではないさ。彼は会いに行ったのだよ、かつての仲間にね」


 いつもならフィゼルが何か言う度に茶化していたレヴィエンだったが、今回は真面目に答えた。もうこれ以上時間を無駄にできない理由があるのだ。


「かつての仲間って……もしかしてこの人?」


 フィゼルが写真の男を指差す。長い金髪を垂らし、涼やかな微笑を湛えた細身の青年だ。その姿からは知的な印象を受けた。


「そう、彼は今フューレイン教の教皇としてフレイノールの大聖堂にいる。“教会”が王国に対抗し得ると言われるほど大きくなったのは、多分に彼の力が働いてのことだろうね」


 レヴィエンは“教会”の人間であるはずなのに、どこか他人事のような説明の仕方だった。


「“四大”のうち、公に顔と名前が知られているのは彼だけなの。もちろん、彼が賢者だったということは伏せられてるけど」


 レヴィエンの言葉を引き継ぐようにミリィが言った。アレンを含め他の三人の“四大”は誰にもその所在を知らせず、ひっそりと隠遁(いんとん)していたのだという。


「王国に不穏な動きがあると知ったアーリィが、唯一その所在を把握しているケニス・クーリッヒと手を結ぶためにフレイノールを目指した。恐らくその中心にも“四大”の一人がいたとは気付かなかったのだろうね」


 レヴィエンはあくまでもディーン・グランバノアがこの事件に大きく関わっていると見ている。正直ミリィには気に入らなかったが、今回は口を挟まなかった。


「う~ん、だんだん見えてきたわね。ミリィには悪いんだけど、私もレヴィエンさんの意見に同意するわ」


 ジュリアがミリィを気遣いながらもレヴィエンの意見に乗った。


「フフフ、さすがだね。ミリィ君がキミを信頼する理由が分かるよ。だけど、ボクのことは可愛く“レヴィ”と呼んでくれたまえ」


 ジュリアに満面の笑みを向けながらレヴィエンが言った。


「さて、それじゃボク達はそろそろ出発しようじゃないか。今ならまだ連絡船の夜間便に間に合うだろうさ」


 そこまで話が進んだところで、突然レヴィエンが立ち上がった。全く不意の事で、他の四人が驚いた顔でレヴィエンを見上げる。


「おいっ、俺にはまだ何が何だかさっぱりだぞ! それに出発って、今からか!?」


 フィゼルが突然立ち上がったレヴィエンに向かって言った。もう日は暮れている。


「できることなら今日中にグランドールを離れた方がいい。覚えているだろう? 王都でボクらを見張っていた者達に」


 レヴィエンはミリィに向かって言った。完全にフィゼルを無視している。


「あっ――」


 レヴィエンに言われて、ミリィも王都で何者かを()くために地下水道を通ったことを思い出した。当然彼らも、もう自分達が王都を離れていることに気付いているだろう。


「そんなにしてまで逃げなくちゃならない相手なの?」


 ミリィは追跡者の気配さえ感じ取れていない。僅かにフィゼルとレヴィエンが感付いただけだ。相手の実力がそれほど高いとも言えたが、ミリィには実感がわかなかった。


「ジュリア君はもう分かっているようなのでね。話の続きは船の中でしようじゃないか」


 時間が無いと言うレヴィエンに急き立てられるようにして、フィゼルとミリィは仕方なく席を立った。


「ルーもぉ、一緒に行きます~!」


 二人にやや遅れて、ルーも立ち上がった。


「えっ!? ルーも行くのっ!?」


 思いもよらない言葉に、フィゼルがルーを振り返る。


「だってぇ、グランドールからぁ、フレイノールに向かう連絡船はぁ、レティアにも寄りますから~」


「えっ、そうなの? でも、おじさんとか心配しないかな」


 王都の時にも感じたが、ルーは意外にも物知りだ。フィゼルがそのことに驚きながらも、ルーの帰りを待つドルガを気にした。


「多分大丈夫ですよ~。前もぉ、グランドールに買い物に来てぇ、そのまま船に乗っちゃったことありますから~」


 だからドルガも慣れていると言いたいのだろうが、フィゼルはその天然ぶりに余計心配になった。


「ま……まあ、俺達も一緒に行くから大丈夫か」


 一抹の不安を感じつつ、フィゼルがミリィを見る。ミリィも迷いながらではあったが了承したので、再びルーと行動を共にすることになった。


「あっ、そうだ。ねえねえ、依頼の件はどうなったの?」


 ジュリアはフィゼル達に王都の地下水路の調査を依頼していたことを思い出した。部屋を出ていくミリィを呼び止める。


「あぁ、うん、やっぱり魔獣がいたわ。一匹は退治したけど、他にもいるかどうかまでは確認できなかったの」


 ミリィ達を襲った“愚者(フール)”と呼ばれる化け物が一体だけという保証はない。なんとなくもういないのだろうと思ったが、ミリィは慎重に言った。


「そっか。まあ、それだけ分かれば十分よ。改めて誰か空いてるスイーパーを調査に向かわせるわ。わざわざありがとうね」


 中途半端な結果になったことを謝るミリィに、ジュリアは笑顔で手を振った。











 四人が港へ行くと、夜の闇に煌々と明かりを灯した連絡船が二隻停泊していた。もう夜だというのに沢山の人々が船に乗り込んでいる。


「申し訳ありませんが、“レティア経由フレイノール行”のチケットはあと二枚しか残っておりません」


 受付で四人分のチケットを買い求めようとしたが、出港までまだ時間があるというのにもうチケットはほとんど売り切れていた。


「参ったね。これは予想外だったよ。夜間便なら何とかなると思ったのだが」


 さすがにレヴィエンも意外だったようで、どうしたものかと思案に暮れていた。明日以降ならチケットは取れそうだが、急いでグランドールから出る必要がある。


「あのぉ……」


 四人が目の前であれこれ相談しているところに受付嬢が口を挟んだ。


「もしお急ぎでしたら、別々の便でフレイノールへ向かうというのはどうでしょう? 臨時便の“アイリス経由フレイノール行”もちょうど二枚チケットが残っております」


 受付嬢は二隻の船に分乗してフレイノールへ向かうという提案をした。確かにこれなら今日中にグランドールを離れられ、フレイノールを目指せる。


「ふむ、臨時便が出てるのか。それならボクはミリィ君と一緒に――」


「フィゼル、私達はアイリス経由の方に乗りましょう」


 レヴィエンの機先を制して、ミリィがフィゼルを指名する。レヴィエンがその場で口をパクパクさせたが、指名を受けたフィゼルも驚いた。


「えっ、なんで俺を……?」


 特に意味など無いのかもしれないが、ミリィに指名されたのが嬉しくて、フィゼルは少し赤くなる。


「アイリスはゼラム大陸の真北にある大陸の街よ」


 ミリィにそう説明されても、フィゼルにはピンと来なかった。


「ハッハッハ。フィー吉は本当に何も知らないのだねぇ。アイリスは“白銀の街”と言われ、年中降り積もる雪に覆われた街並みは水の都レティアと並び称されるほどの美しささ。まぁ、キミのような野生児には縁のない街だがね」


 よほど悔しかったのか、レヴィエンの嫌味もいつもより一言も二言も多かった。だがフィゼルはそんなものは耳に入っていない。


「……分かった?」


 フィゼルのはっとした顔を確認して、ミリィが問いかけた。フィゼルも力強く頷く。


 レヴィエンの言う通り、アイリスは年中雪に覆われた北の大陸にある街で、その街並みの美しさから有名な観光地にもなっている。


 フィゼルの記憶にある雪に覆われた街と関係があるのかどうかは分からないが、何か思い出すんじゃないかとミリィは思った。


「ありがとう、ミリィ」


 こんな時でも自分のことを考えてくれたミリィの心遣いが嬉しかった。レヴィエンが横にいなければ、その場で泣いていたかもしれない。


「つ、ついでよ、ついで。私もちょっと用事があったから……」


 フィゼルが予想以上に感激しているのを見て、ミリィが慌てて手を振った。その様子を恨みがましい顔でレヴィエンが睨む。


「あ~、レヴィエンさん、船が出ちゃいますよ~」


「フフン。ボクのことは可愛く――って、ちょっとルー君? あぁ~……」


 未だにごちゃごちゃ言っているレヴィエンを引き摺るようにして、ルーがレティア行きの船に乗り込んだ。どうもレヴィエンはルーには逆らえないらしい。これならルーに余計なちょっかいを出すこともないだろう。


「さっ、私達も乗り込みましょう。レヴィエンがいないから結局詳しい話はできないけど、私の知ってる事で良かったら説明してあげるわ」


 「続きは船の中で」と言ったレヴィエンとは別の船になってしまったため、今回の事件について謎が残ったままだったが、フィゼルが本当に知りたい事については説明してやれると思った。


≪続く≫

王都編はここまでです。

女ったらしのレヴィエンですが、きっと天然のルーには手を出さないでしょう^^


次回は6/18(土)19:00更新予定です。

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