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Sage Saga ~セイジ・サーガ~  作者: Eolia
第1章 少年の旅立ちと謎の少女
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第1話

Eoliaの連載小説第二弾!

今回は王道ファンタジーに挑戦です。

前作より長く続ける予定ですので、どうか最後までお付き合い下さいませm(__)m

――またあの夢だ


 見上げる空は厚い灰色の雲に覆われ、ほとんど陽の光が届かない。その代わりに降り注ぐのは、街全体を白く染める雪だ。この街にとっては当たり前の光景だった。


 その白く染まった街を見下ろしている“自分”がいる。この夢の中の自分は五、六歳くらいの子供の姿だ。お気に入りの場所――街のシンボルにもなっている時計塔の屋上に自分はいた。


 何を考えているのだろう。夢の中ではそこまでは分からない。ただぼんやりと白く染まる街をひとりで眺めていた。


 ――ドオオォォン!


 突然身体が大きく揺さぶられた。とっさに身体を硬直させ、その場に踏ん張ろうとするが自由が利かない。


 しかも揺れているのは自分だけではなかった。今、自分が立っているこの時計塔が揺れているのだ。


 ――ドオォン! ドオォン!


 立て続けに二回三回と大きな爆音が轟き、その度に自分の足が宙に浮く。やがてその場に尻餅を付いた。何とか逃げようと手足をばたつかせるものの、一向に身体は動かない。


 その場に座り込んだままもがいているうちに、また足場が揺れる。今度は激しい上下振動ではなく、小刻みな横揺れに。そして自分の足元が消えていく――


「うっ、うわああぁぁ!」











「…………」


 朝日が窓から部屋に射し込む。窓の外では小鳥がチュンチュンと、まるで自分に「おはよう」と言っているみたいに囀っていた。


 足元の時計塔ががらがらと崩れ落ちようとしたところで、叫び声と共に少年は目を覚ました。最後の叫び声は“今の自分”か、それとも“夢の中の幼い自分”のものなのかは少年には分からなかった。けれど、嫌な汗が身体中をべっとりと濡らしている。はっきりしているのは、夢の内容は少年にとって激しい恐怖であることだった。


 心臓が激しく高鳴っている。今目覚めたばかりだというのに、呼吸が荒く身体もだるい。上半身を起こしたもののベッドから離れ難くて、もう一度身体をベッドに横たえようとした。すると窓の外からまるでそれを阻むように小鳥達が囀り、それに対し「分かったよ」と窓に向かって溜め息交じりに呟きながら、少年はベッドからゆっくりと降りた。欠伸と共に小さく伸びをし、少年はよろよろとドアに向かって歩き出した。


「おはようフィゼル。今日は珍しく早いのね」


 自分の部屋を出て台所に入ると、すぐに明るい女性の声が迎えてくれた。


「おはようシェラさん。いい匂いだね」


 フィゼルと呼ばれたその少年は、鼻唄交じりに朝食の用意をしているシェラという女性に挨拶を返した。鼻腔をくすぐる香りに自然と笑顔がこぼれる。


「ちょっと待っててね。今朝は腕によりを掛けるから」


 シェラは顔を目の前の鍋やフライパンに向けたまま、陽気な声で言った。


「そんなことしなくてもシェラさんの料理はいつも旨いよ」


 フィゼルはテーブルのいつもの席に座りながらシェラの背中に向かって言った。お世辞でも何でもなく、本当にシェラの料理は旨かった。母と言うにはまだ若すぎるシェラの背中を、フィゼルは母親ってこんな感じなんだろうなと思いながら眺めていた。


「はい、お待たせー」


 しばらくして、シェラがテーブルにどんどん料理を並べ始めた。朝食とは思えないボリュームと豪華さに、フィゼルは眼を丸くして驚いた。


「こ……こんなに?」


「今日は特別な日だからね。沢山食べて力付けてもらわなきゃ」


 驚くフィゼルに、シェラは料理を並べながら笑顔で言った。その言葉にフィゼルの胸は一瞬波打ったが、表情には出さず、目の前に並べられた料理に手を付けた。


 シェラの作ってくれた料理を、しきりに旨い旨いと繰り返しながらフィゼルは夢中で頬張った。向かい合わせに座ったシェラはそんなフィゼルの顔を見ながら、しかし先程までの笑顔は消えていて、どこか憂いを帯びた表情になっていた。


「ふぅ、旨かったぁ」


 驚くほどの速さでテーブルの上の料理をほとんど平らげてしまったフィゼルが、満足そうに背もたれに寄り掛かった。一方、シェラの方は料理にほとんど手を付けていなかった。


「こんな旨い物、もう食べられないだろうな」


 ふと、そのままの体勢でフィゼルが呟いた。


「こらっ!」


 すぐさまシェラの鋭い叱責が飛んできた。フィゼルは驚き、危うく椅子ごと後ろへひっくり返りそうになった。


「最後なんかじゃないわ。いつだって食べられるのよ」


 ようやくフィゼルはシェラの顔に哀しみの色を見た。その表情にフィゼルは何も言えず俯いてしまい、二人だけの空間に気まずい沈黙が流れた。


「ただいま~」


 それからしばらくして突然玄関のドアが開き、台所の緊張感とは正反対の穏やかな男の声が同時に聞こえた。その声に救われたような心持で、二人が同時にそちらへ眼を向ける。


「いやぁ、参った。お隣の奥さんが火傷をしてしまってね」


 台所に入り、男は朝早くから出掛けていた理由を説明しながら頭を掻いた。


「あ、あなた……お帰りなさい」


 そんな夫に、ちょっと慌て気味にシェラが言った。「すぐ用意をしますね」と席を立った彼女に、「ゆっくりでいいよ」と笑顔で言ってから、男はさっきまでシェラの座っていた席の隣に腰を下ろした。


「先生……」


 フィゼルが男に助けを求めるように、消え入りそうな声を出した。その表情とシェラの様子を見て、先生と呼ばれた男はやれやれといった感じで肩を(すく)めて見せた。


「ダメじゃないですかフィゼル。あれほど言っておいたでしょう? シェラを泣かせるようなことを言ってはいけないと」


「泣いてません!」


 男の言葉に過剰に反応しながら、シェラが男の分の料理を乱暴にテーブルに置いた。シェラは真っ赤な顔で怒りながら席に付いたが、フィゼルは確かに彼女の眼にうっすら涙が浮かんでいたのを見ていた。それを思ってフィゼルの胸が熱くなる。


「おお怖い。いつまでもそんな顔をしていると、せっかくの美人が台無しですよ」


 シェラの怒気を軽く受け流しつつ男が笑いながら言うと、ますますシェラの顔が赤くなった。しかしそれは怒りなのか照れなのか分からない。


 男の名はアレン。“コニス”という名のこの小さな村でただ一人の医者だ。特に診療所というのは構えておらず、怪我人や病人が出るとその人の家まで赴いて治療していた。歳は三十五なのだが、見た目はそれ以上に若く見える。この前三十路になってしまったと嘆いたシェラと同い年か、それよりも若く見えるくらいだ。銀色の髪が端整な顔立ちとあいまって、独特の雰囲気を漂わせていた。


「フィゼルが悪いのよ。最後だなんて馬鹿なこと言うから」


 シェラが哀しみをごまかすように口を尖らせる。フィゼルは軽はずみな発言を後悔しながら、ますます小さくなった。


「まあまあ。うん、これは旨い!」


 断片的なシェラの説明で何があったのか理解したアレンは、シェラを宥めて目の前の料理を口に運んだ。そしてわざとらしく頷いたアレンに、フィゼルが堪え切れずに吹き出し、シェラも仕方なしに笑顔になった。











「それじゃあ、行ってくるよ」


 家の前で見送るアレンとシェラに向かって、フィゼルが笑顔で言った。その周囲にはいつの間にか村人達も集まってきている。


 今日、フィゼルはこの村を旅立つのだ。この村で過ごした期間は一年余り。しかしこの村の人々は皆優しく、フィゼルにとって大切な人達だった。見送りに来てくれた人達の顔を見渡して、フィゼルは思わず泣き出しそうな衝動に駆られた。


「フィゼル、本当に行くの?」


 言っても仕方のないことだとは分かっていたが、堪え切れずにシェラが訊いた。それに対してフィゼルが静かに頷くのを見て、一度視線を落とし、そしてまた顔を上げた時には全てを決意したような、穏やかな微笑を湛えていた。


「分かった。だけど最後にひとつだけ覚えておいて。人には誰でも“還る場所”というものがあるわ。あなたがそれを求める気持ちは痛いほどよく分かる」


 そこで一旦言葉を切り、一瞬伏せた眼を再び上げて続けた。


「だからもう止めない。でももし、それが見付からなかったら……ううん、たとえ見付かったとしても、万一それがあなたの望むものでなかったとしたら――」


 まっすぐフィゼルの眼を見つめるシェラの眼に、フィゼルは思わず引き込まれそうになった。そしてシェラは変わらぬ微笑で更に続けた。


「いつでも帰っておいで。ここにはあなたの“還る場所”が確かに在るから」


「シェラさん……」


「行ってらっしゃい」


 最後に力強い言葉で締めくくったシェラの眼にはうっすら涙が滲んでいた。フィゼルは胸が熱くなるのを感じ、こみ上げてくる涙を表に出さないように精一杯の笑顔を見せた。


「行ってきます!」


 大きな声でそう言うなり、フィゼルは駆け出した。あと少しでもここにいたらきっと涙が溢れてどうしようもなくなるだろう。力一杯駆けて、見送る人々と距離が開くと、フィゼルは振り返り、何度も何度も大きく手を振った。顔だけを後ろに向けて、手を振りながらフィゼルは駆け足で村から出て行った。











 村人達の顔が見えなくなるまで走って、フィゼルは足を止めた。肩で息をしながら村の方を振り返る。溢れる涙を腕で乱暴に拭って、再び前を向いた。


 穏やかだったコニス村での生活――いっそこのまま、ずっとこの村で過ごそうかと何度も考えた。しかしフィゼルは村を出る決心をした。平穏な日々を捨ててでも、フィゼルには探さなければならないものがあったから――











「行ってしまったわね」


 フィゼルの背中が見えなくなると、シェラは溜息をついた。力無く落とした肩にアレンがそっと手を置く。


「こういう日が来ることは初めから分かっていたのだけれど……」


 それでもやはり寂しいとシェラは眼を伏せた。


 フィゼルがこの家で暮らすようになって一年余り。決して長いとは言えない期間であったが、子供のいないシェラにとって、初めて母になれたような一年だった。いや、フィゼルの“今の状態”を考えれば、シェラは間違いなくフィゼルの母親だった。


「シェラ……」


 もう一度溜息をついて家に入っていくシェラの後姿があまりに寂しげで、アレンは胸に秘めた決意を言い出せずにいた――


≪続く≫

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