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Sage Saga ~セイジ・サーガ~  作者: Eolia
第5章 王都ルーベンダルクと地下水路に棲む魔物
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第32話

話が遅々として進まない……

「これからの事って?」


「これから私達は取り調べを受けることになるわ」


「取り調べって……俺達何も悪い事なんかしてないじゃないか」


「あのねぇ、あんな街のど真ん中で憲兵に食ってかかって……さらには向こうの将官に斬りかかっておいて、ただで済むわけがないでしょ」


 今さらミリィにはフィゼルを責めるつもりはなかったが、事の重大さだけは分らせておく必要があると思った。


「うっ……ごめん……で、でもおかしいよ! 先生が国王暗殺なんて……っ!」


 壁越しでも伝わるミリィの呆れたような空気に、フィゼルは身の縮まる思いがした。しかしアレンが指名手配されているという事実はどうしても納得がいかなかった。


「私だってアレンさんが犯人だなんてこれっぽっちも思ってないわよ。大体、戒厳令が発令された時には私達はまだ王都に着いてすらいなかったのよ? アレンさんが国王の暗殺なんてできるわけないじゃない」


 手配書には簡単な事件のあらましも記載されていた。今回の戒厳令はこの事件の為に発令されたことも分かっている。となれば、その時行動を共にしていたアレンが犯人であるはずがない。


「そうだよ! それを言えば先生が犯人じゃないって分かってもらえるじゃないか!」


 フィゼルの考えは一般的に見ればもっともである。誰が見たって完璧なアリバイだ。だがミリィはそれを溜息交じりで否定した。


「ダメよ……アレンさんはたまたま犯人に間違われたんじゃないわ。意図的に犯人に仕立て上げられたのよ。それを覆す証言なんかしたら、私達の口が封じられるだけだわ」


 それはフィゼルにとって驚愕の考えだった。だがミリィには確信がある。そこまでは確信しているものの、その黒幕が誰なのかまでは見当がついていない。どこまでが敵か分からない現状では、うかつな言動は命取りになりかねなかった。


「そんな……なんで先生が……」


 今やもう、フィゼルは声だけでなく身体全体が震えていた。


「今はそれを考えている暇はないわ。とにかく何か聞かれる前に、先に戒厳令に逆らって王都に侵入してしまった事を告白して、ひたすら平謝りするの。それで国王暗殺の件とは無関係であることを分かってもらうしかないわ」


 ミリィはフィゼルと合流する前、もう戒厳令が解除されるだろうという噂を聞いていた。今になって国王暗殺未遂犯を全国に指名手配するということを見ても、その噂は正しいだろう。であるなら、戒厳令に違反したとしても大した罪にはならないだろうとミリィは考えている。アレンとの関係を証明するものは何もないのだから、なんとしてでもシラを切り通さねばならない。


 三人は壁越しに細々としたところを詰めながら、間もなく受けるであろう取り調べに備えた――











 しかし、一向に呼び出される気配のないまま夜が明けてしまった。ルーは豪胆にもすやすやと眠ってしまっていたが、フィゼルとミリィはベッドに横になったものの緊張で一睡もできずに朝を迎えた。


「……結局、取り調べなんかされなかったな」


 さすがに緊張の糸が切れかけたか、フィゼルはうつらうつらと遅れてやって来た睡魔に身を委ねようとしていた。


「う、う~ん……。はて? なんでボクは床なんかで寝ているんだろう?」


 フィゼルに絞め落とされたまま、その場に転がされていたレヴィエンがようやく目を覚ました。寝ぼけている為か、自分に起きたことを理解していないようだ。


(うるさいのが目を覚ましたな。騒がれる前にもう一回眠らせようか)


 まだぼんやりと辺りを見回しているレヴィエンにフィゼルがゆっくりと近づいた時、カツンカツンと地下牢に足音が響き渡った。無機質な足音は真っ直ぐ自分達のいる房に向かって近づいてくる。


「……出ろ」


 フィゼルのいる房の前まで来た兵士が短く言った。がちゃりと鍵を開ける音が、他に音のしない地下牢に不自然なほど響く。


「やれやれ、ようやく釈放か」


 兵士の声に応えたのはレヴィエンだった。レヴィエンはゆっくり立ち上がると、フィゼルには目もくれず扉の方へ歩いて行った。


「それではごきげんよう、フィー吉。キミの名はボクの輝かしい歴史の一ページの片隅にでも刻みこんであげるから光栄に思いたまえ」


 レヴィエンは牢を出る間際にフィゼルに向かってわざとらしくウインクしてみせた。人をからかうのが心底楽しいという捻くれた根性を、フィゼルはこの男の笑顔に見た気がした。


「ちょっと、俺達はどうなるんだよ!?」


 レヴィエンが釈放されようが縛り首にされようがどうでもいいことだが、なぜ自分達が昨夜から何の沙汰もなく放置されているのかは気になる。フィゼルは再びがしゃんと閉ざされた格子に手をかけて、遠ざかろうとする兵士に呼びかけた。


「ああ、ちょっと兵隊さん」


 フィゼルの声に気が付いたのか、ちょうど隣の房の手前でレヴィエンが立ち止った。そこにはミリィとルーがいる。一拍遅れて、前を歩いていた兵士が立ち止まった。


「彼女らはボクの連れなんだ。一緒に出してやってはくれまいか」


 その突拍子もない言葉に、フィゼルもミリィも呆気にとられた。


「……保釈の要請があったのはお前一人だけだったが?」


 兵士はレヴィエンの無茶な要求にも驚いた様子はなかった。どうやら彼は何者かの助けによって牢から救い出されるようだ。それも、相当な力を持つ何者かに。


「それは何かの手違いさ。保釈金が不足だというのなら、もう一度請求してくれたまえ。彼女らの身元は保証するよ。“教会”の名において、ね」


 “教会”という単語にミリィがぴくりと反応する。この男の正体が何となく分かったような気がした。


「……そこで待ってろ」


 それだけ言うと、兵士はその場にレヴィエンを残して一人地下牢から出ていった。兵士の足音が遠ざかっていき、レヴィエンは鉄格子を挟んでミリィと向かい合った。


「あなた……どういうつもり?」


 眉間に皺を寄せたミリィが睨むようにレヴィエンを見た。この男が何を企んでいるのか量りかねているようだ。


「美女が牢に閉じ込められているのなら、それを救い出すのが愛と美の伝道師たるこのレヴィエン・ヴァンデンバーグの役目さ。ボクの美的センスからすれば、鉄格子に美女という組み合わせはあまりにもナンセンスと言わざるを得ないのでね」


 レヴィエンは相変わらず飄々とした言葉でミリィの質問をはぐらかした。しかしこの男の場合、本当にそれだけの理由でこんな無茶を通しかねないとミリィは思った。


「ルー、何かありそうだから起きて」


 ミリィはこれ以上問い詰めても無駄だと判断し、とりあえずルーを起こすことにした。あの兵士がレヴィエンの無茶な要求を一蹴せずに上に持ち帰ったということは、その要求は上司に相談され、恐らく認められることになるだろう。ミリィがそう確信するだけの意味の大きさが、“教会”という言葉にはある。


「ん~……ふあぁ……あ、ミリィさん、おはようございますぅ……」


 二、三度揺り起してようやくルーが眼を開けた。こんな牢屋の中で熟睡できるルーの図太さに呆れながらも、ずっと緊張の糸を張っていたミリィはルーのそんな姿に救われる思いがした。


「おお、こちらもなかなかキュートなお嬢さんだ!」


 レヴィエンがルーの顔を見るなり、すかさず口説きにかかった。いつものようにうんざりするようなセリフを言い募る。


「ほぇ? あのぉ、どちらさんでしたっけ~?」


 レヴィエンの言葉の半分も通じていないような、きょとんとした顔でルーが問い返した。


「ハッハッハ、ルー君ってばお茶目さんだねぇ。確かに現世ではボク達は初対面だが、もしかしたら前世ではやんごとない関係だったのかもしれないね」


「ほえ~! そうだったんですかぁ」


 最初こそルーの天然ぶりに動じることの無かったレヴィエンだったが、さすがにここまで素直に信じられてしまうと二の句が継げなかった。初めて遭遇するタイプの女の子に、満面の笑みが引きつっている。


「ルー、この男の言うことは全部聞き流しなさい」


 ミリィがルーに注意を促したところで、再び地下牢に足跡が響いた。先程の兵士が下りて来たのだ。


「……お前達も釈放だ」


 相変わらず言葉少なにそれだけ言うと、ミリィ達の房の扉も開けられた。


「良かった良かった。さあ、行こうじゃないか」


 二人が牢から出ると、レヴィエンはわざとらしく大きな声で言った。その眼は明らかにフィゼルの方へ向いている。


「おいっ! なんで俺だけ出さないんだよ!」


 その一部始終を鉄格子にしがみついて見ていたフィゼルが、ついに堪えかねて叫んだ。この男が自分をからかっているのは分かっているが、何も言わなければ本当にこのまま自分だけここに残して行きかねないと思った。


「おや、何やら騒がしいねぇ。残念だけど、ボクには美女の連れはいてもキミのような品の無い乱暴者の友人は存在しなくてね」


 レヴィエンは心底楽しそうに言い放った。昨夜フィゼルが首を絞めたこともしっかりと嫌味に込めている。


「ねえレヴィエン、私からもお願いするわ。フィゼルも出してあげて」


 ミリィが高笑いするレヴィエンに懇願した。本当ならこんな男に頭を下げるなど死んでも御免なのだが、今はそんな事を言っている場合ではない。


「フフン。初めて名前を呼んでくれたね、マドモアゼル。そうだなぁ、ミリィ君がボクと熱い夜を――」


 いつもの冗談を言い終わらないうちに、レヴィエンの背筋が凍りついた。ミリィからとんでもない殺気を感じたのだ。それは先日地下水路でアレンと相対した時以上の禍々しさだった。


「冗談に付き合っている暇は無いの。冷たい夜だったら一生味わわせてあげてもいいんだけど? もちろん、あなた一人でね」


 レヴィエンにとって初めて見るミリィの笑顔だった。それが一層恐ろしさを掻き立てる。レヴィエンには確かにミリィの背後に何か恐ろしいものが浮かんでいるように見えた。


「ミ……ミリィ君? 眼が笑ってないよ……?」


 これ以上の冗談は本当に命取りになると観念したのか、レヴィエンは兵士にフィゼルも一緒に釈放するよう求めた。


「……好きにしろ」


 今度はあっさりと要求が認められた。上司に何を言われたのか知らないが、もうこの件に関わる気はないのだろう。


≪続く≫

次回は6/9(木)19:00更新予定です。

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