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Sage Saga ~セイジ・サーガ~  作者: Eolia
第5章 王都ルーベンダルクと地下水路に棲む魔物
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第31話

全国一千万人のレヴィエンファンの皆様(笑)、お待たせいたしました。

再登場です。

「これ見て」


 ミリィが立ち止まったのは街の大通りの一角に設置された大きな掲示板の前だった。そこには市民に向けての色々な情報が張り出されている。政府から出されたと思われる戒厳令について書かれたものや、ウンディーネの公演を知らせるポスターも貼ってあった。


 ミリィが指さしたのはその中でも一番新しく張り出されたと思われる一枚の紙だった。大きく“指名手配”と書かれた文字がまず真っ先に目に飛び込んできた。そしてそこに描かれている顔は――


「せっ……先生!?」


 フィゼルは驚愕の眼差しでその手配状を見つめた。顔は写真ではなく似顔絵であったが、間違いなくアレンのものだった。


「ここ、読んで」


 ミリィはもうすでに隅々まで目を通している。だが自分の口ではとても説明できない驚愕の内容がそこには記されていた。


「年齢不詳……姓名不詳……ローランド・フォン・イルファリア国王陛下暗殺未遂の容疑で指名手配とする」


 手配書を読むフィゼルの声がどんどん震えていく。身体全体が震え、顔がみるみる蒼ざめていった。


「なっ、何だよこれっ!? 先生が国王暗殺未遂?」


 そんなはずがないと思ってはいても、こうもはっきりと貼り出されてしまうと、どうしても動揺を隠せなかった。助けを求めるようにミリィの方に視線を移すと、ミリィはその視線から逃れるように眼を伏せて首を振った。


「私だって何が何だか……でもこれが貼り出されたのはついさっきの事みたい。朝、ここを通りがかった時には気付かなかったもの」


 それがどういう意味なのか、今のフィゼルには分からなかった。思考回路が完全に麻痺するほどこの手配書の内容は衝撃的であったのだ。


「君達、その手配書の男に心当たりがあるのか?」


 突然後ろから声を掛けられ、振り返ると昨夜と同様に二人組の憲兵がこちらの顔を覗き込むように立っていた。


「い、いえ……別に――」


 しまった、と思いながらミリィは何とかごまかそうとした。だがそれよりも早くフィゼルの怒りが爆発してしまった。


「ふざけんなっ! 先生が暗殺なんてするわけないだろ!」


 完全に冷静な判断力を欠いていた。フィゼルの言葉に憲兵達の顔色が急激に変わり、ミリィも真っ青になった。


「お前達、手配犯の関係者か!」


 二人の憲兵が同時に剣の柄に手をかける。


「もう、馬鹿っ!」


 今にも憲兵が飛びかかってくるというところで、ミリィがそれを阻むように憲兵の前方に氷の柱を出現させた。相手が怯むと同時に「逃げるわよっ!」とフィゼルとルーに向かって叫ぶ。


「なんで逃げるんだよっ!? 間違ってるのは向こうだぞ」


 フィゼルの抗議を無視してミリィがルーの手を引いて逃げ出した。「くそっ」と吐き捨てながら、仕方なくフィゼルもそれに従った。


 だが前方からも憲兵が四、五人程やって来た。後ろからはさっきの憲兵達が追いかけてくる。三人はあっという間に囲まれてしまった。


「くっ……!」


 自分達を囲んでいる憲兵はもうすでに抜刀している。ここで下手な動きを見せればどうなるか分からない。ミリィは窮地に立たされたと思った。


「何の騒ぎだ?」


 周りを取り囲んでいる憲兵達のさらに後ろからその声は聞こえた。憲兵達が声のした方を向いて声の主を確かめると、慌てたように一斉に足を揃えて敬礼の姿勢をとる。壁の一方が割れ、その奥から一人の軍人が現れた。


 後ろに憲兵とは違う王国軍の兵士を二人従えたその男は、周りの憲兵達の態度から見ても、自身の姿から見てもそうとう位の高い軍人であることが窺われる。


「しょ……将軍」


 憲兵の一人が言った。将軍と呼ばれた男は何も言わず、ゆっくりと輪の中に入ってきて片手を上げた。すると周りを取り囲んでいた憲兵達が剣を収め、一、二歩下がった。それによって三人を囲んでいた輪は大きく緩いものとなった。


「騒ぎを起こしたのはお前達か?」


 将軍と呼ばれた男は威厳のある声でフィゼル達に問いかけた。静かで穏やかな声であるのに、何故か計り知れない迫力がある。


「ど……どうしよう……」


 ようやく頭が冷えたのか、フィゼルが事態の深刻さに気付いたようで、ミリィに囁くように相談した。


「どうしようって言ったって……」


 どうしようもないというのがミリィの正直な感想だった。三人を取り囲む憲兵達の輪は遠ざかったものの、間をすり抜けられるような隙は見せなかった。何より正面の将軍と呼ばれた男の醸し出す雰囲気が、小細工など通用しないことを物語っている。


「こうなったら俺があいつらを引き付ける。ミリィはその隙にルーを連れて逃げてくれ」


 フィゼルは囮になることを決心した。自分の浅はかな行動でミリィだけでなくルーまでも危険に晒してしまったことを悔いている。自分を犠牲にしてでも、何とか二人を逃がしたかった。


「馬鹿な真似は――」


 ミリィが制止する間もなく、フィゼルは剣を抜き正面の将軍と呼ばれた男に向かって突っ込んでいった。周りの憲兵達がそれにつられて動き出す。それによって三人を取り囲む輪が確実に綻びを見せた。


 だがミリィがその綻びをついて脱出することはできなかった。将軍と呼ばれた男が、鞘から剣を引き抜くと同時にフィゼルの剣を虚空に弾き飛ばす。そして身を翻すと、振り上げた剣の柄をフィゼルの後頭部に叩きつけたのだ。


「が……っ!」


 まさに一瞬の出来事だった。その場にいた誰もが、将軍と呼ばれた男の動きを完全には捉えられていない。身体を石畳の地面に叩きつけられ、フィゼルはそのまま気を失ってしまった。











 それから数十分後――


 ミリィとルーは街外れにある王国軍兵舎の地下牢の一室に入れられた。壁一枚を隔てた隣の牢には気を失ったままのフィゼルも放り込まれている。


「はぁ……まさか牢屋に入ることになるなんて……」


 戒厳令に逆らって王都に侵入しようと決めた時から、最悪の事態は覚悟していた。だが国王暗殺未遂事件の重要参考人として捕らえられるなど夢にも思わなかった。


「ミリィさぁん、元気出して下さい」


 ルーがミリィの顔を覗き込むようにして言った。こんな状況にあって、むしろルーの方がミリィより落ち着いているように見える。


「ルー……ごめんね。私達のせいでこんな事に……」


 やはりルーを連れてくるべきではなかったと悔やんだが、今更それを言ったところでどうしようもない。


「ルーがぁ、連れて行ってってお願いしたんですぅ。ミリィさんはぁ、何も悪くなんかないですよぉ」


 ルーはミリィの手を取り、笑顔を見せる。その笑顔があまりにも眩しく見え、ミリィは罪悪感から眼を合わせられないでいた。


「もうひとつ、あなたには謝らなくちゃいけないことがあるわ」


 ミリィは昨夜の発言についても詫びようとした。あの時の言葉はルーの心を深く傷つけてしまったに違いないと、今日一日ずっと悔やんでいた。だが、ルーはゆっくりと首を振ってそれを遮った。


「ルーはぁ、ミリィさんのこと大好きです~」


 それはミリィにとって意外を通り越して全く信じられないような言葉だった。思わず眼を(みは)ってルーの顔を凝視する。ルーはずっと暖かい微笑を湛えていた。


「ミリィさんもぉ、フィゼルさんもぉ、だ~い好きです」


 再びミリィがルーの眩しさに耐えきれなくて顔を背けた。握られていた手も解き、ルーから逃れるように背を向ける


「私は……人に好かれるような人間じゃないわ。そんな資格なんて……無い」


 ミリィの心にあるのは復讐の二文字だけだ。母を殺した人間をどんな手段を用いても見つけ出し、必ずその報いを受けさせる。その為だけにこの二年間を生きてきた。どのような理由があれ、人を殺すために生きている人間が人から好かれるなどあってはならない。


「ミリィさん……」


 その背中があまりにも哀しげで、ルーは言葉に詰まった。昨日のミリィとは雰囲気が違うのをルーは敏感に感じ取ったのだ。足を一、二歩踏み出せば届く距離なのに、その背中はとても遠くにあるように感じられた。


 そんな二人の気まずい空気を打ち壊したのは、壁の向こうからの叫び声だった――











「なっ、なんでお前がここにいる~!?」


 フィゼルは目を覚ますなり、視界に入り込んだ男に向かって叫んだ。


「うっ……イテテ……」


 起きぬけにいきなり大声を出して、打たれた後頭部が再び痛んだ。その場にひざまずく様に四つん這いになって、割れるような頭痛に耐える。


「やれやれ、相変わらず落ち着きのない男だねぇ。少しはこのボクの優雅な立ち居振る舞いを見習いたまえよ。」


 フィゼルの前にいたのはレヴィエンだった。人を小馬鹿にしたような口調は相変わらずだ。


「牢屋で優雅にしているお前の方がどうかしてるだろ……」


 フィゼルは痛む頭を押さえながら立ち上がった。この男の顔を見たらよけい頭痛がひどくなった気がする。


「全く無茶をするものだよ。“四大”を相手にその程度で済むなんて、相当な幸運と言わざるを得ないね」


 レヴィエンが呆れたように両手を拡げて肩を竦めて見せた。


「シダイ……?」


 自分があの将軍と呼ばれた男に叩きのめされたのを、なぜこの男が知っているのだろうかと思いながら、フィゼルは聞きなれない言葉に首を傾げた。


「フィゼル! 目が覚めたの!?」


 壁の向こうからミリィの声が聞こえた。フィゼルは壁に顔をくっつけてその声に応えた。


「ミリィ! ルーも無事かっ!?」


 壁の向こうからルーの声も聞こえた。どうやら二人とも無事らしい。


「そっちもどうやら大丈夫のようね。それと……」


 ミリィは語尾を濁した。フィゼルと共にいる人物にミリィも気付いていたが、それを口にするのも煩わしいようだ。


「おおっ、そこにいるのは麗しのマイハニー! やはりボク達は運命という名の赤い糸でがっちりと繋がれているのだね!」


 壁の向こうでミリィが今どんな顔をしているのか、フィゼルには手に取るように分かった。だが実際にはそのフィゼルの予想を大きく上回るほど険悪な顔をミリィはしている。それこそ隣にいたルーが驚いて飛び退くぐらい――


「ああ……! だが運命の再会を果たした二人だというのに、ボク達の間にはこんな無機質で冷たい壁がっ! これぞ神がボク達に与え(たも)うた愛の試練なんだね!」


「ちょっと黙ってて」


 ミリィは一人で勝手に盛り上がっているレヴィエンを何とか黙らせようとするが、レヴィエンは全く聞こえていない風でどんどんエスカレートしていく。ミリィ達にはこの男に付き合っている暇は無い。急いでこれからのことを相談して、少しでも状況を良くするために口裏を合わせておく必要があるのだ。


「だが案じる事は無い! 燃え上がる二人の愛の炎はどんな防火壁も遮ることなどできはしない! さあ、今こそ――」


 レヴィエンの芝居口調がいよいよ最高潮に達しようとした時、不意にその声が止んだ。最後に小さく呻くような悲鳴を残して――


「……どうしたの?」


 レヴィエンが静かになったのは歓迎するが、いきなり声が途切れたのはさすがにミリィも不気味だった。


「うるさいから落した」


 まるで憑きものでも落ちたように晴れ晴れとした声でフィゼルが応えた。後ろから首を絞めて気絶させたのだ。足元にレヴィエンが死んだように白目をむいて転がっている。


「よくやったわ、フィゼル!」


 ミリィがフィゼルの行動を絶賛した。そこにはレヴィエンに対する同情は一欠片も無い。


「え~!? いいんですかぁ?」


 状況を全く飲み込めないルーがフィゼルやミリィの行動に目を丸くしたが、ミリィは笑顔で「いいのよ」とだけ言った。


「そんなことより、これからの事を考えましょう」


≪続く≫

なんか、フィゼルって弱いなぁって思ってません?

実際はそんなに弱くはないんですよ?

ただ……ね、周りが強すぎるというか、何というか……^^;

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