第30話
またもや意味深なキャラが登場します。
「……なるほどねぇ。これがアンタのお母さんの手掛かりってわけだ」
最初は三、四人程度だったはずの控室の人数は、ルーが説明を終えるころには控室いっぱいの大人数になっていた。どうやら演劇は終了したらしい。
しかも全員若い女性だった。ウンディーネとは女性だけで構成された劇団だったのだ。フィゼルは周りを完全に女の子達に囲まれている。女性特有の甘い香りに包まれて、頭がくらくらした。
「そうなるともう十五年以上前の話ってことになるわねぇ。今回、王都の公演に来たのは比較的若手ばかりなのよ。一番長いコでも十年ぐらいじゃなかったかしら」
確かに周りは皆十代から二十代前半といった若い女性ばかりだった。フィゼルやルーよりもずっと幼い子もいる。
彼女達は親身になって話を聞いてくれたが、残念ながらここではルーの両親の手掛かりは得られなかった。さすがにフィゼルとルーも落胆の色を隠せなかった。
「でも大丈夫よ。ここにいるのは若い子達ばかりだけど、本部に行けばベテランの先輩達もいるし、団長に聞けば絶対何か分かるはずだから」
女の子達はレティアの劇団本部を訪ねるよう勧めてくれた。団長に宛てた紹介状も書いてくれるという。
「やったな、ルー! これで両親まであと一歩だ」
ここでは決定的な話は聞けなかったが、レティアに行けばそれも判明する。確実にルーの両親に近づいていた。
だがルーの顔は決して晴れやかというわけではなかった。自分を受け入れてくれるかどうかも分からない、いや生きているのか死んでいるのかさえ分からない両親の影を、そんな遠くまで追いかけて行くことに迷いを感じているのだ。
「その心配はもっともね。紹介状は書いてあげるけど、どうするかはあなた自身が決める問題だから」
それ以上はどうしてあげることもできないというのが正直なところだ。「ただ……」とその女性は言葉を続けた。
「勇気が出るかどうかは分からないけど、ひとつ教えてあげる。そのブレスレットってね、実はすごい値打ちものなの。普通じゃ絶対に出回らない物だから、金に糸目を付けず欲しがるマニアがいるのよ。もしその筋に流せばかなりの金額になると思うわ」
ただ見捨てていくだけの赤ん坊にそんな物を持たせるだろうか。しかもそれは調べれば自分に繋がる重要な手掛かりとなる。
「多分お母さんはどうしようもない事情であなたを手放したんだと思う。でもあなたを愛していたから、そのブレスレットを残したんだと思うの」
自分を恨んでいるのなら、そのブレスレットを換金して少しでも豊かな生活をしてほしい。でももし自分に会いたいと思うなら、そのブレスレットを手掛かりに自分を探してほしい。
「あなたのお母さんは、あなたを深く愛しながらも、恨まれることも覚悟していたんだと思う。だから会いたくても自分からは会いに行けない。もし会いたいと思ってくれるなら――」
それ以上の説明は無用だった。自分にも母親の愛情が流れていたのだということを知り、ルーはぽろぽろと涙を零したのだった――
一人宿を出たミリィは、とりあえず主要な宿泊施設を回ってみた。だがなかなかアレンが泊まった宿を見つけられない。
「ここにもいなかった……」
七件目の宿を出たところで、ミリィはふぅっと大きな溜息をついた。ここまでずっと歩き詰めだったため、さすがに疲れてきている。
ちょうどすぐ傍に公園があったので、ミリィはそこのベンチに腰掛けて少し休むことにした。目の前の噴水と頬を撫でるそよ風が汗ばんだ身体に心地よかった。
子供達の無邪気な笑い声が聞こえてくる。その近くには親達であろう、優しい目で子供達を見守る大人の姿があった。
戒厳令によって王都から出ることを禁じられているはずなのに、子供だけでなく大人達の表情にも不安や怯えといった色は見られなかった。ふと一昨夜のアレンの言葉が脳裏に浮かぶ。
(自分の手の届く範囲のものだけ守ればいい……か)
ぼんやりと見るともなく子供達を見ていると、その向こうにフードを被ったローブ姿の人間が眼に映った。ミリィは弾かれたように立ち上がると、目を見開いてその人物を眼で追った。
(間違いない……っ!)
ミリィは反射的に走り出していた。人ごみの中に消えそうなその後ろ姿を、見失わないように必死に眼で追いながらぐんぐん差を詰めていく。
「待って!」
ようやく追い付いた所は人気のない路地裏だった。まるで誘い込まれたかのようだったが、ミリィはそんなこと構わず声をかけた。するとフードの人物がぴたりと足を止める。
「あなた、あの時の人でしょ?」
フードの人物は何も答えなかった。だが、その沈黙が肯定しているようにも見えた。
「あなたに訊きたいことがあるの」
言いながらミリィはゆっくりと近づいて行った。フード付きのローブで全身を覆っているが、随分小柄な人物だということは分かる。
「復讐の焔はまだ胸の内で揺らめいておるか」
不意にローブの人物が言った。その声は若い娘の様でもあり、威厳に満ちた老婆の様でもあった。かろうじて性別は女なのだと推測できる。
「……っ!」
その言葉に思わずミリィは立ち竦んだ。
「どうしてそのことを……っ!」
確かにローブの女とは面識があった。だが面識といっても会ったのは一度だけであったし、ミリィは胸の内を明かした覚えはない。
「あなたは一体何者なの?」
ミリィは警戒心を顕わにして問い詰めた。自分の事を知っている人物がいるとしたら、それはミリィが追っている相手の関係者以外あり得ない。
「それがそなたの問いか?」
相手は振り向きもせず問い返した。意外な反問にミリィが戸惑いの表情を見せる。
「そなたが望むなら我はそれに答えよう。だがそなたが知りたい事は他にあるのではないか?」
まるで全てを見透かされているような淀みない言葉に、ミリィは背筋が冷たくなる思いだった。確信が胸の内にこみ上げる。
「あなた、知ってるのね?」
相手は何も言わなかったが、それが肯定の意味であることはもう分かっている。
「教えて! お母さんを殺したのは誰なのっ!? なぜお母さんは殺されたのっ!?」
ミリィの悲痛な叫びが人影のない路地裏に木霊した。
ミリィはずっと母親の仇を追い続けていた。もちろん復讐が目的だ。だが討つべき相手がどこの誰なのか一切分からなかった。母親が殺された理由すら分らないのだ。
「それを知りたくて“剣聖”を探していたのではないか?」
「そうよ。あなたに言われた通り、あの島へ向かったわ。そこでアレンさんに会った……」
ミリィが“剣聖”と呼ばれる賢者を求めてサイモン島へ行ったのは、この女の指示によるものだった。
ミリィがグランドールの街角でこのローブの女と会ったのは数週間前のことだ。その時は向こうから話しかけてきて、「そなたの求めるものはサイモン島にある」とだけ言って去って行った。
ミリィは占い師か何かかと思い大して気にも留めなかったが、ここ数日新しい情報を何も得られないでいたから駄目元でサイモン島へ向かったのだ。
「やっぱりアレンさんが“剣聖”なのね」
ミリィの中で蟠っていた疑惑がついに確信に変わった。ミリィはずっと探し求めていた人物の傍にいたのだ。
ミリィがその答えに辿り着いたのを合図に、ローブの女は再び無言で歩きだした。
「あっ、待って! あなたにはまだ訊きたいことが――」
「剣聖と共にあれ。そなたを救う道があるやもしれん」
その言葉を残してローブの女は消えてしまった。突如不自然なつむじ風がまき起こり、ミリィは咄嗟に目を庇った。眼を閉じていたのはほんの一瞬だったはずなのに、眼を開けてみるともうそこには誰もいなかったのだ。
「お母さん……」
ミリィは一人きりになった路地裏で呆然と空を見上げた――
「それじゃ、これ紹介状ね」
色々と話に花が咲き、結局フィゼルとルーが劇場を出る頃には夕方近くになっていた。最初にブレスレットを届けた娘と他数人が劇場の前まで見送りに来ている。
「と言っても、戒厳令が解除されるまではどうしようもないんだけどね」
紹介状を手渡した娘がくすっと笑って肩を竦めた。「あなた達は別なんだろうけど」と暗に言っているようにも聞こえた。
「あのぉ、色々とありがとうございました~」
ルーは完全にウンディーネの娘達に懐いてしまっていた。娘達もルーの事を妹の様に思い、皆がルーの事を応援している。
二人は最後にもう一度礼を言うと、その場を後にした。ミリィに合流しようと思ったのだがどこにいるか分からない。とりあえず宿泊している宿に向かって歩きだした。
「フィゼル~! ルー!」
しかし歩きだして数分もしないうちに、向こうの方からミリィが走ってくるのが見えた。
「ミリィ!」
フィゼルはその場で大きく手を振って応えた。意外とあっさりと合流することができた喜びと、ミリィに会ったらまず第一に謝ろうとずっと前から考えていたこともあって、駆け寄ってくるミリィの焦燥に満ちた表情に気が付かなかった。
「ミリィ、俺……ミリィに謝んなくちゃって思って――」
「そんな話はいいからっ! こっちに来て!」
フィゼルの言葉を遮ってミリィがまくし立て、そして再びどこかへ向かって走り出した。いきなりの展開にフィゼルは付いていくことができなかった。
「何やってるのっ! 早く!」
十メートルほど走って、フィゼルが付いてきてない事を感じ取ったミリィが険しい表情でフィゼルを急かした。その勢いに負けて、フィゼルは意味も分からずミリィの後を追い、さらにその後ろをきょとんとした顔でルーがゆっくりと追いかけた。
≪続く≫
ルーの旅はまだまだ続きます。
そしてミリィの旅の理由も判明しましたね。
さて、ミリィは一体何をそんなに慌てていたのでしょうか――?