第24話
バトルの描写は結構好きです。
得意かどうかは別にして……(笑)
「伏せろーっ!!」
背後で叫ぶフィゼルの声に、ミリィは咄嗟にルーを抱きかかえて地面に倒れ込んだ。そのすぐ上を鋭い鉤爪が猛スピードで通過する。力の限り走ったつもりだったが、グリフォンにとっては簡単に追いつける速度でしかなかったようだ。
「逃げられないか……」
グリフォンは再び三人の前に立ちはだかるように着地した。どうやら見逃す気は全くないらしい。フィゼルは小さく呟いて、今度こそ戦闘態勢に入った。
「フィゼル……っ!」
この期に及んでもミリィはまだ戦う意思を見せなかった。可能性は限りなく低くとも、なんとか逃げる方法を考えている。
「逃げられないのはもう分かってるだろ!? 一か八かやってみるしかないよ!」
グリフォンが強い魔獣だということはフィゼルも肌で感じている。だからこそこのまま逃げられるとも思えなかった。なんとか応戦しながら突破口を見出すよりほかない。
「一か八か、か……せめてアレンさんがいてくれれば……」
ミリィは拳を握り締めて呟いた。一つだけこの状況を打破できるかもしれない方法があったが、アレンがいなければ本当に危険な賭けになる。
「下がって、フィゼル」
しばらく迷った後、意を決したミリィはフィゼルの前に歩み出て、自分の代わりにルーを守るようフィゼルに指示した。グリフォンには一人で立ち向かうつもりだ。
「ミリィ……?」
一人で戦うなんて無茶だと思った。だがミリィの気迫に圧されたフィゼルはそれを言葉にできなかった。
「ハアアァァァ……!!」
息を吐きながらミリィが集中力を高めていく。それに呼応してミリィの魔力が練り上げられていくのがフィゼルにも分かった。だが、それがどんどん邪悪な気配を帯びてくるにつれ、フィゼルは思わず息を呑んで後退った。
「ミリィ! これって……!」
周囲に練り上げられた魔力はどす黒いオーラとなってミリィの身体をを包み込んだ。これはまさにフィゼルが最初にミリィと出会った時の状態と同じだ。
「あなたはルーを守って」
しかしあの時とは違ってミリィは正気を保っていた。発する気配は禍々しいものの、その瞳は普段のミリィと変わらなかった。
「大丈夫……なのか?」
フィゼルは身体の奥底から押し寄せるような恐怖を懸命に堪えながら訊いた。目の前にいるのはミリィなんだと必死で自分に言い聞かせなければすぐにも逃げ出してしまいそうなほど、ミリィの発する魔力は強大で禍々しかった。
「分らないわ……。でも、一か八かでしょ? もし私が自分を抑えられなくなったら、ルーを連れて迷わず逃げて」
そう言うなりミリィは練り上げられた魔力を胸の前で凝縮して、真っ黒い魔法の弾を形成した。それを見たフィゼルは慌ててルーのもとに駆け寄った。ミリィの操る魔力が、周りの人間を巻き込みかねないほど荒々しいものであると判断したのだ。とても加勢できる状況ではなかった。
ミリィが魔法弾をグリフォンに向けて放つと、グリフォンは高く飛翔してそれを避けた。空中に逃れたグリフォンを、続けざまに放たれた魔法弾が追いかける。
その流れるような攻撃を見ていたフィゼルは、初めて出会った時のミリィの無機質な攻撃を思い出した。あの時のミリィは無意識の状態で機械的に魔法弾を放っていただけだった。だが今のミリィの攻撃は、相手の動きの先を読み、緩急をつけて確実に追い込んでいる。グリフォンも巧みに魔法弾を躱しているが、攻撃に転ずる機会を得られずにいた。
『クァルルル……!』
空高く舞い上がり、ミリィの魔法弾が届かないところまで距離をとったグリフォンが態勢を整えた。まるで馬が嘶くように首を大きくそらしたかと思うと、突然ミリィに向けて猛スピードで急降下する。
「ミリィっ!」
思わずフィゼルは叫んだ。グリフォンの急な動きの変化に対して、ミリィは迎撃の魔法弾を繰り出していない。
だがミリィは決して虚を突かれたわけではなかった。ここで慌てて魔法弾を放ち、グリフォンに躱されれば命取りとなる。それこそが高い知能を持つグリフォンの狙いであると読んだミリィは、寸前までグリフォンを引き込むと地面に手をついた。次の刹那、ミリィの前方に魔法弾と同じく真っ黒いガスの様なものが噴き出した。それがカーテンのように広がり、グリフォンの突進を阻む。
ミリィの放つ漆黒の魔法弾は普段操る氷雪系の魔法とは違い、その身から溢れ出る禍々しい魔力を具現化したものである。魔力の練り方によってその形も大きさも自由自在に変化させることができた。
「……これで終わりね」
ミリィは右手に漆黒の魔力を集中させると、細長く尖った槍のような形に練り上げた。それを不意の攻撃に動きを止めたグリフォンに向かって投げつける。
『クキャアーー!!』
ミリィから放たれた魔法の黒槍はグリフォンの喉に深々と突き刺さった。錐揉み回転しながら地面に叩きつけられたグリフォンは、しばらくその場で四肢をばたつかせ、やがて動かなくなった。
「ハァ……ハァ……」
肩で大きく息をしながら、グリフォンが動かなくなったのを確認したミリィはその場に膝をついた。それを見たフィゼルが慌てて駆け寄る。
「ミリィ、大丈夫!?」
胸を押さえて喘ぐミリィの瞳が光を失っていく。それまでゆらゆらとミリィの周りで安定していた黒いオーラが徐々に広がっていき、それがミリィを押し包むように覆っていった。
「ミリィ!」
再びフィゼルが叫んだ時、完全にミリィの身体を包み込んだオーラが柱のように上空に向かって渦巻きながら噴き上った。思わず後ろに飛び退いたフィゼルが見守る中、それは徐々に勢いを失くし、そしてやがて消えていった。
「ハァ……ハァ……なんとか、抑え込めたみたい……」
それまで蟠っていた禍々しい邪気は消え去り、ミリィは苦悶に顔を歪めながらもゆっくりと立ち上がった。
「大丈夫ですかぁ……?」
それまで離れた所にいたルーが駆け寄ってきた。心配そうに縋り付こうとするのを笑顔で制したミリィだが、その表情はまだ辛そうに見えた。
「ミリィ、さっきのは一体……?」
これまでフィゼルはミリィのあの状態を“呪い”によるものと思っていた。ミリィの意思とは無関係に、まるで何かに意識を乗っ取られてしまったかのように他者を無差別に攻撃してしまうのだと。実際、さっきまでのミリィを取り巻いていた漆黒のオーラは紛れもなくあの日に見たものと同じであったし、心臓を締め上げられるような禍々しさも同様であった。
だがミリィはあの状態を自らの意思でコントロールした。ミリィの呪いというのはフィゼルの想像とは全くの別物なのかもしれない。
「……あの力って、自由に引き出せるものなの?」
「自由ってわけじゃないわ。力を制御しきれなかったら、私達が初めて会った時のようになっちゃうの。力の制御を誤ったのはあの時が初めてだったけど、今回だってあと少し長引いていたら危なかった」
傍からはミリィの圧勝のように見えたが、そうではなかった。自分自身が呑み込まれるギリギリのところまで力を絞り出さなければ、とても勝てる相手ではなかったのだ。
「行きましょう。もしこのグリフォンに仲間がいたら、今度こそ全滅しちゃうわ」
ようやく息を整えたミリィが立ち上がりながら言った。金山以外でのグリフォンの目撃例は極めて稀である。恐らく群れからはぐれたグリフォンがたまたまこの山に棲みついたと思われるが、油断はできない。自然と三人は早足になった。
≪続く≫
グリフォンとの息詰まる攻防でした(?)
次回からまたしばらくバトルはお預けです^^;