第23話
新キャラ登場です。
そして戦闘シーンもほんのちょっとだけあります。
「ほらよ、お二人さん。ここからは歩きになるぜ」
フィゼルとミリィはグランドールから馬車に乗って街道途中の登山口の前までやってきた。昨日は大混雑だった馬車乗り場も、戒厳令のせいで閑散たるもので、それならと馬車に乗ってここまで運んでもらったのだ。フィゼルは導力車にも乗ってみたかったが、さすがにそこまでの贅沢はできなかった。
「まあ、王都が封鎖されちまったからなぁ。お前さん達みたいに若いモンは街の中で大人しくしてるなんて無理だよな」
馬車から降りた二人に、御者台から男が笑いながら声を掛ける。本来、シルヴィスというのは観光客が訪れるような村ではなかった。特産の果物は人気商品ではあるが、グランドールや王都で販売されているため、わざわざ山道を登って村まで買いに行く人間は稀なのだ。
「やっぱり街にいるだけじゃ退屈だからね」
当然本当の目的など話せるわけがないので、フィゼルは男に話を合わせた。ハイキングがてらシルヴィス村を目指すという体を装ったのだが、幸い疑われてはいないようだ。
グランドールへ引き返していく馬車を見送った二人は、登山口からシルヴィスへ向けて山道を登っていった。山道と言っても決して険しい道ではなかった。舗装などはなされていないが、きっちりと踏み固められており、幅も十分ある。本当にハイキングにぴったりな山だと思った。美しい景色にフィゼルの心が自然と浮き立つ。
「……魔獣がいるわ」
突然、ミリィが立ち止まった。驚いたフィゼルが辺りをきょろきょろと見回しても何も見えなかったが、ミリィはじっと前方を睨みつけ、そして弾かれたように駆けだした。
「あっ、ミリィ!?」
慌ててフィゼルもミリィの後に続いて走った。すぐに視界が開け、フィゼルの眼にもそれが認識できるようになった。
大きな野犬のような魔獣が四匹、一人の少女を取り囲んでいた。少女は怯えた表情をしているものの、悲鳴を上げるでもなく、何事か魔獣に話しかけるように言葉を発している。
「大変だっ! 早く助けないと!」
フィゼルはすぐさま剣を抜き放ち、より一層スピードを上げて少女の元へ駆けつけようとしたが、それより早く魔獣の一匹が少女に飛びかかった。
「きゃあっ!」
少女は悲鳴を上げ、頭を庇うように身体を硬直させたが、魔獣は少女の寸前で冷気の矢に射ぬかれ、氷漬けになって叩き落された。ミリィが放った氷雪の魔法矢がフィゼルを追い抜き、ギリギリのところで間に合ったのだ。
魔獣達が反射的に少女から飛び退き、その内の一匹をフィゼルが斬り付けた。そして残りの魔獣の攻撃に備えて態勢を整えたが、二匹の魔獣は一目散に逃げて行った。
「大丈夫だった?」
フィゼルは剣を鞘に収めながら、その場で固まったままの少女を安心させようと笑いかけた。ミリィもやって来て同じように声をかけたが、少女は呆然と二人を交互に見ているだけだった。
「ど、どうしたの?」
様子がおかしいと思ったフィゼルが心配そうに訊ねると、少女はしばらくしてから口を開いた。
「あのぉ、どちら様でしたっけ~?」
フィゼルやミリィと同年代と思われる少女は、驚くほどゆったりと間延びした言葉で逆に問いかけてきた。思いがけない言葉にフィゼルは口をぽかんと開けた。
「いえ……会ったことはないと思うけど……」
もしかしたら面識があるのではと思いながらミリィが言うと、少女はパンと両手を叩いた。
「あぁ、どおりで~」
どうやら少女の方にも二人に会った記憶はなかったらしい。フィゼルとミリィは思わず顔を見合わせた。
「なんか……随分のんびりしたコだな」
「天然……ってやつかしら。初めて見たわ」
「ルーはぁ、ルー・ウィンフィーっていいます~。ルーって呼んで下さぁい」
二人のやり取りを不思議そうに見ていた少女が、突然思いついたように名乗った。びっくりした二人が見ると、ルーと名乗った少女がニコニコと笑っている。
「あ、俺はフィゼル。よろしく……」
ルーにつられるようにしてフィゼルも名乗った。なんとも不思議な雰囲気を漂わせた少女に、ついついペースを持っていかれてしまう。
「あのぉ、危ない所をどうもありがとうございました~」
ぺこりと頭を下げたルーが屈託のない笑顔を見せた。恐らく同年代だろうが、年齢以上に幼く見える。しかし見る者の心を和ませるような笑顔だった。
「こんな所を女の子一人で歩くのは危険よ。最近は魔獣が増えているから、森や山道を歩く時は必ず大人の人と一緒じゃなきゃ」
ミリィもまるで小さな子供に言い聞かせるような口調になった。
「シルヴィスの子かな。良かったら俺達と一緒に行かないか? 俺達も村に行くところだから送るよ」
またいつ魔獣が現れるか分からないので、ミリィもフィゼルの提案に賛成した。
「でもぉ、ルーはぁ、王都に行きたいんです~」
シルヴィスに住む女の子だということは予想通りだったが、村に戻るのではなく山を下りる途中だという。
「え? でも王都には戒厳令で入れないよ」
フィゼルの言葉にルーはきょとんとした表情で首を傾げた。
「カイゲンレイって何ですかぁ?」
意味もさることながら、戒厳令が発令されたこと自体彼女は知らないようだ。どうやらシルヴィスへは連絡が届いていないらしい。
「とにかく、一度村へ戻りましょう? ね?」
戒厳令について簡単に説明はしたものの、あまり理解してなさそうだ。しかしルーは素直にミリィの言葉に従った。元来素直な性格なのだろう。フィゼルもほっとして二人の後に続いた。
「そういえばさっき、あの魔獣達に何を話してたの?」
歩きながらフィゼルは先ほど魔獣に囲まれていた時のルーの様子を尋ねてみた。あの時声までは聞こえなかったが、確かにルーは何事か話しかけるように喋っていた。
「あぁ~、あれはですねぇ、魔獣さん達を説得してたんです~」
フィゼルとミリィが唖然とすることをルーは平気で言ってのけた。そんなことができるわけがないのは証明された通りだが、本来考えるまでもないことのはずだ。
「あのねルー、今度魔獣を見かけたらすぐ逃げるのよ?」
あまりの天然ぶりに、さっき会ったばかりのミリィもこの少女の行末が心配になってきた。この調子じゃ、いつ命を落とすか分かったものじゃない。
「――ん? 何だあれ?」
フィゼルの表情が唖然とした顔から苦笑いに移りかけた時だった。突如大きな影が足元を通り過ぎ、三人は反射的に空を見上げた。大きく翼を広げた生物が上空を旋回している。最初は巨大な鳥かと思った。だがその生物がゆっくりと降下してくると、それが魔獣であることが分かった。
「グっ……グリフォン……っ!?」
ミリィが驚愕の声を上げた時には、その魔獣は三人の目の前に着地していた。正面からなら巨大な鷲にも見えるが、身体の後ろ半分は獅子の姿をしている。
「これが……グリフォン……?」
その名前はフィゼルも知っていた。多種多様な魔獣の中にあって、グリフォンは神話やお伽話にも度々登場するほど有名な存在である。最強の魔獣といわれるドラゴンと並び称されることもある程だ。
事実グリフォンの力はドラゴンにも匹敵すると言われ、はるか昔、グリフォンの群れに戦いを挑んだある国の一個師団が壊滅に追い込まれたという記録があった。
「ルー、下がって!」
フィゼルはルーを自分の背に隠すように下がらせて、剣の柄に手をかけた。しかし剣を引き抜こうとするのをミリィが制止する。
「待って。グリフォンは確かに危険だけど、むやみやたらに人間を襲うような魔獣ではないはずよ。こっちから刺激しなければきっと……」
グリフォンは別名“黄金の守護者”とも呼ばれ、主に金鉱での目撃例が多い。黄金を集める習性があり、それを奪おうとしたり自分達に危害を加えようとする敵に対しては容赦ない攻撃を加えるが、それ以外の理由で人間が襲われたという例は報告されていなかった。
しかしミリィの言葉が終らないうちに、グリフォンの凶悪な鉤爪が頭上から振り下ろされた。意表を突かれながらも間一髪でそれを横っ飛びで躱したミリィは、驚愕の事態に蒼ざめた。
明らかに目の前の魔獣は自分達に敵意を持っている。それがどういうことなのか、ミリィだけは正確に理解していた。
「ミリィっ! 大丈夫か!?」
とっさにルーを庇ってグリフォンから距離を置いたフィゼルがミリィに呼びかけた。さっきはミリィに止められたが、今度はもう剣を抜き払っている。それを正面に構え、じりじりと間合いを詰めていく。
「手を出しちゃ駄目っ!」
しかしミリィは声を震わせながらフィゼルに向かって叫んだ。
「なんでだよっ!?」
当然ながらフィゼルはミリィの言葉に納得できなかった。攻撃を仕掛けられた以上、応戦しなければこの魔獣の餌食になるだけだ。
「私達だけじゃ敵うわけないわ! 逃げるのよっ!!」
言うなりミリィは走り出した。フィゼルの傍らを走り抜けると、後ろで呆然としていたルーの腕を掴んで更に走る。ルーは小さく悲鳴を上げ、眼を瞬かせながらもミリィに従った。
「くそっ!」
フィゼルも仕方なく踵を返した。さすがにミリィが一目散に逃げ出すような相手に一人で立ち向かうことはできなかった。ルーの腕を引っ張って走るミリィを、背後のグリフォンを警戒しながら追いかける。
戦えばまず勝ち目はない――ミリィはそう確信していた。それだけグリフォンという魔獣は強大な力を持っているのだが、もう一つミリィには確信めいたものがあった。恐らく逃げられはしないだろう、と――
≪続く≫
次回は本格的な戦闘に突入する……?
それは作者にも分かりません(笑)