第22話
新章突入です。
前回新キャラが出るかもと言いましたが、今回は出ません(笑)
フィゼルとミリィが王都行きを決意した頃と前後して――
アレンは目の前にそびえる巨大な鋼鉄の扉の前で立ち止まっていた。拳で叩いてみても、あまりにも分厚いためか音すら響かない。
――居たかっ!?
――いや、見つからない!
――くそっ、何処へ行ったんだっ!?
――あっちを探すぞっ!
複数の男の声と水をバシャバシャと蹴散らす音、さらにはそれに混じってガチャガチャと金属の擦れ合う音が遠くの方から響いてくる。四方に音が反響して正確な距離と方向が分からなかった。
遠く反響する音を聞きながら、アレンは無言のままカチャリと静かに刀の鍔を親指で押し上げた。アレンの斬撃は鉄すらも切り裂く。刀身は鞘に収めたまま、腰を据えて居合斬りの構えに入った。息を大きく吸って静かに吐く――
「……その扉には触らない方が賢明だよ」
これからまさに高められた集中力を刀身に宿して引き抜こうとした時、突然後ろから声を掛けられた。
「……っ!?」
全くの不意だった。ここまで完璧に気配を察知できなかったのは初めての経験と言ってもいい。いくら居合斬りに神経を集中させていたとはいえ、普通に近づいてきた者に気が付かないはずがない。つまり意図的に気配を消して近づいてきたということだが、それがあまりにも卓越していることに衝撃を受けた。
「まさか私の背後を取れるほどの方だとは思いませんでした」
アレンは居合の構えは解いたものの、振り返ることなく言った。振り向かずとも後ろにいる人物が誰なのか確信しているのだ。
「その扉に下手な事をすれば憲兵に追われるぐらいじゃ済まないよ。もっとも、アナタの剣でもその扉を破壊するのは不可能だろうけどね」
声の主も、アレンが振り向きもしないで自分の存在にアタリを付けていることに驚かなかった。
「貴方はこの扉について何か知っているようですね?」
ここで初めてアレンが振り向いた。思った通り、目の前にいたのはレヴィエンだった。
「まぁ、ボクにも色々と諸事情があってね」
レヴィエンは両手を広げながら一、二歩アレンに近づいた。敵意の無いことの現れだが、アレンは刀の柄に右手を添えたまま僅かに腰を落として臨戦態勢を崩さなかった。
「できましたら、その事情というのをお聞かせ願えませんか?」
言葉は穏やかだが全身から発する気は、並の人間ならそれだけで立ち竦んでしまうほどの圧力を持っていた。
「おっと、残念ながらそれは企業秘密さ。どうしてもと言うなら――」
アレンの気を全身にビリビリと感じながらも、相変わらずの軽口を続けようとしたレヴィエンだが、言い終わらないうちにアレンの発する気が明らかな殺気を帯びてきた。そのあまりのプレッシャーに、さすがのレヴィエンも思わず口を閉じる。
「貴方にどういった事情があるのかは存じませんが、こちらにも事情があるんですよ」
決して声を荒らげたりはしないものの、その言葉には相手に有無を言わせぬ迫力があった。フィゼルやミリィと一緒にいた時には決して見せなかった姿である。
「……それは、二十年前の騒乱の当事者ならではの事情かい?」
ともすれば気を失ってしまいそうな激しいプレッシャーを受けながらも、レヴィエンは普段と同じように振舞っている。その態度と言葉に、アレンの顔色が一瞬変わった。
「これはこれは……どうやら思っていたよりも底は深そうですね」
自嘲気味に笑いながらアレンは言った。相手の器を読み違えていたという思いが、逆にアレンに冷静さと慎重さを取り戻させた。
「貴方が一体何者なのか、どうしても知りたくなりました。申し訳ありませんが、力尽くでも聞かせてもらいますよ」
アレンはそれまでの居合の構えを解き、刀を鞘から抜き放った。相手の出方次第では命を絶つのも厭わないという構えから、刃を返し、峯打ちによって相手を無力化することを念頭に置いた構えに変わったのだ。これ見よがしの殺気も今は解いている。もはや威嚇の必要もなかった。
「それはあまりお勧めできないねぇ。アナタのためにならないよ?」
アレンの意図を正確に理解しながらも、レヴィエンは余裕の態度を崩さなかった。
「大した自信ですね」
ある程度の実力者なら対峙するだけで相手の力量は大体推量できるものだ。純粋な戦闘能力で、目の前の男が自分より勝っているとは思えなかった。それにも拘らずレヴィエンは相変わらずの余裕を見せている。単なる虚勢なのか、それとも何か奥の手を隠し持っているのだろうか。レヴィエンの武器が銃であることは分かっているが、しかしそれすらも彼のペテンなのだとしたら、という思いがアレンを一層慎重にさせている。それぐらいの事はしそうな男だと思った。
「ハッハッハ。さすがのボクも“四大”を相手にできるとは思っちゃいないさ」
しかしレヴィエンの口から発せられたのはアレンにとって意外なものだった。“四大”の名が出たことには今更もう驚かない。おそらくこの男は最初から自分の正体を見抜いていたのだろう。解せないのは、闘っても勝ち目がないと分かっていながら、なぜここまで余裕を保っていられるのだろうということだった。
「確かに戦えば勝ち目はないだろうけどね。でも、今はそんなことしている暇は無いんじゃないのかい?」
アレンの気持を見透かしたようにレヴィエンが言ったのとほぼ同時に、こちらへ向かってくる足音が聞こえてきた。
「いたぞっ! あそこだっ!!」
六人ほどの憲兵がレヴィエンの後ろ数メートルの地点で展開する。それによって狭い通路は完全に塞がれてしまった。
「どうやらお喋りが過ぎたようだね」
軽い舌打ちの音をアレンは聞いた。この状況はレヴィエンの望んだものではないようだ。
「貴方は彼らの仲間ではないんですか?」
いつの間にか自分のすぐ隣に移動してきたレヴィエンにアレンが訊いた。
「ハッハッハ、冗談はよしてくれたまえ。優雅で、理知的で、まさに高貴を絵に描いたようなこのボクが、およそそれらとは無縁としか思えない、粗忽で、野蛮で、まさに下賤を絵に描いたような軍人なんかと仲良しなはずがないではないか」
この無駄な饒舌ぶりもいつの間にか復活していた。これに比べると、アレンと対峙していた時のレヴィエンがどれだけ無理をして平静を装っていたのかがよく分かる。レヴィエンにしてみても、大勢の兵士に包囲されている今の状況など、アレンと一触即発のムードの中で向かい合っていた先程までを思えばよっぽど気が楽であろう。
「貴方は一体……?」
「フフン♪ 少なくともアナタの敵ではないさ。今のところは、ね」
「では、今後の状況次第では敵に回るかもしれないということですね?」
「そうならないことを祈ろうじゃないか」
じりじりと近づいてくる憲兵達を意にも介さず、二人はそんなやり取りを繰り広げていた。
「おいっ、何をごちゃごちゃ言っている! お前達は完全に包囲されているんだ! 武器を捨てて大人しく投降しろ! 抵抗すれば容赦はせんぞっ!」
先頭の憲兵が痺れを切らして剣を引き抜くと、他の憲兵も剣を抜いて構えた。勇ましい言葉とは裏腹に、今にも飛びかかってきそうな気配はまるで無い。この状況で異様に落ち着き払っている二人に、どうしても慎重にならざるを得なかったのだ。
「やれやれ、そもそもボクはキミ達に追いかけられる筋合いなどないのだがねぇ」
憲兵達は戒厳令を破って王都に侵入を図ったアレンを追っていた。しかしレヴィエンは戒厳令が発せられる前に王都に入ったため、本来ならば見咎められるはずはないのである。
レヴィエンが両手を広げながら一歩前に進み出ると、憲兵達は思わず剣を構えたまま半歩さがった。
「ここは一般人の立ち入りを禁止されている! こんな所で一体何をしていたんだ!?」
「ただの散歩さ。ここは地上と違って人もいないし、傍らを流れる清らかな水の調べはボクの芸術的インスピレーションを優しく刺激してくれる」
眼を閉じて両手を掲げるようなポーズをとりながら、いつもの芝居がかった口調でレヴィエンは言った。
「何が散歩だっ! 正直に答えられないのなら、兵舎の方でじっくり尋問してやる!」
憲兵達は再び一歩、二歩と前に出た。今度はレヴィエンが一歩下がったが、これは憲兵の気迫に気圧されたわけではなく、単に元の位置に戻っただけだ。
「やれやれ、やはりこの国の軍人達は頭が固い。ボクの様なアーティストを理解するにはあと十年は修業が必要だね」
目の前の憲兵達ではなく、レヴィエンはあえて隣のアレンに向かって言った。その言葉にアレンがピクリと反応する。その様子にレヴィエンは満足そうに微笑んだ。
「貴方はもしかして――」
「さて、まずはこの状況をどうするかだねぇ」
アレンの言葉を遮るようにレヴィエンは話題を目の前の憲兵達に向けた。彼らはこちらを包囲したまま一向に動く気配を見せないが、それでもこの状態が長引けばいつ飛びかかってくるか分らない。
「やはり強行突破ですかね」
さすがにこれは相手に決して聞こえないような小声で囁いた。アレンはこんなところで捕まるつもりなど更々無い。
「それはあまり賢い選択とは言えないねぇ。取り返しのつかないことになるかもだよ?」
それはアレンにとって意外な言葉だった。レヴィエンも同様に考えているものと信じていたからだ。二人がかりならこの状況でも相手に怪我すら負わせることなく切り抜けられると確信していた。だからこそ彼もこれだけ余裕を見せているのだと。
「ええいっ、構わん! 捕えろっ!!」
ついに堰を切ったように憲兵達が突撃を開始する。もうこれ以上アレンに考える猶予は与えられなかった――
≪続く≫
久々にアレンとレヴィエンが登場しましたね。
次回は本当に新キャラが登場します(多分……)