第20話
ちょっと説明がくどい部分があるかもです。
テンポ悪くてすみませんm(__)m
「あら、おはよう……っていう時間でもないか。二人だけ? アレンさんは?」
フィゼルとミリィがギルドに入ると、カウンターで何やら書類の束を整理していたジュリアが顔を上げ、二人を笑顔で迎えた。しかしその言葉はジュリアもアレンの失踪を知らないことを表している。何か知っているかもしれないという一つ目の期待は早々に消えてしまった。
「王都の事で何か新しい情報は入った?」
ジュリアの質問にはあえて答えず、ミリィは単刀直入に本題に入った。
「いきなりねぇ。残念だけど有力な情報は相変わらず、よ。でも……」
ミリィの様子に若干の違和感を覚えつつ、ジュリアは両手を広げて首を振った。
「でも?」
二つ目の期待もあえなく散ったかと落胆しかけたが、ジュリアの囁きにも似た小さな声をミリィは聞き逃さなかった。
「うん、これはあくまでも私の個人的な考えなんだけど」
確かな情報ではなく、あくまでも予想でしかないことをジュリアは強調した。
「あなたのことだもの。全くの与太話でもないんでしょ?」
あまり期待してほしくなさそうなジュリアとは裏腹に、ミリィはその言葉に期待を込めて先を促した。情報屋というのは単純に確かな情報を集めるだけで成り立っているわけではない。入ってくる情報がすべて信頼できるものならいいが、当然何の根拠もない噂話やガセネタの類も雑多に入ってくる。その中から信憑性の高いと判断したものだけを“情報”として扱うわけだが、それ以外にもいくつかの小さな情報を組上げて、自分なりの“仮説”を立てるのも情報屋の大事な仕事だったりする。優れた情報屋とは、集める情報の量よりもむしろそういった推理力によって評価される。なぜなら本当の機密情報というのは、どうやっても確たる証拠を掴むことは困難であるからだ。硬く固められた防護壁の隙間から漏れ出した他愛のない噂話の類から取捨選択することで核心に迫っていくことも多々ある。そしてジュリアはその能力がずば抜けているとミリィは思っている。
「大きな声じゃ言えないけど、今回の戒厳令は軍部のクーデターの可能性があるの」
「くっ、クーデター!?」
思いもよらなかったジュリアの言葉に、ミリィは思わずひっくり返った声を上げた。
「声が大きいわよっ!」
ミリィの後ろにいたフィゼルが思わず耳を塞ぐほど、さらに大きな声でジュリアが咎めた。もし外を歩いている人に聞かれたとしたら、間違いなくジュリアの声の方だろう。
「ご、ごめん……でも、クーデターだなんて」
いくらなんでも、と言おうとしたところでフィゼルが耐えかねたように口を挟んだ。
「なぁ、クーデターって何だ?」
記憶を失くしているため、フィゼルの知識はそのほとんどがコニス村で培われたものだ。当然戒厳令などというものは知らなかったし、そもそも軍隊や政治の仕組みすら今のフィゼルはあまり分かっていない。そういうものから縁遠い片田舎で平和に暮らしていたのだ。
「クーデターっていうのは、簡単に言うと反乱の事よ」
押し黙ったまま固まってしまったミリィの代わりに、ジュリアが一言で説明してくれた。簡単ではあるが、フィゼルにも事の重大さは十分に分かる。
「そんなことってあるもんなのか?」
ミリィと同様、いきなりクーデターなどと言われても俄かに信じられないといった思いがフィゼルにもあった。そんなに簡単に反乱が起きるほど政情不安な国にも見えなかったのだ。
「もちろんそんなこと頻繁にあったら堪ったもんじゃないわよ。でも今回の件が関係ないとしても、ここ数年軍部の動きが怪しいのは確かよ。何か企んでいるのは間違いないと思うの」
驚く二人に対して極めて冷静にジュリアは自分の分析を説明した――
この国の政治を司るのは王と議会で、王といえども議会の承認無く政を行うことはできない。この仕組みは二十年前から始まったもので歴史は浅く、まだまだ成熟には程遠い。それでも議会を構成する議員から軍関係者を遠ざけたのは当時としては画期的な発想であり、軍事国家からの脱却を目指してのものだった。
この文民統制は二十年前の騒乱を教訓に考え出された仕組みであり、表向きは上手くいっているように見えた。
「でも、ここ数年の軍部は大忙し。あっちこっち出かけて行っては大した抵抗もできない自治州や小国を力で制圧しているわ。一般市民はその事実すら知らないだろうけどね」
あくまでも秘密裏に行われていることをジュリアは知っている。その秘密裏にということがジュリアには気になっていた。二十年前の騒乱を経験している人達ならこの事実を知れば困惑するのは必定であり、それすらも見越した上でのことなら並々ならぬ強い意志を感じる。
「そんな……知らなかった。この国がそんなことになっていたなんて……」
ミリィは戸惑いを隠せなかった。この一年、ある人物の影を追って世界中を旅して周っていたが、それでもこのような世界情勢にはまるで気がつかなかったのだ。
「仕方ないわよ。そういう所にはあらかじめ一般人は立ち入れないようにしてあるもの」
陸続きならまだしも、海を越えようと思えば自分の船でも持っていない限り公共の交通機関に頼るしかない。政府が一般市民の渡航を遮断しようと思えばいくらでも手はあるだろう。
「――って、どうしたの? フィゼル君」
そこでふとフィゼルの異変を見止めたジュリアが心配そうに声をかけた。振り向いたミリィの眼にもフィゼルの様子が普通でないことが分かる。
「王国軍……戦争……反乱……」
じっと俯いたまま、ぶつぶつと同じ言葉を繰り返していた。顔色は見る見るうちに蒼白くなり、身体は小刻みに震えている。
「フィゼル、大丈夫?」
ミリィがフィゼルの肩に手を置いた。その瞬間、フィゼルの身体は弾かれたようにびくっと強張った。怯えるように顔を上げたフィゼルの眼が一瞬宙を彷徨う。
「フィゼル……?」
混沌を湛えたフィゼルの瞳に、ミリィは息を呑んだ。
「えっ、あ、ごめん……っ!」
我に返ったフィゼルが咄嗟に辺りを見回した。ついさっきまでどこか別の所にいたかのような違和感に、頭が混乱している。
「一体どうしちゃったの?」
ジュリアも不思議そうに声をかけた。
「分らない……何だか突然、頭がぼーっとしてきて……」
それ以降はあまり覚えていないという。
「今朝も様子が変だったし、本当に大丈夫なの?」
ジュリアよりもはるかに心配そうにしているのは、今朝のフィゼルを見ているからだろう。あの時はうやむやの内に流れてしまったが、今思えばかなり異常な状態だった。
「うん、もう大丈夫。話を続けて」
言葉とは裏腹にフィゼルの心の中には未だ混沌としたものが渦巻いていた。しかしそれを悟られまいと明るく笑顔を作ってみせる。
「それなら話を続けるけど、本当に大丈夫なのね?」
ジュリアがもう一度念を押した。フィゼルが無理をしているのはお見通しだったが、本人が大丈夫だと言う以上、いつまでも気に懸けていては話が前に進まない。フィゼルが頷いたのを確認して、ジュリアは中断してしまった話を再開した。
「ええっと、どこまで話したかしら。まあ、はっきりした情報はまだ何にも入ってないわけだけど、もし本当に軍部絡みならあまり下手なことは考えない方が身のためよ。特にアレンさんはこの件をすごく気にしてるみたいだから注意しておいた方がいいわね」
まさかジュリアもアレンがもうすでに王都へ向かったかもしれないとは考えていなかった。しかし、そういうことを考えそうだと判断したのはさすがと言えよう。
「実はそのことなんだけど――」
≪続く≫